第5回:YCAMの運営に学ぶ
地域とともにつくる文化施設の未来形

伊藤隆之(YCAM R&Dディレクター)+渡邉朋也(YCAMアーキビスト)+菅沼聖(YCAMエデュケーター)+西澤徹夫(建築家、西澤徹夫建築事務所主宰)+浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ主宰)+森純平(建築家、PARADISE AIRディレクター)

《山口情報芸術センター》外観
写真提供=山口情報芸術センター[YCAM]

YCAMができるまで

浅子──YCAMは、メディア・アートに特化した建築という日本では前例のない施設ですよね。ほぼなにも見えないなかで進めていったと想像できるのですが、オープン前後での修正点や、この施設をつくるにあたって参考にした事例などがあれば教えてください。

伊藤──開館前の話は完全に伝聞となりますが、「ソフト研究会」という会が行なわれていたとのことでした。磯崎さんやダムタイプのメンバーの方たち、キヤノンアートラボに元々いて、ここのキュレーターを長く務めた阿部一直さんなどが、参加されていたそうです。たとえばスタジオAの天井高や設備や機材にいたるまで、研究会がかなり細かくアドバイスをされたとのことです。作家、キュレーターの目線のほか、各部屋の計画についても劇場、音響照明、舞台などの各専門家とのかけあいでやっていて、さらには地元の舞台屋さんの意見も取り入れることで、最終的に現在のかたちになったと聞いています。

菅沼──ホールの座席数の多寡に関しては紆余曲折があったと聞きます。市民から2000席規模の大ホールがほしいという要望もあったのだそうですが、それでは施設の主目的である「実験性」は削がれます。最終的には500席に収束していますが、行政側としては地域の理解を得る努力をずいぶんとされたようです。
そのかいあってか、実験を重視する精神性は建物のそこかしこに表われていると感じます。たとえば館内のほとんどの天井に見られる吹き抜けのルーバーもそのひとつです。このルーバーを用いてプロジェクターを設置したり壁を立てたりするのですが、とにかく自由度が高いです。そしてもうひとつ重要な点は、それらのハードを自身の責任の範疇で扱えるパーミッション(権限)をインターラボがもっていることでしょうか。館の設備、空間全体を「自分のもの」と思える感覚はクリエイションの速度、質を大幅に変えるものだと思います。外注してしまうと、この感覚がどんどん失われていき、安心安全な指示書通りの結果に落ち着いてしまいます。

浅子──事前に施設を見学させていただきましたが、ほんとうに建物を使いこなしているという印象をもちました。

見学の様子 [左]西澤徹夫氏 [右]浅子佳英氏

伊藤──去年の10月に磯崎さんが突然訪問されて、お話しする機会がありました。そのときおっしゃられたことで印象的だったのは、設計当初、図書館と劇場をそれぞれ別の建物にする可能性があったらしいのですが、それを横につなげてみることで、すべてが交わるのではないかと思ったと言われていたことです。それゆえかはわかりませんが、YCAMでは異なる分野同士が交じり合うことが起こりやすく、そのことが個性になっています。

菅沼──YCAMは実験的なことを行なっていく文化施設として、理念、空間、運営、組織といった「初期設計」がソフト、ハードともにとてもよくできていると思います。

──5年前に仕組みを変えたということですが、初期設定の時点ではできなかった部分が、ある程度理想の段階になるまでには、15年の歳月を要したのだと見ることも可能ですよね? つまり、じつはそこまでを含めた初期設定がなされていたのではないかと想像したのですが、いかがでしょうか。

菅沼──さすがにそこまでは読み切れてはいないと思います。ただ初期設計に内包されているであろう「変わることを続ける」という実験の理念は変わっていないので、逆説的に想定内なのだとも言えるでしょう。

伊藤──磯崎さんがいらっしゃったとき、「YCAMスポーツ・ハッカソン2017」というイベントをちょうど開催していました。劇場では、そのイベントに続いて開催する「未来の山口の運動会」[fig.02]で実施するための競技づくりが行なわれていたわけですが、それをご覧になって「こういう使い方をするなんて驚いた」とみんなの前でおっしゃられたんです。あれは嬉しかったです。

fig.02──「第2回未来の山口の運動会」(2017年11月5日開催)
撮影=山中慎太郎(Qsyum!)
写真提供=山口情報芸術センター[YCAM]
Photo by Shintaro Yamanaka (Qsyum!)
Courtesy of Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

渡邉──ここまでは想像してはいなかったけれど、最初に思い描いたこととつながっている印象があるとも話されていました。

浅子──ソフト研究会にダムタイプや阿部さんが入っていたということですが、その後阿部さんはYCAMのキュレーターを務められ、ダムタイプもここで展覧会や制作をしていますよね。そういった状況をうかがうと、自分たちが使う建物を自分たちで設計していたような側面があるように思います。

渡邉──当時のダムタイプの展覧会や公演のプレスリリースを見ると、彼らは設計時から音響機材やスタジオや劇場のスペックに関してアドバイスをしているので、それらがよく活かされるものになるでしょうという主旨のことが書かれているんです。

西澤──そこで打ち出されたものが以降の活動の水準になってしまうわけだから、「これだけ最大限に使えるんだ」ということを示したんですね。

伊藤──そうして使い始めていくうちに──とくにダムタイプの公演などを通じて──できることとできないことがわかるようになりました。
また、スタジオで思い出すのは、音の鳴りがけっこう激しく、金物がけっこう響いたんです。YCAMの音響設計をされた方に連絡をしたところ、小さなゴムリングを入れると治まるということで、作家と一緒になって付けてまわったことがありました。建物に手を加えるのですから、許可を取るため磯崎アトリエに連絡したところ「YCAMは実験するための施設だから必要だったらそうしてください」と即答で返ってきて、そのときに臨機応変に変えていっていいのだと理解しました。

西澤──インターラボのもとで芸術表現、地域教育の取り組みが行なわれていくなかで、それらが個別に派生してより広く深く展開し、それらがまたひとつのパッケージに統合されていくような印象をもちました。それは「プロジェクト」としか呼びようのない、ひとつの塊のようなものです。そのような「プロジェクト」のあり方と、さきほどの磯崎さんの最大級の褒め言葉は、初めは各専門家によって使い方が掘り下げられた個々の部屋が、使われていくことで次第に水平につながっていったことを表わしているように見えます。
また、ホワイエだけでなく、機械室やエレベーターで展示をしたことがあるそうですね。その話を聞いて驚かされました。当初からホワイト・キューブでつくられた明確な展示室がないということが、逆にうまく働いているという印象をもちました。

浅子──実際、YCAMには設備が整ったスタジオがあるという話をよく耳にします。少し立ち入った質問になるかと思うのですが、どこかでうまく予算配分の交渉などをし続けた結果、設備のほうにまわせるようになったということでしょうか。

菅沼──YCAMでは人と環境(場)と機材といった文化施設の要素を最高水準まで高めることで、ほかとの差別化を実現しています。地方都市だからこそ、こういった要素への継続的な投資はするべきなのかもしれません。
ふつうの公共文化施設では、機材投資の額としてイニシアル・コストに比重が置かれることが多く、ランニング・コストは減らされていく、もしくは最初からごく僅かというのが通例です。YCAMの財政バランスは人件費、事業費、施設費が1:1:1ときれいな比率になっていて、毎年きちんと投資ができていることも重要だと思います。もちろんこれらの予算組がずっと続くとは限らないのでつねに検討している課題でもあります。

伊藤──その枠組みができるようになるまでに10年かかっています。一般的に劇場は安全面や、必須の機材がある程度定まっていることなどの観点から、機材などの買い替えや補修の最低限の予算は、計画的に確保しやすい一方で、コンピュータなどのメディア系、実験系の機材は予算がつきづらかったのです。だから、必要機材の全体のバランスを細かく見ながら、たとえば「いまの時期、スピーカーの買い替えやメンテナンスはもう少し減ってもいいので、代わりにここにこれだけの予算を移させてください」といった交渉や説得を続けてきました。でも制度として組み込んでもらえるまでは10年くらいかかった。そしてそうした流れのなかで今度はバイオラボが出てきています。
YCAMは形式面でとてもラッキーな施設だと思っています。もしもここが初めからメディア・ラボのみの施設だったら、人材も機材も困窮していたかもしれません。というのも、YCAMは劇場を運営する施設だということが最初の理由になって、開館時からテクニカル・スタッフがある程度の人数雇用できるようになったからです。
最初は各セクションに対しスタッフはひとりずつの配置でした。しかし劇場出身のスタッフからの提言で、それでは人員がまったく足りないとなり、説得の結果、各セクションにもうひとりずつつくことになったんです。
自分も当初、劇場の技術者として雇用されたので、国内の劇場に研修にいかせてもらったりしました。その後、状況に合わせてスタッフを採用しつつ、動いていくうちに現在のかたちになっていきました。

西澤──とはいえバイオラボを新たにつくろうとしたとき、あきらかにやっていることは劇場とは異なりますよね。それをどう説得していったのですか。

伊藤──そのときの市の担当者がかなり話を聞いてくれる人だったことが大きかったですね。同時に、アルス・エレクトロニカでバイオ・アートが評価を得ていた時期でしたし、また伊藤穰一さんがMITメディアラボでバイオテクノロジーの重要性を説かれていたこともあり、説得の材料となりました。

菅沼──バイオラボ設立に際して、まずはYCAMスタッフがバイオを学びながら試行錯誤する場として「バイオ・リサーチ」というプロジェクトを立ち上げました。メンバーは伊藤や僕を含めて5人います。もともとの専門が建築、機械工学、教育といった、バイオテクノロジーとはかけはなれた職能の集まりですが、領域横断を謳うYCAMでは毎度のことです。異分野に対してのリサーチ手法としてまずは「アマチュアのてっぺん」を目指すという概念は有効かもしれません。短期間で実践を交えながらぼんやりとその分野の輪郭が捉えられるようになるリサーチとでも言いましょうか。いまはネットを活用して論文などの情報も集めやすいですし、複数人で情報共有しながらリサーチを進めていくためのツールも豊富です。

浅子──アマチュアのてっぺん! たしかに状況を言い表わしている言葉ですね。

菅沼──なぜそこを目指すのかというと、まずはプロフェッショナルとコラボレートする共通言語をもつためなんです。未知の分野に触れるうえでの最低限の礼儀という感じですね。異なるバックグラウンドをもつ人たちと話しながら異分野のことを学び、つくりながらリサーチしていくことのできる環境がそろっていることもYCAMの魅力です。


201803

連載 学ぶこととつくること──八戸市新美術館から考える公共のあり方

第6回:MAT, Nagoyaに学ぶ
街とともに歩むアートの役割
第5回:YCAMの運営に学ぶ
地域とともにつくる文化施設の未来形
第4回:学ぶ場の設計から学ぶ──
ラーニング・コモンズと美術館
第3回:美術と建築の接線から考える
美術館のつくり方
第2回:子どもたちとともにつくった学び合う場
──八戸市を拠点とした版画教育の実践
第1回:森美術館からの学び
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