第4回:学ぶ場の設計から学ぶ──
ラーニング・コモンズと美術館
ラーニング・コモンズと美術館
八戸市新美術館とコモンズ空間
西澤──岩崎さんのお話を受けて、われわれの設計する「八戸市新美術館」について、コモンズ空間という観点で振り返ってみたいと思います。
改めて「ジャイアントルーム」からご説明します。エントランス・ホールになっていて、受付があります。入り口から突き当たった壁面に先ほど紹介した特別教室にあたるような個別の機能をもったすべての小部屋が接しています。つまり「ジャイアントルーム」から各部屋に行けますし、部屋から部屋への移動も可能です 。
- fig.28──「八戸市新美術館」模型
写真提供=西澤徹夫建築事務所・タカバンスタジオ設計共同体
岩崎──「ジャイアントルーム」がいろいろなアクティビティを誘発するハブになっているのですね。
西澤──そうなんです。展示室にあたる「ホワイトキューブ」については初めにお話ししましたが、それとは別に「ブラックキューブ」という部屋も用意しているんです。最近の美術展では、展示の最初に紹介映像が流されたり、あるいは最後に作家のドキュメンテーションを流すケースが見られます。もちろん映像作品も多くつくられていますし、作品の一部が映像である場合も多いので、映像専門の部屋が必要だという判断です。
「ホワイトキューブ」とは別に収蔵作品を展示する「常設展示室」があります。ラーニングという観点でいうと、子どもたちが収蔵作品を写生する、あるいは収蔵作品に関連した作品を作成するようなプログラムが考えられます。ですからそういったアクティビティを行なう「ワークショップ」のための部屋を常設展示室につなげて設けています。
また、「スタジオ」と「市民ギャラリー」があり、それらを「ラウンジ」がつないでいます。「会議室」は、アーティスト・イン・レジデンスなどで「スタジオ」を使用するアーティストや「市民ギャラリー」利用者の控え室としても使えます。これらは数珠つなぎになって連続しています。
岩崎さんのお話からフィードバックさせるとすると、道路に接している「ワークショップ」などは、開口を大きくすることで、外部との交流(clash)をもっと期待できるようにしてもいいかもしれないと思いました。
音環境的にみていくと、道路近くは制作を行なう場所があったり人の出入りが多い場所なので賑やかです。奥に行くにしたがって静かになっていくようにはなっているのですが、開口の処理や建具の変化、あるいは音環境の区分けを行なうことで、部屋から部屋に移る際の経験の切り替わりをもっと明確にできる余地があると感じました。
一方、「ジャイアントルーム」に関してはまだ迷っているところがあり、大空間をどのように分節するべきなのか、いろいろとスタディしているところです。
浅子──大きい部屋に複数の活動が同時多発的に進行するとなると、物理的な区切り方だけでなく、音の問題についても考えなければなりません。ただ、視覚的な仕切りについての試みは先例が無数にあるものの、音は参照例も少なく実際難しい。
西澤──そうなんですよね。隣には基本的には静けさが要求される「ホワイトキューブ」があるなか、「ジャイアントルーム」には入場を待つ人たちの列ができ、同時に作品解説が行なわれているというシチュエーションがありうるわけです。
また、広場に面した側には、オフィス機能をもった「プロジェクトルーム」があります。そこでの活動が収まりきらないようであれば「ジャイアントルーム」にはみ出してもらってもいいと考えています。ですが、「ホワイトキューブ」や「ワークショップ」などで開催されている展示に関する関連イベントも「ジャイアントルーム」で行なわれるでしょうから、タイムスケジュールの管理は重要になると思います。
音環境に話を戻すと、ザハ・ハディドの設計した《ウィーン経済経営大学》の図書館のように完全に区切ってコントロールするのではなく、大きなひとつの部屋のなかでだんだん静かになるような仕組みをつくりたい。とはいいながらも「ホワイトキューブ」に近づくにしたがって吸音をしっかりさせるという対処の仕方は、使われ方を限定させることにもつながってしまうので、ここにはふさわしくないような気がしているんです。ですから可動式の家具で区切るような方法で対処できないかを検討しています。
また、パーティションやワゴン、テーブルなど、仕切りであると同時に展示のための設えであるような備品類に関して、倉庫に完全にしまうのではなく、「ジャイアントルーム」の一角に整頓して山として積んでおくことを考えています。「ジャイアントルーム」の使われ方によって、だんだん山が小さくなったり、あるいは増えていったり、変化が目に見えると美術館の活動のアクティブな側面が垣間見えてよいのではないかと思うんです。部屋と備品を等価なものとしてどのようにレイアウトしていくかについても検討しています。
岩崎──先ほどお話しした大きな空間の中で見せて刺激し合うということと相反するのですが、音に関していうと音源が見えないほうがストレスが低減されるようです。工事現場などでも音を発生させている原因が見えているとクレームが入りやすいんですね。吸音カーテンなどで視線を遮ると同時に音も減じられればいいかもしれません。
西澤──岩崎さんの紹介してくださった事例では、視覚的にはつながっているけど環境としては切れているものが多かったですね。《ウィーン経済経営大学》では音環境を四つに分類して使い分けていたということでしたが、やはり参考になります。学生時代の製図室のことなどを振り返ってみると、かなり騒がしい空間でした。自分はぜんぜん気にしていなかったのですが、実際は静かな空間で作業をしたいと感じていた人はいたのだろうと思うと、そのあたりについて考慮せざるをえません。
岩崎──「ジャイアントルーム」のお話を聞いて、スタンフォード大学のd.school(Hasso Platner Institute of Design at Stanford)のことを思い出しました。d.schoolは「デザイン思考(Design Thinking)」について学ぶためのプログラムで、スタンフォード大学のどんな学部、研究室に所属していても参加が可能なのだそうです。中庭に屋根をかけたような雑然とした場所が学びの場なのですが、かなり自由に使われている印象でしたビデオ(https://vimeo.com/29584543)が参考になるかもしれません。
。d.schoolの3日間を1分にまとめた
- fig.29──スタンフォード大学d.school内観
写真提供=岩崎克也
岩崎──同じような事例として、阿部仁史さんが都市・建築学科の学科長を務めるカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)があります。もともと飛行機の格納庫だったところを校舎として使っています。日常的にはパーティションで仕切られていますが
いずれも広い場所でその時々でものを動かしながら使っていますので、きれいにつくりこまれてはいません。
- fig.30──カリフォルニア大学ロサンゼルス校スープラスタジオ内観 日常の風景
写真提供=岩崎克也
- fig.31──カリフォルニア大学ロサンゼルス校スープラスタジオ内観 展示の様子
写真提供=岩崎克也
西澤──そうなんですよね。どのように隙だらけの感じにするのかがやはり難しいんですよね。
可動式の家具については、ひとりですぐに動かせる重さのもの、数人がかりで動かせる重さのもの、少し手間がかかるけれど動かそうとすれば動かせるような規模のものというように、いくつかのバリエーションを設けようと考えています。
岩崎──家具は使い方によってアクティビティを誘発するものなので、とても大事な要素だと思います。同時にやはり、つくり手がある程度使い方を示して、それを基に運用してもらえるようにしたほうがいいのではないかと思います。
西澤──そうでしょうね。運営に関してなのですが、八戸市新美術館建設推進室の方たちには、展覧会を開催したときにどのようなことが考えられるか、たとえば、小学生が40人訪れるというときに、バスはどこに止まって、荷物はどこにどのように置いて、先生はどこで話をするのかといった一連の動きを、模型を使ってシミュレーションをしていただいています。
また、ありがたいことに、竣工後も美術館の設営や使い方のフィードバック作業に関わってほしいとおっしゃっていただいているんです。われわれには、これまで展覧会の会場構成をやってきたという経験もありますので、竣工後のさまざまな状況にその都度対応していけたらいいと考えています。
美術館のほうも、可動間仕切りをつくったり、不具合を修理したり、あるいはイベントのサインをつくったりというようなことができる専門のインストーラーを常駐させたいという考えをもっているようです。
じつは前回、アーティストとキュレーターの方たちにキッチンは絶対に必要だと指摘を受けました。作品をつくっているときにぱっと食べられるかどうかも重要ですし、訪れた人たちにちょっとしたなにかをふるまうという場合にもキッチンがあったほうがいいとのことでした。また、ワークショップなどで一般の参加者とともに制作をしているときなどは、食事ごとにいったん解散しないといけないとなると徐々に人が集まらなくなってしまうこともあるようなんです。それだけではなく、ご飯があることでコミュニティがつくりやすかったり、ワークショップの雰囲気がよくなったりもするとのことで、美術館の運営において重要な要素なのではないかと考え直しているところです。
この話を聞いて、トイレについても再考しました。「市民ギャラリー」や「ワークショップ」のある側にしかトイレがなかったのですが、そうなると「プロジェクトルーム」にこもって作業をしているキュレーターの方たちは、毎回「ジャイアントルーム」を横断しなければならなくなってしまう。それでは不便なのでトイレを増やそうと考えているところです。
このインタビュー・シリーズを通して設計が少しずつ変わっていっているような状況なんです(笑)。きょうの岩崎さんのお話を聞いたことで、また変わるかもしれません。
岩崎──そこにみんなが集まってくることで、インフォーマルなコミュニケーションのなかにイノベーションが生まれますから、やはりキッチンは大事だと思いますよ。コーヒーを沸かせるだけでもぜんぜんちがってきます。
西澤──まさにマグネット効果ですね。
岩崎──実際にMITなどでもコーヒーを沸かせる場所は必須で、つねにパンが置いてあって、人が集まってくるんです。
- 森純平氏
森純平──「四つのS」に関して質問があります。小学校の設計において、「SCHOOL型」「STUDIO型」が必要だということは理解できます。一方、「STAGE型」と「STREET型」をどこにインストールしていくのかは難しいのではないかという印象をもちました。とくに「STREET型」については位置づけがあいまいなのではないかと。
岩崎──僕らもまだ「四つのS」を直接適応させて小学校の設計をしたことはないんです。たしかに「STREET型」が漠然としており、プレゼンテーションの場とクラッシュする場の境を言語化するのは難しい。「STREET型」に関しては、正直僕も消化不良なところがあります。
建物内外を動き回ることで、新しい刺激やさまざまな出会いを発見ができるという意味からは、STREETをMOVEと読み替えると、もっと発展的に空間や環境への置き換えが見えてきそうですね。
森──学校においては「STAGE型」と「STREET型」は難しいかもしれませんが、逆に美術館においてはもともと「STAGE型」がメインにあったところに、僕らがほかのSを取り込もうとしているのだといえます。単体のプログラムではなく、ほかのビルディングタイプも含めて考えていくと相対化できることがあるかもしれません。
西澤──あるいは学校は「SCHOOL型」「STUDIO型」の二つのSを、そして残りの「STAGE型」と「STREET型」を美術館が担うというように、地域の施設で役割を分けるという考え方もできますね。
岩崎──ところで、先ほどからお話に上がっていますが、最近の美術作品は、一方向的ではなく双方向的な作品が多くなっていますよね。そして双方向的な関係性から起きるプロセスの記録そのものが作品になったりもする。
西澤──おっしゃる通りです。前回のインタビュー・シリーズでも話題になったことなのですが、最近のとくにメディア・アート作品においては、全体像がつかめない場合があるんです。観者との関係性を導き出す展示物だけが最終形態ではなく、打ち合わせのメモや取材記録の映像などを含めて展示するようなことがあります。さらには行なわれたイベントまでもが作品だとなると、どこからどこまでを収蔵の対象とし、どのように収蔵するのか、美術の現場でもいろいろとストラグルしているような状況があります。
じつはこのような、記録しアーカイブしカタログ化するような作品制作の手法を、「八戸市新美術館」においては、美術館を運営し展覧会をつくっていく日々の活動に応用できないかと考えているんです。そうすると展覧会をつくることが作品をつくることとイコールになっていくと思いますので、美術館の活動と作品を制作することの区別がなくなっていくかもしれません。そしておそらく、展覧会やトークイベントやアートプロジェクトといった事業区分ではなくて、テーマや共創相手ごとのプロジェクトがベースにあって、それらを構成する要素として展覧会があったりエデュケーション・プログラムがあったりというような組み立てになっていくだろうと思っています。もっと言うと、学ぶということがとても実験的なプロジェクト・ベースのもので、結果というよりプロセスであること自体が価値づけられるような場が、重要なのではないかと考えているのです。本日お聞きすることのできた、学びのための空間の配列や設えの工夫とアイデアは、とても汎用性のあるものだと思いました。「八戸市新美術館」においてもぜひ取り入れていきたいと思います。ありがとうございました。
[2017年12月25日、日建設計にて]