いま地域の変化を許容し、価値を認めること
──文化的景観の課題と可能性

杉本宏(京都造形芸術大学教授)+清水重敦(京都工芸繊維大学教授)+川村慎也(四万十市教育委員会)+惠谷浩子(奈良文化財研究所研究員)

郷の文化的景観──四万十川流域の文化的景観

川村慎也──私は考古学が専門ですが、これまで四万十市の文化財担当の職員として、四万十川流域の文化的景観に関わる活動に携わってきました。四万十川はかつて「最後の清流」という呼称が広がったことで観光ブランド化が急速に進みました。一方でその地域で生活する人にとっては日常生活の一部となっている川でもあります。近年は環境や気候の変化にともない、河川にも好ましくない状況が目立ちました。「最後の清流」という看板を掲げることに地元でも次第に違和感が出はじめ、昔のほうがよかったという話も話題に上りはじめた平成18(2006)年ごろに、文化的景観の選定に向けた取り組みがはじまりました。

もっとも高知県ではそれ以前から、清流保存条例を平成元(1989)年に制定し、環境を整えるための活動を継続していました。私たちも川の環境を維持するために、1年に一度、地域の人たちとの流域の清掃などに取り組んできました。文化的景観の話が持ち上がったときには、自分たちのもつ自然環境の価値にもある程度自覚的ではあったと思います。その後、文化庁や県の支援を受けながら、選定のための申請手続きをクリアし、平成21(2009)年に重要文化的景観の選定を受けました。四万十川流域を主要な対象として、川が流れる5つの市町が連動するかたちで、四万十市ならば「四万十川流域の文化的景観──下流域の生業と流通・往来」というように個別に副題が付されています[fig.1]

四万十川流域の本流と支流がぶつかるところには、流通往来の基点となっている場所が多く存在します。四万十市では、本流に水源涵養機能を供する黒尊川という支流域と、黒尊川が本流と合流する交通の要衝に所在する「口屋内(くちやない)」という集落、四万十川を圏域外と結びつける「下田」という河口の港町が重要文化的景観の要になっています[fig.2, 3]

最初に話したとおり、四万十川は観光資源であるとともに流域の住民にとって生活環境の一部です。ですから、川に行けば大抵誰かが釣りや漁をしている姿が見られます。特産として知られるテナガエビも、この地域の大人たちにとっては、子どものころに遊びで捕まえていたおやつであり、大人になっても小遣い稼ぎになる、いわば生業兼娯楽の資源なのですね。河口域では産卵を終えた鮎を冬のタンパク源として食べる文化も残っています。このように昔から変わらぬ慣習が持続しながら、漁の道具などが少しずつ変化するといったことも起きています。例えば、テナガエビを獲るのにかつては木や竹でできた筒状の漁具を使っていたのが最近は塩ビパイプに変わりました[fig.4]。鮎を追う光源も松明からLEDになっています。趣きがないという人もいますが、文化的景観の観点では、地域の文脈から理解しうる真っ当な進化として肯定しています。

fig.1──「四万十川流域の文化的景観」全覧図、『川と暮らしの距離感──四万十・岐阜』(文化的景観スタディーズ03)、pp.22-23より 作成=奈良文化財研究所景観研究室
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fig.2──口屋内集落の全景 撮影=杉本和樹

fig.3──港町・下田の骨格 撮影=杉本和樹

四万十川の流域では沈下橋を多く見ることができます。これらは昭和初期から40年代にかけてつくられてきました[fig.5]。今はその老朽化に直面している時期です。増水時に橋桁が流されることは頻繫に起こるのですが、最近は橋脚にも次第に傷みが目立つようになりました。橋は地域にとって交通の要となる存在です。しかし、これを直すには莫大な費用と時間がかかる。地域では経済的、人材的な課題を抱えているのが実状です。また、既存インフラの更新だけでなく、これまで想定していない土地利用が行われる問題も起こりはじめました。これは文化的景観の選定範囲外でのことですが、市内で流域の最下流に近い平地でソーラーパネルを大規模に設置するという話が持ち上がったのです。こうした新しい課題は、専門的な知識の不足によって地域のなかだけでは解決しづらい側面もあり、また、外の人たちに説明するのが難しい側面もあって私たちも対応に苦心しています。文化的景観の枠組みを生かして外の力を追い風に変えられないかと模索しています。

昔からの暮らしが残っている流域の集落には、咲く花や川面の色などから川のコンディションを判断できる地元の人たちがいます。彼らは長い年月で培われた知識や経験を生かして川を診ています。川の環境を維持するうえで大切な存在です。こうした人たちの協力も得ながら、私たちは自分たちの住む地域の景観に関する啓蒙・普及活動として、住民を対象とした地図づくりのワークショップを行いました[fig.6]。黒尊川流域の白地図(くろそん手帖)を用意し、調べたことや体験したことをそれぞれ描き込んでもらい、仕上げていくという趣向です。30回ほど開催するなかで、川遊びや山菜採り、米作り、和紙づくりといった体験に親しんでもらいました。遊びの要素を取り入れながら、自分たちの暮らしや風景を語るおもしろさや大切さを学んでもらおうと企画したものですが、この活動の中で参加者が体験を綴るのに使った"くろそん手帖"を展示する催しも、年に一回開催しています。

川村慎也氏
私は町の成り立ちに触れるときに重要なのは、環境が形成される過程で何が選択されて現在の景観に至っているかをよく知ることだと考えてきました。今年は郷土資料館がリニューアルオープンするのですが、この計画段階では四万十市の自然環境を中心に置きながら、人のつながりや町の変化から歴史を理解できる施設づくりを行いました。文化的景観は単に文化財保護制度のひとつではなく、地域づくりの一手法として住民にも受け入れられるようになっています。彼らが積極的に町の話をするようになり、現在の景観に至る歴史をひとつの流れとして語るようになったことが一番の変化ではないかと思います。

fig.4──塩ビパイプを用いたテナガエビ漁の様子 撮影=川村慎也

fig.5──四万十川の沈下橋。『川と暮らしの距離感──四万十・岐阜』
(文化的景観スタディーズ03)、p.21より 撮影=惠谷浩子

「必然的な変化」をいかに見きわめるか

惠谷浩子──文化的景観それ自体がまちづくりや観光の取り組みになっており、また、一種のコミュニケーションツールにもなっているのですね。

川村──文化的景観の制度に関わるなかで、景観の担い手は誰かと考えることがあります。ひとつは地域の住民、もうひとつは彼らと親交のある地域外の人、そしてそのさらに外側の人です。とくに外側の人は地域を守るうえで専門的な知識や切り口を提示してくれる大切な存在だと考えています。現在、生態学の専門家とともに毎月、テナガエビの調査を続けているのですが、これをきっかけに漁獲量の規制や保全の動きが少しずつはじまりました。また、河川の専門家と共同して瀬と淵の関係を丹念に調べていくと、これらをセットで保全を考える必要があることもわかってきました。これにより、瀬と淵の密接な関係が明らかになったり、下流への影響も把握できるようにもなりました。

惠谷──ひとつめの「地域の住民」は先ほどお話にも出た、川の様子を「診る」人たちでもありますね。彼らの知識や経験が継承される状況づくりも、これからの地域づくりの課題になると思いますが、そのための取り組みをどのように考えておられますか。住民を対象としたワークショップは、まさに彼らが関わりがもてる川であり続けるようにするための重要な取り組みになっていると感じました。

川村──川を遊び場にして育った世代が持っている川を見る解像度と、そもそも川にいかない現代の子どもたちの川の解像度がかなり違うことがワークショップなどを通じてわかりました。かつて遊びが果たしていた役割が今は少なくなっていることが実感され、川との関わりを経験するためにはこちらから継続的に機会を用意する必要性を感じています。

清水重敦──文化的景観はつねに変化するものに目を向けるとともに、それを守る制度でもあり、そこには矛盾があるとも言えます。「地域の変化をどこまで許容するか」というのも重要な視点だと思うのですが、川村さんのお話に登場した地域の変化には、ふたつの「必然性」があると感じました。ひとつは生業・生活を含めた地域の基盤が変化することの必然性、もうひとつは四万十川が現在の形に至る過程の必然性です。川村さんは「必然的な変化」についてどのように考えておられますか。

川村──先ほど話題にした漁の道具にも通じるのですが、四万十川流域で観光産業の目玉のひとつになっている火振り漁は、松明を使ったダイナミックな演出を目当てに、多くの人が写真や映像を撮りに訪れます。もちろんこれはもともと演出などではなく、冬場のタンパク源を手っ取り早く確保するための、漁師にとって最も合理的な手法でした。しかし、今の技術では松明を振るよりも効果的なやり方も存在します。そうしたとき、味気なくなることを惜しむ声があるなかで、地域の文脈の中でどう捉えるべきなのかということを考えます。

編集──外部の人が注目すればするほど、行為が形骸化していくということですね。

川村──観光客向けの演出が収入につながる地域もあるのでまったく無駄ではありません。しかし技術向上等がもたらす変化の中にも「必然的な変化」があると認識しておくことも地域を肯定して暮らしていくためには大切です。文化的景観的にそこで何を選択するかです。

惠谷──他方で道具の性能が向上し、合理化が進むことで漁獲圧が高まる問題もありますね。実際、今までよりも獲れる量が増えたことで、テナガエビが減少する状況も起きています。

清水──文化的景観用語で言うと「関係性を壊す」ということですね。

惠谷──そうですね。「長良川中流域における岐阜の文化的景観」として2014年に選定された地域では、鵜匠が使う道具はショーの演出で使うために今も昔とほとんど変わっていません。一方、バックヤードにあたる鵜の飼育施設では効率化が進んでいる状況もあり、その関係性において地域で何を大切にするかの選択が「必然的な変化」の方向性に影響を与えるのではないかと思います。

fig.6──住民を対象としたワークショップ。地域で発見したことを"くろそん手帖"に記録していく。『川と暮らしの距離感──四万十・岐阜』(文化的景観スタディーズ03)、p.51より
撮影=川村慎也

清水──人間の生活は必ず変わっていくので、ある部分を認めると別のどこかに変化が偏ります。その変化の仕方も、じつは生活を歪めている可能性があるでしょう。これは私が伝統的建造物群保存地区(伝建)の調査を通じて得た視点でもありますが、伝建の制度は文化財を守りますが、周囲に変化の圧が生じます。大きい流れで捉えれば変化の総体は変わっていないように見えても、保存にはどこかで変化を止めるところがあり、実際は他のところで別の変化が起こる。それに対し、文化的景観は変化の総体をコントロールできる可能性をもっているような気がします。

川村──先ほどの話で言うと、ソーラーパネルの設置は単純な景観の議論ではないんです。四万十川は季節ごとの水量や水質がゆるやかに変動し、それが環境全体の調和を成り立たせている自然の仕組みをもっています。ところが、ソーラーパネルを設置するために流域のどこかをかさ上げすることになると、増水時の流量を分担できていたバランスが壊れ、必ずどこかで強い流れが生じる。それによってさらに多くの沈下橋が損傷を受けるおそれもあるのです。

清水──ソーラーパネルを設置するための地盤工事がその要因になるということですね。設置自体が文化的景観に与える影響はありますか。

川村──とても難しい問題です。水害のおそれはソーラーパネルにかぎらないのですが、景観から語る場合、素材の反射被害という反論も可能です。でも、それなら遮蔽すればいいとなってしまう。

清水──ソーラーパネル批判の対象は見た目に向かいやすいですし、文化的景観は必ずしも見た目も問題にしているわけではないので、そのあたりの議論を上手くかみ合せるのは難しいですね。ソーラーパネルの設置が及ぼす影響をもう少し広範囲に考える手立てがほしい。

川村──造成の話が持ち上がったとき、真っ先に苦情が出たのは地元の人たちからでした。そんなことをすると沈下橋が破壊されてしまうと。私たちは半信半疑だったのですが、河川工学の専門家に相談するとその可能性は大いにあるという話でした。川を診る人たちが流域の環境維持において重要な存在になっていることを強く実感しました。

惠谷──担当者も想定できない事態に対して、文化的景観の制度は抑止力になりうるでしょうか。

川村──地域のもっている価値があらかじめ整理されていれば、なりうると思います。ソーラーパネル問題は重要文化的景観の隣接地で起こったこともあって本当に想定外の出来事でした。こちらも無防備だったという反省もあるのですが、これが起こったことで文化的景観の考え方を取り入れた景観計画に改定できました。類似する問題が起こったときには基準から判断できる仕組みになっています。文化的景観はこうした場合に対応できるアプローチのひとつとなるでしょう。


201902

特集 文化的景観の現在地
──四万十、宇治、伊庭、中川から「地域らしさ」の射程を測る


文化的景観15年で問われてきたもの
いま地域の変化を許容し、価値を認めること──文化的景観の課題と可能性
インフラと文化的景観──「伊庭内湖の農村景観」にみる地域らしさ
建築と文化的景観──北山杉の里・中川の調査研究を通して
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