バーチャル・リアリティの記譜法
──パノラマ、キュビズム、座標系

大野友資(建築家、DOMINO ARCHITECTS代表)

デジタル時代のノーテーション

プレゼンテーションの前日。3Dモデリングした空間内でアプローチからの一連のシークエンスを再確認する。夏至と冬至の日射が室内のどこまで入り込むかもレンダリングで入念にシミュレーションして、ネットからダウンロードした点景の3Dモデルを配置していく。仕上げは数パターンを別レイヤーにセットしてリアルタイムで切り替えられるように。そして当日。クライアントはヘッドマウントディスプレイを装着し、3Dモデル空間内を歩きながらカウンターの使い勝手や廊下の幅などに関してコメントしていく。SFではなく、とある設計事務所の日常の話だ。

図面/模型/ダイアグラム/スケッチ/テキストなどの空間を記述するメディアとして、デジタル技術の普及による3Dモデルが新たな選択肢に加わった。3Dモデルによって構築された空間は、モニター内で描画するだけではなく、ヘッドマウントディスプレイなどの装置を使用することで仮想的に体験することもできる。いわゆるVR(バーチャル・リアリティ)だ。最近では視覚・聴覚情報だけでなく、触覚を仮想的に再現する技術や、複数人で同時にVR空間内に入る技術などが実用化され、3Dモデル空間をより現実に近いかたちで体感・検討・共有することができるようになっている。こうしたVR技術は、建築のノーテーションとしてどのような地平を切り拓くのだろう。

パノラマとキュビズム

空間を疑似体験させるための仕掛けは、デジタル技術の普及を待たずして古今東西さまざまなかたちで試みられてきた。最古のものは旧石器時代における洞窟絵画ということになるのかもしれない★1。いまでいう全天球型VRとして、儀式の最中に絵画の世界へと没入していく仕組みだったのだろう。「浄土寺浄土堂」では、重源の綿密な計算により、西日が阿弥陀三尊に後光のように差し、朱塗りが鮮やかに輝いて空間が黄金色に染まることで、まさに極楽浄土の黄金世界にいるかのような体験をすることになる★2。江戸時代から明治時代にかけて流行った大道芸ののぞきからくりは、客に箱に入った立体的で写実的な絵をレンズ越しに覗かせ、節に合わせて絵を差し替えていくことでその世界へ没入させた★3。ハンス・ホラインとワルター・ピッヒラーによる《TV Helmet/Portable Living Room》は、現代のヘッドマウントディスプレイのように、内部にディスプレイの入ったヘルメットを装着することで、実体の伴わない建築的な体験を提案するプロジェクトだ★4

18世紀末、ロバート・パーカーは風景を極端に長いキャンバスに描いたものを筒状に丸めて展示し、それをパノラマと名付けた★5。先に挙げたような事例はすべて、身体を動かさずに頭(視点だけ)だけを動かして空間を体験するという点で共通していて、現代のVRでも同じことがいえる。特に内部空間を体験するようなときには、観測者はパノラマ的な視点のダイナミズムを持っている。

一方で、VR空間内では自由に視点の高さや画角を変えることができるので、例えば鳥のように空から3Dモデルを眺めることもできる。内側から3Dモデルを体験するのではなくて、外側から3Dモデルを観察する。自分が対象の周りを回転しながら観測するという、キュビズム的な視点のダイナミズムも体験することができるのだ。キュビズム絵画は一枚の絵の中に複数の画角を内包しているけれど、VR内のモデルも当然3次元情報を内包している★6。3次元のオブジェクトを色々な角度から撮影して、その写真群をもとにアルゴリズムで3Dデータを作成するフォトグラメトリという技術があって、まさにキュビズム的な3Dモデリング方法だといえる。

パノラマとキュビズム。絵画においては両者は互いに反転したものの認識の仕方だが、VR空間の中ではどうやらそれは共存可能らしい。どちらも3Dを2Dにするための手法ということで、3D空間内で共存できるのは当然といえば当然なのだが、もう少し掘り下げて見ていこう。

パワーズ・オブ・システム

建築の3Dモデルにおいて内側からモデルを見るときは、基本的にパノラマ的なFPV(First Person View、一人称視点)になる。観測者は3D空間内のさまざまなオブジェクトを、自分との距離と角度の組み合わせとして極座標系で認識している。わかりやすい例でいえば、戦争映画で潜水艦や航空機の中で「6時の方向に敵影!」などといったやり取りが極座標系での空間の捉え方だ。極座標系を用いると直感的かつ主観的に空間を捉えることができる。反対に、3Dモデルを外から見て建築の外形ボリュームや都市的スケールで配置を検討をするときには、キュビズム的なTPV(Third Person View、三人称視点)になるけれど、ビューを回転させながら観測者は空間をワールド座標系で認識している。ワールド座標系では、極座標系とは逆に観測者は客観的に空間を捉えることができる。

VR空間内では、カメラを移動することによってインテリア的な人の視点とエクステリア的な神の視点との間を、シームレスに行き来することができる。一部のアスリートはまるで幽体離脱したように自分を俯瞰的に見ながらプレーすることができるらしい。最近ではカメラ搭載ドローンなどの機器が登場し、建築の上空からスタートして内部空間へと入っていく映像を個人でも簡単につくることが可能になったけれど、設計段階から極座標系とワールド座標系をシームレスに変換していく空間認識のダイナミズムは、一部の超人を除いて、コンピュータを用いた空間の3Dモデルにおいて初めて獲得されたものかもしれない。

3DモデルやVRといった技術を通して、客観的思考と主観的思考をシームレスにつなぐような空間認識が可能になった。例えば都市的なボリューム検討とインテリア検討を同じ3Dモデルの中で行なうことさえできる。それはマクロ/ミクロのスケール(縮尺)を横断していくパラダイムではなくて★7、神/人のシステム(座標系)を憑依していくパラダイムだ。

空間認識の座標系をテーマにした表現は多い。視点を少しずらしただけで世界がガラッと変わったという話はありふれているし、ヤーコプ・フォン・ユクスキュルの環世界はすべての生物がローカルな極座標系を持っているという世界観だ★8。菅野創+やんツーによる《Avatars》では、石膏像やカラーコーン、植物といったオブジェクトが置かれた空間があって、鑑賞者はインターネットを通じてそれらに憑依する★9。そこでは憑依した(された)オブジェクトから見た世界を認識することで、環世界を体感することができる。また、ダブルネガティヴスアーキテクチャーの市川創太は全方向を見ることのできる視点「スーパーアイ(超眼)」を定義することで、各ノードの極座標系の関係性で空間を記述するシステムを提案している★10

建築設計を目的としたモデリングソフトは、対象を上から見て設計することが多いため、Z軸が垂直方向になる傾向があるのに対して、キャラクターメイキングや映像制作のためのモデリングソフトは、対象を横から見ることが多いため、Z軸が奥行方向になる傾向があるという。これは、現実世界における重力が問題になるかどうかが座標系の設定に大きく関わっているということで、ほとんどのソフトは作業空間内のZ軸の向きを自由に設定できる。それはつまり重力の方向を自由に変えることや、無重力空間にすることだってできる。

自分の身長(カメラの高さ)も自由に変えられる。座標系の原点の高さを変えることで、大人の目線、子供の目線、車いすに乗っている人の目線や猫の目線で空間を体験することができるのだ。VRの中では、座標系を変化させていくことで、外的な世界認識の制約(重力など)や内的な世界認識の制約(身体性など)から解き放たれて空間を体験することが可能になる。

テーブルの上の建築

昨年度、非常勤講師をしている東京藝術大学のCAD図法演習で「テーブルの上の建築」という課題を出した。テーブルの上に無造作に置かれたチョコレートの包み紙や積み重なったクリップの中に、カッパドキアやアンテロープキャニオンのような地形を見出し、小さくなって入ってみようという内容だ。そこらにある不定形なものを3Dスキャンして「コントロールされない形」を抽出し、足場や動線など「コントロールした形」をモデリングして組み合わせ、建築化していく。さらにVR技術を通してその建築を実際に空間を体験するという複合課題として出題した。

学生は最初はスキャンしたものをワールド座標系で認識しているので神の視点で設計を始めるのだが、動線処理などを3Dモデル内で検討していくにしたがって徐々に極座標系の視点が入ってくる。この視点の往復を繰り返すことによって、模型と図面による一般的な設計手順では得られないような空間が次々と生まれた。スミルハン・ラディックを想起させる建築の屋根は、製図室の隅に転がっていた小汚いクッションを潰しながらスキャンしたものだったりする。

授業風景。日常にあるものを神の視点で3Dスキャンして「コントロールされない形」を抽出する。
[いずれも画像提供=DOMINO ARCHITECTS「テーブルの上の建築提出作品」仁科緑、服部七海]

授業風景。足場や動線など「コントロールした形」を人の視点でモデリングして組み合わせ、建築化する。

VR技術を通してその建築を実際に空間を体験する。

授業の名前にもついているCADとは、Computer Asisted(Aided) Designのことで、コンピュータによって支援された設計を意味している。コンピュータの演算能力の向上によって、空間を疑似体験させる洞窟絵画と、ボリュームスタディ用のスタイロフォームの配置模型との両方の性質を持つ3Dモデルというメディアが登場した。スマートフォンのアプリなどを通じて専門知識がなくても描画再生ができるようになったことで、3DモデルによるVR空間の体験は現在進行形で急速に普及が進んでいる。さらにこのメディアはデジタルであるがゆえに、設計や表現だけでなく、施工や通信といったフェイズにおいても大きなパラダイムシフトをもたらしているのだが、それはまた別の機会に考察したいと思う。

ここまで見てきたように、VR空間では、パノラマーキュビズム、一人称視点ー三人称視点、インテリアパースーボリューム模型といった一見背反している座標系をシームレスにつなげることができた。誰でも簡単に胡蝶の夢を見ることができるこのノーテーションのもとには、部分であり全体であるような、個人であり社会であるような、身体であり環境であるような、新しい世界認識の地平が広がっている。



★1──デイヴィッド・ホックニー、マーティン・ゲイフォード『絵画の歴史──洞窟壁画からiPadまで』(木下哲夫訳、青幻舎、2017)
★2──坂田暁洋ほか「図形科学的手法による浄土寺浄土堂内の光環境の分析」(日本建築学会論文、2016)
★3──タイモン・スクリーチ『大江戸視覚革命──十八世紀日本の西洋科学と民衆文化』(田中優子、高山宏訳、作品社、1998)
★4──ハンス・ホライン「あらゆるものが建築である」『美術手帖』1969年12月号(美術出版社)
★5──ベルナール・コマン『パノラマの世紀』(野村正人訳、筑摩書房、1996)
★6──エドワード・F・フライ『キュビスム』(八重樫春樹訳、1980)
★7──フィリス・モリソン、フィリップ・モリソン、チャールズ+レイ・イームズ事務所『パワーズ オブ テン──宇宙・人間・素粒子をめぐる大きさの旅』(村上陽一郎、村上公子訳、日本経済新聞出版社、1983)
★8──ヤーコプ・フォン・ユクスキュル、ゲオルク・クリサート『生物から見た世界』(日高敏隆、羽田節子訳、岩波文庫、2005)
★9──菅野創+やんツー《Avatars》(2017)
★10──ダブルネガティヴス アーキテクチャーほか『ダブルネガティヴスアーキテクチャー|塵の眼 塵の建築(現代建築家コンセプト・シリーズ)』(INAX出版、2011)


大野友資(おおの・ゆうすけ)
1983年ドイツ生まれ。建築家。DOMINO ARCHITECTS代表。東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。2008年カヒーリョ・ダ・グラサ・アルキトットス(リスボン)を経て、2016年までノイズ(東京/台北)勤務。2011年より東京藝術大学非常勤講師を兼任。共著=『マテリアライジング・デコーディング 情報と物質とそのあいだ』(millegraph、2014)。作品=《360°BOOK》(2015)《J House》(2015)《COOOP3》(2017)《MTRL 香港》(2018)ほか。


201810

特集 都市をいかに記述するか
──ノーテーションの冒険、その現在形


ノーテーションを振り返って
ノーテーションの憂鬱、インターフェイスの冒険
形象化された世界──《都市の記述》とその表現
バーチャル・リアリティの記譜法──パノラマ、キュビズム、座標系
建築模型のメディア試論──〈未来/過去〉と〈手段/目的〉の媒介性
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