第3回:建築史学の現代性

加藤耕一(西洋建築史、東京大学大学院教授)

時代精神の建築史

歴史家、特に建築史家は、彼と同時代の諸概念について密接な交渉をもっていなければならない。彼自身の時代の精神が、彼のうちに浸透している時にのみ初めて、前の世代によって見渡されていた過去の広がりを探求する用意ができているといえよう。
歴史は静的なものではなくて動的なものである。いかなる世代でも、一つの芸術作品を、そのすべての面から把握しうるという特権はもっていないのであって、積極的に動いている各世代が、それぞれその時代の芸術作品のうちに新しい局面を見出しているのである。しかし、芸術家たちが、彼ら自身の時代に発展させられた方法を採用する際に示したのと同じ勇気と精力を、歴史家がその歴史の分野で示さない限り、これらの新しい局面は見出されないであろう。
──ジークフリート・ギーディオン『空間・時間・建築』序文より★1

本連載の目的は、20世紀の建築理論が築き上げてきた既成観念を疑い、その常識を解体することにある。

わたしたちは、しばしばモダニズムを現代建築の出発点と考えがちだ。だがモダニズム以来の100年のタイムスパンで建築を考える限り、モダニズム建築理論によって構築されてきた強固な思考の檻から抜け出すことは難しい。無論この100年のあいだにも、モダニズムを批判し、それを乗り越えようとする試みは、幾度となく繰り返されてきた。しかしその際に、モダニズムを過去との断絶と考え、絶対的なはじまりという前提で捉えてしまうと、結局、モダニズムという「お釈迦様の掌」から抜け出すことはできないだろう。

近年、建築理論への渇望ともいえる試みが、一斉に沸き起こりはじめている。理論を獲得するために、人々は再び歴史に接近しはじめている。しかし現代建築にかかわる人々が主導するそれらの試みは、ほとんどの場合、20世紀建築史にすぎなかった。それは容易に手が届き、師匠と弟子の関係性を系図的に明らかにするばかりの、直接的にアクセス可能な範囲の「歴史」であった。それはある意味で、理論と設計が強く結びついていた近過去を懐かしみ、リヴァイヴァルするばかりの試みともいえそうだ。しかしそれは、停滞を打破し、未来を革新する姿勢とは、正反対の態度ではなかろうか。

歴史家自身がこの試みに参画するとすれば、遥かに長い時間的スパンによって歴史的視野を示すことが必要だろう。建築史的過去は、単なるデザインの参照源ではない。現代を照らし出す歴史観こそが重要である。20世紀の建築の常識を疑い、1000年、2000年のタイムスパンから建築を考えること。それが本連載に通底する問題関心である★2

拙著『時がつくる建築──リノべーションの西洋建築史』(東京大学出版会、2017)も、そうした観点にもとづき、100年、200年の建築観によってつくりあげられてきた「開発vs.保存」という二項対立を乗り越え、1000年、2000年の昔から連綿と続けられてきた「再利用」もまた本質的な建築行為だったという主張により、再利用・再開発・文化財の三分法を提示したものだった。

本連載では、建築の時間論に代わり、構築と素材の観点から、新たに建築を捉え直すことを試みている。そのために連載第1回以来のテーマとしてここまで論じてきたのが、インテリアとそのマテリアリティの問題である。19世紀の建築とインテリアを論じることは、ひとまず100年の壁を打ち破り、20世紀の建築観とは異なる視野を開いてくれるはずだ。モダニズムを過去との断絶と捉えるばかりでなく、19世紀と20世紀をシームレスに繋ぎあわせることで、21世紀の新たな建築観を切り拓いてみよう。

構築術 / 被覆理論の終わりと、空間理論のはじまり

ゴットフリート・ゼンパーのテクトニック(Tektonik)や被覆(Bekleidung)に関する建築理論は、19世紀後半の、とくにドイツ語圏の建築界ではきわめて大きな影響力を有していた。だが20世紀の建築界は、ケネス・フランプトンがこの概念を「発掘」する頃まで★3 、建築に対するこうしたアプローチを、すっかり忘却していたといえそうだ。あたかも、モダニズムの建築理論とゼンパーの建築理論は、まったく相容れないものであったかのごとくである。おそらくそこには、モダニズムが目指した抽象性と、構築や被覆に内在するマテリアリティという性質の対立があったように思われるのだが、その方針転換にはいかなる歴史的な経緯があったのだろうか。

テクトニック理論も被覆理論も、いずれも19世紀半ばのドイツで発展した。しかし、その同じドイツ語圏において、19世紀末になって観念的な美学や建築論が登場すると、それらは建築理論の最前線から後退していくことになった。

それを直接的に示すのが、1893年にライプツィヒ大学の美術史講座の教授に就任したアウグスト・シュマルゾーの記念講演論文「建築的創造の本質」(1893)である。シュマルゾーは以下のように、当時のドイツ語圏で一般化していた被覆と構築の技術として建築を捉える見方を、否定してみせる。

美術史家は建築をその他の造形芸術の発展の基礎とみなしてきたにもかかわらず、今日の美学者はそのことに反対するのです。「建築は、造形芸術に属するのではなく、構築の技術である」。
彼らは、建築を被覆技術[Bekleidungkunst]と名付け、自分たちの活動の中に技術的装飾的な性質の外面的な組み立て作業以外のものを見ようとはしないのです。
「被覆技術」という言い方は、たとえ歴史家がゴットフリート・ゼムパーのような高い才能と学識をもった芸術家の逆説的な見解にさかのぼるとしても、実際には、結果として建築を浅薄なものにしてしまうだけなのです。
──アウグスト・シュマルゾー「建築的創造の本質」(1893)★4

シュマルゾーはこのようにして、ゼンパー以来の「被覆の原則」と「構築術」にもとづく建築理論を否定してみせた。「建築は構築術である」という言い方を、彼は「語義矛盾をきたしている」として、斬って捨てる。古代ギリシア人が、わざわざアルキテクトニケーという言葉によって、単なる手仕事の技術的働き(構築術=テクトニック)と「建築術(アルキテクトニケー)」とを区別したことの意味を、もっと重要視すべきだ、というわけである。筆者自身は、むしろ「建築」に含まれる概念的/構築的な2つの側面の双方を重視するために、本連載のタイトルを「アーキテクトニックな建築論を目指して」と名付けたわけだが、シュマルゾーは19世紀の建築理論が構築の側に偏っていたことを嫌い、むしろ大きく観念論に舵を切ったといえるだろう。

シュマルゾーが被覆と構築に代わる「建築的創造の本質」として提示したのは、「空間」の概念であった。

じつは建築における「空間論」もまた、ゼンパーによってすでに準備されていた。だがゼンパーの「空間」は「被覆概念」と深く結びつくものでもあった点が重要である。ゼンパーにとって空間とは壁面によって囲い取られるものである。そしてゼンパーは、構造体としての「壁体(Mauer)」と、布地のような被覆を含む「壁面(Wand)」とを区別しており、彼の空間とは、「壁面=被覆」によって囲われたものだった★5

それに対して、シュマルゾーの空間論の中心にあるのは「人間」である。彼によれば「空間の囲いを作ろうとする人間のほんのちょっとした試みは、すべてまず意志によって切り取られた空間を主観の中で表象することを前提」としている★6。そしてそれこそが彼にとってもっとも重要な、「空間」という直観形式なのである。シュマルゾーの空間の中心にあるのは、人間の「観念」であり「肉体」である。彼によれば三次元空間の直観形式とは、視知覚と想像力の直観的表象であり、肉体の筋肉感情、皮膚の感受性、身体全体から生じる感性的経験の残留物としてつくりだされるものである。

そして、私たちは自分自身を空間の中心と感じるようになります。空間の方向軸が私たちを横切っているのです。
──アウグスト・シュマルゾー「建築的創造の本質」(1893)★7

すなわちゴットフリート・ゼンパーの空間概念とアウグスト・シュマルゾーの空間概念とは、建築の空間論における2つの異なる側面に着目していたといえそうだ。ゼンパーにとって空間とは、壁という具体的な面によって囲われたヴォリュームであった。ゼンパーにとって重要だった、その面を織り成す被覆のマテリアリティの問題は20世紀のモダニズムに継承されなかったとしても、ヴォリュームとしての空間という考え方は、20世紀の空間論に強く繋がっていった。

一方のシュマルゾーの空間論も、同じく20世紀の空間論に強く影響を与えたものだが、そこで重要だったのは、人間と空間の関係であり、そこには心理学的な空間理解と、運動の軸線という2つの見方が含まれていた。彼の理論は、人体の運動に伴う空間のリズムやシークエンスの概念へと発展しうる空間論だったわけである。

このように1893年のシュマルゾーの講演論文には、ドイツの建築・美学理論における「構築・被覆理論」から「空間理論」への、大きなシフトチェンジを見ることができる。本連載の中心的なテーマである「テクトニック」と「マテリアル」の建築理論は、19世紀半ばのドイツ語圏で支配的な建築理論になりかけたものの、結局は20世紀の「空間論」に取って代わられてしまった。

だが「構築/被覆理論」と「空間理論」は、必ずしも相矛盾するものではなかったはずである。ゼンパーは、それを目指していたとさえ言えるかもしれない。だがシュマルゾーは、「空間論」というあらたなコンセプトを提示するに当たって、ドイツにおける建築理論を強烈に支配しつつあった「構築/被覆理論」を否定せざるをえなかったのだろう。私見では、「構築/被覆理論」と「空間理論」は両立するのではないかとい思う。前稿「第2回:マテリアリティとは何か?」で確認したロースの「被覆の原則について」(1898)は、シュマルゾーの講演の5年後に発表されたものだったが、それは両者を融合する可能性を秘めていた。しかしロースのマテリアリティ理論は、おそらく彼の強すぎるモラリティが前面に立ち、結局、モダニズムに継承されることはなかった。両者の融合をいま改めて目指すことこそ、アーキテクトニックな建築論の目標である。




★1──ジークフリート・ギーディオン『新版 空間・時間・建築』(太田實訳、丸善出版、2009)33-34頁
★2──拙稿「建築時間論──1000年の視野から建築を考える」(『建築と社会』2017年12月号「特集=時間軸に挑むクリエイター達~時をデザインするということ」10-13頁)も参照。
★3 ──ケネス・フランプトン『テクトニック・カルチャー──19-20世紀建築の構法の詩学』(松畑強+山本想太郞訳、TOTO出版、2002)。また近年、日本語で出版された書籍としては以下が重要である。川向正人『近現代建築史論──ゼムパーの被覆/様式からの考察』(中央公論美術出版、2017)
★4──アウグスト・シュマルゾー『芸術学の基礎概念』(井面信行訳、中央公論美術出版、2003年、349-350頁)
★5──G・ゼムパー+C・フィードラー『ゼムパーからフィードラーへ』(河田智成訳、中央公論美術出版、2016)56、97頁
★6──アウグスト・シュマルゾー、前掲書、354頁
★7──前掲書、355頁


201808

連載 アーキテクトニックな建築論を目指して

第3回:建築史学の現代性第2回:マテリアリティとは何か?第1回:素材と構築が紡ぐ建築史
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