第4回:コンピュテーショナルデザインの現在地

モデレータ:角田大輔(日建設計 DigitalDesignLab室長代理)
石津優子(竹中工務店コンピュテーショナルデザイングループ)+杉原聡(コンピュテーショナルデザインスタジオATLV代表)

デザインプロセスの葛藤──解、意思決定、評価

角田──デザインプロセスの話題が出ていますが、そこでの解や意思決定、評価における葛藤について、さらに議論したいと思います。最近、僕が意識しているのは、バリエーションは最終的には二択ぐらいに僕らが答えを出さなくてはいけないということです。僕は、始めたばかりのころはよく、フレーム(デザインシステム)ができると「この中では自由につくれますから、どんなものでもできます」というようにしていたんですが、そうするとやっぱり何も決まらない。そして、組み合わせが増えていき、どんどん量産していかないことがあるんですね。だから、どこかで切断する必要がある。どこまでつき合うか、どこでジャッジするのか。

石津──提供したツールがデザインアーキテクトの腑に落ちたときって、それを使ってずっとスタディし続けるような、フィッティング感みたいな感覚があります。最初は時間やコストの制約のなかで「とにかくこれができればいい」と思っていたところから、だんだんツールを使っているデザイナーから欲求が出てくるんです。それをどんどん続けていると、ある瞬間に「このツールがあれば自分は満足だ」みたいな腑に落ちる瞬間があって、そうなると、その人にとっての最適化というか、ほかの要素がなくてもこのツールを自分で使い倒したい、ということになるんですよね。そうしたら、私はツールをつくるのをやめて、お渡しします☆28

☆28──[石澤]この話、好きです。腑に落ちるという言葉がぴったりで。ストンと行くとき、あるんですよね。ストンと行くまでやる、という契約はちょっと怖くて躊躇するけれど、でもそういう言葉として捉えづらい内在する要求事項が、あるルートを通じて形にデリバリーできるということは理想的ですよね。深澤直人氏が「何かを『読める』とか『言葉にできる』というところに、社会を動かす大きなスイッチが置かれている」と発言していたのを思い出します。

腑に落ちないときは、逆に設計者自身でフィードバックをするのではなく、自動化してガラパゴスを使って収束させたいという要望が来ます。これは、あまりうまくいっていない時に起こることが多いです。デザイナーとお互いにやりとりをしながら、どんどん盛り込んでいく。すると、最終的にはほかの人には全部一緒に見えても、そのデザイナーにとっては、自分のデザインを実装するためのツールになっているということがあります。


角田──さきほどキーワードが出たので拾いますが、ガラパゴス問題みたいなものがあると思っています☆29。というのは、収束させていくけど、あるところまで収束はしたとして、それって誰かが選択していないじゃないですか。もともと求められているオーダーには応えているけど、何かしっくりこないということがあると思うんです。あるいは、しっくりきていたとしても、どう説明していいかよくわからない。

☆29──[豊田]コンピューテーショナルデザイン界独自のガラパゴス問題(笑)。

さきほど杉原さんから、パネリングしてビジュアライゼーションしたという話がありました。そのとき、一歩手前のどこで止めるのかという問題もあると思います。つまり、誰かが選択して決めていくということは、都度必要なことだと思いますが、答えとして「これを最適化・合理化しました」「これがベストパフォーマンスです」と示したときに、それで納得するかどうか。そのあたりで意識していることや、コントロールの仕方で考えていることはありますか。

杉原──僕はコンピュテーショナルデザイナーという仕事を始めたときから「デザイナーである」というポジションは、つねに崩していません。デザイナーの支援ツールをつくることもありますが、基本的には自分のためにツールをつくって、自分で使ってデザインする。

なので、デザイン案としていくつか提示しても、最終的な意思決定者である建築家やクライアントに「どうしますか」と聞きます。もし、それに対して本当にこれが最適なのか疑問を持たれたら「最適解はひとつじゃない」という話をつねにするんです。このモデル空間では最適かもしれません。でも、世界観レベルやモデル空間、ファンタジー、パラメータの設定──そのレベルで言ったらわからないですよ、と。

すべてのパラメータの最適ではなく、バランスの最適を「パレート最適」と言います。なので、これが唯一の解ではないけど、いろんな種類の最適な解(パレート最適)のバリエーションを説明して、どれをやるかを意思決定者に決めてもらう。そういうふうにやっています。

石津──私の場合、これまではデザイナーとしてではなく、デザイナーのためのツール制作支援として関わることが多いので、どちらがデザインを決めるか、難しい問題があります。なので必ずレンジ(余白)を授けて、パラメータを調節できる状態で提出することが多いです。そうすると、形にあまりバリエーションが出ないんです。だから、ランダムで出すのではなくて、ある程度、自分がよさそうだと思うパラメータの幅を、感覚的に絞り込んだ状態でお渡ししています。「こういうバリエーションがいいんじゃないか」というのを、忍び入れることは意識的にやっています。私はデザインのリードではないことが多いので、各デザイナーの好きそうなものなどをやりとりのなかで汲み取りながら、相手がデザインしたと思ってもらえるように提供している、というやり方が多いかもしれません。

角田──ある程度アウトプットを想像しながら、提示したりつくったりしているわけですよね。

石津──そうですね。ヒアリングを重ねながら、なんとなく相手の意向や好みを捉えて方向性を決めていく。なので、デザインツールを制作しているんですけど、自分ではデザインをしている感覚があります。でも相手にとって「デザインをされている(とられている)」と思われたら負けというか、上手くいかないので、そのバランスは意識しています☆30

杉原──僕はデザインされていると思われたら負けだとは思っていません。逆にどんどんデザインしていくことが、自分の責任だと思っているので。もちろん嫌がられることもありますけど☆31

☆30──[木内]意志決定に関わるあらゆる立場の人にとって、ある意味ツールが担保してくれる外部性が適度に好ましい距離にあるときに、プロジェクトが一歩前に進む、誰にとってもそのツールを介したコミュニケーションが存在しなければ辿り着きえなかったところまでいけたと感じる、という側面はあるのではないかなと思いました。上の議論でも出ていた「腑に落ちる」感じというのは僕も経験したことのあるものですが、誰にとってもある種の発見が見出せている状況がそれなのかなと。
☆31──[豊田]ここもすごく重要かつおもしろい議論。役割の主体側の責任や価値の意識と、社会側が求める感覚や領域と。

角田──さきほど、多変量な解析の場合にパレート解の話が出ましたが、そこでもある程度想定しているのではないかと思います。そうした予測可能な経験を感覚としてもっていないといけないのか、とりあえずトライ&エラーでやっていくのか。どちらだと思われますか。

杉原──最終的には直感的なものが必要だと思います。コンピュテーショナルデザインをするスピード。自分が開発するスピードのために、ある程度直感を蓄える必要があると思います。

角田──経験がものを言ってくるということですね。

杉原──探索における人間の直感のすごさみたいな。

角田──そうですね。なんとなく予測ができるようになるのか、ならないのか。僕も最近イメージできるようになってきたかなというところです。それはやっぱり、何回もやっていないとなかなか厳しいところですね。

質疑応答

角田──では、会場からも質問を受けたいと思います。

会場1──ウェブデザインのようなコンピュータの領域では、すぐに結果を体験でき、意思決定のスピードはとても速いです。でも建築はすぐに体験することはできません。例えば、建物の中に入れるVRのような技術で、意思決定のスピードやその体験が変わることはあるのでしょうか。

角田──情報量の問題があると思います。建築の場合は、必ずしもすべてを事前につくれるわけではありませんし、その都度チェックすべきものの観点や情報量が違います。また、お金の問題など、さまざまな要素のトレードオフで決まっていくことが多くあります。それは体験してわかるものではありません。これがなかなか難しく、迷いながらやっているのが実際です。

杉原──そのとおりだと思います。この空間をつくったら誰が儲かるのか、納期に間に合うのか、誰を幸せにできるのか。あるいは、政治家が公民館のデザインを決定するときに、自分の支持率が上がるのか、子供たちの未来はどうなるのか──。建築は人間のいろんな営みに触れるうえに、意思決定者が毎回違うから、どこまでいってもわかりません。会社経営と同じようにスピードは必要だけど、すべての情報が揃うとは限らない。もちろん、VRやビジュアライゼーションの技術で体験できる情報量は増えていますが、最終的には不確実性がそこら中にあるなかで意思決定をしなくてはなりません☆32

☆32──[石澤]VR・ARで体験できる空間の質は確実に上がっていて、いかにもな嘘っぽさみたいなものを消すことが技術的に可能になってはきたけれど、人は同じ空間を見ても同じ対象を同様に解釈できるとは限らず、そうするには情報をきちんと「切り取る」必要がある。でも現場を歩いていてレーザーポインタを指しながら議論するときは、あまりそういうことは起きない。そこに差があるのでしょうね。

角田──その都度、何を決めるかを決めたうえで、ステップアップしていくことが必要かなと思いますね。

石津──そうですね。意思決定のステップが上がるにつれて、目に見えないところに決めるべき側面があったりします。いろいろな情報がVRで可視化されたとしても、必ずしも意思決定は技術と直結しないところも多いのかなと思います。

杉原──VRについて補足すると、最近はVRのコンテンツをクライアントに提供するところが増えています。建築家がデザインを完了して、VRでクライアントに確認したり満足してもらう。サービスとして、顧客の満足度の上げ方は改善されています。その一方で、疑問や不満な点のフィードバックも増えるので、逆にデザインの仕事が増えることもあります。一番まずいのは、クライアントが複数人いて、いろんな人がいろんなことを言って収拾がつかなくなることです。だから、誰にどこまで見せて、何を見せないか。そういった情報をデザインするようなことは多々あります。

石津──以前、クライアントにデザインをVRで見てもらったことがあるんです。屋根の形状はそのままに、フレームの割を変えて示した。具体的な形は言えませんが、三角割からルーバーにするくらいの違いで幾何学的にはかなり違うもので。すると「何が変わったんですか」と言われてしまって、ビジュアライズのクオリティが上がってないじゃないかという話になってしまったんです。VRでも、クライアントとデザイナーという立場の違いで、見ている視点は異なるのだなと思います。

会場2──杉原さんにお聞きします。プロシージャル系のデザインでは、流線型やグラデーションのような、連続した微分可能な形状が多いことが気になっています。それはベースとしている数学の問題なのでしょうか。そうではない形状を生み出せるものでしょうか。

杉原──それは、さきほどのファンタジーや世界観の問題でもあります。そのひとつの理由として、確かにコンピュテーショナルデザインという領域は、現代建築のデザインパラダイムに入ってしまっていることが多い。もちろん、そうである必要はまったくないのですが。グレッグ・リンが流線型に関する論文を書いていて、ひとつにはその流れがあります。そもそも、どれほどのアルゴリズムが世の中に存在しているかというと、じつはそんなに多くはない。私はエージェントベースのものをここ何年もやっていますが、それはすべて複雑系科学が提供してきた仕組みを利用しています。そして複雑系は、生命体や海の潮の流れといった自然からきている。ニューラルネットも人間の脳です。だから、それを超えたアルゴリズムは存在していない。その意味では、アルゴリズムは制限されているとも言えるし、まだ未知のアルゴリズムがあるに違いないと思っている人たちもいる。わくわくする分野ではあります。

補足すると「ポスト流線型」という世界もあります。それが複雑系の世界です。イメージとしては、貝とか木の葉や森、カントール集合のようにどこを切っても同じになるような。でも、それも流線型後の現代建築のムーブメントになってしまっている。最近は、それに反対するムーブメントがロンドンを中心に始まっています。自然科学から人文科学にシフトしようとするもので、例えば人工的な寺社仏閣の木組みや、ギリシャの神殿、都市計画の複雑性に注目するようなグループがいます。グループと言っても、じつはAAスクールのひと学年全員みたいな話ですけど(笑)☆33

☆33──[木内]「微分可能な形状が多い」は確かに出回っているツールであり、その背後にあるアルゴリズムによる制約を受けているのは確かですよね。一方で、建築デザインという次元での実装の問題にはまだ至っていないかもしれないものの、3Dスキャンに代表されるように、非常に複雑な形状をメッシュとして保持し、その密度を落とさないまま加工や運用ができるようになったことは、意匠的な視点でのコンピュテーショナルデザインの可能性を確実に拡張している。たとえば、堀川さん企画の第1回「ジオメトリ」のなかでは、そこにつながるような話がいくつも見られたかと。

会場3──設計者側がフレームアウトしていってくれることは嬉しいですし、それでデザインがよくなっていくということもあります。でも、最初の仕様から外れて費用や時間が超過してしまう。かといって、最初から正確なフレームを提示することも難しい。そうした場合、契約はどうしたらいいでしょうか。

杉原──僕はデザインコンサルタントという立場ですが、まずプロジェクトの見積もりを出して、アウトプットは決めます。でもデザインのフレームワークは決めません。デザインを複数種類出して、それらを検討してもらって、方向性を確認してもらい、さらにまた何種類か出して最適解を詰めていく。これに要する時間を見積もって提出します。

ただ、デザイナーはみんなそうだと思うんですけれど、大体時間も予算もオーバーします。そこは最初の見積もりで、最大これを超えたら自分の責任ということになる。その時間内に納めて、あるクオリティのデザインを納めるためのモデル空間、フレームワークを決めるのは僕の責任です。でも、自分にとってのデザインの探索のために、すごいアルゴリズムで新しいことをやろうとすると、とてつもなくオーバーしています。それは自分の責任の範囲で調整です。

角田──僕の場合はちょっと立場が違いますが、やはり悩ましいところです。スタート時にステップを間違えないように話はするけど、予測できないことを予測しているので、大体うまくいかない。最初のステップは毎回悩ましいです。

石津──私は最初のヒアリングのときに、パラメータの設定を具体的に指定するやり方ではやりたくないと言っています。なぜかと言うと、最初に与えられた拘束のなかで実装するとデザインにならないんですよ。だから最初の段階では、デザインではなく、どんな建築でどういうプロジェクトなのかを、しっかり話してくれる人としかやらないようにしています。

会場4──あまりに複雑な課題を短期間で頼まれたり、もはや手を出せない状態で仕事を振られた場合、みなさんはどのように断っていますか? フリーランスだと断りづらいこともあるのではないでしょうか。

石津──フリーランスを経て会社員になった私の経験からすると、フリーランスのほうが断りやすいです。契約を最初に決められるので、その期間でできることとできないことを説明すれば納得してもらえるからです。でも会社員になるとそうはいきません。むしろ、プロジェクトに関わったら、自分の専門ではないときは、どう支援していくのかを考えなくてはならない。そういうときは、できない理由の説明をアウトプットとともに提示するとうまくいきます。答えを出しながら、なぜそれがいいアウトプットにつながらないかを形として示す。大抵のお話は、こちらではなく依頼側が作業すると、解決の糸口が広がる場合があります。

杉原──最初に見積もりの時間を提示するので、その段階で「2週間でやってくれ」と言われても「いや、2カ月かかります」と言います。そのときに、なぜその時間が必要か話をします。もし、実際にやってみて、予期せぬ事態が発生してそれ以上時間が掛かることがわかったら、その段階でひたすたらダイアグラムをつくって問題を説明し、もう一回見積もりを出します。現実的な方法は何か、必要な時間をはどれくらいかを提示する。そんなやり方です。

角田──僕は会社の仕事が多いので、明らかに期間が短かい場合は「ここまでしかできない」とはっきり言うことで、問題を解決しようとしていますね。結局は「あなたの望むことはこの時間だとできません」「この時間だったらこういうことができるので、これでもいいなら引き受けます」と、ある程度ロジカルに組んで説明するようにしています。

会場5──意思決定の主体が、デザイナーだけではなく建築の使い手である一般人や、法規のような制度が関係する場合があると思います。どのように他者や外部環境を扱うのでしょうか。今後の発展の可能性も含めてお聞きしたいです。

杉原──僕の場合、大抵は相手の建築家が意思決定者ですが、僕のデザイナーとしての責任は、そのデザインが関係する人や環境に及びます。それはとても広いし、どこまでも広がります。でも僕は相手の建築家やクライアントのためにと一応割り切っています。ただ、最も健全なのは、クライアントを超えたデザインの利点や価値を、そのクライアント自身に理解してもらうことです。残念ながら僕は利用者のことはあまり考えていません。むしろデザインの歴史を考えています。世の中に建つ意味のある建築をつくること。それが自分の責任です。デザインの歴史に対する新規性や貢献、人間のものづくりへの貢献というところはクライアントに説得して、自分がいいと思うデザインをつくります。もちろん、社会的な価値を拾い上げることのできる手法が今後出てくれば、それはハッピーなものづくりの環境だと思います。

石津──私はデザイナーに対するツールの提供に特化しているので、ユーザーの人のフィードバックをどう受け止めるかは、なかなか考えきれていません。まずは、デザイナーの人が健全な意思決定ができる道筋をつくること。まずそこからではないかと思います。

会場6──プログラマーはプログラミングの専門家ですが、哲学をプログラムに関連させることに意味があると思いますか。その場合、プログラミングにおいて、どのように哲学や理論を翻訳してアルゴリズムに取り入れているのでしょうか☆34

☆34──[豊田]ここも面白い問題提起で、通常なら単純にアルゴリズムとか数式みたいな恒常的な定理みたいに記述できないところに哲学があるわけで、そもそも矛盾があるようにも感じるんだけど、同時にこの領域に関わる人なら、やっぱりプログラミングにも論理のモデル化にも、どこかに哲学と呼べるようなものが不可欠に存在しているというのは感じてるはず。

杉原──これまでほとんどのデザインは、科学や科学のパラダイムを負っています。なので、それらからなんらかの知見を得られるだろうと思いますが、私自身はそれほど熱心にデザインのアイデアをほかの人に伝えようとしていません。デザインを通じて何かが伝わればいいとは思っていますが、直接的に哲学をデザインに反映させようとしているわけではないですね。

石津──私はスイスのCAADで受けた授業で哲学も勉強してきたんですけど、プログラミングをしながら哲学に関わっているよりも、プログラミングそのものに取り組んでいる感覚が強いので、その領域までまだ達していないというのが正直なところです。

角田──哲学であろうと理論であろうと、その物事から考えをどう因数分解できるかだと思います。そのためには、その物事に対してある程度の知見がやはり必要だと思いますが、その部分はあまり得意ではありません。しかしなるべく自分の考えとして定量的に判断できる指標に読み替えてデザイン化できるよう考えを巡らせています。

第4回の今回は、ディスカッションの時間を非常に多くとれたので、とても有意義な話ができたのではないかと思います。これまであまり表に出てきていない内容を深掘りしていくこともでき、こうした議論を通じて、コンピュテーショナルデザインの現在地を共有できたのではないかと思います。今回をひとつの機会として、より議論が発展していくことに期待したいと思います。


[2018年10月5日、原宿・VACANTにて]


石津優子(いしづ・ゆうこ)
竹中工務店コンピュテーショナルデザイングループ。神戸大学大学院工学研究科修了後、スイス連邦工科大学MAS CAAD修了。共著=『Parametric Design with Grasshopper──建築/プロダクトのための、Grasshopperクックブック 増補改訂版』(BNN新社、2018)。

杉原聡(すぎはら・さとる)
1977年生まれ。コンピュテーショナルデザインスタジオATLV代表。東京工業大学情報理工学研究科修了、UCLA建築学科修士課程修了。展覧会=「Agent-Based Computational Design」(パリ・AA[n+1]ギャラリー、2015)。

角田大輔(つのだ・だいすけ)
1977年生まれ。日建設計DigitalDesignLab室長代理。東京理科大学大学院工学研究科修了。共著=『Rhinocerosで学ぶ建築モデリング入門』(ラトルズ、2017)。


201811

連載 建築情報学会準備会議

第6回:建築情報学の教科書をつくろう第5回:エンジニアド・デザイン
──一点突破から考える工学的プローチ
第4回:コンピュテーショナルデザインの現在地第3回:感性の計算──世界を計算的に眺める眼差し第2回:BIM1000本ノック──BIMに対する解像度を上げるために第1回:建築のジオメトリを拡張する
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