生環境の環を歩きながら
「地球の声」に耳を澄ます

塚本由晴(建築家、アトリエ・ワン主宰)+中谷礼仁(歴史工学家)

なぜ「地球の声」か

塚本由晴氏
塚本──私は4年ほど前から、日本建築学会の地球環境委員会に属する「地球の声」デザイン小委員会を主宰してきました。今日はそこでの議論を踏まえて「取り巻くもののエコロジー」というテーマでお話したいと思います。この小委員会の前身は、小玉祐一郎さんや安田幸一さん、大野二郎さんが主査を務めた「サスティナブルデザイン小委員会」で、12年間続いてきました。同じ枠組みを自分が引き継ぐなら立場を明確にしておきたいなと考えました。今はいろんな立場の人たちがサスティナビリティを主張し、実装できる建築の要素技術も数多くある時代ですが、実際に採り入れようとするとお金がかかります。そこである矛盾に気づきました。建築を含めた産業がさまざまな問題を新しい技術で解決しますと言うたびに、そもそもの問題をつくり出した産業が、それを解決する別の商品を売り込もうとしているという矛盾です。そのことを産業側から指摘しておかないと、いずれ産業界は信用を失うのではないか。新しい技術について意見を交わす場合でも、産業イデオロギーに加担していないか、あるいは単なるレトリックに陥っていないか見極めたい。「地球の声」デザイン小委員会はそういう立場をとっています。
では、なぜ「地球の声」か。ここまでの話で言えば、原理2から原理3の段階にいたる過程をマルクスは「搾取の歴史」だとしています。少しづつ民主化しながらも、それでも搾取は残りました。植民地の搾取が終わっても、人種の搾取が残り、それが克服されても性別による搾取が残り、最近では将来世代、あるいは地球そのものが搾取の対象であるとも言われています。人間が搾取の対象だったので、声を上げて自分たちの権利を獲得する対抗運動がありましたが、将来世代や地球にはそれができません。そこで「地球の声」を代弁する建築デザインがありうるのではないかと、議論を重ねてきました。
設計の仕事は、どうしても個別性に直面せざるをえないところがありますが、建築が地球環境問題にどう向き合うべきかといった議論では、ある種の"総動員体制的"な方向づけが働くことで、「個別の問題に拘泥している場合ではない」と設計の個別性を抹殺する言葉が投げかけられることがあります。また同じ文脈で、エンジニアリング系の研究は政策提言につながることが目標になりますが、そこでも個別性はキャンセルされます。だから設計の立場から地球環境問題に向き合う以上、個別性の位置づけをしっかりしないと足元をすくわれてしまうと感じています。
小委員会の議論のなかで「生環境」に近いのは「暮らしのエコロジー」という概念です。暮らしのエコロジーとは、自分たちがどこにいて何をしているか、どのようなものの上に立脚し、何に取り囲まれて生きているのかといったことを考える概念です。地球規模のサスティナビリティといっても、建築設計が相手にできるスケールとかけ離れているので、どこから手をつけていいかわからなくなってしまいがちです。でも建築の設計は個別性から立ち上がるものなので、暮らしを"取り巻く"ものから議論を始める方が良いと考え、この概念を使うようになりました。「暮らしのエコロジー」は、20世紀初頭にエレン・スワロー・リチャーズ(Ellen Swallow Richards、1842-1911)が提唱し始めますが、生物系の生態学者から横槍が入って、「家政学(ホームエコノミクス)」と呼ばざるを得なくなったそうです。
ところで東日本大震災の衝撃は、多くの人に暮らしを見直すきっかけを与えました。建築設計においても、現在の「暮らしのエコロジー」を批判し、それに対抗する新たな結晶軸を組み立てる契機になったと思います。小委員会での議論は、私たちが普段どのような人や物とともに生きているのかといった素朴な問いから始まるのですが、その議論は建築のデザインを、20世紀を通して主流だった空間論からではなく、物質の循環や事物の連関から論じることにつながっていきました。私たちはすっかり空間論による建築デザインの議論に馴染んでしまっているのですが、それ自体がじつは産業革命以来爆発的な生産性を身につけてしまった人間社会の要請によるものであり、それによってキャンセルされる思考を取り戻す必要を強く感じているからです。そこで手がかりになったのが、事物の連関やアクターネットワークセオリーのような考え方でした。これは研究というよりもある種のトレーニングに近いかもしれません。パフォーマンスを高めるために足りない筋肉を集中的に鍛えるアスリートみたいな感覚です。

空間論の逆使いで取り戻されるもの

塚本──「暮らしのエコロジー」からの建築の議論が具体的にどういうものになるか、例をあげてみましょう。私自身の仕事として10年ほどかけて取りくんでいることのひとつに町家のタイポロジーの再解釈があります[fig.11]。町家を空間論的に説明するならば、道に対して幅が狭い間口で接し、奥行きが深いボリュームに坪庭や通り庭を組み込んだ形式であり、手前/奥の対比において視線や動線が抜ける関係性を特徴とする、とひとまずは言えるでしょう。しかし、その説明は町家がこのような形式として成立した背景や取り巻きをキャンセルしています。これに対して町家を、それを成立させてきた背景や条件とともに"召喚"することを考えています。東京は1920年代以降に導入された戸建て住宅によって作り直され、もはや町家でできた都市とは言えませんが、この100年の間に戸建て住宅の敷地も細分化を重ね、間口が狭くて奥行きが深い敷地は無数にあります。1990年代の郊外から都心への回帰機運もあって、私たちの世代はこうした敷地での住宅を依頼されることが多かった。そうした依頼には仕事場が含まれていたり、居室が街に直に接さざるを得なかったり、20世紀の郊外戸建て住宅とは違う条件が備わっていました。あるときこれはもはや戸建て住宅ではなく、新しい世代の町家と考えた方が良いのではないかと気づいて、その成立の背景や取り巻いていたものの関係性を、目の前にある現代の条件の解釈に用いてみてはどうかと考えるようになりました。そういう実践を続けるうちに、空間論は私たちが建築をそのように思考するのを妨げてきたのではないかと疑うようになりました。つまり、20世紀の建築の空間論が獲得したのは、さまざまな取り巻くものをキャンセルして想像を広げられる自由だったのではないか?ということです。ギーディオンの方法に明らかなように、空間論は時代も用途も違う、卓越した建築を比較することによって、それぞれの建築の原理を抽出し、歴史的展開を描こうとするのですが、そんな純粋に建築だけの比較ができるのは、建築を取り巻くものをキャンセルできるからです。逆にこの空間の概念がなければ、産業革命以降に獲得した生産性を十全に発揮もできなかったと言えるのではないでしょうか。そうした近代的な建築の作り方に対する批判から場所論も出てきましたが、それは近代が作り上げた「暮らしのエコロジー」を検討するものではありません。私たちが今直面しているのは、どうやったら有り余る生産力を発揮できるかでも、それへの対抗価値を示すことでもなく、その生産力によって構築されてきた現在の自分たちを取り巻く「暮らしのエコロジー」をどうやって見直すかということです。だからそうした過去の建築の形式を取り巻いていたものを、逆に批評的なリファレンスとして形式から取り出して、自分たちを取り巻く「暮らしのエコロジー」に付きつけてみるわけです。これを私は「空間論の逆使い」と呼んでいます。

fig.11──《タワーまちや》(2010)© Atelier Bow-Wow

「逆使い」の例をもうひとつ挙げたいと思います。イタリア北東部のヴェネト州で15世紀にヴィラという形式が誕生しました。アンドレア・パラーディオ(Andrea Palladio、1508-1580)の建築で有名なあの形式です。ヴィラ成立の背景にはヴェネチアの貴族たちにとって格好の投資先だったコンスタンチノープルのオスマントルコによる陥落があります。それにより行き場を失った資本の新たな投入先となったのが、豊かになって人口が増加したベニスの食糧生産を担う荘園開発でした。これにより、それまで都市に住んでいた貴族たちが農村に行き、生活するための場所が必要になりました。そこで彼らを満足させるためにパラーディオが考案したのが、ギリシャ神殿の形式を借用したヴィラでした。
私たちがヴィラの形式を下敷きに設計したのが《恋する豚研究所》(2012)です[fig.12]。これは豚しゃぶレストランとハム、ソーセージ工場を組み合わせた福祉施設です。この施設のある千葉県香取市では、耕作放棄された畑や手入れされなくなった杉林など、第一次産業のインフラとして整備されたものが立ち行かなくなりつつある状況が見受けられます。私たちに設計を依頼した福祉楽団というNGOは、こうした場所を使って障害をもつ人々の仕事をつくる活動をしています。働くための場所が障害をもつ人を閉じ込めるゲットーにならないよう、都市部からも人を呼び込んだ交流の場にしたいというのが福祉楽団の人たちの願いでした。こうした背景や取り巻く環境を見て直感的にヴィラに近いなと感じ、それを下敷きに設計を進めました。じつはヴェネチアの貴族が荘園管理のために農村に遭遇する状況に似ていると気づいたのは後からなのですが、これも「空間論の逆使い」と言えるでしょう。

fig.12──《恋する豚研究所》(2012)© Atelier Bow-Wow

ヴィラという形式の引用は空間論があって可能になることですが、自律的な形式としてヴィラを当てはめるのではなく、空間論ではキャンセルされてしまう形式を取り巻いていたものも一緒に召喚し、現代の条件と比較するのです。これは「空間から連関へ」のエコロジカルな転回と言えるかもしれません。中谷さんが提示された上部構造と下部構造の関係を繊細に見ていく作業はこれに近いように思います。どんな空間も歴史的にある場所で卓越する瞬間があり、ひとたび卓越した空間は自立した価値を持ち繰り返し応用されうるというのが空間論の考え方ですが、そのときに取り巻いていたものをキャンセルするのが原理2から原理3への移行であり、忘れないようにするのが原理3から原理4へ向かう方法と言えるかもしれない。
20世紀を反省的に捉えると、あまりにも多くの技術が動員され、利便性や快適性の名のもとに社会がそれを受け入れてきました。それによって私たちの暮らしはいつのまにか激しく変容させられてしまった。50年前や100年前の暮らしを想像するのは容易なことではない。20世紀は技術の世紀と言われ、生産性が高まった一方でたいへんな忘却の世紀にもなった。そこから自分たちを取り囲む暮らしのエコロジーに意識的な人を育てる建築、つまり忘却に抗う建築という概念が出てきました。中谷さんたちが原理を4から3、2、1と段階で区切るのも歴史を遡行するガイドラインにもなると感じました。さまざまな時代を段階で見られるようになると、暮らしのエコロジーのオルタナティブを想像しやすくなるはずです。

連関を留めるものとしての叙事詩

塚本──この感じを「叙事詩的」と表現しています。私たちの暮らしのどこかに、今生きている時代とは圧倒的に隔絶した時間スケールを持った何かが潜在していて、それがメタフォリカルな、あるいはアレゴリカルな語りとして示されている場合がある。例えば地名には土地柄を容易に連想させる機能があります。叙事詩もこのような忘れさせない力を持っていて、忘却の20世紀に対し、自分たちの時代を相対化するためにさまざまなエコロジーを想像させてくれる。建築だけでなく土木やランドスケープのデザインにおいても、場所ごとに忘れられているものを語ったり、それを大胆に現代へ引っ張り出して併置したりというふうに、叙事詩的なやり方があるんじゃないかと思っています。こうした考え方はこの10年ほどのあいだに、アクターネットワークセオリーを建築のデザインでどう実践するかといったことを考えるなかで出てきたものです。じつは最初、連関図のようなものを描けないかと考えていたんですよ。海外の大学院などで設計課題を与えるときに、まず連関図を描いてもらい、それにどう介入して変えていくかといったテーマを投げかけたりして。しかし、やってみた結果、ところどころ無理が生じることもわかってきました。

中谷──例えばどんな連関があるのでしょうか?

塚本──ETH(スイス連邦工科大学)の学生たちと取りくんだのは、林業で有名な岐阜県の白川町という地域です。川沿いの小さな町から対象の地域を5つほど選んで、それぞれの町がどのような連関のなかで形成されてきたかを調査しました。ある時期まではいい状態を保っていた事物連関が、ある時にぷつりと切れて新しく入ってきた要素に置き換えられ、生き生きした状態が損なわれる。そこに事物連関が自己再生する助けになる建築を提案する。そうなると特定の敷地に建築をつくるというよりは、連関のどこに建築をつくるかが問題になります。その前提としてアクターネットワークの図化をいろいろ試みてきました。パトリック・ゲデス(Patrick Geddes、1854-1932)の「バレー・セクション Valley Section」はシンプルだけどよくできているので参考にしていますが、やはり2次元では表現しきれないものがある。それで叙事詩的な物語に可能性を感じているのです。とはいえ、叙事詩と言うとみんな私のことを変な顔で見ますね(笑)。

空間論から離れて考える

中谷──なるほど!と思った部分と、あれ?と思った部分があったのでそれぞれコメントします。まず2011年に「転換期における建築家の存在、歴史家の役割」と題して対談したとき、「系譜」について話されましたよね。日本は縄文時代以来すべての建築の原形が蓄積されていて、その原形の系譜の新世代を設計するという話。当時はまだ忘却を問題にしていなくて、塚本さんも形式がすでにそこにあるという、物質的な安心感に賭けていたという感じでした。ところが今、それらが忘却されつつあることを問題にしているというのは、もう一度その力を再検討しなくてはいけないと考える時期にきているのではないかなと感じました。そこで「空間論の逆使い」という発想になるほどと思ったんです。つまり、ヴィラ=Villaという形式を逆使いすると村=Villageができる、「villa」にくっついて「-age」も取り出されるということかなと思いました。

塚本──そうですね。

中谷──そうすると「歴史的に考える」と言うときには、その空間が成立した経過をもう一度再現するということですか。

塚本──どのようにしてそういうものが成立したのかを含めて空間論を考える。ただ、もはやそれを空間論と呼ぶべきではないのでしょうが。

中谷──以前、『WindowScape 3──窓の仕事学』(フィルムアート社、2017)が出たときに、また塚本さんに見事にやられたと思ったのです。この本では窓の成り立ちを伝統産業の面から繙いているわけですが、その捉え方が塚本さんらしくてとてもおもしろいと感じたんですね。それは空間を歴史的かつ構法的に、つまりコンポーネント(構成要素)として捉えようとするときに、塚本さんは系譜だけではまずいと考えたのではないかと思ったんです。

塚本──これは系譜の捉え方にもよるのですが、系譜を辿ることによって浮かび上がる、その傍にあるものにカギがあると思っているところもあるんです。「WindowScape」のシリーズは面白い窓を求めて各地にリサーチに出かけるという意味で、空間論的なミーハーさ(比較する楽しみ)もあるのですが、実際に見に行けば、なるほど、ここには切っても切れない取り巻くものがある、ということを知ることになります。中谷さんたちの仰る、人間が原理3で地球から離脱して宇宙へ行こうとするというのも「Space」の問題でしょう。空間論は、それがある時期から思考できるようになったという意味で、人間の歴史の段階を示すものでありながら、今では人間の思考様式に深く入り込んで、私たちの自画像、社会像を組み立てていることには警戒すべきだと思います。なぜなら人は何の疑いもなく自画像に基づいて次の環境を用意するからです。空間論によって組み立てられた自画像を持つ人間はこの150年ぐらいに現れたのですが、その自画像に基づく人工環境の再生産は、取り巻くものをキャンセルできる自由と結び付いてきたのではないか。産業革命によって猛烈な勢いで物が生産され、総量の制限が変わったとき、人間はそのエネルギーをどう使おうかと考えた結果、村を出ないといけないと察したんです。民家にはもう住めなくなり、土地から遊離し、地縁的コミュニティからも離れたくなる。とにかく生産力を抑制する物理的社会的制約を片っ端からキャンセルしたくなる。そういう欲求を一手に支えたのが「空間」という概念だと思うんです。こうした生産力との関係とは無縁に、建築とは何か神妙なる空間についてのことだとする空間派の議論は、賞味期限が切れつつある。

中谷──空間派は今も健在ですよね。

塚本──それはそれで大事なんですが。

中谷──ええ、歴史的に大事だと思います。

塚本──「地球の声」は空間論を相対化して次の建築批評言語をつくろうとしています。それに対して空間派は「お前たちはいったい何やっているんだ」と批判する。だからこれからは空間論をはっきり相対化しながら議論することで、グランドストーリーにしていきたいですね。空間論とは別の筋肉を鍛えていたのですが、それを空間論の筋肉と連動させる段階にきている。そうじゃないとベストパフォーマンスができません。

201904

特集 建築の実践と大きな想像力、そのあいだ


平成=ポスト冷戦の建築・都市論とその枠組みのゆらぎ
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