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「伊東建築塾」が2012年度プログラムスタート(5月〜)

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201201

連載:Library for Architectural Theories

自然と作為のデザイン論

難波和彦 建築家


1964年にニューヨーク近代美術館(The Museum of Modern Art=MoMA)で開催されたバーナード・ルドフスキーによる展覧会「建築家なしの建築(Architecture Without Architects)」は、当時の建築家に大きな衝撃を与えた。その展覧会のカタログとして出版された同名の冊子は、日本でも翻訳され(1975)話題を呼んだ。「建築家なしの建築」とは、無名の人々によっていわば自然発生的に作り出されたヴァナキュラー(風土的、土着的)な建築である。『驚異の工匠たち──知られざる建築の博物誌』(The Prodigious Builders, Secker and Warburg, 1977)は、写真による紹介を中心にした『建築家なしの建築』に関する詳細な解説書といってよいだろう。本書では、建築家でエッセイストでもあるバーナード・ルドフスキーが、世界中の各地で暮らした経験をもとにして、ヴァナキュラーな建築を収集し、詳細な解説を加えている。僕たちは本書を「ヴァナキュラー」「匿名性」「無意識」という三つの視点から焦点を当て、現代建築のテーマとして引き寄せて読むことを試みた。

Bernard Rudofsky, Architecture Without Architects, The Museum of Modern Art, 1964.
Bernard Rudofsky, The Prodigious Builders, Secker and Warburg, 1977

ポストモダニズムの先駆

1960年代の建築家は『建築家なしの建築』からどのようなメッセージを受け取っただろうか。1960年代はモダニズム建築が世界中に浸透した時代だった。日本のある建築史家が指摘したように、1920年代にヨーロッパで生まれたモダニズム建築は、アメリカに渡って思想を失い、ソヴィエト連邦に渡って表現を失った。モダニズム建築の背景には社会主義思想があったが、ソヴィエト連邦ではその思想だけが残り、建築表現は反動的な様式主義へと転換した。一方、アメリカ経由のモダニズム建築は、思想的な内実を抜き取られたスタイル(様式)としての建築だった。その方向を決定づけたのは1932 年にアルフレッド・バーとフィリップ・ジョンソンが企画し、MoMAにおいて開催された建築展「インターナショナル・スタイル──1922年以降の建築」である。この展覧会を通して、モダニズム建築は国際的なスタイルとして確立され、第2次大戦後に世界の政治・経済の中心となったアメリカ資本主義とともに世界中に拡大していったのである。
1960年代になると、スタイル化し教条化したモダニズム建築に対する疑問が、さまざまなかたちで提出されるようになる。『建築家なしの建築』もその動きのひとつであり、その展覧会がMoMAで開催されたことは歴史の皮肉といってよいだろう。多くの建築家は、この展覧会をモダニズム建築を相対化し補完するものとして受けとめた。ある者はモダニズム建築の国際性に対する地域性の見直しとしてとらえ、ある者はモダニズムのエリート的なアヴァンギャルディズムに対する民衆的なプリミティズムの復権としてとらえた。さらには、装飾を排除したモダニズム建築に対する装飾の復権としてとらえた者もいた。これらに共通しているのは、モダニズムがめざした絶え間ない変化と進歩に対する批判と反省である。ポストモダニズムは、モダニズムに対するそのような批判と反省から生まれた思想潮流である。「建築家なしの建築」における「建築家」とは、モダニズムの建築家であり、その意味でルドフスキーはポストモダニズムの先駆者といってよいかもしれない。

変わらないものと他者への眼差し

1960年代には建築外においても「建築家なしの建築」に連動するような思想潮流が生起している。代表的な思想はクロード・レヴィ=ストロースを中心とする構造主義である。レヴィ=ストロースは『野生の思考』(大橋保夫 訳、みすず書房、1976)において、当時の思想的主流であるJ・P・サルトルの実存主義思想を批判し、その背景にある西欧中心主義的な進歩史観を相対化した。実存主義に対峙してレヴィ=ストロースが提唱したのは、人類に共通する文化や思考の「構造」を探究する構造主義人類学である。要するに、レヴィ=ストロースは西欧が自認している歴史の先端ではなく、歴史の底に潜む「変わらないもの=構造」を探り出そうとしたのだといってよい。「変わらないもの」に対する注目は『建築家なしの建築』の視点にぴたりと重なり合っている。本書の冒頭で、ルドフスキーはこう書いている。「風土的な建築は流行の変化に関わりがない。それは完全に目的にかなっているのでほとんど不変であり、まったく改善の余地がないのである」。
「変わらないもの」への眼差しは、アノニマス(無名)なものへの眼差しでもある。レヴィ=ストロースはサルトルの歴史哲学の中心にある主体性(署名性)の思想を批判し、それに対して無名の「他者」を対置している。「構造」をうみ出したのは特定の主体ではない。構造は人間が生得的に与えられた能力によって、長い時間をかけて生成されたものであり、特定の主体がそれを変えることはできない。この点はルドフスキーが唱える「建築家なし」と明らかに共鳴しているといってよい。
とはいえ『驚異の工匠たち』のルドフスキーには、世界中のヴァナキュラーな建築を分類し、共通の属性を探り出そうとする博物学的な視点はあるが、レヴィ=ストロースのように、さらに一歩踏み込んで「変わらないもの」の深層構造を探り出そうとする科学的な視点はない。ヴァナキュラーな建築に対して、レヴィ=ストロースと同じようなアプローチをとったのは、クリストファー・アレグザンダーである。1960年代前半にアレグザンダーは博士論文である『形の合成に関するノート』(Note on the Synthesis of Form, 1964)において、数学的手法を用いてモダニズムの機能主義を徹底するようなデザイン方法を追求した。しかし60年代後半になると、建築空間の特性を日常言語と簡単なダイアグラムによって記述し設計しようとする「パターン・ランゲージ」の方法へと方向転換する。そのためにアレグザンダーは世界中の「建築家なしの建築」を収集分析し、そこから多種多様な空間のパターンを抽出しようとした。レヴィ=ストロースが多種多様な神話の分析を通じて、人類に共通の文化と思考の構造を探り出そうとしたように、アレグザンダーは世界中の「建築家なしの建築」から人類に共通の空間のパターンを抽出しようとしたのだといってよい。量の数学ではなく、関係の数学によって対象の構造にアプローチしようとした点においても、両者は共通している。アレグザンダーがアメリカ西海岸のバークレーに設立した研究・設計組織を「環境構造センター」と名づけたのは、明らかに構造主義思想を意識していたからである。
同じような動向は日本にも数多く見られた。1960年代に地方の集落調査が盛んに行なわれたのは、ルドフスキーの影響があったからだと思われる。早稲田大学の吉阪隆正研究室では、文化人類学的な集落調査を行なっていた。もっとも印象に残っているのは、東京大学生産技術研究所の原広司研究室が展開した世界中の集落調査である。原研究室が追究した集落の空間構成に対する数学的なアプローチは、レヴィ=ストロースやアレグザンダーの方法と明らかに共通する視点からなされたものだった。『SD』誌にまとめられた一連の調査記録は、若い建築家たちに広く読まれ、ヴァナキュラーな集落への新しい視点を教えた。その後、原広司は日本の集落調査も精力的に行ない、世界中の集落調査から学んだことを『集落への旅』(岩波新書、1987)や『集落の教え100』(彰国社、 1998)にまとめている。

東京大学生産技術研究所原研究室『住居集合論 I』(鹿島出版会、2006[復刻版])
東京大学生産技術研究所原研究室『住居集合論 II』(鹿島出版会、2006[復刻版])

ポップカルチャーと都市への眼差し

「建築家なしの建築」は過去あるいは地域のヴァナキュラーな建築への眼差しだけではなく、現代における大衆的な建築への眼差しとも結びついていた。この潮流はモダニズムに対する二つの反省から生じた。ひとつは、モダニズムの社会主義的思想にもとづいて、アメリカ国内で大量に供給された低所得者層のための集合住宅の多くが、荒廃しスラム化したことに対する反省である。もうひとつは、モダニズムがスタイル化を通じて当初の大衆の建築からエリートの建築へと転じていったことに対する反省である。さらにこの潮流は、モダニズム建築が表現のスタイル化と同時に純粋化をめざし、装飾を排除したことに対する反動でもあった。このような動向を先導したのは、ポストモダニズムの先駆者であるロバート・ヴェンチューリである。彼は『建築の多様性と対立性』(Complexity and Contradiction in Architecture, Museum of Modern Art, 1966)において、建築の本流であるヨーロッパの古典建築が「多様性と対立性」に溢れていることを明らかにし、過度な純粋化とスタイル化によって当初の力を失い貧血気味になったモダニズム建築を批判した。それはモダニズムの巨匠ミース・ファン・デル・ローエが唱えた「Less is more」に対してヴェンチューリが対置した「Less is bore」という警句に象徴的に表われている。ヴェンチューリはさらに『ラスベガス』(Learning from Las Vegas, MIT Press, 1972)において、ラスベガスとローマを比較しながら、自動車と巨大な看板に溢れたラスベガスの記号的な都市空間は、その現代性において、かつての古代ローマに匹敵すると主張した。現在から振り返ると、いささか牽強付会な論理とはいえ、アメリカ社会におけるハイカルチャーからポップカルチャーへの移行にいち早く注目した先駆的な視点だったといってよい。建築の記号性に注目し、形態の自律性を明らかにすることによって、「形は機能に従う」というモダニズムの機能主義を反駁したのもヴェンチューリの功績である。両著に共通して見られるヴェンチューリの反語的でアイロニカルな発想は、世界中の若い建築家たちに大きな影響を与え、1960年代末になるとポストモダニズム運動としてひとつの潮流を形づくるようになる。ポストモダニズムは歴史的な建築の様式や装飾を再評価しただけではなく、現代の大衆文化=ポップカルチャーへの眼差しを生み出した。それはポップアートのように大衆的な建築をデザインするだけではなく、都市に存在するありふれた匿名的な建築のなかに新しいデザイン言語を探り出そうとする運動でもあった。ヴェンチューリ夫人のデニス・スコット・ブラウンは社会学者であり『ラスベガス』の共著者でもあるが、彼女の社会学的な視点はヴェンチューリの建築観にも大きな影響を与えている。それはありふれた都市の街並に関する彼のもうひとつの有名な警句「Main street is almost alright」に表われている。そこには都市のありふれた街並に対する愛情が込められている。
このようなポストモダニズムの潮流は1970年代の日本の建築界にも大きな影響を与えた。しかしながら1970年代の日本の建築界では、1960年代のメタボリズムや1970年の大阪万博に対する反動から、都市に対する興味が急速に失われたために、歴史様式や装飾に向うポストモダニズムの記号的で表層的な傾向だけが受け入れられ、ヴァナキュラーでポップな都市の街並に対する社会学的な視点は捨象されることになった。

Robert Venturi, Complexity and Contradiction in Architecture, The Museum of Modern Art, 1966.
Robert Venturi, Denise Scott Brown and Steven Izenour, Learning from Las Vegas, MIT Press, 1972.

自然と作為

「建築家なしの建築」には、建築の「起源(origin)」に遡ろうとする意図がある。建築は人類の発生時から存在しているので、起源への遡行は同時に「原型(archetype)」への遡行でもある。もう一歩踏み込めば、起源や原型への遡行の底には、人間の「作為(intention)」による「創作」ではなく「自然(nature)」による自然発生的な「生成」を確認したいという期待が隠されている。つまり「建築家なしの建築」には、たとえ人間によってつくられたものであっても、建築家の設計のような意図的な行為によってはなく、与えられた風土的な条件のなかで、自然発生的に生成された建築という含意が隠されている。これは、かつて本居宣長が「漢意(からごころ)」による「作為」に対置した「やまとごころ」による「自然(じねん)」に似ている。宣長は「自然と作為」という対比によって、作為のない日本の文化の自然性を称揚したのである。
しかしながら「自然と作為」という対比には、免れることができない陥穽がある。「自然と作為」という対比それ自体が「作為」によってつくり出された概念だからである。「建築家なしの建築」にも同じような矛盾が隠されている。『建築家なしの建築』は写真と簡単なコメントだけによって構成され、『驚異の工匠たち』では博物学的な説明が淡々とくり返されているだけであるのは、ルドフスキーが自然的な建築に関して、作為的な説明を避けようとしたからかも知れない。しかしレヴィ=ストロースやアレグザンダーは明らかにその一線を越えている。彼らは自然の構造を作為的に明らかにしようとしているといってよい。レヴィ=ストロースに対して「主体なきカント主義」という批判が浴びせられたのは、人間の思考に「構造」が潜んでいるとしても、レヴィ=ストロースの理論のなかには、それを外界に適用する主体がどこにも存在しないからである。ジャック・デリダはレヴィ=ストロースこそが「構造」の適用者ではないかとさえいっている。一方、自然発生的な都市や集落に隠された「構造」を明らかにしようとするアレグザンダーについて、柄谷行人はこう言っている。

──アレグザンダーは、より人間的で生きられる都市空間を作ろうとする他の多くのプランナー達と、ひとつの点において決定的にちがっている。それは、彼が自然都市という多様体を、数学的構造に、すなわち秩序に還元できると考えたことである。つまり、プランナーたちの建築的な企てを批判しているにもかかわらず、いわば「建築への意志」がもっとも徹底しているのは彼においてである。アレグザンダーの視点の新しさは、多くの点で構造主義と共通する──前者は集合の順序構造に注目し、後者は集合の代数的(群論的)構造に注目している──けれども、われわれの文脈でいえば、それは「自然が作ったもの」を「思考によって作りなおす」ことにほかならない。そしてそこには、多様なものをめざしているかにみえて、それに対する根本的な敵意がある。
柄谷行人「隠喩としての建築」(『柄谷行人集2』[岩波書店、2004]所収)

アレグザンダーはこのコメントを承認しないだろう。しかしアレグザンダー自身がどう考えようとも、環境のなかに潜む「構造」を探り出し『パターン・ランゲージ』(A Pattern Language: Towns, Buildings, Construction, Oxford University Press, 1977)にまとめ挙げることは、柄谷のいうように、「自然」を「作為」によってつく直すことにほかならない。私見では、この矛盾をアレグザンダーは自覚していたように思われる。パターン・ランゲージを用いて《盈進学園東野高校キャンパス》を設計していたとき、彼は参加メンバーに対して、パターン・ランゲージを忘れるように何度もくり返し主張していた。パターン・ランゲージに共感して参加した建築家たちは、それを聞いて一様に当惑した。彼らはパターン・ランゲージの方法に隠されている「自然と作為」のパラドクスを理解できなかったからである。
『パターン・ランゲージ』は環境を語り、つくるためのパターン(造型言語)の「辞書」であり、『時を超えた建設の道』(The Timeless Way of Building, Oxford University Press, 1979)はパターン・ランゲージによって環境を形成するための「文法」である。文章を書く際に、いちいち辞書を引き、文法を気にしていたのでは、自然な文章を書くことはできない。辞書と文法が身体化され、視界から消え去ったとき、初めて豊かな文章を書くことができる。まったく同じことだが、いちいち『パターン・ランゲージ』をチェックし『時を超えた建設の道』を参照しているようでは、豊かな環境をつくることはできない。ではどうすればいいのだろうか。ひたすらパターン・ランゲージを使い続けること。それによってパターン・ランゲージに慣れ、それを身体化すること。それ以外に方法はない。作為を反復し、それを突き抜けることによってしか、自然に到達することはできない。作為を自然に結びつけるのは、作為の反復だけである。それは時間をかけて意識を無意識へと沈め、身体化することだといってもよい。
この視点からいえば、「建築家なしの建築」は自然発生的な建築というよりも、名前は記録されていないが、優秀なクリエーターがデザインした建築が、人々に共有され、長い時間をかけて洗練されていった建築と考えるべきではないだろうか。それはアノニマス(無名)な建築というよりも、インコグニート(匿名)な建築と呼ぶべきだろう。そのように考えれば、現代においても「建築家なしの建築」は存在しうるし、新しいテクノロジーによるインダストリアル・ヴァナキュラーの可能性も見えてくるのではないかと思う。

Christopher Alexander, Note on the Synthesis of Form, 1964.
Christopher Alexander, A Pattern Language: Towns, Buildings, Construction, Oxford University Press, 1977.
Christopher Alexander, The Timeless Way of Building, Oxford University Press, 1979.


なんば・かずひこ
1947年生まれ。建築家。東京大学名誉教授。(株)難波和彦・界工作舍主宰。作品=《なおび幼稚園》「箱の家」シリーズほか。著書=『建築的無意識 ── テクノロジーと身体感覚』『戦後モダニズム建築の極北──池辺陽試論』『建築の四層構造──サステイナブル・デザインをめぐる思考』ほか。http://www.kai-workshop.com/





連載:Library for Architectural Theories

第7回:アフォーダンス理論の応用可能性
J・J・ギブソン『生態学的視覚論』書評

自然と作為のデザイン論
第6回:ヴァナキュラーから建築を考える
バーナード・ルドフスキー『驚異の工匠たち』書評

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