公共性の音──イントロに代えて

松山直希(オーストリア・ウィーン大学Science and Technology Studies学部修士課程)

最近のオフィスや学校、公共施設は、「オープン」で「フレキシブル」なことを「善」とし志向するものが多いが、それを音響的な観点から成立させるのは容易なことではない。それは音が、「ミーティング」や「授業」などの空間的境界を軽々と超えて行ってしまうからだ。そのうえ、国によっては従来的な「教室」や「廊下」などをカテゴリーとして扱い、遮音性や残響時間などの法的な制限まで課している。この話を、音響コンサルティングを行なう事務所の友人から聞いた時、とたんに周りの音がさまざまな概念や条件の書き込まれたものとして聞こえてきた。

音に耳を傾けたら、その生産と媒介における技術的条件と社会的条件が聴こえてくるのではないか。本特集は、その後サウンド・スタディーズの研究に触れることによって確信に変わっていった筆者の直感を「公共性」という概念に適用する。特集内のインタビューで、カリン・ベイストゥルフェルトは「音は、公共性の概念を裏づけるもの」と話している。それは、ひとつには音が、ほかの人と空間を共有していることを意識させるものであるからだ。ならば、公共の音に耳を傾けることで、その「公共」という概念そのものを問うことはできないか。これが、本特集の試みである。

インフラが結ぶ「公共」

公共性に関する議論は、「公共は一方では国や自治体などを指すが、市民的な公共性をないがしろにすべきではなく、後者を育むべきである」という形式を取りやすい。そこでは「公共性」というものがあたかも自明の目指すべきものとして扱われる。しかし、「公共性」とは実際何なのか。それはどのように構築され、演出されるのか。どのようにわたしたちの想像のなかで自明性を獲得するのか。

この文脈で示唆的なのは、1920年代にアメリカの哲学者ジョン・デューイ(John Dewey)が提出した公共性の概念だ。デューイは、「公衆」とは自発的に団結することを選んで発生するわけではなく、複雑な相互関係性を生む「人をまとめる大きな潮流」★1によって結ばれるものだとした。つまり、「公共性(publicness)」の基盤となるべき「公衆(public)」は、自ら立ち上がるものではない、と指摘したのだ。デューイがここで「大きな潮流」という表現で指したのは、「鉄道や、手紙、そして電信線」といった、今ではインフラと呼ばれるものが生じさせる「関連する活動」の束だった。政治的団結ではなく、たとえば政治が描く地図上の線を無視するような、それらのインフラのほうが「公共の構成員と権力の所在を定義する」と考えたのだ。ここで重要なのは、デューイが従来的な政治から外に視点を移したことだけでなく、インフラがサービスを提供すべき「すでに存在する公共」を前提とせず、むしろそのインフラを通して公共が立ち上がってしまうと考えたことである。「公共」は、ある時代が整備する複数のインフラが生む諸関係によって像を結ぶのだ。そして、それは「従来国を動かした関心よりも、思考や欲望に強い影響を及ぼす」。

デューイは、安易な技術決定論に陥っているわけではない。インフラのような技術的革新が定着するためには、社会的・経済的変化と運営のための社会的革新★2が伴うことも知っていた。これは、筆者が足場とする科学技術社会論(Science Technology Studies, STS)の考え方と共鳴する。STSは輪郭が曖昧な分野だが、「価値中立とされる科学と技術には、じつは隅々まで社会が浸透しきっていて、その科学と技術は社会のかたちに大きく作用する」という相互作用の認識は共有されており、この双方向の力学の認識が重要である。そのようなレンズを通すと、インフラは「価値観を持ち、人間と非人間の間に生じる特定の関係性を容認しながら、ほかの関係性を遮断し、私たちの世界の考え方自体をかたちづくる」★3ものとして浮上する。

つまり、インフラは中立的で、機能不全に陥るまでは不可視の基盤として想像されがちだが、実際は私たちの在り方を積極的に形成するシステムなのだ。そしてその規模、複雑性、投資レベルが大きいために、社会政治的なプロセスやその想像力のフレームを、長期間にわたって頑固に条件づけられることが多いく、注意すべきなのは、そもそもさまざまな社会的価値観、開発の段階から運営という社会的実践を通して、そこに刻まれ続けるということである。例えば鉄道の発展は、移動の範囲を広げることで「共同体」の地理的想像力を拡張させただけでなく、標準化された時間の運営を要することで機械的時間性を社会に浸透させることに大きく加担した★4。他方で、もちろん路線の配置や線路の規格などは、社会的なネゴシエーションが密に行なわれた結果であり、そこには社会の優先順位が色濃く実体化される。

音がつなぐ個と集団

筆者の音の捉え方は、ここに記した科学技術社会論的なインフラの概念に強く影響されている。音をインフラ的に捉えてみると、日常に溢れる音は、あたかもインフラのように生活を支えていることに気づく。スーパーのレジ、駅の自動改札、携帯電話、移動手段が発する音、千差万別のアラーム音、ショッピングモールのミューザック──。これらがなければ、わたしたちのふるまいは変わりはしないだろうか? つまりこれらの音は、生活の一部として意識に浮上にしてこないが、じつは複雑なシステムと絡まり合い、「人間と非人間の関係性」を方向づけているのだ。それは価値中立的な背景でも、「自然」に発生したものでもなく、技術と社会の絶え間ない歴史的な共生産を経て、一時的に維持されている。例えば、街のスピーカーから流れる音には、「公共的に価値がある」という判断が書き込まれている。ただ、その「判断」はひとりの人間が下したものではない。災害を知らせる場合は、災害の規模に準じて勧告内容が変わるが、その規模の閾値などは計測機器やそれらを取り巻く科学、そしてまたその計測を勧告に翻訳する組織的手続きなどが大きな影響力を持つ。つまり、防災無線の音が演出する「公共性の規範」は、社会と技術の相互作用を通して発生し、私たちの日常の一部となっていくのだ。

しかし、音をインフラ的に捉えたとしても、一方で知覚の問題がすぐに浮上する。ここで、近年興隆が著しいサウンド・スタディーズの成果が重要になる。サウンド・スタディーズという分野に親しみがなくても、「サウンドスケープ」という表現を耳にしたことはあるだろう。日本語で「音景」とも訳されるこの言葉は、遡及的にサウンド・スタディーズの基礎を成した著作とされる、1977年の作曲家レイモンド・マリー・シェーファー(Raymond Murray Schafer)による『The Tuning of the World』★5を通して普及した。この概念は、いまだにきわめて強い影響力を及ぼしているのだが、批判的に更新されてもいる。例えば、20世紀初頭のアメリカにおける「聴取の文化」の変化を研究したエミリー・トンプソン(Emily Ann Thompson)は、マリーの普遍性を帯びた(そして「景」という言葉が示唆するような静的な捉え方に基づいた)美しい音や醜い音の区別を批判し、「サウンドスケープ」を「物理的な環境であり、同時にその環境を知覚する方法である──それはある世界であるとともに、その世界の意味を理解するために構築された文化なのだ」★6と再定義している。ここでは知覚が、世界の捉え方をともにする集団への参加、という意味を帯びる。つまり、聞くことは言うまでもなく主観的なのだが、どのような音に注意が向けられ、どのような音が美しくまた「場違い」と認識されるかといったことに関しては、集団の一員となるための文化的な訓練が関わってくるのだ。

音は、個を集団につなぐ。アラン・コルバン(Alain Corbin)は、鐘の音の研究を通してこのことを明らかにしている。フランスの19世紀における教会の鐘は、多くの機能を持っていた。時間を知らせる、敵の攻撃を知らせる、重要な人物の存在を知らせる、集合の合図を送る、祝福のサインを鳴らす、などだ。これらは「共同的なリズムの調和に基づいた社会的秩序の表われ」★7として解釈できる。しかし、音は秩序の構築に貢献するが、同時に境界を曖昧にもする。例えば、建築が設ける空間的な仕切りを音は侵食する。家の場合、公的空間と私的空間の境が曖昧になるということである。また反響や残響は、そのような曖昧さをさらに高める。そして、音は聞く者の立ち位置によってまったく別のものとなる。音源の近くで聞く音と、遠く離れて聞く音を同じ音と言えるだろうか。そのような音の性質は、「人間と非人間の関係性」を定める音のインフラの力を脱臼させる潜在性を示す。それは、音の豊かな曖昧さがインフラの一義的な強制力から外れる回路を開くということだ。音は、個を集団につなげるが、その集団の境界を問う術、あるいはそこから降りる術も用意してくれるのだ。


本特集は、インタビュー記事と論考2本で構成される。インタビューは、科学技術社会論を専門とし、『The Oxford Handbook of Sound Studies』★8の共同編集者を務めたカリン・ベイストゥルフェルトに行なった。騒音や自動車の音の歴史について研究したベイストゥルフェルトは、音が公共問題として実体化するうえで、「専門家」による定義が大きな影響力を持ち、また官僚的なシステムや法律で扱われる際に科学の数値化に一部の権限を委ねる必要が生じたことなど、公共性が「今ここ」から遠く離れた場所で条件づけられることを明らかにする。

新進気鋭のメディア論・歴史学者であるカロリン・バードソールの論考は、ナチス時代の音の政治的利用を論ずる『Nazi Soundscapes』★9の抜粋である。国家社会主義政権は、音のコミュニケーション・インフラを用いて都市空間を制圧し「肯定的共鳴」を生むことによって、共同体の構築を図った。個を集団につなげる音の性質の政治利用である。同書のなかでバードソールは、フーコーによる視覚を主とする権力の作動に関する分析に、夜間の警報などの考察を通して聴覚を導入することを試みるが、これはまさに音を通した「生政治」の格好の例である。

しかし、音を発したからといって、それが容易に集団の発生につながるわけではない。それは、音が「誤聴」されたり、「注意散漫」に聞かれることもあるからだ。その音に書き込まれた筋書きを崩すような不安定な聴取を、新しい主体性を発生させる可能性があるものとして論じるのが、アーティスト・理論家ブランドン・ラベルによるショッピングモール★10の音に関する論考(『Acoustic Territories』★11からの抜粋)である。これは、歴史的要素が大きいこのテーマを現代につなぐだけでなく、より曖昧で複数的な新しい公共性の発見に音が貢献できる可能性を示している。

公共性とは何か。この問いは語り尽くされたものだと感じる読者もいるかもしれない。しかし音は、既存の問いを違った角度から扱う術を与えてくれる。そして、現象を違ったかたちで捉える方法を見つけることは、その現象が違ったかたちを実際にとることができるという想像力につながるのだ。この特集が、公共性の新しいかたちを想像することに貢献できたら嬉しい。

最後になるが、当然ながら本特集の内容には筆者が全責任を持つが、特集のアイデアは建築家・浅子佳英氏との会話のなかから生まれた。浅子氏に対しては、ゲンロン所属時代にお世話になったこともあり、感謝の念が尽きない。そして、無名の筆者が提案したそのアイデアを、面白そうだという理由で掲載に乗り切った「10+1 website」、不慣れな日本語の仕事に対して綿密なサポートを提供してくれた編集担当氏にも心より感謝したい。アーティスト・村山悟郎氏も事前にこの序文を読み、丁寧なコメントをくれた。そしてなにより、本特集のテーマに賛同し、突然の依頼に快く応えてくれた寄稿者3名に深く感謝したい。




★1──Dewey, John. The Public and Its Problems: An Essay in Political Inquiry. Philadelphia, PA: The Pennsylvania Uni-versity Press, 1927/2012. 99(筆者訳).デューイの議論をインフラにつなげる観点は、『Limn Issue 7: Pub-lic Infrastructure』(Collier, Stephen J., Miez, James Christopher, and Von Schnitzler, Antina. Retrieved from https://limn.it/articles/preface-public-infrastructures-infrastructural-publics/) でも議論されている。
★2──「革新」とはこの際、ポジティブな変化を指すものではなく、構造的な変化を指す。デューイも、インフラが生じさせる公衆に関しては、極めて否定的だった。
★3──Slota, Stephen C., and Bowker, Geoffrey C. "How infrastructures matter" in Ulrike Felt, Rayvon Fouché, Clark A. Miller, Laurel Smith-Doerr (eds.), The Handbook of Science and Technology Studies, Fourth Edition. Cambridge, MA: MIT Press, 2016.
★4──鉄道の社会的影響に関しては、『Nature's metropolis: Chicago and the Great West』(Cronon, William. W. W. Norton New York, 1991)、時間の標準化に関しては、『Einstein's Clocks and Poincare's Maps: Empires of Time』(Galison, Peter. W. W. Norton New York, 2003.)などに詳しい。
★5──Schafer, R. Murray. The Soundscape: Our Sonic Environment and the Tuning of the World. Rochester, VT: Des-tiny Books, 1977/1994.
★6──Thompson, Emily Ann. The Soundscape of Modernity: Architectural Acoustics and the Culture of Listening in America, 1900-1933. Cambridge, MA: MIT Press, 2002. 1.
★7──Corbin, Alain. Village Bells: Sound and Meaning in the Nineteenth‐Century French Countryside. London: Mac-millan Publishers Limited, 1999.
★8──Pinch, Trevor, and Bijsterveld, Karin (eds.). The Oxford Handbook of Sound Studies. Oxford: Oxford University Press, 2012.
★9──Birdsall, Carolyn. Nazi Soundscapes: Sound, Technology and Urban Space in Germany, 1933-1945. Amster-dam: Amsterdam University Press.
★10──ショッピングモールを新しい公共性として捉える観点は、筆者も翻訳者として参加し、大きなヒントを得た『思想地図β vol. 1 ショッピング/パターン』(東浩紀編、コンテクチュアズ、2010)で提出されている。
★11──LaBelle, Brandon. Acoustic Territories: Sound Culture and Everyday Life. New York: Continuum, 2010.


松山直希(まつやま・なおき)
1982年イタリア、リエティ市生まれ。ケンブリッジ大学卒業後(建築、教育学)、 フリーの翻訳者として活動。株式会社ゲンロンにて翻訳・編集業などを務めたのち、現在、オーストリア・ウィーン大学Science and Technology Studies学部修士課程に在籍し、日本の防災行政無線の研究を行なっている。専門は、インフラストラクチャー・スタディーズおよびサウンド・スタディーズ。


201809

特集 サウンド・スタディーズ──個と集団を結ぶインフラストラクチャー


公共性の音──イントロに代えて
音を通して考える──あるいは公共性からのオプトアウト
都市空間における「肯定的共鳴」
ショッピング・モール──ミューザック、誤聴、そしてフィードバックの生産的な不安定さ
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