第1回:建築のジオメトリを拡張する

モデレータ:堀川淳一郎(Orange Jellies)
三宅陽一郎(日本デジタルゲーム学会理事)+菊池司(東京工科大学メディア学部教授)

3. 業界で進んでいないこと、面白いこと

堀川──3つめの質問です。ジオメトリに関して、それぞれの業界の制限や常識に阻まれて進んでいないことはなんでしょうか。また、ご自身がいま面白いと思われていること、今後やってみたいことをぜひ教えてください。

AI+プロシージャル


菊池──僕がいま面白いと思っているのは、やはりAIです。シミュレーションにおけるパラメータの調整はトライアンドエラーの繰り返しで、ものすごく大変です。計算時間もかかります。積乱雲のシミュレーションの場合、人が「リアルだ」と感じるパラメータをAIが自動調整したり、あるいは運動自体はリアルだけど、最終的な形に違和感を感じる状況に対して、AIを使えないかと思っています。もうひとつは、地形データを読み込んで、その地形に対して最適な城のモデルを自動生成することをやりたいと思っています。日本の城にはパターンがありそうなので、これはプロシージャルでつくれるのではないかと。

2017年のCEDEC(ゲーム開発者向けのカンファレンス)のHoudiniのセッションで、ポリフォニー・デジタルの方が、「グランツーリスモ」の背景のビルなどをプロシージャルでつくる技術を発表されていました。同じように、AIが地形に応じて外敵から守りやすい城壁や天守閣の形を判断し、自動で配置するようなシステムをつくりたいと思っています[fig.3.1]。その意味で、三宅さんのインフルエンスマップのお話はとても興味深く感じました☆33

☆33──[石澤]個人的には建築分野でのAIへの期待と実務適用のギャップがきわめて大きいと感じる。その原因の多くは「建築の決定根拠とするAIの多くには100%の確実性が求められる」という点ではないか。主流になりつつあるAIは統計・確率的判断にもとづく強化学習で成果を挙げているが、原理的にエラーが避けられない。その部分を人が補うなり、エラーを排除する補助システムを構築するなり、方法を考えないと議論が深まっていかない。[豊田]いや、ディープラーニングやコネクショニズムのアプローチでは、統計・確率では導き出せない間柄に(直感的に)因果の結びつきを行なえてしまうのだから、むしろそのあいだのグラデーションのなかで、問題と解答を扱うということではないか。

fig.3.1──築城のシミュレーション

リアルタイムとノンリアルタイム境目がなくなる


三宅──ジオメトリの活用を展開していくうえで、現在のゲーム業界は分岐点にあると言えます。リアルタイムとノンリアルタイムの境目が壊れつつあるからです。通常、ゲームの開発中にマップを構築して、そのデータをディスクに持たせるわけですが、「Horizon Zero Dawn」(Guerrilla Games、2017)では、マップのデータを持たずプレイヤーがゲームを起動するときにマップを生成しています。とはいえ、こうした動きは歴史的に繰り返されてきました。1980年代前半はメモリより計算パワーのほうが大きかったので、データを持たず乱数を使ってその場でマップをつくることが流行りました。その後に、メモリが増大して大きなデータを保持するようになったのです。こうした経緯はすでに3転くらいしているんですね☆34

☆34──[角田]ゲームにおけるデータの処理の仕方は、つねに時代の先端にあり参考になる。必要最小限のデータで、なるべく多くの情報を表現するための技術をつねに探求しており、ゲームの仕組みを詰めて理解していくことで、定義の仕方など学ぶべき点が多くある。

「EVE ONLINE」(CCP Games、2003-)は拡散凝縮シミュレーションから星系をつくったりしています。最近では、密度マップを加算していくことで、プレイヤーの周りにオブジェクトをリアルタイムに置いていくことができます。道のレイヤー、芝生のレイヤー、樹木のレイヤーなど、それぞれまったく同じものをその場で生成するのが、新しいやり方ですね。

このように、マップもナビゲーションメッシュもリアルタイムに生成して、極力データを持たないゲームは拡張性が高く柔らかいシステムだと言えます[fig.3.2]。具現化しているゲームは「Horizon Zero Dawn」だけですが、これからのゲーム内のジオメトリ解析は、リアルタイムのシステムブラッシュアップによって、インテリジェンスを獲得する。そんな方向に進んでいくのではないかと思います☆35

☆35──[池田]「神の視点」的にすべてを包含する絶対的な環境データ構築が放棄され、すべてが主体的かつ局所的データとして展開されても、より広い範囲の構造と矛盾を起こさなければいいという考え方は、肥大化するデータを扱いかねているBIMや現在の建築デザインにとっても興味深い。

fig.3.2──ゲーム内でリアルタイムに生成されるハイトマップ(高さマップ)
出典=Wouter Josemans, PUTTING THE AI BACK INTO AIR (Game AI North, Copenhagen 17 October 2017)

堀川──ありがとうございます。今後、現実空間をスキャンしてハイトマップ化することは可能になるのでしょうか。

三宅──そうですね。現実空間をセンシングしてジオメトリマップをつくる試みは、以前から行なわれてきたことですが、それがリアルタイム化するということです。先ほども申し上げたように、人工知能が一番苦手なのは3次元空間の認識です。しかし、その速度はどんどん上がって、いまではコンサート会場程度の大きさならなら、レーザーを使って一瞬で3次元の形状をつくることが可能です☆36。自動運転の技術では、つねにリアルタイムであることが求められます。いまは実現していませんが、いずれリアルタイム化するでしょう。そうすることによって、今度はエンターテインメントの分野でも現実空間でゲームAIを動かすことができます☆37

☆36──[豊田]Boston Dynamicsが2019年に発売するSpotMiniのデモで、ハイトマップが空間認識で使われていた。でもドアやボタンといった精度を要する認識はどうしているのだろうか。
☆37──[豊田]でも、仮に現実空間にゲームAIが実装されたとしても、基礎情報や属性データは、その都度スキャンするより、空間の側にあらかじめ組み込んでおいたほうが圧倒的に効率も精度もいい。やはり都市や建築データのデフォルトの整備が必須だろう。

堀川──そうなると建築計画や都市計画においても革命的ですね。

4. 質疑応答

会場──建築的な美しさや空間体験の良さを、AIが判断して自動生成するような可能性はあるのでしょうか。

三宅──残念ながら、いまのAIは物事を体験することができません。人工知能は物事の情報的側面を抽出しているだけなので、人間のような体験ができない☆38。身体を持っていないので、皮膚感覚やパースペクティブがありません。考えられるとしたら、人間の体験(歩行記録など)をトラッキングしたデータを集めるといった、現実空間と人工知能のあいだを人間が介するような方法でしょうか。

☆38──[豊田]人間以外のエージェントの認知方法やその環世界のあり方。そうした視点で都市や建築をデザインするトレーニングや研究があるべき。それはまさに新しい情報的な都市・建築空間のジオメトリなのだから。

会場──プレイヤーは、ゲームに慣れてくると判断基準が変わると思います。そういったことをAIはどのように把握しているのでしょうか。

三宅──ゲームにおける飽きへの対応には2つの側面があります。ひとつは、なるべく飽きを分散してゲームを多様化することです。マップやモンスターのパターンをダイナミックに変化させることが求められます。もうひとつは、プレイヤーのゲームレベルに合わせることです。かつては、ひとつのゲームは、すべてのユーザーに同じ体験を届けるものでしたが、いまは逆転していて、一人ひとり違う体験を与えるものと考えます。人工知能がプレイヤーの特性を理解し、プロシージャルをやる。すると、プレイヤーは自分だけのゲーム体験をYouTubeにアップしたくなるわけですね。それはプロモーション的にも利点があります。ゲーム側がユーザーに合わせることでゲームを多様化して、飽きをなくしています。

堀川──今回、CGシミュレーションとAIの専門家お二人に、建築の分野に身を置く立場からジオメトリに関してお話を伺いました。どちらの視点にも共通して言えるのは、もともとの目的が高度な情報技術を介した現実世界や挙動の模倣であるということです。これらの分野にとって幸運なのは、現段階でそれらの技術を必要としている映像やゲームといった業界が存在しているということです。それゆえに発展もしやすく、本来の目的を超えて逆に現実世界に影響を及ぼすことができるほどの潜在力を持っています。建築・都市もその影響を受けるひとつの対象であることは間違いありません。

[2018年3月5日、Impact HUB Tokyoにて]


堀川淳一郎(ほりかわ・じゅんいちろう)
1984年生まれ。建築系プログラマー。2008年明治大学大学院理工学部建築学修了。2009年コロンビア大学建築学部修士課程(AAD)修了。noiz architectsを経て現在フリーランス。コンピュータを利用した、デザインツールの開発、パラメトリックな家具・プロダクト・建築ファサード等を手掛ける。共著=『Parametric Design with Grasshopper』(ビー・エヌ・エヌ新社、2017)。

三宅陽一郎(みやけ・よういちろう)
1975年生まれ。ゲーム開発者。日本デジタルゲーム学会理事。大阪大学大学院物理学修士課程修了、東京大学大学院工学系研究科博士課程(単位取得満期退学)。デジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事。著書=『人工知能のための哲学塾』(ビー・エヌ・エヌ新社、2016)、『人工知能のための哲学塾──東洋哲学篇』(ビー・エヌ・エヌ新社、2018)ほか。

菊池司(きくち・つかさ)
1971年生まれ。東京工科大学メディア学部教授。専門はコンピュータグラフィックス,ビジュアルシミュレーション,コミュニケーションデザイン。岩手大学大学院工学研究科電子情報工学専攻博士後期課程修了。著書=『メディア学キーワードブック』(コロナ社、2018)、論文=「FLIPと1/fノイズによる水中砂塵のプロシージャルアニメーション」『芸術科学会論文誌』第15巻第2号(pp.55-65)、「ビジュアルコミュニケーションを活性化するためのエモーティコンのデザイン要素抽出」『芸術科学会論文誌』第16巻第4号(pp.94-101)ほか。


201805

連載 建築情報学会準備会議

第6回:建築情報学の教科書をつくろう第5回:エンジニアド・デザイン
──一点突破から考える工学的プローチ
第4回:コンピュテーショナルデザインの現在地第3回:感性の計算──世界を計算的に眺める眼差し第2回:BIM1000本ノック──BIMに対する解像度を上げるために第1回:建築のジオメトリを拡張する
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