アーカイブを憎むな、アーカイブになれ

佐藤知久(京都市立芸術大学准教授)

コミュニティ・アーカイブとは

コミュニティ・アーカイブとは、市民自らが、自分の暮らす地域や、関係するコミュニティにおいて生じた出来事を記録し、それをアーカイブとして継承しようとする活動のことである。
これは必ずしも新しい現象ではない。江戸時代、場所によっては村の共有文書を保管する「帳蔵」というものがあったし、全国各地に存在する小さな史料館も、コミュニティ・アーカイブの一種だと言える★1
かつては〈特定の地域に暮らすローカルな人びと〉による、地域コミュニティの歴史についてのアーカイブが主だったが、近年は別のタイプのコミュニティ・アーカイブも数多く存在する。職業、エスニシティ、セクシュアリティ、障害、共有する関心など、さまざまな〈アイデンティティ/主題/関心(そしてそれらの組み合わせ)などを共有とする人びと〉によるアーカイブである。
例えば、イギリスのコミュニティ・アーカイブ支援団体Community Archives and Heritage Groupは、同国内のおよそ600におよぶコミュニティ・アーカイブを紹介している。その検索方法は、大きく「場所」と「主題」とに分かれ、後者には「商業・産業」「民族的マイノリティ」「歴史的建造物」など、多様な主題が含まれる。LGBTのコミュニティ・アーカイブや、戦争に関するコミュニティ・アーカイブなどがリスト化されており、多くの関心コミュニティがアーカイブをつくっていることがわかる。

コミュニティ・アーカイブの特徴

コミュニティ・アーカイブはこのように多様である。だがそこには、次のような共通性を指摘することが可能だ★2

1──コミュニティが参加し、コミュニティによって所有されているアーカイブ
2──主流となる制度からの(ある程度の)自律性
3──主流となる歴史的な物語に対する挑戦

そもそも、文書資料を保管する文書館としてのアーカイブが成立するずっと以前から、人類は口承/民話/歌などを通じて記憶を継承してきた。身体的で草の根的な記憶の継承こそ(アナール学派の言う)長期持続であり、(人類学的に言えば)普遍的である。
近代以後のアーカイブは、公的な行政記録を重視し、社会的・文化的少数者の記憶や、パーソナル/プライベートな記憶については、保管し伝承することをどちらかといえば怠っている。現代的なコミュニティ・アーカイブは、こうした状況に対する批判的意味をもつ。それは、草の根的につくられ維持される、人びとの・人びとによる・人びとのための記憶装置なのだ。

震災の記録:3がつ11にちをわすれないためにセンター

日本でも近年、震災を契機として、コミュニティ・アーカイブへの関心が高まっている。
1995年の阪神・淡路大震災では、ボランティア活動の記録を「まち」ごとに分散させて継承しようとする「震災・まちのアーカイブ」が立ち上がった。2011年の東日本大震災では、広く個々人に普及したスマートフォンやデジタルカメラを使った記録を集積する活動が本格化し、数多くのデジタル・アーカイブがつくられた。2017年に設立されたデジタルアーカイブ学会は、4つある部会のひとつとして「コミュニティアーカイブ部会」を置いている。
本年1月には、筆者も執筆者のひとりに加わった書籍『コミュニティ・アーカイブをつくろう!』(晶文社、2018)が刊行された。これは、せんだいメディアテークが2011年5月に開設した「3がつ11にちをわすれないためにセンター(わすれン!)」についての記録である。
わすれン!は、被災した当事者を含む個々人が、震災と復興の経験を記録し伝承するという視点を明確に打ち出したアーカイブ活動を展開し、多くのアーティストを含む約200名の人びとが記録者として参加した。
わすれン!ではさまざまな活動が行なわれた。語ることすら苦しい被災の経験を、それを経験していない人間がそもそも理解し、聞きとることなどできるのか。映像や写真などの記録メディアは、語りを聞くことや、記憶を継承するうえで、どのような可能性を持つのか。記録の方法、記録から読み取りうる意味、記録が想起させる新たな記憶、複数の記録を並列することの可能性などをめぐるさまざまな実践が、わすれン!では現在も続いている。わすれン!では、記録を囲んで話す場をつくるなど、アーカイブの利活用にも力を入れている。記録と記憶の継承をめぐる実践の成果を、わすれン!は公開しているのだ。

人類学/芸術との接点

こうした活動は、記録と表現をめぐるほかの領域の実践と、鋭く交錯する。例えば、記録の方法や記録メディアの問題は、人類学的なフィールドワークについての議論──なかでも、映像/音声/触覚などの感覚的メディアを使ってエスノグラフィーを創造しようとする、感覚民族誌──と多くの点でオーバーラップする。
それは今日のアートにも接近する。具体的な地域や社会に関するリサーチにもとづいて作品をつくるアーティストの活動はもちろん、「図像的なイメージでは表すことができず、ただ記録されることだけが可能であるような」アート・ドキュメンテーションとも関連性は深い★3
どのようにすれば、現場で起きていることをより忠実に記録に定着できるのか。あるいはより正確に言うなら、映像や音声などのメディアのなかに記録/アーカイブされたものが、どのようにしてそれを見る者/聴く者に、何かリアルなものを触発するのか。コミュニティ・アーカイブ活動の参加者たち、人類学者やアーティストは、それぞれに異なる経路をたどって、共通する問いにたどりつく。その意味でコミュニティ・アーカイブは、人類学者やアーティストを含む市民と市民が出会い、互いに触発しあう場=培地なのだとも言えるだろう。

記憶の民主化

諸外国でコミュニティ・アーカイブへの注目が高まる(そして実際に増えた)のは、1990年以後だと言われている。それはデジタル・ネットワーク技術が急速に進展していった時期だ。デジタル通信技術は、同じ関心を持つ人が同じ地域に住まなくても、活動の時間がかみ合わなくても、体験や感情を共有することをこの時期可能にした。それは、移民やグローバル化によって社会が多元化し、〈ナショナルなもの〉(国家、マスメディア、社会保障など)が個々人の意識や感情を包摂しきれなくなっていく時代でもある。
そうした時代を背景に普及したのがSNSである。分断され切り離された社会体の隙間を埋めるように、SNSは私たちの生に浸潤している。だがFacebookやTwitterは、結局のところ巨大な民間企業にすぎない。確かに人びとのあいだに、共通なもの、共有しうるものを創造している。しかしそれらは、感情や感覚を共有しようとする人びとの行為を、認知資本主義的な「第二の石油」として商業化し、そこから利潤を生み出す企業の営利活動でもあるのだ。
ここで思い出してほしいのが、コミュニティ・アーカイブは、そのコミュニティ自身によって所有されるという、コミュニティ・アーカイブの特徴である。
コミュニティ・アーカイブが、コンテンツの管理をSNSや国家アーカイブなどの大きな容れ物に託そうとはしないのは、「自分たち」(その範囲がつねに問題になるとしても)の経験と記憶こそが、現代における民主的なプロジェクトの柱であることを自覚しているからではないだろうか。

「メディアを憎むな、メディアになれ」というインディメディアのスローガンは、企業メディアによる情報の独占を打ち崩すだけでなく、情報の生産と配給に積極的に関わることを呼びかけている。実際、インディメディアのウェブサイトには誰でも記事を載せることができる。平等なアクセスと積極的表現というこの二つの要素はともに、あらゆるコミュニケーションと情報の民主化プロジェクトの柱となるものだ★4

現代のデジタル・ネットワークは、情報を発信するだけではなく、人びとの記憶を吸い上げ、再編成し、独占しようとしている。だからわたしたちが、それぞれに特異なものとして持つ記憶を民主的なかたちで維持していくためには、情報の生産と配給だけでなく、記憶の独占に抗するための活動が求められる。それぞれの特異性を保ったまま、記憶が伝承される回路をつくりだすことが必要なのだ。コミュニティ・アーカイブは、記憶が何者かによって書き換えられ、大きな物語のなかに回収されることに抵抗するための道具なのである。


★1──安藤正人『草の根文書館の思想』(岩田書院、1998)
★2──Andrew Flinn "Community Archives." In Durani and Franks (Eds.), Encyclopedia of Archival Science. Rowman & Littlefield, 2015, p.146
★3──ボリス・グロイス『アート・パワー』(石田圭子ほか訳、現代企画室、2017)102頁
★4──アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『マルチチュード(下)─〈帝国〉時代の戦争と民主主義』(幾島幸子訳、NHK出版、2005)188頁


佐藤知久(さとう・ともひさ)
1967年生まれ。京都市立芸術大学芸術資源研究センター専任研究員/准教授。京都大学文学部哲学科卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。京都文教大学人間学部文化人類学科専任講師、同総合社会学部総合社会学科准教授等を経て、2017年度より現職。著書=『フィールドワーク2.0』(風響社、2013)。共著=『コミュニティ・アーカイブをつくろう! せんだいメディアテーク「3がつ11にちをわすれないためにセンター」奮闘記』(晶文社、2018)ほか。

ヘッダー画像提供=3.11オモイデアーカイブ、3がつ11にちをわすれないためにセンター(せんだいメディアテーク)


201805

特集 コミュニティ・アーカイブ──草の根の記憶装置


アーカイブを憎むな、アーカイブになれ
移動する記録と記憶──デザイン/アーカイブ/エスノグラフィー
このエントリーをはてなブックマークに追加
INDEX|総目次 NAME INDEX|人物索引

PROJECT

  • パブリック・トイレのゆくえ
  • TOKYOインテリアツアー
  • 建築系ラジオ r4
  • Shelter Studies
  • 再訪『日本の民家』 瀝青会
  • TRAVEL-BOOK: GREECE
  • 4 DUTCH CITIES
  • [pics]──語りかける素材
  • 東京グラウンド
  • 地下設計製図資料集成
  • リノベーションフォーラム
『10+1』DATABASE

INFORMATIONRSS

刊行記念イベント「建築のそれからにまつわるArchitects」乾久美子×中山英之(渋谷区・6/3)

乾久美子さん、中山英之さんの建築作品集が、それぞれLIXIL出版とTOTO出版から刊行されます。同じ...

「新しい時代のはじまり」展(神奈川県・4/20-5/6)

「旧神奈川県立近代美術館 鎌倉」が「鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム」として生まれ変わります。 鶴岡八...

「ある編集者のユートピア──小野二郎:ウィリアム・モリス、晶文社、高山建築学校」(世田谷区・4/27-6/23)

編集者にしてウィリアム・モリス研究家の小野二郎(1929-1982)が生涯を通して追い求めたテーマ...

連続講義「建築とアーカイブズを巡る論点」(武蔵野市・5/11-)

近年、開催される大規模な建築展も多く、建築や建築に関する資料への関心が高まっているように感じられま...

シンポジウム「日本の近代建築を支えた構造家たち」(新宿区・5/18)

我が国の近現代建築の発展を技術的側面から支えた構造設計手法や施工法などに関する構造資料は、これまで...

「ル・コルビュジエ 絵と家具と」(渋谷区・3/29-5/18)

20世紀に最も影響を与えた建築家、ル・コルビュジエ。建築と都市計画においてのパイオニアであり紛れな...

「わたしはどこにいる? 道標(サイン)をめぐるアートとデザイン」(富山県・3/9-5/19)

「サイン」とは、人を目的地に導く目印のこと。普段意識することは少なくても、駅や空港、商業施設、美術...

「宮本隆司 いまだ見えざるところ」(目黒区・5/14-7/15)

東京都写真美術館では、現在も国内外の美術展などで発表を続ける宮本隆司の個展を開催します。宮本隆司は...

豊田市美術館リニューアル記念イベント「谷口吉生──美術館を語る」(6/15・愛知県)

豊田市美術館のリニューアルを記念して、同美術館を設計した谷口吉生のトークイベントが開催されます。 ...

日本橋高島屋と村野藤吾(中央区・3/5-5/26)

高島屋史料館TOKYOは、1970年に創設した高島屋史料館(大阪)の分館として、重要文化財である日...

NPO建築とアートの道場 2019春レクチャーシリーズ「これからの建築を考える──表現者と建築家による対話実験」(文京区・4/27-)

これからの建築を考えてみたいと思います 確固たるビジョンがあるわけではありません ただ葛藤や矛盾は...

シンポジウム「感性×知性=建築の新たなる可能性を求めて」 (港区・5/7)

21世紀も2020年代が近づき、AI、生命科学、宇宙といった新たなイノベーションが進行し人類のサス...

建築学生ワークショップ出雲2019開催説明会、講演会(東京・5/9、京都・5/16)

2019年夏、古代より現代に受け継がれてきた、わが国を代表する神聖な場所、出雲大社周辺区域にて、小...

杉戸洋「cut and restrain」(港区・3/16-4/13)

杉戸洋による展覧会が「cut and restrain」4月16日まで小山登美夫ギャラリーで開催し...

鏡と天秤─ミクスト・マテリアル・インスタレーション─(中央区・3/12-5/11)

私たちは非日常(ハレ)と日常(ケ)の境界が曖昧な社会におり、個々が非日常(ハレ)と日常(ケ)のバラ...

- Green, Green and Tropical - 木質時代の東南アジア建築展(品川区・2/6-5/6)

建築倉庫ミュージアムでは、2月6日より「- Green, Green and Tropical -...
建築インフォメーション
Twitter Feed
ページTOPヘ戻る