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73 アンコール遺跡

アンコール・ワットの前回に「続く」とは書いてみたものの。私が撮りアップした写真データの数々の前に立ち、それぞれの思いに至った道のりを800字をもっては、尽くせない書き出しであることに気づきました。冒頭にて謝ります。身の程知らず恥知らず毎度の私です。お許しください。

国民健康保険税×市条例によって課せられ世帯主=私の身になにかが降り注ぎました。国保税が高額なため支払えない。税を支払えない私は「気の病に陥るが防止法がない」。その滑稽は、近代法の制定過程での省略や運用と手続の現場で生産される。その滑稽は、私の実生活・身体と能力と法が、生来持つ、内包するそれぞれの矛盾によって生まれる。また官僚が意図的に生み出す狡猾な構造が運用の場に矛盾を多くすることを、具体的事例として示すものだ。それは近代思想に基づく市民平等を実運用する場での困難のひとつであるかもしれない。

保険税を払わない、支払い能力が無い私は射殺されることはないのだろうか。医療費を全額支払えば済む。医療費を支払う金がなければ家土地担保に高金利と知りつつ借り支払えばいいだけだ。だがそれは私の単なる思い過ごしかもしれない。私は射殺されることもあるだろうと覚悟し異議申し立て書を作った。

冷戦の下に起きたクメール・ルージュ(ポルポト派)の悲劇は、アンコール遺跡群の壁に刻印されたラーマーヤナやマハーバーラタの王権を巡る骨肉相争いの哀しみとは異なる。それは20世紀の政治が地球上の人間にもたらした新しい困難のひとつである。



トゥール・スレン虐殺博物館やキリング・フィールドとアンコールの遺跡群を案内している2人の20歳ほどの若者は身寄りのすべてを失い戦禍を生き延びたのだそうだ。人なつこい瞳と微笑みをもち目の前に立っている。「人間を殺し農作物の肥料にしました」「幼子の頭をかち割って脳みそを食しました」......なんて! ポルポト群の行為を語り続ける。人間が生き続けることによってしか生み出し得ない情報を身にまとい、生の口から言葉がいま生まれ、彼らの記憶が再生産されていく。

ふたつの負の博物館のなかにはおびただしい数の遺骨がある。彼ら2人の肉親かもしれないそれらの髑髏(しゃれこうべ)の鼻孔を通過した空気は私たちの体内を通過しカンボジアの大地をさっていく。カンボジアの大地は豊かである。米は年に3回は収穫でき淡水魚だって多量に捕れる恵まれた環境のなかでさえ20世紀のひとつの論理(法)は人間を肥料や食料にかえた。

アンコールの遺跡群は9世紀から13世紀にかけて造られ、17世紀末にはまったく見捨てられる。1860年にアンリ・ムーオによって再発見されるまでジャングルだった★1。しかし遺跡群の記憶が完全に閉ざされたわけではなかった。1295年より2年ほど滞在した周達観の見聞記「真臘風土記」は、一時とはいえアンコールの遺跡群内で営まれた生活の一断面を文字によって伝えている★2。風土記にある生活の様子は日本に生きた私とカンボジアに生きたガイドたちの生活とも遺跡を作り始めた王の生活とも異なっているはずだ。千年ほどの間に人のよるべき規範である数々の「法」はいま流れ過ぎた気流のように移ろいそして消えようが知る術がないのだろうか。

★1──博物学者・アンリ・ムーオによる『カンボジア・シャム・ラオス諸王国旅行記』は、1873年にパリで刊行された
★2──『アンコールの遺跡──カンボジアの文化と芸術』(今川幸雄・川瀬生郎編、霞ヶ関出版、1969)参照

佐藤敏宏(建築家/TAF設計)
http://www5c.biglobe.ne.jp/~fullchin/p2/p-2.htm



[撮影者:佐藤敏宏(建築家/TAF設計)]

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