建築情報学とは何だろうか

池田靖史(建築家、慶應義塾大学SFC教授)+豊田啓介(建築家、noiz主宰)

建築情報学会=コミュニティ、ソーシャルネットワーク

池田──これまでの議論のなかから、やはり学会というアカデミックなコミュニティのかたちを持つべきだと考えるようになりました。建築情報学と呼べるものが存在するとしても、まだまだ人によって理解が違うものですし、そもそも建築情報学とは何かを議論することから始めなくてはいけません。どんな学問もそうした根本をさまざまな角度から問うことが大切です。そういう意味でも建築情報学を旗印に、人と人がさまざまなコミュニケーションをとれるプラットフォーム、自由な議論の場をつくることの必要性を感じています。建築情報学会はできるだけ多くの分野の人が関われるようなもの、われわれよりもさらに後の世代の人が気楽に、どんな背景からも抵抗感なく入ってこられるようなものであってほしいと思っています。そもそも極論すれば、どんなアカデミックな世界も果たしている役割は学術情報をベースにした「ソーシャルネットワーク」なのではないかと思います。いまはそれが形式化しすぎて、学位をとって研究教育活動に従事するための能力を担保するライセンス維持や、建築技術について社会的な基準をオーソライズする組織的側面が強くなってしまっていますが、本来は知を有意義に共有するという役割を果たすのが学会です。
また、既存の学会の外側につくらなければ、建築という全体を見直すことはできないと考えました。もちろん日本建築学会とも知見を共有しながら、建築の領域外の人たちも情報という観点から広くつながることができるはずです。建築と情報技術を軸にした、分野やジェネレーションの違いを超えたプラットフォームであり、コミュニティであり、ハブを目指しています。

豊田──最近、僕が「建築とAI」というようなテーマのレクチャーに呼ばれて話をすると、他領域の方からすごく質問を受けます。その時に、例えば機械学習の専門家が建築分野に興味を持っていても、なかなか建築業界の側にコラボレーションの準備ができていないという状況があり、その機会損失は相当です。
先ほども少し触れたWeWorkは、2015年に僕のSHoP時代の後輩たちが独立して立ち上げたBIMベースの技術開発チームCaseを買収することで、BIMとデザインとを複合的に駆使しながら新しい働く場所の価値を生み出し、飛躍的な成長をしています。WeWorkはこれまでの建築設計事務所とも不動産業者とも異なる、体験や文化的価値をデジタルプラットフォームに乗せるような研究機関と実装チーム、オペレーション機能を併せ持つという新たなあり方を提示しています。固定的なオフィスの離散化と流動化がWeWorkの本質だとすれば、そのターゲットはニッチとしての個々のクリエーターではなく、巨大なオフィスビルの何割かをまとめてマネジメントするというような圧倒的なマスマーケットのはずです。これは固定したホテルという枠を流動化させた「Airbnb」、タクシーという枠を離散化させた「Uber」と同じビジネスモデルだと言えます。そうした流れはおそらく止めようのないものだと思いますし、そこが現代ならではの面白さであり可能性です。いま、技術革新とビジネスは密接に関係していますから、ネット上の情報がIoTやAIといったかたちで実際の生活空間とリアルタイムなやりとりをするためには、なんらかのかたちで実空間に即した情報プラットフォームを建築や都市の側が提供する必要があります。現時点でこれに最も近い位置にいるのは「Google Earth」を構築したGoogleで、「Pokémon GO」はその可能性の片鱗を圧倒的なパワーで見せつけました。Googleが「Tango」を投入すれば、まだ彼らの死角である世界中の室内空間をもデータベース化し、実空間と情報空間との連動プラットフォームを一手に握られてしまいます。現時点でGoogleが持っているのはあくまで表面的なスキャンデータに過ぎず、建築や都市の業界が持っている、多様なレイヤーや属性情報をより詳細にまとめているBIM・CADデータには、強度としてまだまだ及ばない状況です。この優位性が保たれているうちに、建築や都市領域の細分化されたデータや形式のオープンプラットフォーム化を目指し、民間とアカデミックな世界の両輪で走っていくべきです。おそらく実学としては放っておいてもある程度走っていくと思いますが、やはり論文や研究などのかたちでもまとめていかなければ、社会にとっての蓄積や共有知になりませんし、実装のスピードとしても世界に遅れをとることになるでしょう。そして、そもそも優秀な人材が建築という領域に入ってきてくれません。これはすでに顕在化しつつある大問題です。建築業界の内部をつないだり、ほかの産業と協働するという意味でも、十分に実効的な共通言語や体系を形成・維持するコミュニティとその担い手が必要です。
「建築情報学概論」のような授業がどの大学にもあり、そうした素養を持った人が毎年多数輩出され、研究が蓄積されていくという状況は、いますぐにでも実現されなければなりません。例えばCAD史といういまだ未開拓な領域ひとつとってみても、1960年代の最初期のコンピュータにおけるCGやソフトウエア、それらの研究環境について調べようとしたときに、当時のリアルな話を語れる人がいまどんどん現場を離れつつあります。過去の実体験の記録なども、民話の収集などと同じく、いま採集・整理をしておかなくては、10年後では手遅れになります。こうした一次資料を集めるマンパワーという意味でも、どの大学にも建築情報学系研究室があって、恒常的に授業が設けられ、教えられる人材が拡大再生産的に輩出される状況を早急につくらなくては、機会が失われてしまうのではないかという懸念があります。
建築情報学会は、創成期に活動されていたような上の世代の方から、現在企業のなかで実務的な実践をされている人、意匠や意味論から思考する人、幾何学や数学的アプローチをとる人、アトリエ系の人からフリーの個人、学生まで、いろんな立場の人をできるだけ広く巻き込みながら、かつ他分野の人も気軽に入れるようなものであるべきだと考えています。それには現在活発な活動をしている人工知能学会がひとつのモデルになると思います。面白いのは、学会という体裁をとりながら、「人工知能とは何か」がはっきり定義されておらず、三者三様で、互いに異論があること、実態として先行して価値が存在してしまっていることを認めつつも議論を展開している点です。その一定の曖昧さを許容する姿勢こそが、すでに生じてしまっている価値を認め、オープンで、いろんな人が入りやすく、各方面への展開を促進するカギになっているように見えます。建築情報学会も、おそらくそうした性質のものとして育てていくべきだろうと考えています。

池田──僕らはすでに否応なく人工知能や、自己組織的な情報の現象に包まれていますし、さらに加速度的に発展していくことは避けられません。そうは言うものの、「建築情報学」とは何かということは、まだはっきりしていませんし、その議論はこれからしていかないとなりません。むしろその定義を見極めようと議論し続けていくことにこそ学会(=コミュニティ、ソーシャルネットワーク)の形式をとる価値があるのだと思います。

豊田──建築情報学会を立ち上げるために池田先生と話したのは、まずは既存のしがらみに染まりきっておらず、かつ視点も若い世代の人たちにドライブしてもらうのが重要だということです。そのうえで、非公式なキックオフグループとして5名の方に集まっていただきました。現在は日建設計デジタルデザインラボのリーダーとして、大規模組織事務所という枠組みを超えて活躍している角田大輔さん、自分の事務所で設計活動をしながら東京大学大学院工学系研究科建築学専攻の助教として小渕研の研究をずっとリードしてきている木内俊克さん、東京大学生産技術研究所の特任助教で、「hclab.」でもネットワーク理論を応用した都市リサーチなどを行なっている新井崇俊さん、建築とアプリやその他建築関連ソフトウエア開発にも詳しく、東京藝術大学芸術情報センター(AMC)で非常勤講師もされているプログラマーの堀川淳一郎さん、竹中工務店シンガポールで先端的なBIMチームを率い、現在日本に戻りゼネコンのBIMの実効的な実装をリードしている石澤宰さんです。池田先生の指導のもと、僕もしくはnoizが事務局的に動くかたちで、公開企画会議の開催準備などを進めてきました。
これだけの人がいるとはいえ、例えばまだデジタルファブリケーションやマテリアル(スマートマテリアル)、工業デザインやプロダクト、環境や構造、生産システムや流通、法規、そして歴史がバックグラウンドの人もいません。また、いま「Rhizomatiks」や「teamLab」のようなエンタメ系のチームや「Takram」のようなデザインエンジニアリングの企業が、社内に建築チームを設けて建築を取り込むような領域に入ってきているという状況のなかで、そうした分野にこちらから切り込んでいくことも有用だと思います。まだまだカバーできていない領域は沢山あるので、興味がある方には積極的に参画して議論の領域を広げていただきたいと思っています。
学会というかたちをとろうとしていますが、実務や起業の視点から、具体的なお金儲けの可能性やバリューを探しに来るような場でもあるということも、とても重要なポイントです。学生は「これからの日本に建築の仕事がないんじゃないか」「AIに仕事が奪われるんじゃないか」というような漠然とした閉塞感を感じているかもしれませんが、むしろ新しい領域には圧倒的に知見と技術を備えた人材が足りないし、そうした分野を経験することで、既存の建築という狭義の世界の外側に、広い未開拓のブルーオーシャンが広がっているということに気がつけるはずです。

池田──建築情報学会を通じて、学ぶことと働くことがちゃんとつなげられると思います。この1年間、コアメンバーと夜な夜な集まって議論を行なってきましたが、当然ながら、それぞれが建築情報学に対し異なる見方を持っていて、それこそが本質的だと思えました。建築情報学とは何かを定義するにしてもその境界を決めるような方法では到底不可能です。最終的には、ボーダーを引くことや分野を分割・整理することが目的ではなく、その求心力を見極めるような議論をしたいという結論にたどり着きました。2018年2月からは「HEAD研究会」と共催で、各コアメンバーがキュレーションするテーマ別公開討論を隔月で開催予定です。予定調和的にはしたくないと思いますが、これを続けて全6回の議論の先に建築情報学の体系が朧気に見えてくることを期待しています。これの内容をもとに、学会を設立させるための基盤を築き、それをまとめて2020年を目標に『建築情報学序説』(仮題)を刊行したいと考えています。
各テーマの趣旨はそれぞれの論考に譲りますが、できるだけオープンに、ダイナミックに議論ができればと思っていますので、どなたでも来てほしいと思っています。

豊田──本来こうした学会ですから、すべてインタラクティブで常時多元的に更新・展開が可能なデジタル空間で意見の集約や構造化などは行なうべきですが、それではそうした世界に距離感を持ってしまっている人たちと接続することができず、結局内輪で閉じてしまうということになりかねません。既存社会との有効なチャンネルとして、また歴史上にひとつの固定をするものとして、『建築情報学序説』とでもいうような、基礎となる紙の出版物はやはり必要です。それと並行するかたちで、常時集合知が集まり体系化が自律的に進むようなウェブ上のプラットフォームも形成できればと思っています。定義や理解が本質的に多様で、時代や技術の変化に伴い新しい情報や解釈、構造が付け加えられたり、アノニマスに管理され、つねに変化を続ける「Wikipedia」やSNSのようなもの、「GitHub」のようなものが必要だと考えています。いわゆるAIが読むための資料の体系化も必要ですし、もしかしたら将来的に会員は人間だけではなくなっているかもしれません。
基礎に建築・都市と情報技術があり、その上に10年後20年後の未来をつくるような、この先にあるべき構造、未来予測、規範を提供するような大きなネットワークになっていけば、と思っています。

[2017年9月21日、noizにて]


池田靖史(いけだ・やすし)
東京大学工学部建築学科卒業後、同大学工学系大学院修士課程修了。博士(工学)。槇総合計画事務所を経て、1995年池田靖史建築計画事務所設立(2003年IKDSに改称)。慶應義塾大学SFC教授。

豊田啓介(とよだ・けいすけ)
東京大学工学部建築学科卒業、コロンビア大学建築学部修士課程終了。安藤忠雄建築研究所、アメリカのSHoP Architectsを経て、2007年より東京と台北をベースにnoizを蔡佳萱と共同主宰(現在は酒井康介もパートナーに加わる)。2017年に金田充弘、黒田哲二と共同で、建築・都市とデジタル、ビジネスを繋ぐコンサルティングプラットフォームのgluonを設立。台湾国立交通大学建築研究所助理教授、東京藝術大学芸術情報センター非常勤講師、慶応大学SFC非常勤講師。http://noizarchitects.com/


201712

特集 建築情報学へ


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情報化による「建築評価」の可能性
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