バックミンスター・フラー」展
YOUR PRIVATE SKY
             
神奈川県立近代美術館
米沢慧

 いわゆる紫陽花がにあう雨の鎌倉にリチャード・バックミンスター・フラーのドームを観にいった、というと誤解されるだろうが、とにかくある日の午後衝動的にでかける気になって、都内から車で1時間半。市街の喧騒をよそに館は人も疎ら。3台分しかない駐車場も空いていた。30年ぶりの鎌倉近代美術館だった。 フラーと鎌倉近代美術館。このミスマッチがなぜか気になったのは他でもない、わたしが編集者だった頃の数少ないこだわりをつらぬいた本(『現代の建築と都市』1971、自由国民社)を思い出させたからだ。この本は『現代用語の基礎知識』を刊行している版元が「現代建築の成果を追う総合辞典」とした全60章、A5判7ポ横3段組、図版点数1600点、486頁の大冊。執筆者は宮内康、東孝光、菊竹清訓、林昌二、月尾嘉男氏など総勢60人。大阪万博(1970)をはさんだ2年がかりの仕事だった。ちなみにこの事典の装丁は、カバー写真にスーパースタジオのマンハッタンのモニュメント計画、カバー裏にアーキグラムの同じく<歩く都市>計画を。表紙は磯崎新。そして本の見返しはフラードームの基礎概念図と原広司の有孔体でくるんだ。そして鎌倉近代美術館は取材した先のひとつでもあった。

 リチャード・バックミンスター・フラー(1895―1983)。機能主義者、技術主義者そしてマネジメントの才能もあり、ジュール・ベルヌ以上のロマンチストでもある。ツェッペリン飛行船で世界のどこにでも運べるという軽量の塔状プレハブの集合住宅「4Dハウス」。スリーホイィール、スリーモーターの「ダイマクシオンカー」にあまりにも有名な「ダイマクシオンハウス」そして「マンハッタンドーム」と常にセンセーションを起こしてきた。計画案の多くは夢想の段階にとどまっていたとはいえ、わかるようにフラーは、未来論的な建築あるいは都市をイメージするに際して欠かせないスターだったということだ。
 だが、鎌倉近代美術館にかけ込んでフラードームを観ることはできなかった。場ちがいの感がした。その理由のひとつはフラーの資料が研究室とか実験場の名残りのように分散され展示されていたことにもある。この美術館(坂倉準三建築事務所、1951)は池に面してテラスがあり、中庭をつくって変化をおさえながら外部の接触に救いをもたせるという、まさに古典的な美術館の定型の佇まいである。
 当然、そこはフラーの居場所ではない。小さな紙切れや手帳にこまめに描かれた概念図などは、美術館特有の(目にふれる部分の基調色を灰白色やシルバーなど単調にまとめ)作品やディスプレイの効果をきわだたせる配慮をした会場では彼の“夢想”は消されているし、ジオスコープも萎えた風船のようである。だが、ここで急いで救い出したいのだが、526頁という大冊の展示会プログラム・カタログ『YOUR PRIVATE SKY』を手にしたとき、その“グッズ”の膨大さにおどろき、あらためて納得した。要するに“フラー文献”の展示であること。これでフラーイメージ=ドームイメージという誤解が溶けただけではない。むしろ「いつかこのような時がくるだろう」というフラーの飽くことのない試行グッズが次世代の“未来”の光彩を掬いあげる力になっていることであろう。

 30年前の“未来”とはさしあたり21世紀への夢想を描き創造することであり、人類が宇宙人になることに向けられていた。そうだとすると、21世紀という“未来”に踏み込んだいま、宇宙ステーションの実現を数年先にしたいま、フラー文献は改めて“未来性”チェックに恰好な視点を与えていることになる。
[YOUR PRIVATE SKY]展でかいま観たわたしの感想はこうだ。
 フラーの夢想を整理してみると、未来性の軸の第一はダイマキシオン(=dymaxion) ・ハウスがプレハブ住宅の生産システムの考え方に与えた影響の深さとか、モントリオール万国博のジオデシック(=geodesic) ・ドームにみるシェルター構造に象徴させることができる。フラーによれば制御不可能だった大自然の制約は人間の意思の力によってひとつ一つ克服されていくのである。彼の概念を使えば「短命化の壮大な過程の実現」ということになる。ここでの“未来性”とは、私たちの社会、地球環境にとって、緊急かつ切実な課題に対応する能力、つまり実現性や可能性を見極める視座である。 
 もう一つの未来性の軸はフラーのいう「我々は、みな宇宙飛行士である」(『宇宙船地球号操縦マニュアル』1967)ということばに置き換えられるだろう。地球から宇宙への視線ではなく、ここは「短命化」を包みこむ地球の外部からみた人類の地球への意識であり、自覚であること。この視座は生命の根源に問いかけるメッセージでもあり、おおきくて深い。人類の永遠の課題あるいは人類の普遍的な設計案の提示である。急がないで探索しつづけながらなお留保し次世代に手渡すというような未来性の軸ということになる。 
この実現可能性(現実性)の軸と永遠性の二つの軸のあいだに“フラーグッズ”をおいてみると、夢想設計の関心の深さに節操(思想)をみることができる気がする。
 

▲『YOUR PRIVATE SKY表紙


▲『YOUR PRIVATE SKY』pp.122-123


▲『YOUR PRIVATE SKY』pp.138-139
▼『YOUR PRIVATE SKY』pp.178-179





『YOUR PRIVATE SKY』pp.358-359