第6回:建築情報学の教科書をつくろう

池田靖史+豊田啓介+石澤宰+木内俊克+角田大輔+堀川淳一郎+藤井晴行+渡辺俊+中西泰人+三井和男

建築にプログラミングは必須か

中西──昨日、「Processing Community Day Tokyo」というイベントを運営していましたが、そこで多摩美術大学の久保田晃弘先生が、永原康史先生監訳のジョセフ・アルバース『配色の設計──色の知覚と相互作用 Interaction of Color』(ビー・エヌ・エヌ新社、2016[復刊版])を題材に、Processingでコードを書いて模写してみることでその理解の仕方が変わるという話をされていました。無限に試行錯誤できることを踏まえながら創造していくことをマスターしたデザイナーの育成は、建築情報学的です。また、建築情報学のコアは、人間の創造性を超えていくプロセス、アルゴリズミックな論理的思考に対峙することだと思います。手書きやCAD図面とも違う新しい建築を実践するコミュニティが顕在化してくることを期待しています。他方で、建築学や建築領域にプログラミングがどれくらい浸透しているのか、よくわからないところもあります。

豊田──僕は普段はプログラミング教育をやるべきだと訴えている立場ですが、あえて問いたいのは、建築情報学にプログラミングは必須なのかということです。プログラミングができなくても貢献できる領域としては、建築情報学史などもありますし、プログラミング必須としてしまうのは偏る気もしています。

中西──コンピュータの性能が上がったことで建築のつくり方が変わりました。もちろん、プログラミングを使わなくても、大きな計算機の能力を使って、アプリケーションだけを使いこなすのもアリだと思いますが、膨大な計算量、計算能力を駆使することを考えられなければ、在来の建築の延長線上という気がします。CADを使い、サーバー上のBIMでコラボレーションができます、というくらいであれば、新しい建築情報学とは言えないでしょう。そうした着地点をどこに設定するのか、プログラミングがいるかいらないかもそこに関わってくると思います☆25。またそれに応じて、教育環境としてどんなスペックのコンピュータやクラウドを用意するかも問われるところだと思います。

☆25──[池田]「計算論的側面」は現代のコンピュータとネットワークがもつパワーの可能性と意味を正しく理解し、建築的な展開を考えることにある。


石澤──建築情報学は建築とコンピュータを接続する分野ですが、プログラミングが必須かどうかは、人によると思います。情報処理が目的であれば、指定された言語で書けないとだめですが、建築の場合はゴールが違いますし、技術も変化していきます。今手に入る技術やツールを比べて、どの程度信じていいのかや限界はどこにあるのかを噛み砕ける顎の力が必要なのではないでしょうか。

三井──僕はプログラミングは必須だと思っています。膨大な計算のためだけではなく、自分の頭のなかにあるものを出していく時に、プログラミングという手続きがとても重要です。想像したことをプログラミングし、シミュレーションで試していくというプロセスにおいて、自由度が高いことが創造的な仕事には大切だと思います。

堀川──僕も必須だと思っていて、10年後には誰もが国語を習うようにプログラミングが当たり前のものになっていないといけない、というくらいです。情報を扱うためにコンピュータが介在しますが、そのコンピュータに命令を送れない立場で建築情報学に関わることができるのでしょうか。つくられたアプリケーションを使うという手もありますが、それは他人がつくったテンプレートを貼り付けているようなものです。きれいなコードを書ける必要はないし、また、特定の言語を学ぶべきということでもなく、ある程度プログラミング言語や文法がわかることは必須だと思います。

角田──自由度とは何かということをちゃんと教えていかないと、使ったほうがいいと言っているだけでは難しいと思います。Webデザインの事例を挙げれば、フロントエンドとバックエンドという二つの大きな仕組みがあるなかで、昔はコーディングができなくてもフロントエンドのグラフィックによって見栄えをデザインすることができましたが、段々とサーバーサイド側の話がわかっていないとWebの挙動がわからないので、徐々にデザイナーはそこも学ばなければいけないという認識になっていきました。例えば、レスポンシブなサイトのデザインをコントロールするためにコーディングが常識的なスキルになっています。Webの世界はまさにソースコードでできているので必然ですが、建築の世界で果たしてそうなのかというと違います。やはりプログラミングをやろうというインセンティブがなければ、必須にはならないと思います。これからの建築には建築情報学的な基盤が必要だということであれば、従来のやり方がそれによってどう変わるのか、どう拡張できるのかが伝わらなければ、現状の点が線や面になっていかないと思います☆26

☆26──[石澤]0を1にするプロトタイピングのためのプログラミング、1を100にするRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)的プログラミング、100を維持する標準化的プログラミング、必要性はそれぞれ異なる。すべてができなくても、話が通じるようであってほしい。

藤井──今、計算科学の先生に頼まれて、建築や土木の1年生がコンピューターサイエンスの授業を取るようにオリエンテーションをやっています。そこで話をするのは、設計は計算であるということです。建築の設計には非論理的飛躍や個人の発想があるので、そうではないという話をしたくなりますが、しかしじつはかなりインストラクションに従ってやっていると言えます☆27

☆27──[豊田]じつは東京藝術大学の建築科の1年生は5年以上前からRhinoceros+Grasshopperは必修化されていて、堀川さんや僕はその教育に関わっている。卒業生は全員その素養をもっていて、実際、彼らの設計や制作に変化が起きていることを期待したい。

中西──コンピュータを使うことで、試行錯誤の回数や建築を形づくる要素の数を大幅に変えることができますから、皆さんがやられている建築情報学的な実務にはコンピュータが必須だと思います。その一方で、建築情報学を学んだ学生は、一級建築士を取りにいくのでしょうか。ゲーム会社に勤めるとか、映画をつくるとか、映像の演出をやるというような選択肢も広がると思います。空間とその構造、さらに時系列的な変化がわかっている人が活躍できる場は本当に多種多様ですし、これからますますそうしたスキルと人材が求められていくと思います☆28

☆28──[堀川]建築出身の人は一級建築士を取らなければいけないという点から見直したい。[豊田]技術や観点を身につけることで既存領域を飛び出す人を生み出すのはすごく大事。同時に、他分野の尖った専門性をもった人が建築領域に飛び込んできやすい雰囲気や技術体系を建築領域が用意することも大事。現状、特に後者はとても遅れている。


201902

連載 建築情報学会準備会議

第6回:建築情報学の教科書をつくろう第5回:エンジニアド・デザイン
──一点突破から考える工学的プローチ
第4回:コンピュテーショナルデザインの現在地第3回:感性の計算──世界を計算的に眺める眼差し第2回:BIM1000本ノック──BIMに対する解像度を上げるために第1回:建築のジオメトリを拡張する
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