第2回:BIM1000本ノック──BIMに対する解像度を上げるために
建築を情報の観点から再定義しその体系化を目指す建築情報学会。その立ち上げのための準備会議が開催されている。「10+1 website」では、全6回にわたってこの準備会議の記録を連載。建築分野の内外から専門的な知見を有するゲストを招き、建築情報学の多様な論点を探る。 連載第2回は、ゼネコンで建築実務に従事している石澤宰氏をモデレーター、BIMコンサルタントの提坂(平島)ゆきえ氏をゲストとして、事前に収集した質問や会場からの質問にとことん答える。
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石澤宰──石澤宰と申します。よろしくお願いします。今回の趣旨は、BIMが良いとお薦めするのではなく「BIMに対する解像度をみんなで上げましょう」です。私たちふたりは、BIMの権威でも所属している会社の代表でもなくあくまで個人として、知っている範囲で誠実に回答しますので、あたたかい目で見ていただけたら嬉しいです
。まずは提坂さん、自己紹介からお願いします。提坂ゆきえ──提坂(平島)ゆきえです。ロサンゼルスの南カリフォルニア建築大学(SCI-Arc)で意匠設計を勉強した後、設計コンサルティング会社のBuro Happoldで、BIMコーディネーションに携わりました。2014年に帰国して Arup TokyoでBIMコーディネーターを務め、今年3月に Autodeskへ転職しました。
石澤──私は慶應義塾大学SFCの池田靖史研究室を卒業し、竹中工務店に入って建築設計をやっていましたが、2012年から4年ほどシンガポールに勤務する機会があって、プロジェクトのBIMマネージメントをやっていました。2016年に日本に帰ってきて、いまは設計本部にいます。2017年からは大学院の博士課程にも所属してBIMの研究もやっています
。まずは会場を温めるために、皆さんの隣にいらっしゃる方とご挨拶をして、どんな質問をするつもりなのかなど、情報交換をしていただけたら、ありがたいです。
石澤──ありがとうございます。いい感じに温まったのではないかと思いますので、本編に入ります。前半は、事前にWebから寄せていただいた質問に答えていきます。1問3分を目安にやっていきますのでタイトですが、数をこなしていきたいと思っています。
1. 導入・キャリア系
Q1.1 50歳の設計者ですが、BIMを覚えなくても定年までなんとかなりますか。
石澤──もちろんBIMができないから仕事がなくなるとは思いませんし、本当に仕事がなくなると思っていらっしゃる方も少ないのではないでしょうか。今後、状況によってはBIMを強制されることはあるかもしれませんが。
新しいソフトウェアを覚えるのが辛いとか
、ディスプレイにピントが合わなくなってきたとか、いろいろな状況の方がいらっしゃると思いますが、例えば若手に設計上のアドバイスをするとか、プロジェクトをまとめていくなかで、BIMという道具を可愛がってあげられる立場があると思います。ここでの「覚えなくても」というのは具体的な操作を指していると思いますが、それができなくてもBIMを中心とした環境を受け入れてくだされば良いのかなという感じです 。建築は経験がものを言うところが大きいので、年配の方々の知見が必要です。経験とBIMのようなツールがお互いうまくコラボレーションできる道があれば良いと思います 。- 石澤宰─氏
Q1.2 BIMを取り入れることによって、損をするのはどういった人でしょうか。
提坂──損得には客観的な基準がないので考えさせられました。「損をする」のは組織でも、個人でも、地位や役職でもなく、一言で言えば「完璧主義な方」だと思いました。すべてのパラメータや設定を正しく入力し、ジオメトリも完璧につくっていては、時間がいくらあっても足りません。私は「ArchiFuture Web」の石澤さんによるブログのファンだったのですが、その記事のひとつに「BIMとはスマートフォンの電話帳と似たようなものだ」というようなことが書かれているのを読んで、すごく気が楽になりました。確かにスマートフォンの電話帳では、わざわざ全員の住所や誕生日まで入力しないと思います。それでも連絡は取れるのです。BIMモデルには色々な情報を入力できますが、それを完璧に揃える必要はありません
。誰が見ても、どのように参照されても不備のないように情報を整理しようと頑張ってしまう人が最も損をするのではないかと思います 。Q1.3 BIMは、社内・社外の誰がやるべき、もしくはやっているのですか。誰がBIMモデルをつくるべきですか。
石澤──似ている質問をひとつにまとめさせてもらいましたが、BIMモデラーが架空の存在のように感じられるのかなとか、BIMの課題が目の前にあって自分がやるべきか迷っていらっしゃるのかとか、自分でやっているけど割に合わないと感じているのかとか、人によって色々な読み方ができる質問だと思いました。
平たく言えば規模によると思います。私が担当していた空港のプロジェクトでは、設計チームだけで100人以上いるので、必然的に分業しなければ成り立ちませんからBIM専門の人たちがいました。他方、設計の担当は私だけで、自分でモデルをつくって、ほかの人から最新の図面を求められればそこからPDFを出すところまでひとりで、というような場合もあります。形をつくる人、お客さんとの関係で前面に立つ人、役所の申請をやる人など、ある程度分業がされていれば、全員が同じようなモデリングの能力を持っている必要はないと思います。
ただ、自分でできれば間違いなく楽です。例えば手描き図面を外注会社にCAD化してもらう時に赤字で細かく指示を書き込んでPDFにして送るわけですが、そうしているくらいであれば自分で直してしまった方が早いかもしれません。BIMモデルであれば、例えば壁を200mm動かせば立面図、断面図、天井伏図などにも自動的に反映されます
。モデルをゼロから立ち上げる作業であれば少し話が違ってきますが、基本的に自分で編集できる方が得だと思います。でもじつは、誰かほかの人がつくったモデルを触るのは怖いという気持ちもわかります。そういう時は最初しばらくのあいだだけわかっている人に付き添ってもらうとよりうまくいくと思います
。Q1.4 BIMは特に組織で推進されているという印象がありますが、小規模の会社やアトリエ事務所で用いるメリットを教えてください。
提坂──小さなアトリエ事務所が扱う物件の規模は相対的に小さいと想定すると、メリットは、モデルの全体を把握しやすいということです。石澤さんが例を挙げられたように、空港の規模で専任のオペレーターが何十人もいるようなプロジェクトであれば、他人の作業が自分の作業に与える影響を把握しづらくなります。作業を終えて印刷するために同期をかけると、目の前の寸法や符号がサッと消えたりすることもあります。
また、大きな組織で数十人のBIMオペレーターがいると、まずテンプレートの整備や詳細図のライブラリ作成といったインフラ整備が必要になります。小さいアトリエで担当者が自分一人であれば、インフラが整う前でも身軽にあれこれ試してみることができます。
- 提坂(平島)ゆきえ氏
石澤──そうですね。少人数だからこそ追求できる良さがあると思います。たくさんの人が関わっていると、自分の好きなようにカスタマイズできなくなりますしね
。Q1.5 世界的にみて(特にBIMという考え方が必須の国において)、人が現在認識しているBIMが抱える課題点はなんでしょうか。
提坂──「BIMが必須の国」というのは、私が知る例だとイギリスやアメリカ、シンガポールあたりです。そういった国での大規模プロジェクト(BIM Level 2)は、現在では特定のBIMコーディネーターやモデル作成者のPCさえスペックが高ければ、重いモデルでもなんとか扱えます
。ただ、その次の段階(Level 3)で、クラウド上にジオメトリを含めたプロジェクト情報を入力する環境をつくり、そこにあらゆるプロジェクト関係者がアクセスするのであれば、特定のPCのスペックを上げるだけではなく、それなりのインフラを整えなければいけません 。政府が「公共物件はすべからくBIMを導入すべし」と用途や規模に対して制限を設けたとしても、そうしたインフラまで一気に整備するのは難しいと認識されています。石澤──シンガポール政府はBIMを導入する会社に補助金を出していましたが、それを投資にせずに外注スタッフの雇用のために使ってしまった会社もあります。モデルはある重さを超えると本当に開かなくなります。先ほど挙げた空港のプロジェクトでも、ハイスペックなワークステーションですべてを統合したモデルを開き終えるまでに33分以上かかりました。そうなると滅多に開きませんから、全体を通してみる回数が減ってしまいます。
提坂──重いモデルを分割して各部分を扱っていると、結局担当者が自分の担当部分だけ見ているという状況は改善されません。統合モデルに情報を預けて、そこで必要な情報を参照するという体制(Level 3)はまだ理想でしかないという印象があります
。Q1.6 BIMに関わっていて個人的に一番楽しいと思えることはなんでしょう。あるいは辛いと思われることはなんでしょうか。
提坂──私は学生の頃からモデリングやプログラミングが好きでした。設計者としてではなくプロダクションのプロとして、設計者やエンジニアと組み、それぞれ違う能力を合わせてひとつの建物をつくり上げていくことが楽しいです。設計者がすべての責任を担い、作図オペレーターが赤入れ図面を修正する従来の役割分担ではなく、設計者の先回りしながらBIMの環境(インフラ)を整える能力は、今後建築・建設業界の「働き方」を変える上で必要なスキルなのだと思っています
。石澤──私が純粋に楽しいと思うのは何かができるようになることです。例えば3Dプリンタで初めてモノを出力してみるとか、楽しいですよね。
辛いことに関して喩えて言えば、私は「でんぱ組.inc」というアイドルがすごく好きなのですが、別の人が「ももいろクローバーZ」を熱烈に好きだとすると、その人にいくら「でんぱ組.inc」の良さを伝えても話が合うわけがないということです(笑)。BIMが好きな人同士であれば、いくらでも話ができますが、「スケッチですべて描かなければ寸法感覚が鈍る」というような考えをお持ちの方は信じているものが違うので、そもそも話が噛み合いません。これは悪口ではなくて、建築は関わる人の数が多いので、色々な考えの人がいます。多くの場合は建設的な話ができますが、どうしてもうまくいかないこともあって、人疲れするときがあります。
提坂──私が辛かったことをお話します。CAD専門のプロジェクトリーダーを「あなたはまだ若いリーダーだから、そのうちどこかでBIMをやらされる。いつかやるなら今私とやったほうがいい」と説き伏せて、Revitに「改宗」させたことがあります(笑)。そこで、彼のRevitに対する不信感を払拭するために色々心を砕きました。完璧な線種設定で彼が見慣れたCAD図そっくりの出力図面を見せ、作業時間が2倍3倍になるわけではないと証明し、彼がようやくRevitに対して心を開いてくれようとしたとき、伏図更新中に出力した断面図にミスがあり、「なぜ以前承認した図面が俺の修正なしに変わっているんだ!? やはりBIMなど信頼ならん!」という理由で責められたことです。これに類することはよく起こります。ソフトの特徴や欠点まで私の責任にされるのは辛いです
。石澤──それはよくわかります。こういう辛かった話はなかなか終わらないので、次にいきます(笑)。
Q1.7 BIMを使用するには一定程度のプロジェクト規模がないことには、メリットよりもBIMを管理するコストの方が大きくなってしまいそうですがどうでしょうか。どのあたりに閾値があるのでしょうか。
提坂──閾値を客観的に示すのは難しく、やはり組織ごとにBIM導入にふさわしいプロジェクト規模があると思います。例えば、設計者が設計に加えて20,000平米のRevitモデルまで自分でつくり管理するのは危険過ぎます。延床面積とBIMモデル管理に投入できる人数、その人たちのスキルレベルを考慮してパイロットプロジェクトを選ぶのが賢明です。規模だけではなく、形のシンプルさというのも選定にあたっては重要です。形は素直な長方形。超高層ではなく3〜4階建てで10,000平米以下、というあたりがひとつの目安になります。
石澤──「管理するコスト」が、ソフトウェア、パソコン、人のどれにかかると思うかは人によって違うと思います。私の感覚で言えば、間違いなく人が一番コストがかかりますから、自分でやってしまえば自らマネージメントできる範囲で済みます。そういう意味でも規模と予算が関係しますね
。Q1.8 BIMのワークフローをきちんとマネージメントしていくために欠かせない職能はありますか。また、今後どのようなスキルが不可欠になると考えますか。
提坂──プロジェクトリーダーとは別に、BIMマネージャーは必要だと思います。意匠設計の方やプロジェクトマネージャー(PM)がプロジェクトを率いていくのは今後も変わらないと思いますが、新しいプロダクションの方法を取り入れるにあたっては、ソフトウェアに精通していてモデルや情報の管理方法を決められる人(BIMマネージャー)が、プロジェクトリーダーのサポートをすることが望ましいです。BIMマネージャーにはふたつ役割があります。特定の組織内でインフラ整備に携わる人と、複数の組織がプロジェクトに関わる時に、組織の枠を超えてプロジェクト参加者全員に対して作業環境を提供する人です。異なる組織間の作業環境を整備し、プロジェクトが終わる頃にはあわよくば全員のBIMリテラシーやスキルが上がっている、というような計画を立てられる職能が重要になると思います。その役を設計者が兼ねてしまうと、大事な提出の直前には確実にBIMどころではなくなります。設計作業からは独立して、冷静にモデルのクオリティや情報のチェックをできる人が、少なくともひとりいてほしいと思います
。Q1.9 仮に自分が今の会社を辞めて新しく自分の会社をつくるとしたら、BIMのスペシャリストとしてどのような会社を作りますか。
提坂──Arupを辞めるときに「独立してArupの外注先としてやっていく」ということも考えましたが、BIMのプロセス全体から、図面を描いたり、モデルをつくったり、といった特定の部分だけを切り出してビジネスにすることにはあまり魅力を感じませんでした。やはり設計チームのなかに入って、全体や個人の得意不得意を観察しながらアドバイスをすることにやりがいを感じます。ビジネスとして考えるのであれば、アドバイザーやコンサルタントとして、プロジェクトのプロセス全体に関わりたいと思います。転職ではAutodeskのコンサルティングチームを選びました。どこまで想像していたことができるかやってみようと思います
。石澤──私は、設計者として建築をつくることやデザインも好きなので、ビジネスとしてBIMだけ取り出すということは考えないですね。今、興味があってフォーカスしたいのが、建物に限らず建築のデータをどうやって持ち、どう運営したら良いのかということです。当たり前のことのようですが、じつは誰もやっていません。例えば、コンペ提出用のシートボードで、締切日にプロッターで出してみて間違いが見つかり、ファイル名「final2」「final_of_final」などと増えていく状況は皆さん経験があると思います。これが毎日起きているのが建築の現場で、そうしたなかから最新の図面を間違いなく取ってくることがリアルな世界で求められます。そうした情報のあり方をまともに考えることも、商売としても成り立つのではないかと思うようになりました。建築情報学会はまさに、そうした建築における情報のリテラシーやあるべき姿を考える場で、今こうした議論を持つことができています。
Q1.10 外注がBIMモデルを入力してくれる状況で、設計担当者である私はBIMがまったく使えません。勉強する時間もなかなか取れません。まずは何ができるようになれば良いですか。
提坂──日本では社内にBIMオペレーターがいて一緒にやっていくというよりも、「CAD外注先」と同様に「BIM外注先」に頼る傾向があり、その数少ないBIM外注先はどこもパンクしているのが現状だと思います。自分で何かしてみようと思った時にあまりお勧めできないのが、チュートリアル本の通りにやってみることです
。途中で自信をなくし、悲しくなって寂しくなって続かないと思います。やはりプロジェクトベースで始めてみるしかありません。誰も協力してくれないなかで自分のパソコンにだけソフトウェアを入れて細々と始めるのではなく、思い切って興味を持ってくれそうなプロジェクトリーダーを説き伏せて、社内でパイロットプロジェクトを人とつくるというのが、第一歩ではないかと思います 。石澤──私はシンガポールでBIMをやってましたと言ってはいますが、最初の1年半くらいはRevitを開けたことはほとんどありませんでした。ビューワーでモデルを見てはいましたが、モデルがつくれないBIMマネージャーとしてなんとかなっていました。さすがにまずいと思ってスタッフに教えてもらい始め、本格的にプロジェクトで使うことでようやく使いこなせるようになりました。時間がかかりましたし、最初はモデルをいじると何か知らないところでおかしなことが起きるのではないかというのが怖かったです
。でも提坂さんと同じく、実際の仕事で使ったほうが楽しいので、まずは断面図を1枚切り出してみるというようなところから入っていくのが良いと思います。怖くなくなるということも十分なコミットメントだと私は思います。Q1.13 日本の建築設計、生産システムにおいて、BIMを広める、一般化させるには何がボトルネックになっていますか、その解決策はありますか。
石澤──BIMと「標準化」はすごく近い概念だと思います。柱や梁といった属性を与えることは、データを構造化することでもあり、そうしたなかで例えば似たもの、同じ派生のものなどを考えていくと、そもそも建築のつくり方に通じていきます。
また、ライブラリのように、利用できるマテリアルが手近なところにあることも大事です。標準化されていれば、ほかの人がつくったものが使えるわけです。それでうまくいっているのは「SketchUp」というソフトウェアで、ライブラリを開くと人や木、車など、いろんなものがあって、それを取ってくればすぐに使えて楽です。そうしたものが充実してる国やマーケットに比べると、日本はまだまだです。例えば、かっこいい照明器具を探しても、アメリカのものしかなくてインチ表示になってしまうのですが、逆に照明を自分で毎回一からモデリングするのもげんなりします。「鶏が先か、卵が先か」になってしまいですが、ライブラリのストックが増えれば助かる人はたくさんいます。
提坂──Revitユーザーグループで活動している方たちが、汎用性のあるチュートリアルを公開していますし、最近では日建設計さんが構造のテンプレートやファミリなどを、Revitに対応する構造デザインパッケージ「SBDT(Structural BIM Design Tool)」として公開してくれました。組織内の業務効率化に注力するだけではなくて、組織外の人たちも使えるものを公開していくことで、BIMはやりやすくなっていくと思います。組織内でつくった仕組みを限られたユーザーだけで管理するのではなくて、シェアして発信していくという方向になればいいなと思います
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