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193 エチオピア

193 エチオピア

いつの頃からか、将来は未知の大陸アフリカをフィールドに働きたいと思っていた。それが幸運にも、社会人として初めての仕事で、エチオピアで働く機会を頂いた。入社して間もない2014年10月のことである、エチオピアといえばコーヒーで有名くらいの前知識しか無い状態で派遣され、南部諸民族州とアムハラ州で、合計30以上ある地方の小中学校の建設現場をまわり、監理を行なった。その後新たなプロジェクトの調査で訪れたティグライ州も含めて、2016年5月までのあいだに5度派遣され、エチオピアでの滞在は延べ8カ月ほどとなる。


初めて派遣されてからわずか1年半のあいだに、首都のアディスアベバも様子が変わってきた。国内で初となる電車・ライトレールが運転を開始し、大規模なマンションやショッピングセンター、小洒落たレストランも増えてきた。しかし驚くのは、そんな巨大なビルの建設現場でも、足場は現地で一般的に普及しているユーカリの丸太だということだ。アディスの街を歩いていたとき、突然道路脇の工事現場から足場の丸太が落ちてきたこともあった。現場の安全意識はまだまだ追いついていない。そんなエチオピアであるが、2014年の経済成長率は10.3%で世界1位を記録し、世界で最も成長している国となっているようだ。


しかし、地方の暮らしはほとんど変わっていない。アディスを出てしばらく車で走ると、エチオピアの主食インジェラの原料のテフ畑が広がり、牛の軍団が道路を占拠している。道路脇にはバナナの葉やサボテンに囲まれた、茅葺き屋根に土壁のきのこのような民家がぽつぽつと立ち並ぶ。中に入ると、台所・ベッド・牛小屋が一体となった造りで、小さい窓はあるものの、昼間でもかなり暗い。この暗い住環境によるものだろうか、エチオピア人は暗い所を好み、夜もなるべく電灯の明かりの届かない、暗いところで食事や談笑をしている。これがわれわれの建てた学校の教室にも影響し、教室に光を取り込むための窓も、ペンキで塗り潰されてしまうことがよくある。また土壁文化のためだろうか、角の丸く取れた民家の開口と同様に、学校の建設現場でもモルタル仕上げの建具まわりは、ともすると角がとれず丸くなってしまう。


その一方で、石積の技術には目を見張るものがある。特にエチオピア北部のティグライ州では、田舎の民家でもきれいに角をとった石をきっちりと積んでおり、石の技術が一般に普及しているようだった。日本では高価な材というイメージの強い石も、ここでの価格はコンクリートブロックよりも安いらしく、公立の学校でも石を使ったものが多い。また建築家の手がけた美術館や私立校でも、現地の石や有孔ブロック、エチオピアの道路舗装で近年普及してきたピンコロ石(約10センチ角の立方体に整形された石材)をうまく使用しており、石積についてほとんど知識の無い私にとって、今後新たに計画する学校の良い参考となった。


紀元前5世紀にアフリカ最古の独立国アクスム王国を誇ったエチオピアは、歴史と文化の国であり、仕事の合間をみて教会や史跡にも出掛けた。アフリカでキリスト教というイメージがなかっただけに、なぜ教会がと不思議に思ったが、エチオピアはアクスム王朝時代より長年キリスト教を国教としていたため、国教が廃止された現在も国民の6割程はキリスト教徒が占めているという。しかしそれはエチオピア正教という独自のもので、私のこれまで抱いていたキリスト教のイメージを覆すものだった。エチオピア正教では、グレゴリオ暦とは異なる独自のエチオピア暦を使用し、毎週2日間肉を食べてはいけない断食日もあり、豚もご法度となっている。教会に描かれた宗教画も、私がこれまで慣れ親しんできた西洋絵画のあれでは無い。教会の壁面いっぱいに、極彩色で天然パーマ、色黒の、何とも漫画チックでユーモラスな聖人や天使が描かれている。聖人までエチオピア人化されているのだ。また、これまで教会といえば、列柱の並んだバシリカ建築というイメージが強かったが、エチオピアの教会は円形のものが多い。そんな教会のなかで最も印象的だったのが、アムハラ州のタナ湖の島々に建てられた20余りの教会である。なかでもウラ・キダネ・ミレット教会は、エチオピア南部の民家と同じく茅葺き屋根に竹を組んだ壁で囲われ、なんともエキゾチックなものであった。


そして最後に、忘れてはならないのがエチオピアの個性的な民族達である。現場のある南部諸民族州には、諸民族州というだけのこともあり多数の民族が存在する。さすがに学校の建設現場の近くには、裸族や動物の革を身にまとう民族はいないが、少し南下するとお皿を口にはめることで有名なムルシ族や、牛飛びの成人儀礼を行なうハマル族、ボディペイントとダンスが好きなカロ族など、じつにさまざまな民族に出会うことができた。彼らが、アスファルトの舗装道路を歩き、普通の服を着たエチオピア人に混じり、街のマーケットで買い物をしている姿は、過去と現在が混在したような、不思議な光景であった。エチオピアでは、これらの民族を巡るツアーが盛んになってきているが、それに伴い「お金をくれる観光客」という意識が、彼らに埋め込まれてしまったことは残念である。どの民族を訪れても、写真を撮影するには1人5ブル(日本円で30円ほど)を要求され、お金が欲しい彼らは、私達の周りを取り囲み、写真を撮れ撮れとせがむ。彼らの自然な姿を見たかった私にとって、この状況は少々興ざめであった。


さりとて、エチオピアは何度訪れても新たな発見のある、魅力に満ちた国だと思う。これからも、私の知らないエチオピアに出会えるのが楽しみだ。



[撮影者:松宮かおる(Architect/株式会社毛利建築設計事務所海外設計部)]

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