オブジェクトと建築
──千葉雅也『意味がない無意味』、Graham Harman『Object-Oriented Ontology: A New Theory of Everything』

飯盛元章(哲学)
千葉雅也『意味がない無意味』
(河出書房新社、2018)

良いボーカリストは複数の声をもつ。千葉雅也『意味がない無意味』(河出書房新社、2018)を読んだときにふと思い出したのは、メタルバンドのボーカルをやっていた頃に得たこの洞察であった。

たとえば、エアロスミスのボーカルであるスティーブン・タイラーは、少なくとも3つの声をもつ。あの特徴的なしゃがれ声、ブルージーなこもった歌声、そしてシャウトだ。また、ハロウィンのかつてのボーカルであるマイケル・キスクには、少なくとも2つの声がある。低音部の深く男性的な声と、高音部の女性的なミックスボイスである。彼らは、これらの声を駆使することによって、曲全体にメリハリをつけている。大げさな言い方をすれば、彼らは他なる声の歌い手へとそのつど変態しているのだ。

良いボーカリストと同様に、良い文筆家も複数の声、つまり文体をもつ。千葉は間違いなくそうした書き手である。評論に特徴的なうねった言い回しもあれば、簡潔な表現で哲学的概念を整理してみせたり、あるいは、3文字ほどのミニマムな一文をつぎつぎと繰り出してみせたりする。丁寧な論述がなされることもあれば、ときに心地よい飛躍によってテンポよく展開されていくこともある。多様な論述対象が、さまざまな文体(声)によって語りだされていくのだ。この意味で、千葉はタイラーであり、キスクである。本書を読み終えたあとの感覚は、ライブを観たあとの感覚に近い。

本書は、さまざまなところで書かれた批評や哲学論文などがまとめれられたものである。冒頭に置かれた「意味がない無意味──あるいは自明性の過剰」という章は、これらに共通するテーマについて書き下ろされたものだ。本書をつらぬくのは、〈意味がある無意味〉と〈意味がない無意味〉の二元論である。

前者の〈意味がある無意味〉とは、ブラックホールのようなもの、「無限に多義的なもの」である、とされる。それは、わたしたちには完全に汲み尽くすことのできない無限の意味が畳み込まれた、未知のxである。わたしたちは、それをめぐって果てしなく解釈を展開していく。その結果、そこから意味が無尽蔵に生み出されてくるのだ。

これに対して、〈意味がない無意味〉とは、そうした絶えざる解釈をきっぱりと停止させる無意味である。わたしたちは、無限の多義性を払いのけて、身体をつうじてポンと行為をする。そうした行為へと通じるものが、〈意味がない無意味〉である。

以上の2つの概念は、千葉自身のことばによって、つぎのように対比されている。「〈意味がある無意味〉は、もっと何かを言いたくさせるような無意味である。反対に、〈意味がない無意味〉とは、我々を言葉少なにさせ、絶句へと至らせる無意味なのだ」★1。この2つの軸に対して、ジャック・ラカン、ジャック・デリダ、ジル・ドゥルーズ&フェリックス・ガタリ、浅田彰、東浩紀、カトリーヌ・マラブー、クァンタン・メイヤスーらの概念が当てはめられ、その内実がより詳しく論じられる。

以上の冒頭の章以降、総計23の章がつづく。論述対象は、哲学はもちろん、絵画や小説、文化事象などさまざまである。難易度も長さもまちまちであって、非常に難解で長い章のあとに、ふとソフトで読みやすいものがきたりする。読者の視点からすると、なにがやってくるのかわからない、という楽しさがある。以下、簡単にいくつかの章を紹介することにしたい。

まず、手軽に読めてしかも秀逸な章としては、「タナトスのラーメン──きじょっぱいということ」と「単純素朴な暴力について」をおすすめする。反対に、「あなたにギャル男を愛していないとは言わせない」は、本書でもっとも難解な章のひとつである。だがそこでは、ギャル男の考察をとおして、本書の中心的なテーゼが示されている。また、フランシス・ベーコン論である「思考停止についての試論──フランシス・ベーコンについて」もおすすめである。ベーコンの絵画をこのように解釈できるのか、という驚きがある。「思弁的実在論と無解釈的なもの」は、思弁的実在論にかんする日本語文献のうちもっとも明快なものであり、必読である。

最後に、建築について論じられた「不気味でない建築のために」を詳しく見てみよう。本書によれば、1990年代以降、ドゥルーズの影響により、関係性を重視した建築が主流となった。だが、それは建築そのものを環境との関係へと埋没させ、その自立性を消し去ってしまうことにつながる。千葉は、こうした関係性重視の建築に対して、「切断的に一個である」建築というものを考える。そして、その出発点として、まずラカンのファルス概念を取り上げる。

ファルスとは、さきほどの〈意味がある無意味〉に対応する概念である。つまり、無限に多義的なxだ。それは、関係性から超越した一個の例外的存在者である。単一で特権的なファルスとしての建築は関係に埋没することはないが、他方で、全体主義的なシンボルになってしまうという問題点を抱えている(たとえば、国家プロジェクトによって建造されたモニュメントなど)。

そこで、ラカンにつづいてグレアム・ハーマンが取り上げられる。ハーマンは、無限に多義的なxはひとつではなく、複数あると考える。ハーマンによれば、ひとつの特権的な対象だけでなく、あらゆる対象が平等に無限のポテンシャルをもっているのだ。その結果、上述の全体主義は回避されることになる。

だが千葉にしたがえば、ハーマンが語る対象は、複数化されているとは言え、依然としてファルス的なもの、つまり〈意味がある無意味〉である。したがって千葉自身は、ここから非ファルス的な建築、つまり〈意味がない無意味〉としての建築の方向へとむかうことになる(詳しくは本書を参照していただきたい)。

ここで簡単に指摘したいのは、本書におけるハーマンの位置づけである。ここまで確認してきたように、「不気味でない建築のために」の章では、ハーマンは〈意味がある無意味〉の側に位置づけられている。ところが、「思弁的実在論と無解釈的なもの」の章では、ハーマンは〈意味がない無意味〉(「石‐秘密」)について語る論者として、むしろ肯定的に評価されるのだ。ハーマンの「対象」概念は、こうした両義性を抱えていると言えるのかもしれない。

(Graham Harman,
Object-Oriented Ontology:
A New Theory of Everything
,
London: Pelican, 2018)

つぎに、ハーマンの著作(Graham Harman, Object-Oriented Ontology: A New Theory of Everything, London: Pelican, 2018)を紹介することにしよう。本書は、ハーマン自身の立場である「オブジェクト指向存在論」について解説した入門書である。

オブジェクト指向存在論とは、個体的な対象(オブジェクト)を中心にして構築された存在論だ。わたしたちの日常生活は、さまざまな対象であふれている。コップやiPhone、わたし、杉の木、猫、通行人、クォーク、ゴジラ、エアロスミスなどなど、さまざまな対象がある。これらをそのまま究極的なものとして保持しようというのが、オブジェクト指向存在論だ。

これは、いっけんごく普通の立場のように思われる。ところが、哲学の歴史において個体的対象は別のものへと還元され、その自立性が奪い取られてきた。ハーマンは、このようなオブジェクト指向存在論にとっての論敵となる立場を明快に整理している。ここでは、とくに「関係主義」(relationism)と呼ばれるものに着目したい。

哲学では、とりわけ20世紀以降、孤立した対象から出発するのではなく、それらの関係から出発するという立場が主流となった。事物は、関係や相互作用の結節点としてのみ存在する。こうした考え方をとるのが、関係主義である。関係主義にしたがえば、他のものとどのような関係にあるのかが、対象のあり方を規定するのであって、対象の自立性は失われることになる。ハーマンは、こうした関係主義に反してつぎのように述べる。

OOO〔オブジェクト指向存在論〕が擁護する考え方にしたがえば、対象(実在的対象、虚構的対象、自然的対象、人工的対象、人間、非人間)は相互に自立的であって、前提されるのではなくむしろ説明が必要な特殊事例においてのみ関係する。この点を専門的な表現で強調して言えば、あらゆる対象は相互に退隠しているのだ★2

ハーマンにしたがえば、まず自立した個々の対象がある。それらは特殊な事例において、ごくまれに関係するにすぎない。ハーマンは、こうした対象のあり方を、ハイデガーの読解から引き出した「退隠」という概念によって表現する。対象は、他の対象から退隠している、つまり隠れているのだ。対象は表面にいま現れている以上の性質を、つまり余剰を隠しもつ。自立した対象は余剰を隠しもち、他の対象との直接的な関係から退隠している。こうした対象がいたるところに満ちている世界観を描き出すのが、オブジェクト指向存在論である。

さて、本書は7つの章から成る。第1章「A New Theory of Everything」では、科学批判からはじまり、オブジェクト指向存在論にとっての論敵となる立場が整理される。第2章「Aesthetics Is the Root of All Philosophy」では美学が、第3章「Society and Politics」では社会理論が扱われる。第4章「Indirect Relations」では、オブジェクト指向存在論の4項図式が示され、退隠する対象についていかにして知を獲得するのか、という問題が論じられる。さらに第5章「Object-Oriented Ontology and its Rivals」では、オブジェクト指向存在論が乗り越えるべき強敵として、デリダとフーコーが論じられる。反対に、第6章「Varying Approaches to Object-Oriented Ontology」では、オブジェクト指向存在論の味方となる論者たちについて解説がなされる。第7章「Object-Oriented Ontology in Overview」は総論である。

第6章の最終節「OOO and Architecture」では、デイビッド・ルイ、トム・ウィスコム、マーク・フォスター・ゲージという3人の建築理論家が紹介されている。この3人は、オブジェクト指向存在論に好意的な発言をしている論者たちだ。さきほども確認したとおり、90年代以降、ドゥルーズの影響が強まり、関係重視の建築が主流となった。こうした潮流に反し、建築的対象の自立性を確保しようという目論見から、この3人の論者たちによってオブジェクト指向存在論が援用されたのである。たとえばウィスコムは、建築におけるあらゆるエレメント(屋根や基礎、内部構造など)を全体‐部分のヒエラルキーから解放し、すべてを自立的なものにしようと試みている。ウィスコムによれば、建築はミルクシェイクではなく、韓国料理のチヂミのようであるべきなのだ。

最後に、第2章で示されているハーマンの新しい美学理論について、ごく簡単に紹介することにしたい。ハーマンは、「杉は炎のようだ」というメタファーを例に挙げる。この場合、杉という実在的な対象は退隠している。それゆえ、「炎のようだ」という表現が示す〈炎‐性質〉は杉と結びつくことはできない。しかし、この性質はなんらかの対象と結びつかなければならない。そこでハーマンは、それはわたしという実在的対象と結びつくのだ、という答えを出す。ハーマンによれば、わたしが「杉は炎のようだ」というメタファーを没入的に鑑賞するとき、〈炎‐性質〉は杉ではなく、わたしに結びつく。鑑賞者としてのわたしは不在の杉の代役を演じ、〈炎‐性質〉をまとうのである。メタファーを鑑賞するとき、わたしは炎のような杉を演じる「メソッド・アクター」となるのだ。ハーマンは、こうした奇妙な美学理論を提示している。この理論のより詳しい説明は、論文「唯物論では解決にならない」(小嶋恭道+飯盛元章訳、『現代思想』2019年1月号所収)の第3節「ミーメーシス」を参照していただきたい。



★1──千葉雅也『意味がない無意味』(河出書房新社、2018)12頁
★2──Graham Harman, Object-Oriented Ontology: A New Theory of Everything, London: Pelican, 2018, p.12.筆者訳。


飯盛元章(いいもり・もとあき)
1981年生まれ。哲学。中央大学講師。ホワイトヘッド、ハーマンを中心に形而上学を研究。翻訳(共訳)=『メルロ=ポンティ哲学者事典 第2・3巻・別巻』(白水社、2017)、グレアム・ハーマン「オブジェクトへの道」(『現代思想』2018年1月号、青土社)、同「大陸実在論の未来──ハイデガーの四方界」(『現代思想』2018年2月臨時増刊号)、同「現象学のホラーについて──ラヴクラフトとフッサール」(『ユリイカ』2018年2月号)、同「唯物論では解決にならない──物質、形式、ミーメーシスについて」(『現代思想』2019年1月号)など。


201901

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