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106 沖縄

沖縄の建築史においてもっとも語り継がれている建築家は金城信吉(1934-84)であろう。《那覇市民会館》《沖縄国際海洋博覧会沖縄館》といった、その建築物は県外でも紹介されてきた。その後の世代として、『世界の建築家581人』(TOTO出版、1995)でも紹介された現在60代の真喜志好一、末吉栄三、洲鎌朝夫らがいる。彼らは、少なくとも1960年代生まれまでの世代に影響を与えてきた。そして、仙田満の影響を受けた現在40-50代の建築家たちも沖縄建築界に現われてきた。琉球大学建設工学科(現:環境建設工学科建築コース)ができて30年が経つが、初期の体制では仙田が教鞭をとっていたためである。

現在、私は建築設計活動とともに沖縄で教育に携わっているが、インターネットなどの情報網の発達によって明らかに沖縄建築界の構図は変わってきているのだと思う。また、コンペなどによって選ばれた県外建築家が設計した建築物が多く見られるようになっている。これらは沖縄の建築界に刺激を与えているが、一方でそういった構図の変化のなかで問題になるのが「地域性」ということであろう。

今回、この企画のためにいろいろと写真を撮りにまわったなかで感じたことがある。沖縄の建築家もそうだが、県外の建築家によって建築される建築物が、過度に地域化されて捏造されたもののように見えてしまうことがある。問題は、そもそも沖縄でこれらのことを議論する場や、県外から評論される材料がほとんどなかったということだと思う。今回、で沖縄の建築物をいくつかご紹介させていただくことができるということは、非常に有意義だと感じている。とにかく沖縄建築を、全国区の評論の場に引きずり出すことが新たな一歩を踏み出す契機になりうるからである。沖縄だからということで、地域主義的な建築物として存在させ、「沖縄的」ということで思考をストップさせ、議論や評論さえ起こらない状況を続けてはいけないと思う。造形を過度に捏造して「沖縄化」しなくても、物質としてのパーツ(たとえば台風対策のための沖縄仕様のサッシなど)やディテールを見ると、十分に沖縄の特殊性、地域性を感じるのは私だけだろうか。

そういった意味で今回はごくわずかではあるが、議論のきっかけとなることを願い、沖縄の建築物を紹介させていただく。



[撮影者:入江徹(建築家/琉球大学准教授)]

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