第1回:素材と構築が紡ぐ建築史

加藤耕一(西洋建築史、東京大学大学院教授)

インテリアと素材感

インテリア論の必要性の背後にあるのは、リノベーションの興隆ばかりではない。近年の、スター建築家たちによる商業建築分野での活躍もまた、インテリア論の土壌をつくりだしている。

20世紀には、建築家はインテリアにも商業施設にも手を出すべきではないという暗黙の共通理解があったように思われる。建築家は抽象空間こそを創出すべきであり、その内部をデコレーションするなどもってのほかであった。そうした認識の背後には、モダニズムの根幹にあった装飾批判や、構造体を偽る素材を建築躯体の表面に貼りつけるべきではないという、近代の「虚偽建築論争」があったといえるだろう。

しかしながら商業空間のインテリアは、一部の例外はあるものの、たとえばラグジュアリーな空間を演出するための素材や装飾を必要とする。そのためモダニストの理念を継承した20世紀のスター建築家たちは、積極的には商業施設に手を出そうとはしてこなかった。『商店建築』と『新建築』とは、その役割を明確に分担していた。しかしながら近年、一部の建築家たちはその禁忌に手を触れることで、建築の可能性を拡げているように思われる。建築家の作品集には高級ブランドの店舗が並び、目眩く豪奢なインテリア写真が繰り広げられる。これはLouis VuittonやPradaといった、ごく一部の高級ブランド建築の場合に限って特権的に建築家に許された、例外的な建築現象なのだろうか。それともなにか、風向きが変わってきたということなのか。

だがいずれにせよ、私たちはこれらのマテリアリティに溢れる室内空間を評価する言葉を有していない。建築の世界で、真に有効なインテリア論は不在であった。南青山でヘルツォーク&ド・ムーロンが手がけた《Miu Miu Aoyama》のインテリアを訪れると、これぞH&dMの世界観か!と圧倒されつつも、それを言語化することはきわめて難しい。

光沢のある生地を背景に花柄模様が浮き上がるジャカード織りのブロケード生地(あるいはダマスク生地?)と、エンボス加工され、光沢のある金属の質感を艶めかしくアピールする銅板に覆われた室内は、まさにマテリアリティの宝庫である[fig.4]。ファッションには疎いのでよく知らないのだが、ブロケードの花柄はMiu Miuのトレードマークのひとつでもあるらしい。だが、《Miu Miu Aoyama》の内装にブロケードの花柄が使われ、《Louis Vuitton》の内装にダミエ柄が用いられるという、ブランドの看板商品からのデザインモチーフの引用を、建築の意味論のように語ってみせることができたとしても、《Miu Miu Aoyama》のインテリアの妖しい艶めかしさを真に理解するためには、その素材感と空間の関係性を考えなければならないだろう。そしてこの問題は、ベンヤミンの「19世紀の室内」論や、ロースの「被覆の原則」まで遡って考える必要があるように思うのである。

fig.4──Miu Miu Aoyamaのオープン記念冊子より(『MIU MIU AOYAMA ミュウミュウ青山のオープンによせて』2015年3月28日、東京)。
この小冊子は、あたかも銅板のエンボス加工が紙に転写されたかのごとく、小口が波形にカットされており、ページをめくるたびに、指先の感触によって冊子そのもののマテリアリティを強烈に意識させるつくりになっている。

じつは筆者は、ファッションのことにもファブリックやテキスタイルのことにも、たいして詳しくないのだが、知ったような顔をして「ジャカード織りのブロケード生地」の壁紙が使われている、などと書いてみた。本当のところ、《Miu Miu Aoyama》の壁紙がどのような製法でつくられた生地なのか、筆者はよく知らない。だがその図柄がきわめて伝統的なものであり、ブロケードとかダマスクとか呼ばれる19世紀の壁紙やテキスタイルのデザインを継承していることは確かである★7。《Miu Miu Aoyama》の建物の、マットに仕上げられたステンレスの外観や、エンボス加工された銅板の室内には、21世紀的な素材感溢れるミニマリズムが見てとれる。一方で、ジャカード織の壁紙やソファには19世紀的な世界観が混入しているわけだ。

ちなみに19世紀にこれら立体的に図柄が浮き上がるテキスタイルが流行したことの背景には、フランスでジョゼフ・マリー・ジャカールが19世紀初頭に発明した自動織機、いわゆるジャカード織機の普及があった。ジャカード織機は、厚紙に穴を開けてパターンをつくったパンチカードによって織機をコントロールし、複雑な模様を自在に織ることを可能にした驚くべき発明品であった。パンチカードで機械の動きを制御するその機構は、初期のコンピュータの原型になったともいわれる。また、それまで手仕事でしか実現できなかった複雑な織り模様が、機械の複雑な動きによってオートマティックに生み出されてくるさまは、さながら現代の3Dプリンタやレーザーカッターによって自動化された模型制作のようでもある。

21世紀のモノづくりとしての建築が、驚くべきデジタル技術によって大きく変貌しつつあるのと同じくらい大きな変化が、19世紀のモノづくりの世界を席巻していた。その変化は、なかでもインテリアの世界を強烈に揺さぶっていたのである。ウィリアム・モリスのアーツ&クラフツ運動は、言うまでもなくそうした変化に対する反動であった。モリスは、いわばデジタル派に対抗するアナログ派だったわけであり、その運動を様式的な展開のひとつと捉えてしまうことは、そこでの議論の本質を見誤ることになりかねない。

様式論を越えて

建築を歴史的に捉えようとしたとき、私たちは「様式」概念を絶対的な指標と考えがちである。しかしながら、様式概念もまた、19世紀的な概念のひとつである。過去の建築を「様式」という枠組みによって相対化してしまったことにより、19世紀の建築家たちは「われわれはどの様式で建てるべきか?」という問いに直面することになった。そのことが逆説的に、様式論をいっそう精緻化することにつながり、ありとあらゆる様式の形態言語が詳細に整理されていくことになった。様式とは、時間軸と形態軸によって歴史上の建築を整理したマトリクスである。19世紀の建築家たちは、特徴的な「形態」を使いこなすことによって、ある特定の「時代」を表現することに成功した。その結果として、さまざまな時代の特徴的な「形態」を身にまとった建築が次々に建設されたのである。それこそが19世紀の歴史主義であった。

19世紀は、鉄という新技術・新建材が登場した時代でもあった。この新しい材料を用いて、伝統的な「建築」を成立させるためにも、「様式」は有効だった。なかでも、鋳型を用いて複雑な形態を大量生産することを容易にした鋳鉄は、様式的な形態と結びつくことで成功を収めたといえよう。この真新しい建材は、古典主義的な柱頭彫刻であろうと、ゴシック的な葉飾りであろうと、いずれも等しくその形態的な特徴を的確に表現することができた。すなわち、19世紀に確立した様式概念は、フォルムの学として精緻化される一方で、マテリアルには無頓着だった。石であろうと鉄であろうと、様式の正しい形態的特徴を備えていれば、それでよかったわけである。

筆者が勤める東京大学の本郷キャンパスは、関東大震災の頃から内田祥三がデザインを進めた、いわゆる「内田ゴシック」の建物が立ち並ぶことで知られている[fig.5]。建物のエントランスやキャンパス内の主要軸線のひとつとして計画されたヴォールト通路では、ゴシック的な尖頭アーチが多用され、アーチを支える支柱の柱頭彫刻には、これまたゴシック的な葉飾りを見ることができる。筆者の専門がゴシック建築であることを知っている友人のなかには「ゴシック様式に囲まれて幸せだね」などと声をかけてくれる者もいる。そんな時、筆者は曖昧な笑みで受け流すことにしているのだが、本当は言いたい。「鉄筋コンクリートで建てられた大学の建物と、私の研究対象である中世の建物は別物なのだ」と。しかしおそらくそんなことを言っても、「ゴシック・リバイバルは偽物で、本物のゴシック様式ではないということですか?」などと見当違いな質問が返ってきそうだ。そうではない。19世紀的な意味において、様式概念が形態論を示している以上、中世のゴシックも近代のゴシック・リバイバルも、いずれも等しくゴシック様式の特徴を有しているといえる。ずれているのは筆者の研究関心の方であり、中世建築の形態(すなわちゴシック様式の特徴とされるフォルム)よりもむしろ、中世の建築で用いられた石材や構法に、私の興味が向けられているということなのだ。そうした観点からすると、中世の建築と近代のリバイバル建築を同じ範疇で語ることはできない。

fig.5──内田祥三設計、東京大学本郷キャンパスのヴォールト通路(筆者撮影)

すなわち、様式概念には限界がある。様式で考える限り、建築をフォルムで捉える見方から逃れることは難しい。その形態的特徴が、石材でつくられたものであろうと、鋳鉄でつくられたものであろうと、果てはコンクリートやプラスチックでつくられたものであろうと、様式概念は本質的にはそれを区別することができないのだ。

様式概念は20世紀を通じて拡張され、形態軸ばかりでなく時間軸の特徴が強調されるようになった。時代精神(zeitgeist)の名の下に、その様式がつくられた時代背景や社会背景の研究が進んだため、様式概念がフォルムの観点に縛られているという筆者の主張には、反論もあるかもしれない。建設技術もまた時代背景のひとつであり、様式概念には構築の側面も含まれているではないか、と主張することもできるだろう。しかし、ここで強調したいのは、それでもなお、様式概念の根幹にあるのは建築形態の問題だったということである。そしてフォルムとマテリアルというごく単純な二項対立を想定したとき、本連載の試みは、フォルムの学としての様式概念からではなく、マテリアルの側から建築を捉えなおしてみようという試みなのである。

現代建築においても、20世紀後半のポストモダニズムくらいまで、建築家たちには、「様式」を創出しているという意識があったように思われる。続くデコンストラクティヴィズムが、様式の範疇で議論可能な最終段階だったといえるかもしれない。デコンは、モダニズム時代の「様式」のひとつ、ロシア構成主義(constructivism)との形態的な類似ゆえに、フィリップ・ジョンソンやマーク・ウィグリーらによって命名された「様式名」だったからだ。その一方で、デコンはその形態の複雑さゆえに、設計の側面にも建設の側面にも新たな展開をもたらした。それは形態の問題だけに留まることができず、同時に建築の「構築」という側面を、とくにコンピュテーショナルな力によって大きく切り拓くことになったのである。




★7──ジャカード、ブロケード、ダマスクなどは、織物の種類として並列に語られることも多いようだが、定義からすればジャカードは、19世紀のジャカード織機によって模様の織りが自動化された織物全般を指すことになるだろう。それに対してブロケードやダマスクは、ビザンチン帝国時代まで遡る伝統的な織物であるらしい。ダマスクという呼び名は東方起源をよく示している。一方のブロケードはラテン語の「broccus」がその名の語源であり、英語の「boss」(浮き出させる)すなわちエンボス(emboss)状に織り模様が立体的になっているという特徴を示している。元来は織機を使って職人が手作業で模様を織り込んでいたが、19世紀になるとジャカード織機で自動化することもできるようになった。すなわち伝統的な織りのブロケードや、近代のジャカード織りのブロケードが存在するということになるだろう。


201804

連載 アーキテクトニックな建築論を目指して

第7回:仕上げのテクトニクス、表層のマテリアリティ第6回:歴史のなかで、コンクリートの尻尾を掴む第5回:21世紀のアール・デコラティフ(後編)第4回:21世紀のアール・デコラティフ(前編)第3回:建築史学の現代性第2回:マテリアリティとは何か?第1回:素材と構築が紡ぐ建築史
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