ポストモダンの非常出口、ポストトゥルースの建築
──フレドリック・ジェイムソンからレザ・ネガレスタニへ

仲山ひふみ(批評家)

ボナヴェンチャー・ホテルと世界の終わり

地球温暖化、あるいは人新世というトラブルは、私たちの厄介な友である。この友が私たちの前に初めて現れたのはいつかを考えるとき、私たちはフィッシャーのあの「資本主義の終わりより......」のイディオムを通じて、その言葉が初めて使用されたフレドリック・ジェイムソンのポストモダン論に行き着くことになる。私たちの「危機」はたしかに〈実在論的〉には18世紀末の産業革命とともに、蒸気機関の発明や熱力学の勃興とともに始まった。つまり、いわゆる「近代」とともに。しかし、はたしてそもそもそれ以外の仕方で、私たちは私たちの文明を発展させることができたのだろうか、それは可能なシナリオだったのだろうか。そのような共(不)可能性の問いを立てるや否や、私たちの思考はふと立ち止まらざるをえなくなる。ナポレオンがルビコン川を渡らない可能世界は十分に考えられる。だが、いかなる歴史的政治的条件を仮定するにせよ、石炭と石油とを用いずに、私たちが現在享受しているのと同じかそれ以上の技術をもった文明をこの地球上に築くというのは、私たち人間にとってはたして可能なことだったのだろうか......。石油(エネルギー)をめぐるこのような問いに関連して、私たちはのちに例の加速主義の思想とも関係の深いレザ・ネガレスタニという人物のある小説の読解を試みることになる。だがその前に私たちは、「私たちにとって」の「危機」と呼ばれるものが〈言語論的〉には、すなわち言説の系譜学という観点からすると、ポストモダンという時代とともに始まったということを確認しておかねばならない。そのために少しばかり寄り道して、ジェイムソンの建築論を振り返っておく必要がある。「資本主義の終わりより世界の終わりを想像するほうがたやすい」というあのミームの来歴を少しでも特定するために。

***

ジェイムソンはもともとサルトルの実存主義的唯物論、フランクフルト学派の批判理論、構造主義的記号論の紹介者として70年代初頭から頭角を現した新左翼の書き手であるが、80年代初頭より多くのポストモダン論を著し、現在ではそちらの印象で語られることのほうが多い。彼のポストモダン論は、この「時代精神」を単純に言祝ぐのではなく、マルクス主義的な立場から社会的全体性との関わりにおいてその出現の意味を構造的に分析し、批判していく点に特色がある。そして言うまでもなく社会の全体性との関連でポストモダンを語る際には、建築と都市のテーマは避けては通れない重要性を帯びてくる。その意味では、まさしく全体性のカテゴリーを無効化するようなものとして現れた、科学と技術の領域(すなわち知に関わる領域)におけるいくつかの変化のうちにポストモダンという時代の本質的条件を見てとろうとしたジャン=フランソワ・リオタールとは、対立とまでは言えないにせよ、論の力点の置き方が異なっていたかもしれない。リオタールが表面の変化に優先権を認めたとすれば、ジェイムソンは深層の不変性にこそ注目した。むろんジェイムソンも建築以外の映画や美術といった分野にポストモダンが抱える構造的ジレンマの徴候が現れることは否定していないし、現にそれらを論じてもいる。だが建築という分野が、少なくともそのルネサンスからモダニズムまでの歴史的展開を通じて、時代ごとの社会的必要や趣味などに応じて変化しつつも、一貫して諸部分の有機的統合や機能的調和、コスモロジカルな全体性の表現に心を砕いてきたことは否定しようがないし、またさらにポストモダン、もしくはジェイムソンの呼称に従って「後期資本主義」の時代に特徴的なこととして、土地投機や都市開発といった「世界システム」の政治経済的ダイナミズムが、建築/都市の美学に対して及ぼす直接的な影響や腐食作用といったことも無視できるものではない。そのようなわけでジェイムソンのポストモダニズムをめぐる省察において、建築/都市のトピックをめぐる語りは、必然的に範例的な位置を占めるといった様相を呈している。

「都市」が開放性と遊戯性の隠喩であるように、「建築」は構造的閉域の隠喩としても機能する。そのような隠喩としての建築へのジェイムソンの関心は、ある意味では『言語の牢獄』や『政治的無意識』といった80年代以前の著作から始まっていた。とはいえ「構造」の隠喩としての「牢獄」が「牢獄」の隠喩としての「構造」となり、さらにはほとんど文字どおりの「牢獄」的「空間」にまで行き着くのにそれほど時間はかからない。多少議論を先取りして言うなら、建築に対するジェイムソンの関心のこのような変化は、ポストモダン状況が深まりを見せるなかでその理論的基礎が記号論的パラダイムから情報論的パラダイムへと移行したことにほぼ対応している。つまり彼のポストモダン論は最初から情報論的(ネットワーク理論的)パラダイムを前提にしているのだ。

ジェイムソンのポストモダン論は主に『ポストモダニズム、あるいは後期資本主義の文化的論理』『カルチュラル・ターン』『時間の種子』という重複したテクストもある3冊の著作にまとめられている★13。これらすべての著作において建築の問題はそれぞれ違った角度から論じられている。挙げたうち最後の1冊において(実際には同じテクストが重複しているので「最後の2冊」と言うべきだが)、ジェイムソンは「資本主義の終わりを想像するよりも世界の終わりを想像するほうがたやすい」というあの有名な台詞(の元になるもの)を吐いている。これが同年に出版されたアンソロジーの序文でジジェクにより引用され、その後さまざまな記事やインタビューのなかでこのラカン派精神分析とドイツ観念論で武装した理論家により繰り返し唱えられることになった★14。マーク・フィッシャーも『資本主義リアリズム』のなかでこの台詞を引用していることは、すでに述べたとおりだ(詳述は避けるがついでに言っておけば、フィッシャーの著書の日本語訳が出版された際に散見された「ジジェクと言っていることが基本的に変わらない」という否定的反応は、いわばこのミームを通じた類縁性に対する反応だったのであり、実際にはフィッシャーの思考はジジェクよりもジェイムソンの側に多くのものを負っていると言われねばならない)。要するに、「世界の終わり」というミームの最初の拡散と、ジェイムソンのポストモダン建築(やSF小説)をめぐる考察とは時期的に並行していたということである。だとすればジェイムソンの建築論のうちに「資本主義の終わりよりも世界の終わりを......」の解釈のための鍵を探るという企てもあながち無理筋ではない。それに関連して差し当たり次のような問いが立てられる。すなわちポストモダン建築が提起する「内部」と「外部」の関係をめぐる空間的パラドクスの問題は、「世界の終わりを想像するほうが......」というミームが提起する時間的アポリアの問題といかにして関わりをもつのだろうか。

細部に踏み込もう。例のパンチラインをジジェクが最初に引用した際には、ジェイムソンが使用したとされる「世界の終わり」というシニフィアンに対しては明確に「生態学的破局」というシニフィエが与えられていた★15。しかし、ジェイムソンが最初に「資本主義の終わりより世界の終わりを......」と述べた際には、その言葉は必ずしもエコロジー的な問題のことだけを言わんとするものではなかった。それは次のような仕方で書きつけられていたのである。

「歴史の終わり」の後でさえ、ある種の一般的システムとしての──たんなる逸話としてではない──歴史への何らかの好奇心が存続していたようである。すなわち、たんに次に何が起こるかということを知るためだけでない、現状のシステムあるいは生産様式といったものの広範な運命や行く末についてのより一般的な不安としての好奇心が、である──これに関して個人的経験(ポストモダンな種類のそれ)が私たちに教えてくれるのは、そうしたシステムないし生産様式は永遠のものであるに違いないということだが、他方で私たちの知性は、この感情が伝えているのは実際には最もありえそうにない事柄だと示唆しながらも、このシステムないし生産様式の解体や置換に関する信憑性のあるシナリオを見つけ出すことができずにいる。今日の私たちにとっては後期資本主義の瓦解よりも大地と自然との徹底的な劣悪化を想像することのほうがたやすいようであるが、もしかしたらそれは私たちの想像力の弱さのせいであるかもしれない★16

「無底」、基礎づけの放棄という懐かしい主題。この直後に「ポストモダンという語はこの種の思考のためにとっておくべきだと考えるようになった」とジェイムソンは告白する。フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」論などを目端で捉えつつ、80年代のそれとは違う意味が90年代のポストモダン論には付与されることをいまやジェイムソンは自覚せざるをえない──こうして例のイディオムのなかには「資本主義の終わり」(「後期資本主義の瓦解」)というイデオロギー素が含まれることになった。あえてぶっきらぼうに言ってしまえば、ジェイムソンにとってポストモダン思想とは、加速主義がそうであるように、まず何よりも新種の時間性についての理論である。歴史が終わった後でもなお持続する、基本的な方向づけを失った巨大な時間的発展に関する、おそらくは想像力不足な思弁の企て、あるいは障壁だらけの、時間的に区切られた有限なパースペクティヴのなかで未来(と、この未来に向けて自己展開していかざるをえない現在)を論じることの原理的な困難。こうしたものが「ポストモダン」という語に託された意味であるとするなら、そこに「人新世」が突きつけるのときわめて似通った問いが含まれているのは一目瞭然である。何が何に決定的な影響を及ぼすことになるのか、増大した複雑性のなかでは断言することができなくなり、予測不可能性と不確実性とが増大して私たちの意識のキャパシティーは圧迫され、あるいは麻痺させられる。責任回避が常態化しつつも、セキュリティはけっして壊れることがない。壊れた時にはもうその夢から覚めているだろうから......。

注意すべきなのは、この予測不可能性という性質が、じつのところここでアイロニカルに語られる対象としての「世界の終わり」についても等しく当てはまるという点だ。「大地と自然との徹底的な劣悪化」というのはたしかに環境破壊を連想させる言葉づかいだが、そう言い切っているわけでもなく、ある種の象徴主義的曖昧さのうちに留まっている。私たちは実際にはこれらの文字列から何を連想するよう求められているのだろうか。そのような疑念は『時間の種子』後半部でレム・コールハースの建築が詳しく取り上げられているのを見ることで、さらに強められることになる。ジェイムソンによって「ダーティ・リアリズム」とも呼ばれるコールハースの建築は、周知のように、都市それ自体がもつ錯乱的な汚染の力能(ショッピング)、機能障害とリセットの詩学(ヴォイド)といったものを特徴としており、またそのような都市のカオスを建築自身が「全体性」において「反復」してしまうような事態から切り離すことができない★17。ジェイムソンも指摘するとおり「ダーティ・リアリズム」の概念には一種の混乱が見られるが、その混乱自体が(モダニズムの建築がそこからの切断と独立を願ったような)ダウンタウン的日常生活の無秩序や汚らしさとアレゴリー的に裏表の関係になっている。すなわち、そこで「徹底的な劣悪化」を被っているのは普通の意味での「自然環境」ではなく、「自然」の予測不可能な一変種としての都市自身なのである。都市としての自然が、自然としての都市を破壊(自傷?)する。このような状況は「ダーティ・リアリズム」の世界を生きる主体に対し、ある決定的な決定不可能性の感覚をもつことを要求してくる。そして、そのような不確実性の感覚こそが、例の警句を引く際のジェイムソンにあってジジェクその他のミーム使用者たちに欠けているところのものなのだ。考えてみれば、あらゆる局面での「信憑性のあるシナリオ」の構築の困難こそがポストモダンの個人的経験を真に特徴づけているのだとすれば、「大地」と「自然」が私たちの想像したとおりのものである保証はどこにもないし、その「徹底的な劣悪化」にしたところで、私たちが想像するようなかたちでの劣悪さや徹底性を意味しているとは限らない。「終わり」の意味について、何ひとつ約束されてなどいないのである。あるいはむしろ「徹底的な劣悪化」を被っているのは私たち自身の想像力、この不確実性の感覚そのもののほうであるかもしれない。こうした読み方が過剰に厳密ぶったものではないと言える証拠に、上記の引用箇所の最後で、ジェイムソンは私たちの想像力の弱さこそがこうしたパラドクスの原因であるかもしれないということにさりげなく言及してもいる(そしてそれが「かもしれない」ということでしかないのもまた、おそらくは私たちの想像力の弱さゆえなのだ)。

2000年代初頭にコールハースが発表した「都市へのプロジェクト(Project on the City)」の一連の出版物や「ジャンクスペース」などの都市論的テクストを取り上げた論考「未来都市」において、ジェイムソンは「資本主義の終わりよりも......」の警句を再び唱えている。ただし、今度は明示的に「世界の終わり」という語を用いつつ。コールハース自身によって提唱された、あらゆるものが消費空間のなかに吸い込まれ、劣化し、そこにおいて歴史それ自体が絶対的に崩壊する場所としてのジャンクスペースを思考するために、ジェイムソンは「いくつもの世界の終わり」をドライに描き出すSF作家J・G・バラードの小説群を補助線にすることを提案するだろう。「というのも世界の終わりこそがここで問われている当のものだからだ。〔......〕いつだったか誰かが資本主義の終わりよりも世界の終わりを想像するほうがたやすいと言っていた。私たちはいまやこれを修正して、世界の終わりを想像することを通じて資本主義の終わりを想像しようとする試みについて証言することができる」★18。ここでジェイムソンはコールハースのジャンクスペースの地図化不可能な(「認知地図 cognitive mapping」はジェイムソンの批評の重要な概念であり、加速主義者らによっても取り入れられている)空間的性質と、「歴史の終わり」としての「世界の終わり」の時間的不確定性、バラードの小説に見られるようなその思考可能なヴァリエーションの複数性(「いくつもの世界の終わり」)とを結びつけ、思弁的かつ弁証法的な飛躍を行っている。再び語り手自身の心的能力の不安定性にも目を向けるなら、この箇所でジェイムソンが、かつて自身が用いて有名になったフレーズを「誰か(someone)」が述べたこととして、あたかも伝聞のように報告していることも興味深いと言わねばならない。警句はそこですでにミームになりかけている。

しかしジェイムソンにおいて「世界の終わり」の概念が「歴史の終わり」の概念とむしろ関係づけられており、通常の意味での地球温暖化や環境危機とは関わりが薄いからといって、それらがまったくの無関係だと判断するべきではない。というのも私たちがいくつもの迂回路を経てようやくその輪郭に迫りつつある認識とは、以下のようなものだからだ。世界(いわゆる客観性)の側での、おそらくはネットワーク科学の語彙で記述可能であるだろう予測不可能性や不確実性といった「危機」的諸性質は、最終審級における内在的トレードオフの構造のなかで、この「危機」について思考する人間(いわゆる主観性)の側にも等しく跳ね返り、両者の相関性の徹底化において高次の予測不可能性や不確実性をもたらすことになる──そしてそれこそが「人新世」のトラブルの通常の状態だということ、これである。この認識の基本的図式は、環境問題とは一見まったく接点がないように思われる、ポストトゥルース状況の説明においてもほとんど違和感なく妥当する。なぜならこの2つのトラブルの名はともに、ここでは詳述しないが、存在論的ネットワーク化による情報論的全体論を前提としたうえで展開される、非相関主義的な実在論的(超限的)多元論に関わるものとして捉えることが可能だからである。ジェイムソンのポストモダン建築論は、「資本主義の終わりよりも世界の終わりを......」というミームの意味論的決定不可能性と語用論的反覆可能性とを通じて、時間的予測不可能性と空間的不確実性とをポストモダンにおける「地図化不可能な経験」の問いとして接合することに見事に成功するだろう。かくしてジェイムソンの手で記号論的パラダイムを乗り越えさせられ、マルクス由来の弁証法的論理の「熱」を加えられることで、情報論的パラダイムのもとで鋳直されたポストモダンの概念は、次いで登場するポストトゥルースの実在論的なパラダイムに先駆けて、ほとんどそれを予告するかのような佇まいを呈している。

***

私たちはここまで記号論的/情報論的/実在論的パラダイムという言葉を特に定義することなく用いてきた。しかし今後の議論の見通しを得やすくするためにも、大まかな整理はしておくべきだろう。この3つのパラダイムは第二次世界大戦後の現代建築における主要な美学的トレンドに対応していると同時に、現代哲学におけるファンダメンタルな(おおむね存在論的な)理論的トレンドの推移にも対応している。つまりそれらは2つの移行過程のファジーな相同性を前提としている。建築と哲学のあいだでの理論的発展の相同性を仮定することはそれ自体ポストモダン的な身振りであるため、私たちはこれら3つのパラダイムを広義のポストモダン状況に包摂されつつ、それを内的に分節化するものと見なすことができる。狭義のポストモダンは記号論的/情報論的パラダイムのみであり、その2つのあいだでの移行はおおよそ構造主義(レヴィ=ストロース、ラカン、バルト)からポスト構造主義(フーコー、ドゥルーズ、デリダ)へという動きに対応する。ジェイムソンがポストモダン論を書き始める以前の『言語の牢獄』や『政治的無意識』で依拠していたのが前者のパラダイムであり、ポストモダンをめぐる3冊の著作で依拠しているのが後者のパラダイムである。情報論的パラダイムを象徴する出来事はベルリンの壁崩壊(冷戦終結)とWWWの運用開始であり、こうした90年代初頭の出来事の前後に集まるようなかたちでこのパラダイムに属するさまざまな理論的言説が現れることになる。それゆえ原著が79年に出版されたリオタールの『ポストモダンの条件』や主に80年代に発表されたテクストから成るジェイムソンの『ポストモダニズム、あるいは後期資本主義の文化的論理』が情報論的パラダイムに属すのは奇妙なことではない。ラトゥールの「非近代」の概念が提示された著作も冷戦終結を契機として書かれており情報論的モデルを採用しているが、彼自身はポストモダンという名称を拒否することで実在論的モデルにより接近している。情報論的モデルと実在論的モデルのあいだでの断絶は、狭義のポストモダンとポストトゥルース(後者の始まりは2008年のリーマンショックと2010〜12年のアラブの春におおよそ位置づけられ、技術的にはFacebookとTwitterの一般的普及によって象徴される)との切れ目に対応するとともに、この2つを合わせたものが「人新世」における思考のモデルを提供している。なお相関主義批判のアーギュメントと、世界の理由なしでの変化/消滅の可能性の主張とを軸とするカンタン・メイヤスーらの思弁的実在論はその名のとおり実在論的パラダイムに属しており、フィッシャーやランドらの加速主義はそのサイバネティクス的概念装置において情報論的モデルにも接近するが、全体としてのシステムの崩壊というテーマ、およびミーム(みずから実在的なものになろうとするイディオム)の思弁的使用において決定的に実在論的モデルに属している。

私たちは最終的には、この複数の名をもつトラブル、すなわち「世界の終わり」の多重実現可能性をめぐり★19、実在論的モデルのもとで思考するための方法を探りたいと考えている。加速主義と思弁的実在論の潮流に属するイランの小説家レザ・ネガレスタによる石油の行為主体性(エージェンシー)をめぐる地哲学(ジオフィロソフィ)的な省察は、そのような方向性での探求の優れた実例を提供してくれるだろう。だが、その検討に移る前に、私たちはポストモダン建築をめぐるジェイムソンの省察が、その予見性の強度に関して頂点に達していると思われるテクスト上の地点を一瞥しておきたい。そこで彼は狭義の──むろん広義のそれである可能性も否定できないのだが──ポストモダンの出口(イグジット)なき状態について記述している。同じ状態を私たちは先ほど「地図化不可能な経験」という言葉で表現したわけだが、そのような経験の分析に関して、ジェイムソンのポストモダン建築論において範例的な(建築自体がポストモダンにおいて範例的分野であるのだから二重に範例的な)位置を占めるのが、ジョン・ポートマン設計によるロサンゼルスの《ウェスティン・ボナヴェンチャー・ホテル》(1976)である。この建築物をジェイムソンは「ロバート・ヴェンチューリやチャールズ・ムーア、マイケル・グレイヴス、また最近ではフランク・ゲーリーをその主要な支持者とするところのポストモダン建築とはさまざまな点で異なった特徴をもつ」が、それにもかかわらず「ポストモダン的空間の起源に関するいくつかの印象的な教訓をもたらしてくれる」ものだと評価している★20。ポストモダニズム建築が通常得意とする歴史的様式の引用や記号論的操作などとはまったく無縁に思われるこのホテルの空間に、ジェイムソンはいったい何を見出したというのか。

ハイアット・リージェンシーなどのリゾートホテル建築の第一人者であり不動産開発者としての顔ももつポートマンの建築を取り上げることで、ジェイムソンのこのボナヴェンチャー・ホテル論はたんなる作品論・作家論の範疇から大きく外れたテクストになりおおせている。だが、それはのちにコールハースの思索に託して語ることになるような純然たる都市論・風景論でもないのであって、まだあくまで建築論的コードの枠内に収まっている。つまり、建築はまだ内部と外部の境界線を失ってはいない。とはいえジェイムソンはボナヴェンチャーの内部へと向かうエントランスが奇妙な仕方で外部である都市から隠されるような位置に置かれていることや、その外壁をなす反射ガラスが互いに映り込みつつあたかもミラーコーティングされたサングラスのように都市からの視線を遮っているといった点から、「ボナヴェンチャーは全体的空間、完全なる世界、一種のミニチュア都市になることを欲して」おり、また「都市の一部であることを望まず、むしろその等価物にして代替物であることを望んでいる」と指摘することを忘れないだろう★21。都市からの切断はモダニズムにおいてそうだったように、建築空間の独立的ないし自律的な価値(差異)を表明するものではなくなっている。むしろ、ここに見られるのはコールハースの「ダーティ」な建築と同形的な特徴、すなわち「全体性」の「反復」なのである(都市が、自然が、世界が、資本主義によるこの全体的空間の無自覚な反復に巻き込まれてゆく)。

ジェイムソンはホテルの吹き抜けに面したショッピングモール的な区画や、またそこから降りてフロントに向かうために使用しなければならないディズニーランドを連想させるようなエレベーターやエスカレーターなどの移動装置にも目をつける。彼によれば、それらは弁証法的な自己言及性によってそれ自身の内容の物象化でしかなくなった近代的運動の「アレゴリー」であり、私たちはホテルのなかでどれほど動き回ろうともはやどこにも到達することはできない。入口もなければ出口もないのだ。このような感覚は「4つの対称的な客室棟と付随するエレベーター」のあいだに挟まれたロビーに降り立ち、「6階の透明な屋根で覆われたいくつものバルコニー」や「ミニチュアの湖に取り巻かれた巨大な円柱」を目にするとき頂点を迎え、ジェイムソンをして「〔空間的〕ヴォリュームを把捉することが不可能であるため、このような空間は私たちがヴォリュームの言語を用いることをもはや不可能にする」とまで言わしめる★22。4つの客室棟の「絶対的な対称性」──同一性にもとづく反復──によるロビーでの方向感覚の狂いもまた★23、このような失語症的体験を助長するだろう。かくしてジェイムソンが描き出すポートマンの商業建築において、ホテルはもうひとつの都市、全体=内部としてみずからを定立し、主体がそこから脱出することはもはや不可能と感じられるような麻痺的な空間−時間を作り出すことになる。このような空間−時間をジェイムソンは「ハイパースペース」と呼ぶ。「空間におけるこの最近の変化──ポストモダン的ハイパースペース──はついに個人の身体がもつ諸能力、すなわちみずからの場所を見出し、その周囲の無媒介的環境を知覚的に組織化し、地図化可能な外的世界におけるみずからの位置を認知的にマッピングするという能力を超越することに成功したのだ」......★24。ジェイムソンの戸惑いが世代間のずれによって引き起こされたものではないと言うためには、現在ミレニアル世代の若者から強く支持されている電子音楽の一ジャンルであるヴェイパーウェイヴが80〜90年代のリゾートホテルやショッピングモール、テレビCMなどの視覚的表象、またそこで流れるミューザックなどの聴覚的素材を一種の「不気味なもの」としてミーム的にサンプリングしている事実を指摘すれば十分だろう★25。いずれにせよこのホテル=世界の外部にイグジットするためには、たとえそれがミームでしかないとわかっていたとしても「世界の終わり」の無化的想像力に頼るほかない。だがそのようにして脱出した先の世界もまた、すでにホテルでしかなくなっているのだとすれば(「私たちが個人主体としてそこに囚われている、巨大でグローバルな、多国籍的かつ脱中心化されたコミュニケーション的ネットワークを地図化することに対する私たちの心的不能性」......★26)、私たちは最終的にどこに向かえばいいのだろうか。



★13──Fredric Jameson, Postmodernism, or Cultural Logic of Late Capitalism, Durham: Duke University Press, 1991; The Cultural Turn: Selected Writings on the Postmodern, 1983-1998, London and New York: Verso. 1998; The Seeds of Time, New York: Columbia University Press. 1994.
★14──この間の事情については以下を参照。Matthew Beaumont, "Imagining the End Times: Ideology, the Contemporary Disaster Movie, Contagion", in Matthew Flisfeder and Louis-Paul Willis (eds)., Žižek and Media Studies: A Reader, New York: Palgrave Macmillan, 2014, pp.79-89.
★15──「〔......〕今日では、フレドリック・ジェイムソンが洞察に満ちた仕方で述べていたように、可能な資本主義に対するオルタナティヴの可能性をもはや誰も真剣に考えようとはしていない一方で、大衆的な想像力は来たるべき「自然の瓦解」、地球上のあらゆる生命の停止のヴィジョンによって悩まされているのである──あたかもリベラル資本主義が、地球規模での生態学的破局の条件下でさえ何らかの仕方で生き残るであろう「リアル」なものであるかのごとく、「世界の終わり」を想像するほうが生産様式におけるよりいっそう控えめな変化を想像するよりもたやすく思われるのだ......。」 Slavoj Žižek (ed.), Mapping Ideology, London and New York: Verso, 1994, p. 1.
★16──Jameson, The Seeds of Time, pp. xi-xii. なお邦訳では「永遠のものであるに違いない」の主語に当たる代名詞 it がその直前の「不安」を指すものとして訳出されているが、これは誤訳と思われる。
★17──Cf. Jameson, The Seeds of Time, p. 133.
★18──Fredric Jameson, "Future City", [originally published in 2003] in Ideologies of Theory, London and New York: Verso, 2009, p. 573.
★19──多重実現可能性(multiple realizability)とは、もともと分析系の心の哲学において、ある単一の心的な種(心的状態や心的出来事など)は複数の異なる物理的種(脳の神経学的状態や出来事)によって実現可能であることを表す概念である。この概念は、心的とされる現象が脳の物理化学的現象に定義的に還元可能である、あるいはタイプにおいて同一である、という立場への反論としてヒラリー・パットナムにより導入された。油絵具を使ってもアクリル絵具を使っても同じ絵画を描くことが原理上は可能であるように、異なる物理的状態が同じ心的状態を現出させることも原理的に不可能ではないはずだというのがその基本的なアイデアだと言える。私たちにとってこの議論の興味深い点は、脳の活動の非線形的、重層規定的な性格がその重要な前提をなしている点である。進化生態学的あるいは動物行動学的観点から見るならば、脳は他の脳と繋がっており、ネットワーク化されていることで初めて「正常な」働き(というのはある目的論的機能主義の観点からの評価にすぎないが)をする。ネットワークから切断された脳はその切断のされ方に応じて、新たな外適応のプロセスを開始するかもしれないし、私たちが通常は心と呼ばないような何らかの存在者をこの世界のうちで実現させるかもしれない。いずれにせよ、脳と自我の関係はそれに関するさまざまなシナリオの不確実性と予測不可能性の点で、「環境危機」あるいは「人新世」における自然と人間の関係に似ていると言えるだろう。多重実現可能性の概念のテクニカルな詳細については以下を見よ。John Bickle, "Multiple Realizability", in Edward N. Zalta (ed.), The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Spring 2019 Edition), URL = https://plato.stanford.edu/archives/spr2019/entries/multiple-realizability/.
★20──Cf. Fredric Jameson, Postmodernism, or Cultural Logic of Late Capitalism, p. 38.
★21──Jameson, Postmodernism, or Cultural Logic of Late Capitalism, p. 40.
★22──Ibid., p. 43.
★23──Ibid.
★24──Ibid., p. 44.
★25──ヴェイパーウェイヴ(以下VW)の初期の主要な実践者にチャック・パーソン(ダニエル・ロパティン)、ジェイムズ・フェラーロ、ヴェクトロイドやマッキントッシュ・プラスなどのミュージシャンが挙げられる。彼らの美学と「後期資本主義」的イメージの体制との関係(あるいは加速主義の思想との関係)についてはすでに日本語でも読めるものがいくつも出ているが、マーク・フィッシャーがあるインタビューで「VWのような最近の現象についてどう思うか」と聞かれて返した答えが示唆的である。「私は実際のところVWは20世紀的な未来のヴィジョンに依然として頼っていると思います。音のテクスチャやそのイメージでさえもが90年代の企業文化のソースから引き出されている。VWが「未来派な音楽」の一例として捉えられてきた事実が示しているのは、ある種の減退した期待感です。つまり言うなれば、本当にこれをクラフトワークやジャングル音楽〔=テクノの一ジャンル〕やBBCラジオフォニック・ワークショップと比べることができるかという話です。」Mark Fisher, "Hauntology, Nostalgia and Lost futures: Interviewed by Valerio Mannucci and Valerio Mattioli for Nero (2014)", in Darren Ambrose (ed.), K-punk: The Collected and Unpublished Writings of Mark Fisher (2004-2016), London: Repeater Books, 2018, p. 691.
★26──Jameson, Postmodernism, or Cultural Logic of Late Capitalism, p. 44.


201910

特集 建築・都市・生環境の存在論的転回


ポストモダンの非常出口、ポストトゥルースの建築──フレドリック・ジェイムソンからレザ・ネガレスタニへ
建築の制作論的転回〈前編〉
建築の制作論的転回〈後編〉
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