インフラと文化的景観
──「伊庭内湖の農村景観」にみる地域らしさ

山口敬太(京都大学大学院准教授)

文化的景観への関心の高まり

近年の国内外における文化的景観(もしくはカルチュラル・ランドスケープ)をめぐる活発な議論と概念としての発展は、従来の景観の価値評価や保全・計画のあり方に新風を吹き込んだ。1992年に世界遺産条約履行のための作業指針に文化的景観の概念が導入されたのを契機として、伝統的な農林水産業に関連する景観や、芸術や信仰など人間の精神的活動に関連する景観を「自然と人間の共同作品(combined works of nature and of man)」とみる見方が徐々に広がった。景観評価の方法も、人間を取り巻く自然環境の制約や恩恵、社会的・経済的・文化的な営みの影響を読み解くことにより、景観の固有の価値を探る方法が発展、確立していく。その過程で、ドイツ景観地理学を発展させたカール・O・サウアーの文化景観論の再評価も進んだ。サウアーの景観論の特色は、自然景観から文化景観に至る景観の改変プロセスや、そこでの自然―文化の相互関係に着目し、人間の景観を改変する力や作用と、その結果としての地表に刻印された物理的特徴を解読しようとする点にある★1

日本においても、2004年の文化財保護法改正における「文化的景観」の導入以後、調査や保存計画策定を通じて、また、研究会等を通じて、景観評価の方法論が深められてきた。現在では、文化的景観の評価は、自然基盤と人々の有形・無形の営みの関わり合いの中に「地域らしさ」を読み解くその読み方、見方にある、という考え方が広く受け容れられている★2

一方、文化的景観の評価・価値づけとならぶ重要な課題が、その保存・管理である。それは単に景観を構成する要素の保存ではない。景観形成の基盤をなす、人々の営みを支える視点が不可欠であり、営みと変化の関係やその動態性をどう捉え、どう導くかという問題は、国の内外を問わず多くの専門家たちの頭を悩ませてきた。

本稿では、筆者が調査に関わった「伊庭内湖(いばないこ)の農村景観」(東近江市、2018年10月に重要文化的景観に選定)★3の事例を通して、文化的景観の評価の方法、動態的な景観の保存・管理、活用のあり方について、インフラと文化的景観の関わりの観点から紹介することとしたい★4

水路がつくる集落景観

伊庭内湖の農村景観は、琵琶湖岸における水の利用および居住のあり方を知る上で欠くことのできない景観地として重要文化的景観の選定を受けた。その景観の、まず目立つ特徴として以下のものが挙げられる。
・内湖に面する集落の中央に川(伊庭川)が流れ、水路が集落内を縦横に走る[fig.1]
・水路は、生活利用(飲水、炊事、洗濯、風呂、魚のイケス)のほか、灌漑、排水、田舟の運航等に利用されてきた。
・水路沿いには各家のカワト(階段状の石積み)や、水路の石積みの直上に建てられた「岸建ち」の民家が並ぶ[fig.2,3]

fig.1──伊庭案内マップ(東近江市と共同で筆者作成)
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fig.2──伊庭川(1980年代後半)
撮影=福嶋崇雄

fig.3──伊庭の水路とカワト

これを「文化的景観」という切り口で調査するために、歴史学、歴史地理学、民俗学、建築史学、造園学(生態環境)、土木景観(筆者)からなる専門家チームが組織され、ここに伊庭の住民(3名)が加わった。その調査内容のおもなものは以下のとおりである。
・自然的基盤の特徴(自然条件、立地環境、動植物の生態、水環境)
・歴史的特性(古代、中世、近世、近代の各時代の歴史的変遷と現代への影響)
・景観構成要素の特徴(土地利用、河川、水路、道、集落景観、建造物、水利用施設)
・生業・生活の特性(農業、漁業、商業、内湖の利用、水路の利用[生活、舟運路、灌漑、排水]、山の利用、敷地利用、食文化)
・社会的特性(信仰、祭礼、年中行事、慣習、社会組織、宗教組織)
・地域の取り組みと景観の認識

景観とは自然環境から歴史、生業・生活、社会のあり方など、さまざまな要素が相互に連関し合う、きわめて多元的で複雑なシステムとして成り立っている。伊庭においても、固有の自然基盤の上に、自然や土地の持っている力をうまく利用する合理的な知恵や、政治・産業・生活の歴史的過程が空間や文化として色濃く残っており、そこに現在の人々の暮らしや生活が重なることで、個性豊かな景観として表出している。上記の調査項目は、これらの相互連関を捉えるために必要なものとして選ばれている。文化的景観の調査とは、これらの複雑な構造を一つひとつの層に分解し、それぞれ丹念に調査したうえで、相互の有機的関係、連関構造を読み解き、総体としての景観を解読する、というプロセスをとるのが特徴である。

例えば、伊庭は、琵琶湖につながる内湖に面し、街道が走る水陸の交通の要衝で、自然堤防上の集落に、水量の豊富な伊庭川が流入するという非常に恵まれた自然条件を有した。ゆえに、中世には近江守護代伊庭氏の本拠地となり、近世には旗本三枝氏の陣屋が置かれ、明治初期には人口約2,000、戸数約500戸と、滋賀県内では有数の大集落となった(大津・彦根・長浜・近江八幡などの大都市を除く)[fig.4]。それを支えたのがインフラとしての川であり水路であった。湧水由来の清澄な水と、その豊富な水量を活用して、集落内に張り巡らされた水路が固有の集落構造を形成した。筆者による地籍図の調査によれば、452の宅地のうち410が水路に直接もしくは道路を挟んで面する集落構造を有していた[fig.5]

fig.4──「滋賀県物産誌」にみる戸数と保有舟数(舟数50以上)
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fig.5──大字伊庭字限図(小字別、全125枚)より筆者作成
[画像をクリックして拡大]

インフラとしての水路の機能に着目してみると、水路は上述の通り、飲水、炊事、洗濯、風呂、魚のイケスなど、生活上さまざまに利用されたが、交通路としても利用された。湿田が多い集落周囲の田や、内湖へは屋敷から田舟に乗って行き来したが、実際、明治初期には482の舟数の記録があり、これはほぼ1戸に1艘の割合であった。

また、水路は灌漑にも用いられ、複数の機能を同時に満たす高度な複合利用が認められた。水路に面するほとんどの家では、カワトと呼ばれる階段状の石積みが存在し、カワトに面する屋敷畑は農作業に利用された。水路とカワトの石には、伊庭山(繖山[きぬがさやま]の一部)で産出する湖東流紋岩が多用された。伊庭には現在も164のカワトが存在する(2014年時点)[fig.6]

fig.6──伊庭水路現況図
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伊庭の水路の石積みは、住民が自ら、もしくは、集落内に住んだ石工によって手で積まれたものである。この石積みのディテールは、人の手でつくられたという行為そのものや、営みの歴史の深さを表している。おそらく人は、これらの「もの」の姿かたちから、人と環境の関わりを直感的に理解しているはずだ。

また、生態環境に着目すれば、この集落内水路は内湖、琵琶湖と直接つながることで、多くの固有種・希少種を含む多様な魚類の生態環境を育んできた。これがオカズトリのような、子どもにとっては遊びにもなる生活慣習を生んだ。さらには、水路は奇祭として知られる伊庭祭の「坂下し」のルートにもなり、信仰の中心である繖山と内湖を結ぶ重要な要素でもあった。

これらは水路に着目した一例にすぎないが、文化的景観の評価においては、こうしたひとつの要素に関しても、自然的基盤の特徴、歴史的特性、景観構成要素、生業・生活の特性、社会的特性などの相互の有機的関係を捉えようとする。これらを理解することではじめて、文化的景観としての固有性や意味が説明できるのである。

「地域らしさ」を支える住民の「物語」

先述のとおり、文化的景観の評価・価値づけとならぶ重要な課題が、その保存・管理である。景観が生活・生業などの日々の営みによって成り立っている以上、それを支える視点が不可欠であるが、保存・管理上難しいのは、生活・生業のありかたが時代の変化にともない変化せざるを得ないということである。文化財として、また、地域らしさを後世に受け継ぎたい住民たちにとって、その変化はどの程度であれば容認できるのか。その範囲は誰がどのように決めるのか。それをいかに誘導するか。これらの問いにどのように答えていくかが課題である。

文化的景観の保存・管理においては、保存管理計画や整備計画が策定され、景観計画の運用が行われ、文化的景観に係る修理・修景等の事業が進められる。なかでも重要なのが、景観形成に関わるステークホルダーやコミュニティの参加・関与による継続的な管理の仕組みづくりである。これまでの文化的景観をめぐる議論のなかで、「地域らしさ」の理解に基づく地域づくりが志向されてきたのも首肯できることである。なぜなら、持続的な景観管理の実現のためには、調査によって明らかになった文化的景観の評価や価値をもって、ステークホルダーやコミュニティの価値体系に介入し、丁寧な対話を通じて、景観管理における積極的な参加と関与を促す必要が生じるからである。

そこでは文化的景観としての価値と、住民の地域に対する認識をいかに接続させていくかという視点が不可欠となる。そういった意味で、伊庭では調査のために行う〈聞き取り〉が、保存管理を考えるにあたってきわめて有効であった。調査の初期段階で水利用に関する聞き取り調査を行ったが、その際、川に対する住民それぞれの想いや印象に残っている想い出を聞き、住民の価値体系を概ね把握することができたからである。

伊庭ではまず、伊庭の治水事業を進めた徳永寿昌(1549-1612)の恩を忘れないために毎年7月に村総出の川掃除「オオカワザラエ」が行われている。また、水の権利を守るために割腹した川原崎助右衛門の逸話(1570年)が語り継がれ、毎年、追弔法要が行われてきた。水の恵みとその確保に努めた先人に対する感謝の念が伊庭の住民の根底にあり、加えて、子どもの頃の遊び(川遊び、オカズトリ)や集落の昔の姿が強い印象として記憶されている。

これに対し、伊庭の水路は二度にわたり、大きな改変がなされた。ひとつは1980年代の圃場整備による。このとき一部の住民が川(集落内水路)の埋立てに反対し、川を残す運動をしたが、田舟から自動車への運搬手段の変化や、農業効率化に向かう時代の潮流には逆らえず、一部の埋め立てが進められ、水路は道路へと形を変えた。一方で、川を公園化し、美観の保持に努める運動が進められ、鯉の飼育や花による修景が始められた。1980年代後半からの農村総合モデル事業による水路の改変においても、鋼製矢板を用いた整備案に対し、住民が「石垣であることに伊庭川の意味がある」と訴え、石積みによる整備に変更された。住民らはその後、美化保存会を結成し、寄付を集めてカワトの修繕や復元、蛍ゾーンの整備などを進めた。これらの活動にも、川に対する想いが現れている。

地域らしさの継承にむけて

文化的景観調査の過程においては、景観の固有性を説明するさまざまな発見があったが、なかでも住民個々人の記憶やエピソードを集め、それを地域の記憶・物語として編集したことは、今後の地域づくりにつながる重要な一歩となった。一方で、川とその水をさまざまに利用した世代と、そうでない世代の、川に対する認識のギャップは大きかった。そこで、価値観や経験の世代間ギャップを埋めるため、また、地域の歴史や物語を共有するために、筆者は住民有志や東近江市とともに、田舟の水路遡上の復活イベント[fig.7]や、まち歩き、昔語り、伊庭八景の選定、将来像の議論など、さまざまな取組みを進めた。加えて、ニューズレターの発行や、マップや解説書の作成を行い、町内に全戸配布するなど、文化的景観としての価値の発信に努めた★5。その過程で、いまの時代に、ふたたび水路を生きられた場所として再生するための方策について話し合いを重ねた。折しも、伊庭は「日本遺産──琵琶湖とその水辺景観」のひとつに選定され、ホンモロコやフナ、コイなどを使った湖魚料理を通した魅力発信が進められた。そして、保存管理の対象となる空石積みの水路については、外観を残すことを目的とするのではなく、魚や蛍の生息環境として再生を目指すことで、結果としての石積みの景観の継承につながるという認識を共有した。魚が増えれば、子どもの遊び場として再生できるといった期待もあった。

fig.3──住民と開催した田舟の水路遡上イベント

住民の関心も徐々に高まりをみせた。その様子は、以下の新聞記事からも読み取れる(一部抜粋)。

当初は誰も(重要文化的景観の)選定に向けての動きに関心を持たず、説明会に参加する人も少なかったが、今では、親しみある水路を何とか残したいと思っている。ここ数年で住民の景観に対する意識が大きく変わった。
──伊庭町副自治会長・田中氏のコメント、毎日新聞 滋賀地方版 2014年7月3日付

2018年7月には、自治会とは別組織として「湖辺の郷伊庭景観保存会」が発足した。観光ガイドに加えて、地域課題の解決や整備の協議など、景観形成と地域づくりを担う組織として期待されている。

文化的景観という地域の価値の捉え方が、これまでの伊庭の物語に重なることで、住民の価値観はさらに豊かになりつつあると感じる。今後、地域づくりの基盤としてさらに育っていくことを期待したい。




★1──久武哲也『文化地理学の系譜』地人書房、2000
★2──文化的景観学検討会『地域のみかた──文化的景観学のすすめ』(文化的景観スタディーズ01)、奈良文化財研究所、2016
★3──東近江市教育委員会『文化的景観「伊庭内湖と水路の村」調査報告』東近江市教育委員会 2017(筆者は「水路と集落」(pp.75-124)を執筆)、東近江市教育委員会『文化的景観「伊庭内湖と農村景観」保存計画』東近江市教育委員会、2017
筆者執筆分は京都大学リポジトリにて公開済
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/234601
[2019年1月24日最終確認]
★4──筆者は2010年から伊庭の調査を進めており、文化的景観調査事業以前に、その成果を「水郷集落における文化的景観の持続性──伊庭における水路網の復元と水利用の変容」(沢一馬、山口敬太、久保田善明、川崎雅史:土木学会論文集D1、Vol.69、No.1、pp.42-53、2013)にて発表している
★5──筆者らの取り組みについては京都大学景観設計学分野ウェブページにて紹介している
http://lepl.uee.kyoto-u.ac.jp/activity/
[2019年1月24日最終確認]

ヘッダーの画像は昭和30年代の内湖干拓中の伊庭集落(東近江市提供)

山口敬太(やまぐち・けいた)
1980年生まれ。景観デザイン、都市計画、まちづくり。京都大学大学院准教授。博士(工学)。著書に『日本風景史──ヴィジョンをめぐる技法』(共編著、昭和堂、2015年)など。 http://lepl.uee.kyoto-u.ac.jp/yama.html


201902

特集 文化的景観の現在地
──四万十、宇治、伊庭、中川から「地域らしさ」の射程を測る


文化的景観15年で問われてきたもの
いま地域の変化を許容し、価値を認めること──文化的景観の課題と可能性
インフラと文化的景観──「伊庭内湖の農村景観」にみる地域らしさ
建築と文化的景観──北山杉の里・中川の調査研究を通して
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