家具と機械の解剖学
「イームズ・デザイン」展と「ダヴィンチとルネサンスの発明家たち」展
             
 

 今夏、東京において20世紀の優れたインダストリアル・デザイナー、イームズ夫妻の作品展とルネサンス時代の建設技術や機械技術を紹介する「ダ・ヴィンチとルネサンスの発明家たち展」が開かれた。400年以上もの時代を隔てた作家、イームズとレオナルド・ダ・ヴィンチは共に幅広いジャンルで活躍した芸術家だった。本稿ではこれらの展覧会を順に紹介したのち、両者の制作手法や思考方法における共通点について考察したいと思う。

「イームズ・デザイン」展
 イームズ夫妻の作品は家具や建築にとどまらず、グラフィックデザイン、子供のおもちゃ、ゲーム、映画など幅広いジャンルに及ぶ。6つのセクションに分けられた展覧会の会場には、彼らの多彩な作品が一堂に集められた。中でも1940年代および50年以降のプロダクトが展示されたセクション2と4には、一見ほとんど同一にも見える椅子が何脚も並べられている。しかしよく見れば、それらは色だけでなく脚の形や長さ、座面との接合部などが異なる幾通りものバリエーションなのだ。ここではこれらの椅子を中心として、多くのバリエーションを生み出した彼らの制作過程を見ていきたい。
 家具作家としてのチャールズ・イームズ(1907-78)は1940年にMoMAが開催した「オーガニック家具デザインコンペ」でデビューした。エーロ・サーリネンとの協同で作成したコンペ案は、座面から背もたれまでが一枚の合板で作られたワンピース型の椅子である(図1)。アアルトやブロイヤーの椅子が1方向だけにしか曲げられていなかったのに対し、2方向に曲げられた3次元曲面を持つイームズらのデザインは斬新だったが、その当時は合板を3次元に成形する技術がまだなかったため、すぐには生産には結びつかなかった。
 翌41年にチャールズはレイ(1912-88)と結婚し、ここからイームズ夫妻としての本格的な活動が開始された。彼らはまず3次元曲面の合板を作るための道具を自ら発明する。しかし最初に実現されたのは、椅子ではなく負傷兵のための脚用添え木だった。同じ時期に、成形合板により、垂直・平行安定板、機体の底部、パイロット座席、燃料タンク、ヒンジなど、飛行機の部品製作も研究された。彼らはこれらの部品を作る中で、椅子の製作においてもワンピースではなく座と背もたれを切り離した方が大量生産には都合がいいことに気づかされたという。
このときワンピースへのこだわりを一旦捨て、座と背もたれを切り離したことが、初期の名作DCW、LCW、LCM、DCMを生み出した(図2)。安価でデザインも優れているものを大量に生産するためには、デザイナー自身が大量生産のためのデザインやそのための工法を模索しなければならない。イームズは椅子を脚、座面、背もたれに分けて製作し、再び接合するという道を選んだ。
また、理想的なデザインを実現するためには、ジャンルを問わず新素材や新しい工法が模索された。たとえば、一度あきらめたワンピースの椅子は、後にFRPでプラスチックアームチェアやプラスチックサイドチェア、スタッキングチェアとして実現したが、これはMoMA主催の「ローコスト家具デザインコンペ」(1948年)で2位に入選した案を基礎として、戦闘機のレーダードームをFRP素材で製造していたジーニス・プラスチック社の協力を得て完成されたものだ。さらに、このワンピースの椅子はワイヤーメッシュによっても作られており、この技術はアメリカ初の意匠特許を獲得した。一方、それらの脚(図3)は冷蔵庫の棚の溶接技術を応用して開発されたが、その溶接の方法や形状も年代によって異なる。たとえば初期は4本の脚が十字に交わるXベースと呼ばれるものだったのに対し、55年ごろにはHベースと呼ばれる座面の裏側でH字型を形成する形状に変更された。最も有名なエッフェルタワー・ベースにも制作時期によって脚の先の形には3つの種類がある。このように椅子は大成功しても、なお、絶え間なく部分的な技術改良が進められた。つまりイームズの家具はまず幾つかのパーツに分解でき、そのパーツには多数のバリエーションが生みだされると同時に常に改良される。そしてそのパーツ、すなわち数種類の座面や脚は置換可能であるため、組み合わせを替えることにより幾種類もの椅子ができあがるのだ(図4)。
椅子を幾つかのパーツに分けた場合、それらを再び接合する技術も問題になる。脚と座面を直接ねじ止めした場合、荷重がかかったときの材の変形や座り心地などに問題が生じるが、彼らはショックマウントとよばれる丸いゴム製の小さなパッドを木製の背骨と背もたれや背骨と座の間に挟んで接合することによって、これらの問題を解決させた。このショックマウントはDCMやプラスチックアームチェアなど一連の椅子だけでなくテーブルにも用いられている。このように、一つのパーツは多様なプロダクトに用いられうるのだ。
全体をパーツに分け、接合するという方法は、家具だけでなく建築にも見られる。イームズの建築作品の数は彼らの作品全体からすると少ないが、最も有名なケース・スタディ・ハウスであるイームズ自邸は建築界に多大な影響力を及ぼした。彼らは、建築資材をすべて市販部品のカタログから選んだ上、当時住宅で使うことは考えられなかった工場建築用のパーツで窓やドアを作ったが、これは工業化建築のモデルとなる。さらに驚くべきは、これらのパーツが発注され搬入された後に、かなり大幅な設計変更が行われたにもかかわらず、追加発注された部材が大梁1本だけだったというエピソードだ。これは、イームズの建築もまた細かいパーツに分けられ、しかもそれらが置換可能だったことを示す。
イームズの目標は良質のデザインを安価で提供することであり、ローコストの家具を作るために。全体をパーツに分け、それらを合理的に接合させることによって、クオリティの高い家具を大量生産に導いたのだ。
ところで、複合的な機械やものを分解するというこの行為は、はるかに時代を遡りイタリア・ルネサンス期のレオナルド・ダ・ヴィンチに見出せる。            →NEXT

図1=「オーガニック家具デザインコンペ」に提出されたデザインボード(一部)

図2=LCM(LoungeChair  X Metal Legs)
1946年設計、1946-80年代制作
エヴァンス・プロダクツ社(-1949年)ハーマンミラー社

図3
図4=椅子のバリエーション