第11回:建築の「時間デザイン」と「メンテナンス」という哲学

加藤耕一(西洋建築史、東京大学大学院教授)

パリ、ノートル=ダム大聖堂の屋根火災

2019年4月15日の夕刻、パリのノートル=ダム大聖堂の尖塔で火災が発生し、夜のあいだに大聖堂の屋根全体を焼き尽くす大惨事となった。筆者にとって最愛の建築ともいうべきパリ大聖堂がこれほどの被害を受けたことは、個人的にいまなお大きな衝撃なのだが、これから進むであろう大聖堂の修復は、建築の時間デザイン(文化財修復/リノベーション)の問題を考えるうえで、私たちに本質的な問いを投げかけてくることになるだろう。

連載第11回となる今回は、ノートル=ダムの屋根火災を足がかりにして、建築の時間デザインについて、いつもの通りモノの側面から考えることに取り組んでみたい。

この火災が私たちに突き付けた論点として、2つの点を提示することができる。ひとつはモラリティの問題、もうひとつは歴史的建築の再生における「対比と同化」というデザイン手法の問題である。

ヴィオレ=ル=デュク批判というモラリティ

ノートル=ダム大聖堂の尖塔がメラメラと燃え上がり、遂には折れ曲がり、崩れ落ちるという衝撃的な映像がテレビやインターネットで中継されるなか、フランス国内では、Twitterなどで「あの塔は中世のオリジナルではなく、19世紀にヴィオレ=ル=デュクが再建したものだから、ショックを受ける必要はないのだ」というような意見が飛び交ったのだそうだ。

このような意地の悪い意見表明が多数なされた背景には、近代的文化財修復の草分けであったヴィオレ=ル=デュクの修復は「誤ったものだった」という、繰り返しなされてきた批判がある。なかでもパリ大聖堂の尖塔の足下に取り付けられた12体の聖人像に対する批判はよく知られている。4つの稜線に3体ずつ階段状に並べられた12使徒たちは、大聖堂の屋根の上からパリの町を穏やかな表情で見下ろしているが[fig.1]、南東側の最上段に立つ聖トマスだけは、眩しそうに額に左手をかざしながら尖塔を見上げている。その顔はヴィオレ=ル=デュク自身がモデルとなっており、彼自身こそが、この尖塔をデザインした建築家であることを強調するかのように、右手にはスコヤ(直角定規)を持っているのだ[fig.2]。また同じノートル=ダム大聖堂においては、今回の火災で焼失した木造の尖塔ばかりでなく、ファサードの石造の双塔においても、彼は「キメラ」と呼ばれる怪物彫刻群を多数デザインし、付け加えている。

fig.1──パリのノートル=ダム大聖堂、火災前の尖塔基部。12使徒の像と4人の福音書記者の象徴を象った像が並ぶ

fig.2──12使徒のうちヴィオレ=ル=デュクの似姿となっている聖トマス(写真奥) (ともに筆者撮影)

このような、歴史的事実に反する彼の「修復」は、きわめてわかりやすいかたちで批判されてきた。焼失した木造の尖塔についても、「あの」ヴィオレ=ル=デュクが、彼が理想とするデザインで新築したものにすぎず、中世の「オリジナル」ではないとして、偽物扱いされてきたのだった。

だが1859年にヴィオレ=ル=デュクのデザインによって完成し、2019年の火災で焼失するまで、160年にわたってパリの町を見下ろしてきたこの尖塔は「偽物」の建築なのだろうか?

火災から一夜明けた4月16日、エマニュエル・マクロン大統領は、この大聖堂を(パリ・オリンピックが開催される)2024年までに再建(修復)すると宣言した。この発言を受け、翌4月17日になるとエドゥアール・フィリップ首相は、焼失した尖塔を「元通りに再建するのか、現代の技術を用いた新しい尖塔にするのかを決断するために(...中略...)尖塔再建の国際建築コンペを行う」と宣言することになる。この宣言によって世界中の建築家たちが色めき立ち、インターネット上に数々の提案が溢れかえったことは、よく知られている通りである。

だが、ノートル=ダム大聖堂が世界遺産「パリのセーヌ河岸」の範囲内でも最重要モニュメントであることを考えれば、普通ならば「元通り(identique)」に修復するのが定石であろう。それにもかかわらず「新しい尖塔」のデザインを求める建築コンペを行うという政治発言が飛び出した背景には間違いなく(オリンピックにまつわる政治判断もあったにせよ)、文化財のルールに基づいてヴィオレ=ル=デュクを批判してきた積年の「モラリティ」があったわけである。歴史的建築を守るために高められてきた文化財のルールとモラリティが、歴史的建築をそのままの姿で(文化財的に)継承することを危うくしているというのは、なんとも皮肉なことである。

いや、モラリティの観点から建築を論じることの危険性は、「皮肉」などという軽口では表現しきれない、本質的な問題を孕んでいるのだ。

歴史的建築リノベーションにおける「対比」のデザイン

フランスの首相エドゥアール・フィリップが国際建築コンペを宣言するや否や、世界中の建築家たちが「われこそは」と、華やかなリノベーション案をウェブサイト上で提案した。それらの多くに共通するのは、ガラスと鉄を用いた未来的なデザインである。それは過去20年ほどにわたって世界中で試みられてきた、歴史的建築のリノベーションにおける典型的な手法といえるだろう。ノーマン・フォスターによる《ライヒスターク》(国会議事堂、ベルリン、1999)、安藤忠雄による《国際子ども図書館》(上野、2000)など、近代の歴史主義的な建築の数々が、真新しい増築部分と時間性を帯びた既存部分の新旧対比を強調したデザインによって成功をおさめてきた。

だが、パリのノートル=ダムの屋根の上で輝かしくデザインされたそれらの提案に、どうにも違和感を覚えずにいられないのはなぜだろうか。

拙著『時がつくる建築──リノベーションの西洋建築史』(東京大学出版会、2017)において、リノベーションの創造性を主張してきた筆者が、パリのノートル=ダムに限って、リノベーションに否定的になるのは論理矛盾だといわれるかもしれない。筆者自身、この建築が大切であるという個人的な感情を優先させて、建築の保存を強硬に主張する保存原理主義者のような態度に陥ってしまっているのだろうか?

だが冷静に考えれば考えるほど、パリのノートル=ダムに新旧の対比を強調させるような屋根と尖塔を付け加えるのは、優れたデザインとは思えないのだ。このようにいう筆者に対して、「ひとまずやってみて、うまくいかなければまた壊してやり直せばいいではないか」と諭す人もいた。だが、そのような態度こそ、筆者が批判した「点の建築史」の態度ではないだろうか? 歴史的建築に対するリノベーションが、単なる仮設的なインスタレーションにすぎないとしたら、現代のリノベーションが「線の建築史」になることは、けっしてないだろう。じつは、文化財保存の側でしばしば語られる可逆性(reversibility)の原則も同じ問題を孕んでいる。この原則もまた、現代の増築部分を仮設的なものと見做すよう求めているからだ。

このように考えてくると、ようやく違和感の正体が見えてくる。それはデザインにおける時間スケールの問題なのだ。800年の時間を生き残ってきたノートル=ダム大聖堂に対して、ガラスと鉄の新築部分は、せいぜい数十年の時間スケールしか有していないように思われる。築100年程度の近代建築(たとえばベルリンの《ライヒスターク》は1894年竣工、上野の《帝国図書館》は1906年竣工)であれば、新旧対比を強調するリノベーションによって、ひとまず数十年延命するというのは、ありうる時間スケールであろう。しかし築800年のノートル=ダムは、火災がなければ今後さらに数百年を、易々と生き続けたはずである。その建築に対して、瞬間的(点の建築史的)デザインで応じるのは、どうかと思うのだ。


201912


このエントリーをはてなブックマークに追加
INDEX|総目次 NAME INDEX|人物索引

PROJECT

  • パブリック・トイレのゆくえ
  • TOKYOインテリアツアー
  • 建築系ラジオ r4
  • Shelter Studies
  • 再訪『日本の民家』 瀝青会
  • TRAVEL-BOOK: GREECE
  • 4 DUTCH CITIES
  • [pics]──語りかける素材
  • 東京グラウンド
  • 地下設計製図資料集成
  • リノベーションフォーラム
『10+1』DATABASE

INFORMATIONRSS

対談「磯崎新×浅田彰」「インポッシブル・アーキテクチャー」展(大阪府・2/15)

国立国際美術館で開催中の展覧会「インポッシブル・アーキテクチャー──建築家たちの夢」の関連企画とし...

座談会「彫刻という幸いについて」(府中市・2/23)

府中市美術館で開催中の展覧会「青木野枝 霧と鉄と山と」(3月1日まで)の関連企画として、座談会「彫...

展覧会「超看板 SIGNS & BEYOND Vol.2」(渋谷区・1/10-19)

「超看板」は、建築家、デザイナー、アーティストなど、異なる分野で活動するコラボレーターと協働し、既...

展覧会「アイノとアルヴァ 二人のアアルト 建築・デザイン・生活革命」(江東区・12/20-2/27)

世界的建築家のアルヴァ・アアルトとその妻、アイノ・アアルトが1920年から1930年にかけて追及し...

「いま」を考えるトークシリーズVol.9「観光と都市のモビリティそしてアート」(京都・1/11)

多様な角度から同時代の社会を知り、捉え直すためのトピックを挙げ、それにまつわるゲストを招く連続トー...

安藤忠雄早稲田大学特別講演会「夢かけて走る」(新宿区・1/21)

2020年1月21日に早稲田大学西早稲田キャンパスにて、 安藤忠雄氏の早稲田大学特別講演会「夢かけ...

展覧会 「モダンデザインが結ぶ暮らしの夢」(港区・1/11-3/22)

1928年、初の国立デザイン指導機関として仙台に商工省工芸指導所が設立され、1933年には来日中の...

対談 「岡﨑乾二郎──視覚のカイソウ」展 斎藤環+岡﨑乾二郎(愛知県・1/13)

豊田市美術館で開催中の展覧会「岡﨑乾二郎──視覚のカイソウ」の関連企画として、本展出品作家の岡﨑乾...

「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」(千代田区・-2/2)

わたしたちのくらしにとって窓はほんとうに身近なもの。それは光や風を室内に取り入れながら、寒さや暑さ...

「磯崎新─水戸芸術館縁起─」(茨城・11/16-1/26)

建築家・磯崎新による美術館設計を振り返るシリーズの一環として、当館では水戸芸術館の設計コンセプトや...
建築インフォメーション
Twitter Feed
ページTOPヘ戻る