彫刻と建築の問題──記念性をめぐって

小田原のどか(彫刻家、彫刻研究)+戸田穣(建築史)

「彫刻」と「建築」の歴史、訳語として輸入された概念

戸田──小田原さんが企画・編集された『彫刻 1』を拝読して、冒頭の「さしあたって50年、数年に一度のペースで、彫刻をめぐる論集を定期的に刊行する。それは1000年のはじまりの50年だ」という決意表明にまず衝撃を受けました★6。ご自身の作品制作、これまでに受けられた教育、長崎をフィールドに展開されている歴史研究、そして出版と、小田原さんのなかですべて緊密に結びついていますね。

小田原──「1000年のはじまり」というのは、ドイツで記念碑論争が起こった際に、あるユダヤ学研究者が、安易に論争に決着をつけるのではなく、1000年議論を続ければいいと言ったことを参照しています。日本では、長崎で彫刻をめぐる深刻な衝突があったにもかかわらず、議論の蓄積がほとんどありません。であれば、彫刻の問題点を可視化し、検討するための「場」を自分でつくってしまえばいいと思いました。そうして議論を深め、自分の死後もそれを継続するためには媒体として本が良いと思い、叢書を企画しました。50年後、私は82歳ですが、『彫刻 20』までは刊行したいと思っています。

戸田──『彫刻 1』では、歴史を遡り「彫刻」を「Sculpture」の訳語であるというところから始められています。それ以前にも日本では立体の像をつくる文化があったなかで、近代の問題として彫刻を立て直すという視点がたいへん明快だと思いました。「彫刻とは何か」というストレートな問いがあり、現代の原型師がつくるフィギュアや、街に溢れる作者を持たないマンガのキャラクターの像の問題なども見据えられています。そのような文脈のなかで、建築家が設計した《国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑》[fig.5]にあるような碑をどのように語られることになるのでしょうか。

fig.5──《国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑》[撮影=編集部]

小田原──『彫刻 1』では、sculptureの訳語としての彫刻のはじまりと、戦争と彫刻の関わりについて、美術史研究、歴史研究、ナショナリズム研究の立場から論考を集め、通常の「美術」書ではあまり並ぶことのないテクストをひとつの本に収めています。こういった姿勢は次刊以降も持ち続けていくつもりです。

sculptureの訳語としての彫刻は、その成り立ちから、建築との関わりは切っても切れないものですし、写真や詩、記念・追悼の文化、日本のナショナリズムとも密接に関わっています。ですから、それらの隣接するものを切断するのではない方法で見ていく必要があります。

仏像や西洋彫刻などの寓意や象徴のコードの体系を有するものを除けば、彫刻は基本的にそれひとつだけでは構造を持つことが困難です。それゆえに、装飾であり、表面であるということが言われてもきました。建築家が設計した戦没者の墓苑という、機能と構造を持った総体を彫刻の文脈から見るためには、もう少し彫刻とは何かという議論を重ねて、史観を豊かにしていく必要があると思います。先ほど「絵以外はすべて彫刻」と言っておきながら早速矛盾していますが(笑)。とはいえ、ハーバート・リードは『彫刻の芸術』(みすず書房、1957)で、sculptureの起源としてモニュメントとアミュレット(護符)を挙げているので、接続するための理路はすでにあると思います。

私は一般の人のなかで、彫刻という言葉がどのように用いられるかに関心があるのですが、小説などで完全な美や肉体に対して、「まるで彫刻のようだ」という比喩表現が使われていて、おもしろいなと思ったことがあります。ですが、いま、そうした完全性の比喩は「まるでCGのようだ」という表現に変わってきているのかもしれません。

戸田──建築の領域では、表現主義的な造形やモニュメンタルなものを「彫塑的な造形」だと言い表わされることがあります。それは鉄筋コンクリートが型をつくって流し込む塑像に近いものだからでしょう。

西洋から輸入された「sculpture」の訳語として彫刻が生まれたのと似たようなことが建築でもありました。よく知られた話ですが「architecture」の訳語として「造家学」という言葉が当てられ、帝国大学には造家学科が設置され、学会の名称も造家学会でした。その「建築」への改名を求めたのが伊東忠太でした。1894年のことです。それ以前から造家学会が発行している機関誌は『建築雑誌』でしたので、混在していたわけです。伊東は、まず「アーキテクチュール」が「Industrial art」ではなく「Fine art」に属するものだと主張します。「アーキテクチュール」の本義は、単に家をつくることなどだけではなく、墳墓、記念碑、凱旋門もつくらねばならず、「家」という文字ではそれらを包括できない。また「アーキテクチュア」は構造物以外のものも包括するものだと説きます。モニュメントの問題を意識していたわけです。ところが「建築」という語を選んだのも、その意味が「茫漠」であるがゆえによいのだという言い方をするのですね。逆に言うと、その内実はこれから充填していくのだという決意表明でもあるでしょう。

小田原──なるほど、sculptureとしての彫刻とパラレルな部分があるのですね。そして、建築に関わる方たちが「彫塑的」という表現を使うのはとても興味深いです。

日本における公的機関での彫刻教育は、1876(明治9)年、工部美術学校彫刻学科において始まりました。ここでは、日本にもともとあった彫りものや仏像などではなく、西洋美術を手本にして、近代的な西洋風建築の装飾物をつくる人物の育成が目的とされました。そうした職能は、日本が近代化していくなかでどうしても必要だったのです。つまり、建築のために彫刻という職能が要請された。これは社会に彫刻が必要とされていた反面、依存していたとも言えるわけで、彫刻家が自ら「つくる理由」を考えなくて済んだということを意味してもいます。銅像の建設が盛んになっていく大正時代にも、まず建築家に相談して台座を設計してもらい、彫刻家に彫像制作を依頼するのはその後という順序が推奨されています。

明治政府が出した文書では、人の形をつくるのは彫像術、花や動物をつくるのは彫刻術と言葉が使い分けられていましたが、その後なぜかそれらを総合して「彫刻」が採用され、彫刻学科が設置されました。予科を入れた6年のカリキュラムでは、大理石を「彫り刻む」ことが最終目標でしたが、その期間では学びきれないということもあり、油粘土を使った塑造が重視されてもいました。昔から「彫刻」という訳語が不完全であるとは言われていて、大村西崖という美術史家は1894(明治27)年に『京都美術協会雑誌』で、「彫塑」という造語をつくり、この言葉を使うべきだと主唱します。その後、大村の彫塑論が参照されることはありましたが、議論が積み重ねられたかというとそういうことはなく、例えば彫刻学科が彫塑学科へと変わったりするようなかたちでの定着は起こりませんでした。ですが、建築においては共通の言葉となっていることに驚きました。

反欧化の流れのなかで工部美術学校が廃校になり、そこでの西洋を手本とした教育を否定して東京美術学校ができた際、岡倉天心は「創造的復興」ということを言います。そして、工部美術学校では扱われなかった木彫による仏像などが重視されました。仏像には塑造の技法でつくられているものもありますが、木彫こそが「本邦従来の手法」とされた。一時的にですが、ここで塑造は彫刻から排除され、日本の彫刻の「伝統」がつくり出されました。

西洋画を学んでいた画家たちは反抗して団体を組織しますが、工部美術学校出身の彫刻家は自分たちが受けた教育の正当性を結束して主張することはありませんでした。それは工部美術学校が一学年しか卒業生を輩出しなかったので、そもそもの絶対数が少なかったことも関係していると思います。

ただ、かつての彫刻家は、今に比べるとよく語り、書き、批評が盛んでしたし、気概を持って彫刻をやっていたのだと思います。昭和のある時期までは、著名な彫刻家はこぞって執筆をし、自身の彫刻観を本にまとめることもよく行なわれていました。しかしここ数十年で、彫刻家自身が書いたり語ったりすると「野性」や「純粋性」が失われるなどと、忌避されるような風潮が高まっていると感じます。吉本隆明が書いた「彫刻のわからなさ」★7が神聖視されすぎていることが原因のひとつかもしれません。彫刻はわからなくていい、語ることができないものなのだ、と年長の彫刻家が言うのを耳にしたのは、一度や二度ではありません。このような風潮を私はとても危惧しています。彫刻はほかの美術の領域に比べて研究者が少ないのです。研究する人も少なく、彫刻家自身も書き残さなければ、後世に残る手がかりがますますなくなってしまいます。


戸田──「彫刻とは何か」という問題に対して、19世紀末から20世紀初頭には、技法や材料といった問題に洋の東西や伝統の問題が絡まり合い、さまざまな議論の可能性があったものが、やがてアカデミズムのなかで制度化してしまったということですね。小田原さんの手がけられた本を読んでいると、逆に何が彫刻なのかが自明ではなくなるところもあります。「立体作品」という言い方もありますが、「彫刻」とは古典的には彫り刻む、あるいはモデリングして型を取って銅を流し込むという、いずれにしても手の仕事でした。小田原さん自身の作品はそうではないですね。それでも「彫刻」という言葉と制度の歴史性のなかで考え、つくっていらっしゃる。

小田原──どのように彫刻を規定するのかは、ぜひさまざまな専門の方とお話ししたいです。私自身はいわゆる手の仕事、身体性を重視するあり方から距離を取るために発注してつくっています。彫刻を作家自身の肉体の快楽から切り離したいという考えを持っているからです。新古典主義の彫刻に顕著ですが、工房制でひとりの手ではつくられていませんし、仏像には総合芸術的な側面が強くあります。彫刻教育を受けた人間がつくればそれが彫刻であるのかも検討されるべきところです。手の仕事を重視すると「工芸」が視野に入りますが、工芸と彫刻と言えば、橋本平八は「純粋彫刻論」(『復刻 純粋彫刻論』伊勢文化舎、2012)において、彫刻と工芸を徹底的に区別して、彫刻の純粋さのために彫刻の下位をつくり出すような言論を展開しています。いわゆる近代日本の彫刻史としては、『彫刻 1』に寄稿してくださった田中修二さんの大著『近代日本彫刻史』(国書刊行会、2018)がありますが、そのなかでは建築家が手がけた記念碑は言及されません。まだ日本の彫刻史はかたちづくられていく途上にあり、今後それがより豊穣になっていく過程で、建築家による記念碑や構造物など、現状では彫刻の外部とされているものも彫刻史として捉えられてくるのではないかと思います。


★6──小田原のどか編著『彫刻 1』(トポフィル、2018)16-17頁。
★7──吉本隆明『吉本隆明全著作集8(作家論2)』(勁草書房、1973)


201808

特集 記念空間を考える──長崎、広島、ベルリンから


彫刻と建築の問題──記念性をめぐって
ドイツの記念碑と共同想起の現在──《ホロコースト記念碑》とコンペ案から
記念碑を内包する記念碑──《ノイエ・ヴァッヘ》の空間と意味の変遷
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