建築の制作論的転回〈後編〉

能作文徳(建築家)+川島範久(建築家)+上妻世海(文筆家、キュレーター)

《西大井のあな》を歩く

編集──鼎談の前編では、各々の活動を紹介していただきながら近代、そしてポストモダン以降の建築のあり方について議論しました。後編では、まず能作さんに自邸、事務所、ゲストルームを兼ね備えた《西大井のあな》をご案内いただき、より具体的に建築の制作について議論できればと思います。

能作文徳──再びよろしくお願いします。この建物はバブル期に建てられたおよそ築30年の住宅で、延床面積150㎡の4階建鉄骨造です。なるべくお金をかけずに、自分たちでできることは自分たちでやる方針で改修を進めています。1階は私たちの設計事務所として使っていますが、既存の建物の1階は倉庫として使われていてシャッターで閉じられていました。馬込銀座と呼ばれる商店街が近所にあるため、周囲には店舗付きの住宅が多いのですが、現在は多くがシャッターで閉ざされています。そうした店舗付き住宅の型を活かすために、1階の入口は開口を大きくとって街に開いています。入口前のスペースは駐車場でしたが、3カ月ほどかけて地面のコンクリートを剥がし、土を復活させました。土を掘り返し、竹炭と腐葉土を入れ、モミジとコナラの苗木を植えました。自宅のダンボールコンポストで生ごみを肥料にして土に蒔きましたが、生ゴミに偶然入っていたスイカやかぼちゃの種が発芽して繁茂しています。以前ここにミミズを放ったので、今土壌の中でミミズが分解を頑張っていることでしょう(笑)。土は本当にいろいろな変数で構成されており、コンクリートとは比べものにならないぐらい情報量が多いです。駐車場で車1台分の狭いスペースだった場所が、土に戻した途端にすごく広く感じるようになりました。

《西大井のあな》入口前の土

改修するときに廃材を積極的に使っています。外壁、1階の床、壁の仕上げ材はすべて杉や檜の廃材です。断熱材が入っていなかったので断熱材を入れ、樹脂サッシやペアガラスを用いることで断熱性能を上げています。鉄骨の柱の根元が錆びて3mmほど欠損していたためコンクリートで補強しました。型枠にダンボールを貼り付け、コンクリートの表面はグニャグニャした独特の表情になっています。各階の面積自体は広くはないので、垂直方向に広がりを持たせるためにあなを開け、地下1階から4階まであなで繋がっています。

《西大井のあな》写真=Ryogo Utatsu


《西大井のあな》写真=Ryogo Utatsu

2階はゲストルームです。3階はリビングと水回り、4階が寝室ですが、夏は暑すぎるので2階のゲストルームで寝ています。あなの真上にトップライトがあるので自然光が下階に届きます。階段室の壁や天井を解体したままになっています。窓はシングルガラスのみだったので、ポリカーボネートの内窓を作りました。ポリカーボネートのツインカーボには空気層があるため断熱に有効です。

屋上を意識してこの物件を選んだわけではないのですが、せっかくのスペースなので最初はソーラー温水器を設置して暖房に利用しようと考えていました。ところが私たちにとって高額だったので設置はやめ、暖房にはペレットストーブを使っています。今のところ、屋上は菜園にしており、トマト、きゅうり、オクラ、ゴーヤ、モロヘイヤ、しそ、ハーブなどを育てています。

《西大井のあな》屋上

予測不可能生と制作

上妻世海──建築における予測不可能性は建築物そのものに存在しているわけではなく、制作過程に現れるものですね。図式的に言えば、外在的に見えるものではなく内在的過程のなかで感得されていくものです。例えば書く前の僕は完成した原稿を知りません。書くこととは知っていることを文字に写像することではなく、知らないことにたどり着く方法なのです。それは、岡﨑乾二郎+松浦寿夫『絵画の準備を!』(朝日出版社、2005)を引用すると、「マティスが樹を描こうとして制作を持続させるなかで、まったく別のものを描いてしまっているように」と言ってもよいかもしれません。しかし、最初に完成のイメージがまったくないわけではありません。書き始める前からある種の予感、あるいは直感とともに進むべき方向性を掴んでいます。しかし、それは陶冶されることで別のかたちとして僕の前に現れるのです。パウル・クレー(画家、1879-1940)は『造形思考』(新潮社、1973/原著=1956)のなかでこのことを「造形の起源から、手段の陶冶を経て、形成へ」と端的に述べています。

上妻世海氏

読者は完成した原稿を読みます。それは僕からすれば結果であると言えます。僕は制作過程で直感を繰り返し書き換え、練り上げ、当初の意図とは別のところへと導かれていきます。だからこそ、僕は書く前から答えを知っており、僕は書く前には何も知らなかったという一見矛盾する命題が同時に成立するのです。読者は完成したものを読むわけですが、僕は偶然性、予測不可能性に翻弄されながら書いている。書くことは読むことであり、読むことは多義性を孕むがゆえに自動連想を伴います。だからこそ、必然的に「制作」は偶然性を孕み、予測を裏切り、知らない場所への案内人となるのです。建築もそうですが、完成したものにはプロセスの痕跡の大部分が消されています。能作さんも同じように、当初菜園に興味はなかったけれど、制作過程のなかで屋上は菜園に使えるのではないかと考えたり、ダンボールコンポストから想定外に植物が繁茂したりした。このように制作過程のなかに、加筆と修正の可能性、言い換えれば、偶然性が含まれています。これを陶冶し、練り上げることで現在の形が現れていくのです。

川島範久──僕は何度かここを訪れており、能作さんとはこれまで継続的に議論してきましたが、能作さんの考えの変化や興味の広がりが、この《西大井のあな》を進化させているように今日改めて感じました。一緒に生活をされている常山未央さんの存在や、事務所のスタッフや来客といった他者が来る設計事務所やゲストルームも備えていることが、そのような変化を可能にしているのではないでしょうか。

川島範久氏

能作──そうですね、通常建築は一旦完成させないといけませんが、ここは自分が住む場所なので、作ることと使うことが同時に起こっています。だからこそ予測不可能な実験が可能だと思います。事務所のスタッフと一緒にどこを改修するか話し合いながら、進めることもあります。

上妻──文章を書くといったことはおおよそ個人的な問題です。僕は文筆家として、制作過程のなかで必要以上に読者への配慮はしません。しかし、結果としてできあがった文章は僕個人が読み得る以上の、ある種の共有可能性を持っています。この「作品」という概念が孕んでしまう共有可能性は、呪いと捉えてもいいかもしれません。制作過程のなかで必要以上に読者を意識しないと言ったのは、呪いに対する期待と畏怖の気持ちが僕のどこかに確実に存在するのを感じるからです。他方で建築家はクライアントに完成物に直結する図を見せないといけない。どんなものが完成するかわからないけれど私を信用してくださいというのは通用しないですよね(笑)。しかし《西大井のあな》はクロード・レヴィ=ストロース(社会人類学者、1908-2009)の「ブリコラージュ★1」に近い作り方をされていると思います。自邸であるからこそ結果や完成原稿ではなく、執筆途中の段階を見せることができている。もともと建築は執筆途中が見えるものだったのではないかと思うのですが、おそらく近代になってから完成原稿が求められるようになってしまった。《西大井のあな》は執筆途中のものと近代的なもののバランスが取れているように感じます。

消費-生産、愛好-制作の軸と「場所」を作ること

編集──ところで上妻さんが用いる「制作」という言葉はネルソン・グッドマン(哲学者、1906-98)の『世界制作の方法』(みすず書房、1987/原著=1978)から引用しているのでしょうか。グッドマンは著作のなかで「ヴァージョン」というキータームを多く用いています。2000年代の制作のあり方が、ヴァージョン=漸近的であることは感覚的にとてもよく理解できますが、制作の重要性とは何なのか、改めて共有できればと思います。

上妻──そうですね、2015年にHIGURE 17 -15casにて「世界制作のプロトタイプ」という展覧会を企画したときはグッドマンの言説から影響を受けていました。しかし当時はまだ25歳だったということもあり、今ほど確信を持って「制作」という概念を掴んでいたわけではありません。むしろすごく混乱していました。その混乱は先ほどの共有可能性、あるいは呪いの問題とも関連します。グッドマンは、対象と記号の一対一対応を真と偽に分ける単一的な世界観を批判的に捉え、世界は正しいひとつのヴァージョンに還元されるのではなく、独立した複数のヴァージョンが存在し得ると論じました。僕はそれを受けて「言語的な世界であればSFやホラーなど何でも語り得る。しかし、僕らの生きている現実世界は物理的な条件、生物学的な条件、気候的な条件など、さまざまな変数が重なってできているので、言語だけで構築されているわけではない。言葉には何ができるのか」と思い悩みました。しかしあるとき、上述した文章を書く制作過程をもとに考えると、この悩みを別様に考え得ることがわかりました。つまり、物理的に実在しない非実在的な象徴が、人々の陶冶の過程を経ることで現実化することは多々あることに気づかされたのです。一例を挙げてみます。「自由」「平等」「友愛」は、誰も見たことがないものです。それらは実在しません。しかし、「自由」「平等」「友愛」という象徴によって駆り立てられた人々は、それらを陶冶することでフランス革命を実際に起こし、近代国家の基礎を作りました。その象徴は現在でもフランス共和国の理念として人々に共有されています。僕はこれを象徴の可能性であり、共有の可能性であると捉えます。そして共有は同時に呪いでもあると言った理由も容易に理解できると思います。

この考えは、現在の僕の「制作」という概念とも深く関連しています。僕は経済学で頻繁に用いられる「消費」と「生産」に対して、「愛好」と「制作」の軸で考えています。そして「消費から愛好へ」、「生産から制作へ」と生きる態度を変更することが、現代社会を生き抜く技術であると考えるようになっています。「愛好(aimer)」は、フランスの技術哲学者ベルナール・スティグレール(1952-)からヒントを得ました。中田光雄の『差異と協成──B・スティグレールと新ヨーロッパ構想』(水声社、2014)では、スティグレールの未翻訳本を含め彼の思想の全体像について語られているのですが、スティグレールは「愛好(aimer)」の概念について軽く触れているだけのようです。しかし、僕はこの言葉が示唆するところは大きいのではないかと感じました。例えば、「YouTubeのコンテンツを消費する」とは言いますが、「ピアノやフルートを消費する」とは言いません。なぜなら楽器は消費するものではなく、演奏するものです。上手い演奏があり、味のある演奏があり、弾くこともできない人もいます。そして、演奏者はより良い演奏者になろうと自己陶冶するものです。また書籍は、消費することもできますが、繰り返し読む、じっくり味わって読むことで愛好することもできます。この鼎談も無数の愛好の末に制作されているものです。

「消費-生産」とは何でしょうか。それは「計画があり、それに従う手続きがあり、商品がある」ことを受け入れる態度です。抽象的な計画に経験が従属してしまい、計画にそぐわない経験はエラーとして捉えてしまう思考の枠組みとも言えます。例えば、マクドナルドでチーズバーガーを注文することはチーズバーガーのイデアを求めて注文しているわけで、勝手に店員がオリジナルバーガーを作って出されても困りますよね。商品として消費するものは、生産するプロセスがあらかじめ決まっていて、そのマニュアル通りに、効率よく作ることが求められます。他方で「愛好-制作」は、あらかじめ目的となる象徴があり、それに従って手続き合理性に基づいて処理するといった機械的な経験ではありません。「愛好-制作」のプロセスでは何度も目的となる象徴が書き換えられます。制作過程で出会ったさまざまな他者、動物、ものたちによって、あるいは偶然書いてしまった一文によって、制作者はひとつの「場所」になっていく。「場所」になることで、僕は自らのなかに複数の他者を見出し、それらに導かれ、少しばかりの舵取りをしながら、こうした不安定な循環を生き抜くわけです。作品はそうした制作過程の結果としてあらわれます。制作では、偶然性や予測不可能性を含め、いかに自分の思考以外のものを受け入れるか、という頭の使い方が大事です。

そして制作は芸術や建築だけでなく、広義の生きることに関わる態度の問題でもあります。ネット上のコンテンツを消費することは、スマホやパソコンに依存することにも繋がります。しかし、インターネットを愛好するという態度で接した途端、ネットを上手く使うか、下手に使うか、依存するか、演奏するか、といった基準が生じます。お酒や食事だってそうです。消費として向き合うか、愛好として向き合うかで、お酒や食事の楽しみは断然違ってきます。「愛好-制作」は自己という「場所」における陶冶と変容を味わおうとする態度であり、生きることを消費するのではなく、より深く楽しもうとする欲望の肯定を意味しているのです。《西大井のあな》は一から建てているわけではないので、すでに作られたものを引き継いでいますよね。近代的なものを否定するのではなく、受け入れたうえで新しく始めていくプロセスは非常に「愛好-制作」的だと思っています。

川島──例えば高齢者施設の設計依頼を受けたとき、高齢者施設としての計画学的なレギュレーションが定められており、一般的にはそれに適合するように設計することが求められます。しかし、そのレギュレーションが作られた時代から社会は変化し、実情と合わないものになってしまっている、といったことが往々にしてあります。

上妻──高齢者施設を設計する際、利用者のおじいさんと話していると、決められたレギュレーションではないものが求められていることに気づくかもしれないですね。僕は中村雄二郎(哲学者、1925-2017)の影響で、トップダウン型の規則から経験への写像を「主語的統合」、ボトムアップ型の経験によって規則を書き換える働きを「述語的統合」と表現しています。単純化して言えば、「芸術はこれだ」というのが「主語的統合」で、「これは芸術だ」とするのが「述語的統合」です。「芸術はこれだ」という態度では、これまで習ってきた教科書的な芸術だけが芸術となり、「こんなものは芸術ではない」などといった紋切り型の批評しかできなくなります。他方「これは芸術だ」という態度は、芸術と見なされていなかった「これ」に出会ったとき、「これ」を新たに「芸術」に統合し、「芸術」の概念を拡張する働きがあります。先ほどの設計の話で言うと、利用者のおじいさんとの対話のなかで「これこそ高齢者施設なんだ」と既存の高齢者施設の概念を新たに書き換える動きが述語的統合です。近代は主語的統合の時代だったと言えるでしょう。しかし僕は主語と述語を回転させるような軸で考えたい。述語から主語を書き換え、主語から述語を書き換えるように、主述が循環的であることが制作的過程において重要であると考えています。主語と述語が互いに書き換えられていくことを受け入れる自己という「場所」が制作的空間なのです。

見えないものをリコネクション(繋ぎ直し)して制作する

能作──建築の場合、自分が「場所」となりながら制作し、制作するものも「場所」であるという二重性がありますよね。ジャン=リュック・ナンシー(哲学者、1940-)が『フクシマの後で──破局・技術・民主主義』(以文社、2012/原著=2012)のなかで、近代は「コンストラクション(構築)」が優勢の世界だと言っています。コンストラクションは生産とも言えると思いますが、ナンシーは構築の過多によってすべてが繋がりすぎている状態を指摘しています。例えば道路が張り巡らされ、車がどこにでも絶えず走っている状態や、グローバルな金融経済など、もはや誰もコントロールできなくなった状態です。またコンストラクションと反対のディストラクション(破壊)も同時に起きています。まさにスクラップ・アンド・ビルドと言われる状態ですね。そこでナンシーはコンストラクションとは別種の作る論理を模索するなかで「ストラクション」という概念を提示しています。和訳すると「集積」や「寄せ集め」が近いニュアンスです。コンストラクションでもディストラクションでもないストラクションは、自分が《西大井のあな》でやっていることと近いのではないかと思いました。建物はすでにある。そのうえで何をどう寄せ集めて作るのか。僕はこれを「リコネクション(繋ぎ直し)」と言い換えています。例えば都市にすでに存在する太陽のエネルギーを活用しきっていない。土はあるけれど、コンクリートの下に埋まっている。それらをどうやって寄せ集めて繋ぎ直すか。それも制作のひとつなのではないでしょうか。

能作文徳氏

上妻──なるほど。今の能作さんの話は、ハイデガーが「建てること、住むこと、考えること」のなかで、「大地を救い、天空を受け入れ、神的な者たちを待ち望み、死すべき者たちに連れ添うという、四重の労(いた)わることが、住むことの単純な本質」であり「真正の建物は、住むことを特徴づけてその本質を形づくり、この本質に住処を提供する」と述べていることに関連する話ですね。天空と大地の間にある建物、その間の関係性を繋ぎ直すにあたって、例えば前回の鼎談の後にフィールドワークに行ったモンゴルの生活から見習うところがあると思います。モンゴルの遊牧民は元来時計を使わないのですが、ゲルの屋根の中心に空いている穴から入る光と地面に現れる影が、彼らに乳を絞る時間なのか、料理をする時間なのかを伝えるようになっています。またモンゴルでは大地を裸足で歩くことがとりわけ推奨されています。天空と大地の間に死すべき者たちである人間がいること、そして、かつて僕らもその間で天空と大地との繋がりをうまく利用しながら生活していたことを教えてくれるようでもあります。コンクリートによって土壌が見えなくなってしまい、両者の繋がりをなくしてしまった僕らが、現代において天空と大地と繋ぎ直そうとすることは、これからの建築を考えていくうえでとても重要だと思います。

モンゴルの草原とゲル、提供=上妻

能作──そうですよね。ところで私は千葉県にある高田造園設計事務所という造園事務所の仕事に影響され、土に興味を持つようになりました。その造園事務所は、荒れ果てた山林を買い取って、ダーチャフィールドと呼ばれる里山実験施設を整備することで土壌を改善するプロジェクトを展開するなど、ユニークな実践をしています。いわゆる造園やランドスケープ・デザインは景観の美しさなど、視覚が優先される世界ですが、高田造園の代表の高田宏臣さんは土壌の菌糸という見えないものについてお話しされていました。菌糸は土壌の中で2kmぐらいのネットワークを広げ、土壌に栄養を行き渡らせるそうです。菌糸が広い範囲に行き渡るためにはきれいな水と酸素が必要で、菌糸が行き渡れば土壌は空気が入りやすい状態となり、さらに水と空気が流れて浄化されることで循環を促す強固な土壌が形成される。またハエは不潔な場所に湧くという考え方が一般的だと思いますが、じつはハエは有機物の分解の一端を担っているそうなのです。そうした見えない現象や存在は非常に重要なのですが、近代化されるなかでは見えるものしか認識されないようになった。

上妻──近代以降は視覚的なものだけを美化するようになったように思います。これは非常に表層的で消費的態度です。例えば、モンゴルでは羊の牧畜がさかんで、現地の人は羊を見るときに筋肉や脂肪の付き方に着目します。要は美味しそうかどうかという視点ですが、他方でそれは美味しさを成立させる潜在的領域への眼差しであるとも言えます。ところが今回の調査に帯同していた日本の学生たちは、羊を見て「かわいい」と言っていました。さらに、羊は食用なので殺されるわけですが、それを知って「かわいそう」と言う。こうした学生の反応は僕にとってショックでした。

能作──以前農業史の研究者である藤原辰史さんに聞いたのですが、日本では明治以前、牛肉を食べる習慣はあまりなく、牛は農耕をともにするパートナーだったそうです。そうした歴史があるうえでは、牧畜といえどもパートナーは食べないといった感覚も理解できないことではないそうです。日本の学生は羊をペットと同じ眼差しで見ているのでしょうか。

上妻──なるほど、それは知らなかったです。面白いです。とはいえ学生たちにとって、モンゴルでの初見の羊はパートナーではない。羊を目の前にして「視覚的」「記号的」に捉え、自国の紋切り型の発言を反復するだけでした。現地の人が見ていたのは脂肪や筋肉がどのように付いているかなど、表面上は見えない部分なんです。彼らの態度は、羊と長く接するなかで餌や放牧の仕様も変えていくという述語的統合です。他方で「かわいい」「かわいそう」と言っていては、せっかくモンゴルに行っているのに自国で培った主語的な態度を書き換えられません。仮に「かわいい」に終始するのであれば、「かわいい」を成立させている潜在的条件を見なければならない。

僕らは食べないと生きることができない。僕たちは動植物と同じく生と死の循環のなかにおり、生きることは同時に殺すことでもあります。その意識があるからこそ、「神的な者たちを待ち望み、死すべき者たちに連れ添う」ことができます。近代は死を不可視の領域へと覆い隠し、生と死の循環のなかにいることを忘れさせることで、食べることすらも抽象化しきっている。それは同時に生きることを忘れさせることでもあります。高田造園の方がお話しされることも、表層的に視覚が優先される農園が深層的にどれほどの多種の絡み合いのなかで成立しているかを如実に物語っていると思います。目の前の土壌や牛や羊がここで何をしているのか、記号的、主語的に捉えるだけでなく、プナンやモンゴルの人々のように経験のなかから身体の書き換えを推し進めるべきだと考えています。学生たちには見えないさまざまな動植物の絡み合いを捉えてほしいと思ったんです。




★1──そのときそのとき限られた道具と材料の集合「もちあわせ」を用いて自分の手でものを作ること。「もちあわせ」の内容構成は、目下の計画にも、またいかなる特定の計画にも無関係で、偶然の結果できたものであるとされる。(『野生の思考』、みすず書房、1976/原著=1962)



  1. 《西大井のあな》を歩く/予測不可能生と制作/消費-生産、愛好-制作の軸と「場所」を作ること/見えないものをリコネクション(繋ぎ直し)して制作する
  2. 周囲の情報を取り込む/原理主義に陥らず、現状を受け入れたうえで考える/見る方法を教育する

201910

特集 建築・都市・生環境の存在論的転回


建築の制作論的転回〈前編〉
建築の制作論的転回〈後編〉
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