第2回:BIM1000本ノック──BIMに対する解像度を上げるために

モデレータ:石澤宰(竹中工務店)
提坂(平島)ゆきえ(Autodesk)

4. 概念系

Q4.1 宇宙開発に興味はありますか。またそこでBIMが果たす役割などについてお考えがあればお聞かせください。


石澤──「建築と宇宙」の歴史は長く、ゼネコンが宇宙建築をつくるという話だけではなく、極限環境での生産システムからの学びを一般に展開するようなかたちで、池田研究室をはじめ長年取り扱われているトピックです。包括的な議論はできないので思いついたことを言えば、宇宙で建築をつくる時には輸送コストがとんでもなく高くなるので、地球からモノを持っていくのはあまり現実的ではなく、3Dプリンタのようなものを運んで、現地で資材を調達してつくるほうが効率がいいわけです。資材に関する情報を送って現地で生産システムを動かし全体を構築していくには、BIMが密接に関わってくると思います。

別の切り口として宇宙船を考えると、高度に規格化してつくり込むにあたって、建築の世界の数字の精度が低すぎてついていけません。建築は車や船に比べて一桁精度が低いので、むしろそうした製造業から技術を持ってきて使うほうが主流です。そういう意味で、BIMにとっては製造業その他で枯れてきた技術にフロンティアがありそうな気がします。

Q4.2 日本は海外での成功事例を参照しすぎるあまり、BIMを使う目的が多様化し、多様な解釈によりユーザーが混乱しているようにも見えます。日本のBIMが目指すべきはどのような方向だと思いますか。


提坂──海外での成功事例ですと、たくさんの要素が整然と並んだカラフルなキャプチャをイメージされると思います。ただ、日本で成功事例と言われているそのような海外プロジェクトでも、じつは現場の人たちが遅いPCや気が利かないソフトウェアと格闘しながらどうにかこうにか対応しているものです。海外ならばソフトウェアがすべて解決してくれるとか、豊富なBIM人材が確保できるというようなことはまったくありません。皆、時間もスキルも足りないなかでどうにかせざるをえない、という現場の状況は日本と変わらないという印象を持っています。

石澤──海外の話は泥臭さがなくて、すごくうまくいったように見えますよね。掘れば色々出てくるのですが、プレゼンテーションはそもそもきれいに見せるためのものなので。

一方で確かに日本が独特なところもあります。例えばひとつの会社の設計施工で、設計からエンジニアリング、施工、監理まで担うケースがありますが、アメリカではまずありません。早い段階から施工者と打合せができるということも結構レアですし、設計者が施工会社に図面を手渡したあとに現場に行くにも別途の契約が必要で、日本の設計監理者のようにはいきません。そもそもバラバラに作業をするのではなく同じ道具を使って話をしよう、という問題意識から出発している人たちからすれば、「なんで日本人がBIMを使う必要があるのか」と聞かれることもあります。ただ、私たちにも悩みはあって、早く物事を決めるとか、生産側の意見を反映して形をつくり込むとか、理想はあってもどうしても中途半端になってしまう部分があり、その解決のためにBIMに可能性を見出すわけです。海外ではBIMでうまくいっているらしいから、日本でも使ったら生産性が上がるだろうというのは雑な話で、今回のような議論のなかで解像度が上がると良いなと思います☆43

☆43──[堀川]ワークフローの違いから、日本では従来のBIM(アメリカなどが利用しているBIM)の役割とは多少異なる目的で利用したいと思われている、というのはあまり知られていない。


Q4.3 設計図は今後なくなりますか。


提坂──設計図とは何か、という問いになってしまいますが、結論から言えば私はなくならないと思います。ただ、現存の確認申請に必要な章立てや情報の密度は必要なくなると思います。なぜなら、モデルが補えることがあるからです。それでも、図面なしでモデルさえ渡せば施工者が建ててくれるというかたちにもならないと思います。BIMモデルであっても、設計意図を伝えるコミュニケーションは必要です。モデルだけでは、例えば何かの要素が5mごとに並んでいた時に、右から5mずつ配置した結果なのか、20mスパンの四分割の結果なのかなど、設計者の意図が伝わりません。逆に言えば「設計者の意図を伝える図書」であれば、図面ではなくて、スケッチやメモで十分というケースも出てくると思います☆44

☆44──[木内]これは非常にわかりやすい話。僕が関わってきたパヴィリオンや小規模のインスタレーションでは、まさにこうした現象が起こっていて、設計意図や考え方、組み方の順序などはメモやスケッチで伝達し、細かな寸法や部材同士の接合などのチェックは、現場で直接3Dモデルを確認しながら行なってもらうほうが効率的になっている。特に複雑な形状を扱う場合、効率以前に、そうした方法でないと組み立て方が伝達できないこともあるのではないか。

石澤──外科医が心臓病の患者さんを手術する時に、リアルな心臓のモデルだけあっても困りますよね。例えば、心電図で脈を見て問題点を知りたいのであって、リアルなものから読み解きたい情報がパッとわかるとは限りません。人間の頭は記号処理に慣れているので、3次元では表現できないから2次元の図面があるというだけではなくて、図面は記号として人の頭に入るように工夫されているという側面もあります。私はその点でも設計図はなくならないと思いますし、図面の好きなところです☆45

☆45──[豊田]コミュニケーションや表現、共有の手段が圧倒的に多様化して、その扱い方自体が専門化するということ。そのノウハウがひとつの職能の与件になっていくわけで、これもまさに建築情報学マターです。[石澤]まさにその通り。戦略的に得をするように(短期的あるいは長期的に)選ぶという視点。[角田]つねに共通の視点を持っておくことは重要。ただ、それだけでは不足する場合も多々あって、それをつくることのコストは下がってきている。そういう意味で、伝達するための図面らしきものはどんどん多様化していくのだろう。

Q4.4 BIMにおけるクオリティとはなんだと思いますか。


石澤──いわゆるQA/QC的なことから考えるとクオリティにはいろんな定義があって、「LoD(Level of Detail)」や「LoA(Level of Accuracy)」という言葉を聞いたことがある方もいると思いますが、基本的にモデルのディテールをどのくらいに入れるか、どのくらいの正確さを求めるかという物差しのことです。クオリティは上を見ればきりがないので、LoDやLoAは主に契約のために使いますが、これだけで解決しないことも多いです。また、マネージメントできなければデータではない、軽くてサクサク動くモデルこそ正義だという考え方もあります。

提坂──Arupでは、「BIM成熟度評価(BIM Maturity Measure)」というツールを使っていました。この評価の指標は、ジオメトリの正確さやモデルに付加された情報量ではなく、モデルを「コラボレーションに使用したかどうか」です。誰かひとりがつくり込んだ正確無比なモデルよりも、簡易で多少情報が欠けていたとしても、異なる専門分野の設計者同士が意思疎通に使ったり、施主の合意を取るために打ち合わせで使ったモデルの評価が高くなります。人の目に触れたか、ほかの人が使えたかを評価する指標も大切です。そうでないと、担当者がひとり寂しく終わりなきモデルをつくり続けることになります☆46

☆46──[堀川]BIM以外にも使えそうな指標だと思った。GithubのFork数やPull Request数に似ているかもしれない。[木内]先に、コミュニケーションとしてのBIMという概念をどう教育のなかで定着させていくか、というトピックがあった。なんらか定量的な成績をつけることが求められる教育現場でも、コラボレーションのひとつの目標として、こうした視点からの評価点数を高めるというゲーム性を導入するのも面白いかもしれない。

石澤──シンガポールのプロジェクトで使ってみたことがありますが、達成率68%でした。どのくらいが良い評価なのかがわかりませんでしたが(笑)。あれは結構使われるものなのですか。

提坂──達成率68%は高いですね。40〜50で十分高得点です。80%以上も稀にありますが。Arupでは特定の規模以上のプロジェクトを担当するマネージャーには、半年ごとに「成熟度評価提出リマインダー」が送られてきます。提出しない限りリマインダーは止まりませんし、しつこく電話もかかってきますので、対応せざるをえないようになっていました。

Q4.5 共通プラットフォームとしての、IFC(Industry Foundation Classes)の実効性は現状どのような感じでしょうか。BIM以外のソフトウェアはIFCに対応するようになっていくのでしょうか。IFCの今後の展望について教えてください。


石澤──IFCというのは、さまざまなソフトウェアであってもファイルを互換的に読めるようにした共通プラットフォームです。IFCがあることの意義や功績はすごく大きいと思います。特に環境シミュレーションなどのシミュレーション系のソフトウェアでは、IFCがなければモデルを読むことは絶望的です。

ただ、あるソフトウェアではすごく便利に使える機能がIFCに書き出すとなくなってしまうとか、どのモデリングソフトにも形の扱いに得意不得意、癖があって、例えば鉄骨を扱うTeklaからIFCに書き出すと非常に重くなってしまったりします。もちろん回避する方法もありますが、なんでもIFCにしておけば良いということでもありません。また、IFCの改良と各ソフトの実装にタイムラグがあるので、理想は見えているのにあるソフトウェアではまだ使えないような機能があったりします。今後の改善に期待できると思います。

提坂──現状ではIFCを介さず、あるソフトから別のソフトにコンバートする専用のプラグインを使用したほうが、ソフトウェア双方の強みや弱みが分かっているのでやりやすいです☆47。どんな3Dソフトウェアでも使える汎用的な情報に落とし込むとどうしても欠落する情報があり、結局不自由な思いをすることが多いという印象です☆48

☆47──[堀川]そうしたプラグインは、その用途のニッチさからアップデートもなかなかされない割には高価にならざるを得ず、結果、インフラ整備の足かせになっているのだろう。

☆48──[角田]IFCが、建築エレメント的に決まってきているのか、ソフトウェア的視点から決まってきているのかに興味を持っている。どちらをベースにしているかによって、定義の仕方が微妙に異なり、現状はどちらかと言えば前者をベースにしているのではないかと考える。自動車メーカーなどが使っている3Dのモデルも、ソフトによってジオメトリの定義の仕方が異なるため、実際には人が介在してデータを直したり、そのためのコンバーターをつくっていると聞く。コンバーターも個別ではなく、それぞれのデータを分析し、共通の辞書のようなものをつくることで、補完を容易にしているようだ。[石澤]IFCはソフトウェアからは中立な立場で検討されており、実際その通り。IFCはほぼ毎年仕様が更新されているが、ソフトウェアへの実装はその後追いになって遅れていて、IFCの目指す機能全体が利用可能にはなっていないという問題がある。

Q4.6 効率が上がる、データが取れるなどの利便性ばかりが強調されているような気がしますが、BIMを扱う楽しみや創造性、自由がなくなってきているような気がします。このまま割り切って使うことで良いのでしょうか。


石澤──私は現在は、組織のなかでプロジェクトの担当者ではなく、BIMやコンピュテーショナルデザインに特化した役割を担っていますが、最近楽しいかどうか、色々な人によく聞かれます。断言できるのは、「あなたにも分けてあげたいくらい楽しいよ」ということです。苦労もありますが、それはほとんど人間関係や組織関係のことです。HoloLensを使って何ができるのかや、建築現場でロボットが本当に使えるのか、それらの建築への実装にはデータがなければ始まりません。そのデータをつくっているのがBIMで、BIMを知っているのは私であるという感覚はすごく楽しいものです。

提坂──新しいソフトウェア同士をつなぐことや、新しい情報のやりとりの仕組みのなかで慣れたソフトウェアを使ってみることなど、今まで通りではなく、少し未知の世界に出てみることが楽しいです。例えば、Arupで、データベースを経由して設計者と情報をやり取りする試みは、初めてでしたしとても楽しかったです。ルーティン作業に退屈する前に新しい方法を模索して道筋をつけ、ルーティン化できるぐらいまでに単純化してから、後輩に「どうぞ」と渡してしまうのが楽しいところです☆49

☆49──[角田]新しい技術などにフットワーク軽く触れていくためには、少し未知でこれまでと異なる状況を楽しめるかというのもまた重要。[堀川]非常に共感するところ。そのルーティンを案外自分で簡単に組むことができるということも広く共有していきたいところ。[豊田]設計という漠然とした領域に、色々な楽しみや貢献の選択肢が増えるのはポジティブなこと、というのがすごく良い。向いている人もそうでない人もいる前提で、これが「向いている人」の新しい活躍の場になればいい。

[2018年5月24日、NSRIホールにて]


提坂(平島)ゆきえ(さげさか・ひらしま・ゆきえ)
1983年生まれ。Autodesk BIMコンサルタント。南カリフォルニア建築大学 (SCI-Arc) 卒業。2008年よりBuro Happold ロサンゼルス事務所でBIMコーディネーションに携わる。2014年よりアラップ東京事務所でBIMコーディネーターを務めた。設計プロセスを円滑にするワークフローの提案、コンピュテーショナルデザインを担う人材の育成、BIMを推進するプロジェクトリーダーへの技術サポートを行なう。

石澤宰(いしざわ・つかさ)
1981年生まれ。竹中工務店設計本部アドバンストデザイン部 課長。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科卒業。2006年竹中工務店入社。《松坂屋パークプレイス24》などの設計担当を経て、2012年よりシンガポール駐在。《CapitaGreen》プロジェクトおよび《チャンギ国際空港第4ターミナル》新築工事でBIMマネージャーを勤める。2017年には日本建築センターと協業し4号建築以外では日本初となるBIM確認申請・省エネ適合性判定を実施した。


201807

連載 建築情報学会準備会議

第6回:建築情報学の教科書をつくろう第5回:エンジニアド・デザイン
──一点突破から考える工学的プローチ
第4回:コンピュテーショナルデザインの現在地第3回:感性の計算──世界を計算的に眺める眼差し第2回:BIM1000本ノック──BIMに対する解像度を上げるために第1回:建築のジオメトリを拡張する
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