第6回:建築情報学の教科書をつくろう

池田靖史+豊田啓介+石澤宰+木内俊克+角田大輔+堀川淳一郎+藤井晴行+渡辺俊+中西泰人+三井和男

建築を情報の観点から再定義しその体系化を目指す建築情報学会。その立ち上げのための準備会議が開催された。「10+1 website」では、全6回にわたってこの準備会議の記録を連載。建築分野の内外から専門的な知見を有するゲストを招き、建築情報学の多様な論点を探る。最終回となる第6回は、これまでの準備会議を振り返りながら、あるべき建築情報学の「教科書」のかたちを議論する。

スピーカー
石澤宰(株式会社竹中工務店 設計本部アドバンストデザイン部門)
木内俊克(木内建築計画事務所、東京大学建築学専攻ADS Design Think Tank担当)
角田大輔(日建設計 DigitalDesignLab室長代理)
堀川淳一郎(Orange Jellies)

ゲストコメンテーター
藤井晴行(東京工業大学環境・社会理工学院教授)
渡辺俊(筑波大学システム情報系社会工学域教授)
中西泰人(慶應義塾大学SFC教授)
三井和男(日本大学生産工学部創生デザイン学科教授)

ファシリテーター
池田靖史(慶應義塾大学SFC教授)
豊田啓介(noiz主宰)

- 本記事は、当日の記録をもとにキックオフグループメンバー(池田靖史氏、豊田啓介氏、新井崇俊氏、石澤宰氏、木内俊克氏、角田大輔氏、堀川淳一郎氏)による事後的な注釈(☆印)を付している。
- 準備会議に先んじて、メンバーによる対談と論考を「特集=建築情報学へ」に掲載している。本連載と併せて参照されたい。

なぜ建築情報学の教科書か

池田靖史──皆さん、今日はお休みのところご参加いただき、ありがとうございます。建築情報学会あるいは建築情報学というものを立ち上げるために、かれこれ1年以上いろんなことをやってきました。コアメンバーでのディスカッションのほか、5回にわたって公開で「建築情報学キックオフ準備会議」を行ってきましたが、その最終回の今回は豊田啓介さんと僕がファシリテーターを務めます。これまでを総括しながら、この先のことも議論するため、「建築情報学の教科書」があるとすればどんなものなのかということをテーマとしています☆1

☆1──[豊田]今回の意義としては、これまでのまとめと体系化の足掛かりと、池田先生の気づかいにより、既存の日本建築学会の情報系の皆さんとの相互理解や今後の協力体制への布石という部分も大きかった。

池田靖史氏

豊田啓介──建築情報学会はまだ立ち上がっていませんが、コアメンバーが勝手連的に集まり、それぞれの得意分野や関心からテーマを設定し、先端的な活動をされている方をお呼びしてディスカッションしながら、領域全体を探ってきました。

第1回は堀川淳一郎さんが「建築のジオメトリを拡張する」というテーマで、動的なジオメトリや、プロシージャルな方法論について議論を展開しました。第2回は石澤宰さんで、実務において避けられないBIMを中心に、「1000本ノック」というかたちでひたすら具体的な質問に答えていくという回でした。第3回では木内俊克さんが「感性の計算」というテーマで、逆に実務から少し離れて、コンピュータや計算によって見え始める感性や認識、さらに人工生命にまで範疇を広げて議論しています。第4回は角田大輔さんが、まだしっかりと定義付けられていない「コンピュテーショナルデザイン」をテーマにして、実務のなかでのさまざまなあり方を紐解いた回でした。第5回は新井崇俊さんが「エンジニアド・デザイン」をテーマにしました。新井さんは今日は残念ながら病気で来られなくなってしまいましたが、東京大学生産技術研究所で数理的なネットワーク、都市の交通など、繋がりや関係性を扱う研究者です。この時の議論では、実務に求められる厳密さも浮き彫りになりました。これまでの5回については、われわれが各会議後に「副音声」というかたちで補足やツッコミなども入れた記事が読めるようになっています。

この5回が建築情報学の領域のすべてではないことはわれわれも百も承知ですから、今回は、われわれよりもずっと前からこうしたテーマを研究されているゲストの皆さんにお越しいただき、客観的なご意見を賜われればと思っています。

豊田啓介氏

池田──当初、豊田さんとこの建築情報学なるものを議論し始めた頃、どのくらい必要性があるのかという疑問もあり、僕らよりも若い現役バリバリの世代で、仕事や研究で建築情報学的なことに関わらざるをえない人たちと一緒に始めないといけないと思いました☆2。そして、この5回の議論を通じて、確実に建築情報学が必要であるという自信を深めることができました。ただ、やはりパイオニアの皆さん、ずっと以前から関連する分野に取り組まれてきた皆さんに現状を見直していただきたいと思っています。本当はもっと多くの方をお呼びしたかったのですが、今回は4人の先生方にお越しいただきました。それぞれ自己紹介と一言をお願いします☆3

☆2──[池田]「教えたい」からではなく「教わりたい」ことが存在することが出発点だと思っていました。
☆3──[池田]日本だけで考えても、1970年代からすでに50年、コンピュータの発明から考えると80年ほどの歴史があります。多くの積み重ねのうえに今があり、本当に頭が下がります。[角田]先陣を切って取り組まれている方がいて、貴重な積み重ねがあることを改めて認識しました。それを考えると、背景や歴史的な流れをきちんと把握することはまずやるべきだと思いました。

藤井晴行──東京工業大学で建築学とデザイン科学を教えている藤井晴行です。今、自分が学生だったら、これからを一緒に考えたり語ったりできて、うれしかっただろうなと思います。もちろん今でも語りたいことはたくさんあります。

僕は、学位論文、卒業設計の頃から、XYプロッタや計算機によっていかに設計するかについて考えてきました。当時は手で描いたほうが断然早い時代でしたから先輩に揶揄されながらでした。その後、計算幾科学やAIをどう建築に取り入れるかという研究や、隣の渡辺俊先生と一緒にデザイン科学の方法論を構築するための活動もしてきています。また、作曲家と一緒に建築空間を音楽で表現するという自動作曲プロジェクトもしていますが、まさにコンピュテーションの恩恵を受けているところです。

藤井晴行氏

渡辺俊──筑波大学システム情報系社会工学域の渡辺俊です。池田先生から日本建築学会の情報システム技術委員会次期委員長ということでお声がけいただき、今日はサンドバッグにされるのかと思って来ましたが、どうもそういうわけではなさそうで少し安心しました(笑)。会場には、若い方だけではなく私よりもさらに先輩の方々もたくさんいて、大変話しにくい状況で、どうしようか考えています。

私もコンピュータを使った設計の研究をずっとやってきましたが、本来はこうした議論を建築学会でもっと盛り上げていかなければという反省もしています。今後皆さんのお力添えで、ますます盛り上がっていくといいなと思っています。よろしくお願いします。

渡辺俊氏

中西泰人──自分の専門を語るのが難しいのですが、慶應義塾大学SFCの中西泰人です。情報系が専門ですが、これまで建築関係の方々と一緒に仕事や議論をさせていただくことも多かったので、今日は楽しみにしてきました。建築関係の最初の仕事は、NTTインターコミュニケーション・センターでの磯崎新さんの「海市展」で、プログラミングを担当しました。その後、伊東豊雄さんの展覧会をお手伝いしたこともあります。コアメンバーの角田大輔さん、今はSFCで同僚になった松川昌平さんと一緒に、初台の一軒家で000studioの仕事もいろいろと手伝っていました。よろしくお願いします。

中西泰人氏

三井和男──日本大学生産工学部創生デザイン学科の三井和男です。最初は構造が専門でしたが、10年ほど前に、建築学会の情報システム技術委員会に参加させていただき、非常に楽しいひと時をすごさせてもらいました。構造の委員会にはよく似た方々が参加されていましたが、情報システム技術委員会はいろんな考え方、いろんな方向を向いている方がいた、ざわざわした場所でとても楽しいものでした☆4。私は本日のコアメンバーの皆さんのファンであり、今日は視聴者のような立場です。視聴者参加型の番組という感じですが、よろしくお願いします。

☆4──[池田]確かに、情報システム技術委員会は建築学会の縦割り構造を横串で繋ぐ稀有な存在です。それをさらに建築学の外に繋いでいくのが建築情報学なのかもしれないと思いました。

三井和男氏

池田──今日は活発な意見交換をするために、ゲストの皆さんにはプレゼンテーションを用意しないでくださいとお願いしています。会場、または中継をご覧の皆さんもTwitterから「#建築情報学会」によってぜひご意見をください。後半には、寄せられたアジェンダを拾い上げて、まさに視聴者参加型の議論もしたいと思っています。

進行としては、まず病欠の新井さんを除く4人のコアメンバーがそれぞれ考えた「建築情報学の教科書」の目次について話してもらいますが、それぞれに立ち位置が異なることが浮き彫りになると思います。ひとつ強調しておくと、僕らも建築情報学とは何かを定義付けるのはそう簡単ではないことは重々わかっています。教科書というと、どうしてもスタンダードを決めて固定化する教条的なものに思えてしまうのですが、それは僕らも嫌で、もっと柔軟で、ダイナミックで、移り変わっていくべきものだと思っています。ただ、今は何もアンカーポイントがない状態なので、教科書というスタイルを想定して一度議論をしてみようという趣旨です☆5

☆5──[豊田]建築情報学の分野は、日々移り変わる領域や定義を、より動的なプラットフォームで集約、体系化して、それ自体が多様な意見を吸い上げながら変動していくようなものにするべきという理想論は当然僕らもわかっている。それでもこの領域にまだ一歩も踏み込めていない人向けに、既存のメディアや手法で入口を設けておくことが重要。体系に漏れ落ちがないことや完成していることを待たずに、まずは序説のようなかたちで入口を設けること。[角田]新しい概念をつくって話を始めるのではなく、学会や教科書という、共通認識をもてるものをベースとして建築情報学の枠組みを捉えようとしたことがとても重要だと思います。

豊田──教科書があれば、全国の大学で「建築情報学概論」のような授業が可能になります。紙の教科書をつくることは、既存の社会へのひとつのアクセスとして大事なことだと思っています。まずは、わかりやすい地図として目次のたたき台をつくってみようというものです。


201902

連載 建築情報学会準備会議

第6回:建築情報学の教科書をつくろう第5回:エンジニアド・デザイン
──一点突破から考える工学的プローチ
第4回:コンピュテーショナルデザインの現在地第3回:感性の計算──世界を計算的に眺める眼差し第2回:BIM1000本ノック──BIMに対する解像度を上げるために第1回:建築のジオメトリを拡張する
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