第2回:マテリアリティとは何か?

加藤耕一(西洋建築史、東京大学大学院教授)

おかしな三段論法

ところで建築家に与えられた課題とは、言ってみれば暖かな、居心地よい空間をつくり出すことである。そうだとして、この暖かく居心地よいものとなると、絨毯である。だから建築家は絨毯を床に敷き、また四枚の絨毯を四周に吊す。そしてこれが四周の壁となるわけである。しかしながら絨毯だけでは、とても一軒の家をつくることは出来ない。床に敷く絨毯にしても壁に掛ける絨毯にしても、そうした目的のためには構造的骨組みが必要となる。だからそうした骨組みを工夫するということは、建築家に与えられた第二の課題となる。
──アドルフ・ロース「被覆の原則について」(1898)★1

19世紀末に執筆されたエッセイ「被覆の原則について」のなかで、アドルフ・ロース[fig.1]は、暖かく居心地のよいものといえは絨毯だ、と断言した。この、モノやマテリアルの持つ素材感について考えることが、本稿の目的である。

fig.1──アドルフ・ロース《ミュラー邸》外観(撮影=大室佑介)

素材感の問題を、とくに被覆という側面から論じることは、20世紀を通じて、建築の世界ではなかなか難しいことだった。その背景を考えると、そこには以下の2つの建築命題があったように思われる。

命題1:装飾とは付加的で補足的なものである(レオン・バティスタ・アルベルティ)
命題2:装飾は悪である(アドルフ・ロース)

1485年に発表されたアルベルティの理論と、1908年に発表されたロースの理論をかけ合わせ、20世紀の建築理論は、付加的で補助的なもの──構造体に後から貼り付けるもの──は悪である、とぼんやりと考えてきた。ここで「ぼんやりと」と書いたのは、むろん少し考えれば、この結論は2つの命題から論理的に導かれたものではないことが、すぐにわかるからである★2。この三段論法を導くためには、「命題1」の逆をとって「なにか付加的で補足的なものは装飾である」が真となければならないが、もちろん「逆は必ずしも真ならず」である。

だが建築の世界では、「被覆もテクスチャーも構造体に貼りつけるものはみな装飾である」というように、連想ゲーム的に概念を連鎖させ、拡張させる議論が散見される。こうした手法は、さまざまな概念をきらびやかに議論のなかに取り込み、発展させるうえでは有効かもしれないが、「マテリアリティとは何か?」という問いを考えるうえでは、かえって議論を混乱させてしまうことになるだろう。

20世紀の建築界を概観すると、構造体になにかを貼り付ける行為は漠然と「悪」と捉えられ、忌避されることが多かった。装飾も被覆も一緒くたにされ、モラルに反する行為と考えられてきた。「倫理」は「論理」を超越し、被覆の質感の問題を理論的観点から論じる試みは、20世紀のあいだにはほとんど現れてこなかったのである。

たとえば「10+1 website」の運営母体であるLIXILのホームページを見てみよう。そこには美しい壁面のタイルや床材が並んでいる。おそらくこれらのタイルや床材も、特に近年の製品は、色味や風合い、肌触りなど、素材感にまでこだわり抜いて開発されたマテリアルであろう。だがそれらの製品のキャプションに並ぶのは、機能性に関する説明が中心である。モラルに反する被覆という行為も、そこに機能的な有用性があれば許容される。ここにもまた、20世紀的な価値観を見て取ることができるだろう。機能性が優先される価値観は、20世紀を通じて建築家ばかりでなく、メーカーにも消費者にも、深く浸透してきたわけである。

構造と装飾のヒエラルキー

1991年、ベルナール・チュミは「6つのコンセプト」という講演論文のなかで、構造と装飾のあいだに横たわるヒエラルキーに対する挑戦を、高らかに宣言した。彼は次のように語り起こしていく。

ルネサンス以来、建築理論は常に構造と装飾とを区別して、それらの間にヒエラルキーを明確に設定してきた。レオン・バティスタ・アルベルティを引用すれば「装飾はなにか付加されたもの、あるいは補足的なものという性格を有している」ということになろう。装飾は補足的でなければならず、構造に挑んだり構造を弱めたりしてはならないのだ。
──ベルナール・チュミ「6つのコンセプト」(1991)★3

ちなみにチュミは、構造が上位に、装飾が下位に置かれるというヒエラルキーに対する挑戦を「De-structuring(脱構造)」と命名した。コロンビア大学で行なわれたこの講演の3年前、ニューヨークのMoMAでは、あの「De-constructivist Architecture(脱構築主義者の建築)展」が開催されており、フランク・O・ゲーリー、ダニエル・リベスキンド、レム・コールハース、ピーター・アイゼンマン、ザハ・ハディド、コープ・ヒンメルブラウ、そしてチュミが取り上げられた。チュミは、展覧会の3年後のこの講演のなかで、「脱構築(De-construction)」理論の根幹にあるものとして、「脱構造(De-sturcturing)」というコンセプトを提示したのである。

それは「構造と装飾のあいだのヒエラルキー」に対する挑戦であった。それは「機能vs.形態、あるいは抽象vs.装飾といった二項対立」に対する挑戦であり、その背後に隠された暗黙のヒエラルキー、すなわち「形態は機能に従う」とか「装飾は構造の従属物である」という考え方に対する闘いだったわけである★4

「Form Follows Function」(ルイス・サリヴァン)とは、「はじめに機能ありき、形態は後から続く」というモダニズムのコンセプトである。それは「はじめに構造ありき、装飾は後から付加される」という構図と、たしかに同じヒエラルキーを有しているといえよう。チュミによれば、脱構築主義の建築家たちは、当時すでにこの挑戦をはじめていたということになるのだが、このモダニズム的ヒエラルキーへの違和感を表明し、それに対する挑戦を明確に論じたチュミの慧眼は、流石というしかない★5

だがここで、冒頭のアドルフ・ロースの「被覆の原則について」に立ち戻ってみよう。ロースがここで言っていることは、「はじめに絨毯ありき、構造は後から組み立てられる」ということである。ロースのなかで、構造と被覆のヒエラルキーは逆転している。絨毯の質感(マテリアリティ)によって構成される「居心地の良い空間」をつくることが建築家の第一の課題であり、そのための構造的骨組みを工夫することは第二の課題となるのだ。ロースにとって絨毯は、構造の付加物でも補足物でもない。ロースはチュミより100年も前に、アルベルティ以来のヒエラルキーを超越していたのだろうか。それとも被覆のマテリアルは、本質的に装飾とは別物ということなのか。

いったいマテリアリティとはなんなのだろうか?

素材感を定義する

マテリアリティの訳語は、字義通りには「物質性」ということになるだろうが、本連載では第1回以来、ひとまず「素材感」や「質感」などの日本語を当てている。建築のことを論じるうえでは、これらの言葉が一番しっくりくるように思えるからだ。だが素材感というのはきわめて感覚的なものである。素材感、あるいはマテリアリティを客観的に定義し、建築理論として論じることは可能なのだろうか。「良いマテリアリティ」や「悪いマテリアリティ」というものは、はたして存在するのだろうか。

しかし、よく考えてみれば、空間も形態も感覚的な指標でしか評価できないものである。われわれはしばしば「この空間はいいね」とか「あれはプロポーション(形態)が良くない」などと口にする。だが建築的に「良い空間」や「良い形態」を定義することは、もちろん不可能である。同様に「良いマテリアリティ」を定義することも、おそらく難しいだろう。

たとえば19世紀の歴史主義の時代には、歴史的な建築様式の特徴的な形態を正確に再現することが、「良い形態」の条件であると言いえたかもしれない。しかし、19世紀の後半になって、ドイツの観念的な建築理論のなかで「空間」という新たな重要概念が浮上してくると、これを評価するための新たな理論が創出される。ロベルト・フィッシャーによる1873年の造語 "Einführung" がそれで、日本語では「感情移入論」として知られるものである。フィッシャーは、人間の感覚や知覚の問題にアプローチする当時勃興しつつあった心理学や生理学の方法を、芸術体験に応用したのだった★6。少し遅れて1886年には、ハインリヒ・ヴェルフリンが学位論文「建築心理学序説」を著わすことになる。19世紀後半におけるドイツの観念的建築論は、感覚的にしか評価することのできない「空間」や「形態」の問題を、心理学や生理学の理論を借用して論じ、それが20世紀のモダニズム建築理論の基礎を築いてきたわけである。

さて、そのように考えてみると、私たちは今日どのようにマテリアリティを論じることができるだろうか。19世紀の建築理論が当時の心理学の助けを借りたように、現代的な潮流に目を向けてみよう。するとじつは、建築以外の領域でも「モノ理論(Things Theory)」や「物質文化研究(Material Culture Studies)」が、近年の大きな流れになっていることに気づかされる。建築史や美術史における「スポリア研究」の隆盛★7も、そうした流れのひとつといえるだろう。

ジョルダン・サンド「唯物史観からモノ理論まで」★8は、この分野に関する研究史を手際よくまとめてくれている。なかでも、現代の物質文化研究が着目するマテリアリティ(物質性)とは何か、ということに言及した以下のくだりは、本稿の主題を理解するうえで、大きな助けとなるだろう。

従来の物質文化研究は「モノ」を言語のように、人間が意味(象徴性、機能性など)を託した媒体と見なして、記号システムとして解析しようとした("Things Theory")。しかしながら、言語と違って、モノは重量、容積や抵抗力を持ち、人間が託そうとする意味と無関係に存在する次元も併せ持つ。この次元こそ物質性であるはずだ★9

エレメントやマテリアルに還元するまでもなく、建物そのものもまた「モノ」のひとつである。ポストモダニズムの時代には、建築論は「モノ」としての建物が発する「意味」に着目することが多かった。とくに、建物の(部分や全体の)フォルムは意味を読み取りやすく、記号論あるいは意味論的な形態論が盛んに議論された★10。たとえマテリアルに着目する場合にも、「地域性」などの意味を発するものとして、その素材を論じることが多かったように思われる。

建築家が託そうとした「意味」を剥ぎ取ったうえでなお、建物に残るマテリアリティとは何なのだろう。それを論じることは可能なのだろうか?




★1──アドルフ・ロース『装飾と犯罪──建築・文化論集』(伊藤哲夫訳、中央公論美術出版、2011)32頁
★2──ロースの「装飾と犯罪」を「装飾は悪である」と言い換えることも、むろん論理的にはまったく正しくないのだが、これについても20世紀建築は、装飾は悪であると「ぼんやりと」理解してきたように思われる。
★3──ベルナール・チュミ『建築と断絶』(山形浩生訳、鹿島出版会、1996)所収。原文にもとづき、訳文を少々修正した。
★4──チュミ、前掲書、243頁
★5──チュミのこの講演論文の重要性を筆者に気づかせてくれたのは、建築家の小川晋一氏である。
★6──H・F・マルグレイヴ『近代建築理論全史 1673-1968』(拙監訳、丸善出版、2016)443-444頁
★7──拙著『時がつくる建築──リノベーションの西洋建築史』(東京大学出版会、2017)
★8──美術フォーラム21刊行会編『美術フォーラム21 特集=物質性/マテリアリティの可能性』vol.20(2009)、所収
★9──ジョルダン・サンド「唯物史観からモノ理論まで」(★8、45頁)
★10──多木浩二『「もの」の詩学──家具、建築、都市のレトリック』(岩波現代文庫、2006)(本書の元になったのは『「もの」の詩学──ルイ十四世からヒトラーまで』[岩波書店、1984])は、モノ理論における初期の最重要著作である。それはまさに、記号論的な観点からモノに迫った論考であった。


201805

連載 アーキテクトニックな建築論を目指して

第3回:建築史学の現代性第2回:マテリアリティとは何か?第1回:素材と構築が紡ぐ建築史
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