第2回:BIM1000本ノック──BIMに対する解像度を上げるために

モデレータ:石澤宰(竹中工務店)
提坂(平島)ゆきえ(Autodesk)

建築を情報の観点から再定義しその体系化を目指す建築情報学会。その立ち上げのための準備会議が開催されている。「10+1 website」では、全6回にわたってこの準備会議の記録を連載。建築分野の内外から専門的な知見を有するゲストを招き、建築情報学の多様な論点を探る。 連載第2回は、ゼネコンで建築実務に従事している石澤宰氏をモデレーター、BIMコンサルタントの提坂(平島)ゆきえ氏をゲストとして、事前に収集した質問や会場からの質問にとことん答える。

- 本記事は、当日の記録を編集し、4つの章立てとしている。さらにキックオフグループメンバー(池田靖史氏、豊田啓介氏、新井崇俊氏、石澤宰氏、木内俊克氏、角田大輔氏、堀川淳一郎氏)による事後的な注釈(☆印)を付している。
- 準備会議に先んじて、メンバーによる対談と論考を「特集=建築情報学へ)に掲載している。本連載と併せて参照されたい。

石澤宰──石澤宰と申します。よろしくお願いします。今回の趣旨は、BIMが良いとお薦めするのではなく「BIMに対する解像度をみんなで上げましょう」です。私たちふたりは、BIMの権威でも所属している会社の代表でもなくあくまで個人として、知っている範囲で誠実に回答しますので、あたたかい目で見ていただけたら嬉しいです☆1。まずは提坂さん、自己紹介からお願いします。

☆1──[角田]BIMは、成功事例ばかりが表に出て、実情が見えにくいので、こうして疑問や問題意識を共有する場が増えててくるといいなと思う。

提坂ゆきえ──提坂(平島)ゆきえです。ロサンゼルスの南カリフォルニア建築大学(SCI-Arc)で意匠設計を勉強した後、設計コンサルティング会社のBuro Happoldで、BIMコーディネーションに携わりました。2014年に帰国して Arup TokyoでBIMコーディネーターを務め、今年3月に Autodeskへ転職しました。

石澤──私は慶應義塾大学SFCの池田靖史研究室を卒業し、竹中工務店に入って建築設計をやっていましたが、2012年から4年ほどシンガポールに勤務する機会があって、プロジェクトのBIMマネージメントをやっていました。2016年に日本に帰ってきて、いまは設計本部にいます。2017年からは大学院の博士課程にも所属してBIMの研究もやっています☆2

まずは会場を温めるために、皆さんの隣にいらっしゃる方とご挨拶をして、どんな質問をするつもりなのかなど、情報交換をしていただけたら、ありがたいです。

(約2分アイスブレイク)

☆2──[豊田]まだまだ海外での経験があることがBIMの最先端を客観的に語るのに必要だという空気があり、この分野は早急に数ステップ進めなければと感じるところ。

石澤──ありがとうございます。いい感じに温まったのではないかと思いますので、本編に入ります。前半は、事前にWebから寄せていただいた質問に答えていきます。1問3分を目安にやっていきますのでタイトですが、数をこなしていきたいと思っています。

1. 導入・キャリア系

Q1.1 50歳の設計者ですが、BIMを覚えなくても定年までなんとかなりますか。


石澤──もちろんBIMができないから仕事がなくなるとは思いませんし、本当に仕事がなくなると思っていらっしゃる方も少ないのではないでしょうか。今後、状況によってはBIMを強制されることはあるかもしれませんが。

新しいソフトウェアを覚えるのが辛いとか☆3、ディスプレイにピントが合わなくなってきたとか、いろいろな状況の方がいらっしゃると思いますが、例えば若手に設計上のアドバイスをするとか、プロジェクトをまとめていくなかで、BIMという道具を可愛がってあげられる立場があると思います。ここでの「覚えなくても」というのは具体的な操作を指していると思いますが、それができなくてもBIMを中心とした環境を受け入れてくだされば良いのかなという感じです☆4。建築は経験がものを言うところが大きいので、年配の方々の知見が必要です。経験とBIMのようなツールがお互いうまくコラボレーションできる道があれば良いと思います☆5

☆3──[池田]BIMとは「覚える」ものだろうか、という問いが大事な気がする。
☆4──[堀川]BIMを取り入れると単純に自分の作業が増えて面倒くさいと思っている人が多いのだろうと想像する。
☆5──[豊田]まさにその通り。全員(特にいわゆる上司にあたる人)が自らBIMマスターになる必要はない。彼らが「BIMとは何で何ができて何ができないのか」「効果を引き出すために、これまでとは違うどんな感覚やアプローチが必要になるのか」をざっくりと理解して、チームのパフォーマンスを引き出す側として動いてくれること、若い世代が持っていない実務的な知見を馴染みやすいかたちとタイミングで挿入してくれることが大事。

石澤宰─氏

Q1.2 BIMを取り入れることによって、損をするのはどういった人でしょうか。


提坂──損得には客観的な基準がないので考えさせられました。「損をする」のは組織でも、個人でも、地位や役職でもなく、一言で言えば「完璧主義な方」だと思いました。すべてのパラメータや設定を正しく入力し、ジオメトリも完璧につくっていては、時間がいくらあっても足りません。私は「ArchiFuture Web」の石澤さんによるブログのファンだったのですが、その記事のひとつに「BIMとはスマートフォンの電話帳と似たようなものだ」というようなことが書かれているのを読んで、すごく気が楽になりました。確かにスマートフォンの電話帳では、わざわざ全員の住所や誕生日まで入力しないと思います。それでも連絡は取れるのです。BIMモデルには色々な情報を入力できますが、それを完璧に揃える必要はありません☆6。誰が見ても、どのように参照されても不備のないように情報を整理しようと頑張ってしまう人が最も損をするのではないかと思います☆7

☆6──[堀川]スパースデータ(少量データ、疎性データ)を許容するというのは面白い。将来的には、機械学習などを利用してすかすかなデータを機械側が補完してくれたり、入力のケアレスミスを修正してくれることが想像できる。
☆7──[豊田]これもまさにその通り。質問者の言う、BIM導入で不利益を被る立場や職能を色々考えてみても思いつかない。ある程度ダイバーシティが自然に維持されるだけのスケールを持った業態だから、そんなことを気にせず自分に利益があれば部分的にでも使っていくという感じでいいのでは。

Q1.3 BIMは、社内・社外の誰がやるべき、もしくはやっているのですか。誰がBIMモデルをつくるべきですか。


石澤──似ている質問をひとつにまとめさせてもらいましたが、BIMモデラーが架空の存在のように感じられるのかなとか、BIMの課題が目の前にあって自分がやるべきか迷っていらっしゃるのかとか、自分でやっているけど割に合わないと感じているのかとか、人によって色々な読み方ができる質問だと思いました。

平たく言えば規模によると思います。私が担当していた空港のプロジェクトでは、設計チームだけで100人以上いるので、必然的に分業しなければ成り立ちませんからBIM専門の人たちがいました。他方、設計の担当は私だけで、自分でモデルをつくって、ほかの人から最新の図面を求められればそこからPDFを出すところまでひとりで、というような場合もあります。形をつくる人、お客さんとの関係で前面に立つ人、役所の申請をやる人など、ある程度分業がされていれば、全員が同じようなモデリングの能力を持っている必要はないと思います。

ただ、自分でできれば間違いなく楽です。例えば手描き図面を外注会社にCAD化してもらう時に赤字で細かく指示を書き込んでPDFにして送るわけですが、そうしているくらいであれば自分で直してしまった方が早いかもしれません。BIMモデルであれば、例えば壁を200mm動かせば立面図、断面図、天井伏図などにも自動的に反映されます☆8。モデルをゼロから立ち上げる作業であれば少し話が違ってきますが、基本的に自分で編集できる方が得だと思います。

でもじつは、誰かほかの人がつくったモデルを触るのは怖いという気持ちもわかります。そういう時は最初しばらくのあいだだけわかっている人に付き添ってもらうとよりうまくいくと思います☆9

☆8──[堀川]すべてが連動しているのは機能的に素晴らしいことであると思うとともに、壁を動かすことですべての図面に影響を与えるような「大がかり」な変更が、分業しているほかの人になるべくインパクト(衝撃)の少ないかたちで伝えることができるのか、というのは気になる。失敗を恐れて変更をしたくなくなるなど、運用の仕方によっては同期機能自体を悪とする可能性は十分ありそうだと感じる。[角田]3Dを使ったコミュニケーションは、方法はあれどまだまだ難しく、その都度キャプチャーして解説したり、編集箇所を指摘するよりも自分で直せるほうがはるかにラク。
☆8──[豊田]事務所のなかでのメンバーの職能が、専門分化ではなく、グラデーションを持った混ぜ合わせ、中間領域の塗り分けのようになってきていると感じる。各自、専門性や得意分野が2〜3あって、それらがうまく一定の傾向で組み合わさっているチーム構成が大事。

Q1.4 BIMは特に組織で推進されているという印象がありますが、小規模の会社やアトリエ事務所で用いるメリットを教えてください。


提坂──小さなアトリエ事務所が扱う物件の規模は相対的に小さいと想定すると、メリットは、モデルの全体を把握しやすいということです。石澤さんが例を挙げられたように、空港の規模で専任のオペレーターが何十人もいるようなプロジェクトであれば、他人の作業が自分の作業に与える影響を把握しづらくなります。作業を終えて印刷するために同期をかけると、目の前の寸法や符号がサッと消えたりすることもあります。
また、大きな組織で数十人のBIMオペレーターがいると、まずテンプレートの整備や詳細図のライブラリ作成といったインフラ整備が必要になります。小さいアトリエで担当者が自分一人であれば、インフラが整う前でも身軽にあれこれ試してみることができます。

提坂(平島)ゆきえ氏

石澤──そうですね。少人数だからこそ追求できる良さがあると思います。たくさんの人が関わっていると、自分の好きなようにカスタマイズできなくなりますしね☆9

☆9──[堀川]小さな事務所だと、担当者が過程のドキュメント作成をせずにインフラ整備を行なうのは容易に想像できます。そうなるとそのインフラをほかの担当者が引き継いだ時に使えなくなるか、また一からつくり直すということは従来のCADではよくあることです。BIMの場合、担当が変わっても、テンプレートやライブラリはフォーマットがきっちり決まっているから引き継ぎしやすいものなのか気になりました。[豊田]リモートな環境での協業はしやすくなる。noizでも海外の案件はクラウドベースでBIMモデルをつねに共有できると便利。[木内]アトリエ事務所をやっている者の所感として。提坂さんも石澤さんも、さらにそこへの堀川さんや豊田さんの反応も、全員がBIMをコミュニケーションの問題に紐づけて議論しているのが印象的。一般のコミュニケーションの「効率化」の問題よりも、例えばGoogle Docsが会議やコンセプトづくりの協業のあり方を変えたように、BIMがより創発的なコミュニケーションを促すなどのインセンティブが見えてくると、まさに小規模事務所にとってBIM導入のメリットになりそう。

Q1.5 世界的にみて(特にBIMという考え方が必須の国において)、人が現在認識しているBIMが抱える課題点はなんでしょうか。


提坂──「BIMが必須の国」というのは、私が知る例だとイギリスやアメリカ、シンガポールあたりです。そういった国での大規模プロジェクト(BIM Level 2)は、現在では特定のBIMコーディネーターやモデル作成者のPCさえスペックが高ければ、重いモデルでもなんとか扱えます☆10。ただ、その次の段階(Level 3)で、クラウド上にジオメトリを含めたプロジェクト情報を入力する環境をつくり、そこにあらゆるプロジェクト関係者がアクセスするのであれば、特定のPCのスペックを上げるだけではなく、それなりのインフラを整えなければいけません☆11。政府が「公共物件はすべからくBIMを導入すべし」と用途や規模に対して制限を設けたとしても、そうしたインフラまで一気に整備するのは難しいと認識されています。

☆10──[石澤]英国BSIの定めるPAS1192-3(PAS:公開仕様書)に、BIM Level 0〜3が定められている。イギリスでは政府が2016年までにLevel 2の達成を目標とすると定めた。イギリス国内にとどまらず、特にヨーロッパ系の国際会議ではよく参照されており、国際的に通じやすい指標。
☆11──[堀川]GoogleやAmazonのような企業が、Revitなどがインストール済みのPCをクラウドで提供する、レンダーファームならぬ「BIMファーム」をつくるということは現実にありそうだ。自身でインフラを一から構築する必要がない分、従来の特定のPCのスペックを上げるといった対処法よりもスムースな協業が可能になるかもしれない。

石澤──シンガポール政府はBIMを導入する会社に補助金を出していましたが、それを投資にせずに外注スタッフの雇用のために使ってしまった会社もあります。モデルはある重さを超えると本当に開かなくなります。先ほど挙げた空港のプロジェクトでも、ハイスペックなワークステーションですべてを統合したモデルを開き終えるまでに33分以上かかりました。そうなると滅多に開きませんから、全体を通してみる回数が減ってしまいます。

提坂──重いモデルを分割して各部分を扱っていると、結局担当者が自分の担当部分だけ見ているという状況は改善されません。統合モデルに情報を預けて、そこで必要な情報を参照するという体制(Level 3)はまだ理想でしかないという印象があります☆12

☆12──[角田]ここの話は実際の現場での話で貴重。

Q1.6 BIMに関わっていて個人的に一番楽しいと思えることはなんでしょう。あるいは辛いと思われることはなんでしょうか。


提坂──私は学生の頃からモデリングやプログラミングが好きでした。設計者としてではなくプロダクションのプロとして、設計者やエンジニアと組み、それぞれ違う能力を合わせてひとつの建物をつくり上げていくことが楽しいです。設計者がすべての責任を担い、作図オペレーターが赤入れ図面を修正する従来の役割分担ではなく、設計者の先回りしながらBIMの環境(インフラ)を整える能力は、今後建築・建設業界の「働き方」を変える上で必要なスキルなのだと思っています☆13

☆13──[堀川]設計がフロントエンドなら、BIM環境調整はバックエンドと言える。IT分野と比べて、建築ではバックエンドの重要性がまだまだ浸透していないというイメージがある。[豊田]このグラデーショナルだが安定した領域に、新しい職能や専門性がさまざまに生まれていくという感覚は、うまく社会や大学で共有されてほしい。どうしても既存の枠組みに基づいた教育をしてしまうから、新しい居場所がたくさんあっても、興味や人材供給がいかないのが現状。

石澤──私が純粋に楽しいと思うのは何かができるようになることです。例えば3Dプリンタで初めてモノを出力してみるとか、楽しいですよね。

辛いことに関して喩えて言えば、私は「でんぱ組.inc」というアイドルがすごく好きなのですが、別の人が「ももいろクローバーZ」を熱烈に好きだとすると、その人にいくら「でんぱ組.inc」の良さを伝えても話が合うわけがないということです(笑)。BIMが好きな人同士であれば、いくらでも話ができますが、「スケッチですべて描かなければ寸法感覚が鈍る」というような考えをお持ちの方は信じているものが違うので、そもそも話が噛み合いません。これは悪口ではなくて、建築は関わる人の数が多いので、色々な考えの人がいます。多くの場合は建設的な話ができますが、どうしてもうまくいかないこともあって、人疲れするときがあります。

提坂──私が辛かったことをお話します。CAD専門のプロジェクトリーダーを「あなたはまだ若いリーダーだから、そのうちどこかでBIMをやらされる。いつかやるなら今私とやったほうがいい」と説き伏せて、Revitに「改宗」させたことがあります(笑)。そこで、彼のRevitに対する不信感を払拭するために色々心を砕きました。完璧な線種設定で彼が見慣れたCAD図そっくりの出力図面を見せ、作業時間が2倍3倍になるわけではないと証明し、彼がようやくRevitに対して心を開いてくれようとしたとき、伏図更新中に出力した断面図にミスがあり、「なぜ以前承認した図面が俺の修正なしに変わっているんだ!? やはりBIMなど信頼ならん!」という理由で責められたことです。これに類することはよく起こります。ソフトの特徴や欠点まで私の責任にされるのは辛いです☆14

☆14──[豊田]新しく、これまでと「異なる」ものには当然メリットもデメリットもある。既存の視点からすべて欠点がないと証明されない限りやらないというのはすごく日本で顕著な傾向。[石澤]BIM導入直後はやはりパフォーマンスが落ちるもの。その期間の責任はどうする、という問題が根底にあるように思う。インターンや社員の出入りの多い組織では、そこまで問題にならないが、日本の職務流動性だと問題視されやすいのかも。[角田]完璧な線種設定を再現するのはかなりのことで、一般的には「これまでと違うものです」という言い方をしている方が多いはず。こうした執念みたいなものが新しい流れをつくっていくのもまた事実。

石澤──それはよくわかります。こういう辛かった話はなかなか終わらないので、次にいきます(笑)。

Q1.7 BIMを使用するには一定程度のプロジェクト規模がないことには、メリットよりもBIMを管理するコストの方が大きくなってしまいそうですがどうでしょうか。どのあたりに閾値があるのでしょうか。


提坂──閾値を客観的に示すのは難しく、やはり組織ごとにBIM導入にふさわしいプロジェクト規模があると思います。例えば、設計者が設計に加えて20,000平米のRevitモデルまで自分でつくり管理するのは危険過ぎます。延床面積とBIMモデル管理に投入できる人数、その人たちのスキルレベルを考慮してパイロットプロジェクトを選ぶのが賢明です。規模だけではなく、形のシンプルさというのも選定にあたっては重要です。形は素直な長方形。超高層ではなく3〜4階建てで10,000平米以下、というあたりがひとつの目安になります。

石澤──「管理するコスト」が、ソフトウェア、パソコン、人のどれにかかると思うかは人によって違うと思います。私の感覚で言えば、間違いなく人が一番コストがかかりますから、自分でやってしまえば自らマネージメントできる範囲で済みます。そういう意味でも規模と予算が関係しますね☆15

☆15──[角田]このあたりで悩んでいる事務所は多いはず。経営層がBIMの目的を理解しているかどうかで、悩みの大きさは変わりそう。

Q1.8 BIMのワークフローをきちんとマネージメントしていくために欠かせない職能はありますか。また、今後どのようなスキルが不可欠になると考えますか。


提坂──プロジェクトリーダーとは別に、BIMマネージャーは必要だと思います。意匠設計の方やプロジェクトマネージャー(PM)がプロジェクトを率いていくのは今後も変わらないと思いますが、新しいプロダクションの方法を取り入れるにあたっては、ソフトウェアに精通していてモデルや情報の管理方法を決められる人(BIMマネージャー)が、プロジェクトリーダーのサポートをすることが望ましいです。BIMマネージャーにはふたつ役割があります。特定の組織内でインフラ整備に携わる人と、複数の組織がプロジェクトに関わる時に、組織の枠を超えてプロジェクト参加者全員に対して作業環境を提供する人です。異なる組織間の作業環境を整備し、プロジェクトが終わる頃にはあわよくば全員のBIMリテラシーやスキルが上がっている、というような計画を立てられる職能が重要になると思います。その役を設計者が兼ねてしまうと、大事な提出の直前には確実にBIMどころではなくなります。設計作業からは独立して、冷静にモデルのクオリティや情報のチェックをできる人が、少なくともひとりいてほしいと思います☆16

☆16──[堀川]年功序列の組織だと、そういった職能を持った人がいたとしても異なる組織間を横断できるだけの権限を持つこと自体がまず大変なのだろうと、思ってしまったり。[豊田]実務的な感覚やノウハウの教育も始まっているべきだと思うけど、仕事の現場にすらいない人材は大学にもいない......。こういうスキルセットを持っている人が劇的に足りていない。[木内]やはりスタジオ教育のなかで、リアルに複数組織をつくって、そのあいだで具体的にモデルを介してコミュニケーションをしていくような課題がひとつの可能性だろうか。ここ10年来、世界各国でパヴィリオン建設を通したスタジオ教育が大流行したが、例えば構造・仕上げ・照明含む電気設備(大抵空調を問題にしづらいという意味で)・施工といったレイヤーを定義し、それらをマネージするPMとBIMマネージャーを想定すれば5グループの協業課題はつくることができる。

Q1.9 仮に自分が今の会社を辞めて新しく自分の会社をつくるとしたら、BIMのスペシャリストとしてどのような会社を作りますか。


提坂──Arupを辞めるときに「独立してArupの外注先としてやっていく」ということも考えましたが、BIMのプロセス全体から、図面を描いたり、モデルをつくったり、といった特定の部分だけを切り出してビジネスにすることにはあまり魅力を感じませんでした。やはり設計チームのなかに入って、全体や個人の得意不得意を観察しながらアドバイスをすることにやりがいを感じます。ビジネスとして考えるのであれば、アドバイザーやコンサルタントとして、プロジェクトのプロセス全体に関わりたいと思います。転職ではAutodeskのコンサルティングチームを選びました。どこまで想像していたことができるかやってみようと思います☆17

☆17──[角田]日本の企業だと内部で人を抱えるのが難しいシチュエーションもあるので、外部の強いスペシャリストチームがもっと増えていくとより普及がじつは進む可能性が高い。

石澤──私は、設計者として建築をつくることやデザインも好きなので、ビジネスとしてBIMだけ取り出すということは考えないですね。今、興味があってフォーカスしたいのが、建物に限らず建築のデータをどうやって持ち、どう運営したら良いのかということです。当たり前のことのようですが、じつは誰もやっていません。例えば、コンペ提出用のシートボードで、締切日にプロッターで出してみて間違いが見つかり、ファイル名「final2」「final_of_final」などと増えていく状況は皆さん経験があると思います。これが毎日起きているのが建築の現場で、そうしたなかから最新の図面を間違いなく取ってくることがリアルな世界で求められます。そうした情報のあり方をまともに考えることも、商売としても成り立つのではないかと思うようになりました。建築情報学会はまさに、そうした建築における情報のリテラシーやあるべき姿を考える場で、今こうした議論を持つことができています。

Q1.10 外注がBIMモデルを入力してくれる状況で、設計担当者である私はBIMがまったく使えません。勉強する時間もなかなか取れません。まずは何ができるようになれば良いですか。


提坂──日本では社内にBIMオペレーターがいて一緒にやっていくというよりも、「CAD外注先」と同様に「BIM外注先」に頼る傾向があり、その数少ないBIM外注先はどこもパンクしているのが現状だと思います。自分で何かしてみようと思った時にあまりお勧めできないのが、チュートリアル本の通りにやってみることです☆18。途中で自信をなくし、悲しくなって寂しくなって続かないと思います。やはりプロジェクトベースで始めてみるしかありません。誰も協力してくれないなかで自分のパソコンにだけソフトウェアを入れて細々と始めるのではなく、思い切って興味を持ってくれそうなプロジェクトリーダーを説き伏せて、社内でパイロットプロジェクトを人とつくるというのが、第一歩ではないかと思います☆19

☆18──[堀川]そんな経験をした者です(笑)。
☆19──[豊田]BIMに限らず、新しい技術導入を企業に相談されるときにいつも強調するのは、どんなに優秀な人を入れたところで彼らがチームとしてお互いにゆるく高め合える数や環境、外部からそれをサポートする空気をつくらないとすぐ立ち枯れるということ。いまの時代、新しい技術は個人や個別のものとしては育たない。ゆるいチームのエコシステムをつくってあげること大事。

石澤──私はシンガポールでBIMをやってましたと言ってはいますが、最初の1年半くらいはRevitを開けたことはほとんどありませんでした。ビューワーでモデルを見てはいましたが、モデルがつくれないBIMマネージャーとしてなんとかなっていました。さすがにまずいと思ってスタッフに教えてもらい始め、本格的にプロジェクトで使うことでようやく使いこなせるようになりました。時間がかかりましたし、最初はモデルをいじると何か知らないところでおかしなことが起きるのではないかというのが怖かったです☆20。でも提坂さんと同じく、実際の仕事で使ったほうが楽しいので、まずは断面図を1枚切り出してみるというようなところから入っていくのが良いと思います。怖くなくなるということも十分なコミットメントだと私は思います。

☆20──[池田]今回の議論では、BIMと外国語は同じような位置にあるように思った。コミュニケーションツールなので、発音や文法の勉強よりも会話の実践が効果的なように、じつは「他人のつくったモデルをいじること」こそがBIMの最高の初期トレーニングではないだろうか。

Q1.13 日本の建築設計、生産システムにおいて、BIMを広める、一般化させるには何がボトルネックになっていますか、その解決策はありますか。


石澤──BIMと「標準化」はすごく近い概念だと思います。柱や梁といった属性を与えることは、データを構造化することでもあり、そうしたなかで例えば似たもの、同じ派生のものなどを考えていくと、そもそも建築のつくり方に通じていきます。

また、ライブラリのように、利用できるマテリアルが手近なところにあることも大事です。標準化されていれば、ほかの人がつくったものが使えるわけです。それでうまくいっているのは「SketchUp」というソフトウェアで、ライブラリを開くと人や木、車など、いろんなものがあって、それを取ってくればすぐに使えて楽です。そうしたものが充実してる国やマーケットに比べると、日本はまだまだです。例えば、かっこいい照明器具を探しても、アメリカのものしかなくてインチ表示になってしまうのですが、逆に照明を自分で毎回一からモデリングするのもげんなりします。「鶏が先か、卵が先か」になってしまいですが、ライブラリのストックが増えれば助かる人はたくさんいます。

提坂──Revitユーザーグループで活動している方たちが、汎用性のあるチュートリアルを公開していますし、最近では日建設計さんが構造のテンプレートやファミリなどを、Revitに対応する構造デザインパッケージ「SBDT(Structural BIM Design Tool)」として公開してくれました。組織内の業務効率化に注力するだけではなくて、組織外の人たちも使えるものを公開していくことで、BIMはやりやすくなっていくと思います。組織内でつくった仕組みを限られたユーザーだけで管理するのではなくて、シェアして発信していくという方向になればいいなと思います☆21

☆21──[堀川]日本の場合、BIMを利用している大手組織自体よりも、それらが依頼するBIM外注先も価値ある情報を多く持っていると感じる。そういった会社がオープンソースの循環の仕組みを理解して、積極的に情報を公開していく踏ん切りをつけてくれるといいなと思う。[豊田]BIMは、本質的にクラウドベースでオープンであることが重要な技術。囲い込むことで差異化を図る20世紀的な感覚ではなく、公開してより多くの人と情報が自分のところを通過してくれることが価値、という21世紀的な価値観に早く移行してほしい。貢献が社会のためにも自分のためにもなるという感覚。そうでないとなかなか実効性が高まらない。


201807

連載 建築情報学会準備会議

第6回:建築情報学の教科書をつくろう第5回:エンジニアド・デザイン
──一点突破から考える工学的プローチ
第4回:コンピュテーショナルデザインの現在地第3回:感性の計算──世界を計算的に眺める眼差し第2回:BIM1000本ノック──BIMに対する解像度を上げるために第1回:建築のジオメトリを拡張する
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