第2回:子どもたちとともにつくった学び合う場
──八戸市を拠点とした版画教育の実践

坂本小九郎(宮城教育大学名誉教授)+西澤徹夫(建築家、西澤徹夫建築事務所主宰)+浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ主宰)+森純平(建築家、PARADISE AIRディレクター)

教育とアーカイヴ

浅子──過去の版木は残っているのでしょうか。

坂本──版木はベニヤ板でつくられており、50年以上経っているので残念ながらほとんど残っていません。いちおう宮城教育大学に持っていき授業に役立てました。学生たちの卒業後、自分の学校の子どもにも見せたいと求められ刷りました。ですから刷った版画は宮城県の先生方や私の研究室出身の学生たちが持っているかもしれません。
初期の教育版画作品は質のよくない紙とインクで刷ることが多かったようです。一方で私たちの作品は「50年前の作品なのに、まるで昨日刷ったように綺麗だな」と展覧会などでよく言われるのですが、ここには私自身の願いがあります。子どもたちの表現活動には良質の紙、インクや墨を使うことが大切だと思っていました。それが、まるで昨日刷ったばかりのような新鮮な作品として残ったのです。
さらに宮城教育大学にいたときは、子どもたちの作品の手元にあるぶんすべてに保存用のマットを購入して、額に入れるだけで展示できるようにもしました。

浅子──実際の版画を拝見しましたが、本当に綺麗でした。そうした質を維持することはたしかに大事ですね。

坂本──まあ、もともと美術教育とは子どもたちが作品づくりを通して成長するための取り組みですから、作品はあくまでも彼らの足跡のようなもの、雪の上に残った足跡のようにやがて消えてなくなってしまっても仕方がないものでもあります。けれども、もしもそれらの作品のなかに、歴史的なもの、人間的なもの、そして地域性がすべて刻印されているものがあるとすれば、それは次世代のために残すべき記録をもった遺産です。美術館は保存の意味も大切にされたと信じます。

寺下友(八戸市新美術館建設推進室)──ちなみに「虹の上をとぶ船 完結編」(1977)[fig.3]は、青森県立郷土館に収蔵されている一点しか刷られていないのでしょうか。

坂本──あの作品はだいぶ大きく、畳4枚ぶんです。何枚も刷って子どもたちに分けるわけにもいきませんでした。郷土館に収蔵されることになったのは對馬恵美子さんの尽力があったからです。彼女が私の研究室まで直接やって来て展覧会に出品させていただきたいと依頼してこなければ、あの作品が残ることもなかったかもしれません。その意味で彼女は私の恩人です。

fig.3──八戸市立湊中学校養護学級生徒共同制作「虹の上をとぶ船 完結編」
(青森県立郷土館所蔵、1977)[写真提供=青森県立郷土館]
以上、画像の転載・再利用は禁止とさせていただきます。

青森という土地と版画

西澤──一番初めにお話しいただきましたが、青森はどうしてこれほどまでに版画の層が厚いのでしょうか。

坂本──棟方志功や関野凖一郎などの先駆者がいただけでなく、青森県師範学校で版画教育に取り組んだ多くの先生方が各地で版画を指導したということも背景にあります。私が版画教育に取り組むきっかけは、五戸町の石沢小学校で校長をやっていた江渡益太郎さん(1913−1997)が私の勤め先の鮫中学校によく来たからでした。私のほうも技術的なことを勉強するために江渡さんが開いた講習会に何度か通いました。そこで日本全国の子どもの版画教育を進めている大田耕士さんに出会ったのも私にとってはとても大きな学びでした。「版画は風の中を飛ぶ種子」という言葉も大田さんの言葉として忘れがたいことです。

浅子──きょうの話を聞いていると坂本さんの教育版画は遊びながら子どもたちと一緒に学んでいくようなところがあるなと思いました。

坂本──当時の中学の美術の教師は、時間割上週1−2回ですから、必然的に多くの子ども、クラスを担当しました。それではなかなかいき届いたことはできにくいです。そこでは基本的なことを教え、そして各学級から集ってきた熱心な子どもたちでつくった「版画クラブ」で生まれ創造された作品は何枚も刷れますから、再びクラブ員が自分の学級に持ち帰ります。私はそのことを積極的に活かしました。版画クラブの部屋は版画だけではなく、作文、詩、児童文学、歌の、そして朗読会の溜まり場のようなところでした。
一度、湊中学校で養護学級の子どもの作品だけを展示したときは、作品に番号を振り、机の上には版画のインクとローラーとバレンを用意して、お客さんがいいと思った番号の版画を子どもたちがその場で刷ってあげるということをやりました。子どもたちもとてもうれしそうでね。

浅子──それはおもしろい。まるで屋台のようですね。

坂本──通常学級の子どもたちもそれを観に来たりして、養護学級の子どもたちは誇らしい面持ちをしていました。50年近く前の話だから、はたしてそのころに刷ったものをいまでも持っている人がいるかはわかりませんが、展覧会を開いたときに過去に刷った作品を持っていた人もいました。版画・表現とはまさに風の中を飛ぶ種ですね。

西澤──その後、宮崎駿の『魔女の宅急便』(1989)で、坂本さんと養護学級の生徒たちの共同制作「虹の上をとぶ船 総集編」(1976)が参照されるわけですね。

坂本──もともと私は宮崎駿(1941− )という人のことを知りませんでした。私は版画教育協会の大田耕士さんに出会ってからというもの、当時は毎月1回ほど八戸から東京の大田さんのところに自分の指導した子どもたちの版画を持っていき批評してもらっていたんです。大田さんは作品に意見を述べることはせず、いま私がみなさんにしているのと同じように自分が経てきた話や昔話を多くしてくれました。私にとって親父のような人でした。
宮崎駿さんに直接会ったことはなく、作品を使用したことについての手紙を一通貰っただけですが、そこには「制作側で着色して、画のなかの人間を木に直したのだけれども、子どもたちの作品を、穢すことにはならないだろうか。それが心配です」という旨のことが書いてありました。私は彼の作品を観ながら「ああ、この人はこういう気持ちで、子どもたちの作品を使ったんだな」と納得するところがありました。
それから、ある新聞記者の方から村瀬学(1949− )という人が書いた宮崎駿についてエッセイのコピーを貰ったことがあり、そこには私たちの《虹の上をとぶ船》のことも記されていました(『宮崎駿再考──「未来少年コナン」から「風立ちぬ」へ』平凡社新書、2015)。当時の私は自分の指導作品を宣伝することが嫌いで、大田さんくらいにしか話をしておりませんでした。村瀬さんとは会ったことすらありませんでした。けれどもそこには、私の仕事の本質を突いたことが書かれていてとても驚いて、会ったこともない人の指導作品をここまで読み取る人もいるのだなと思いました。
ほかにも童話作家のいぬいとみこさん(1924−2002)は、たまたま版画協会の「はんが」という機関誌かなにかでウミネコの版画を見て八戸の私のいた学校に訪ねてきました。これは私の鮫中の初期のころです。いぬいさんは版画クラブの教室にやって来て、子どもたちとお喋りをしているうちに、この子どもたちのための物語を書かなければいけないと思い、後に『うみねこの空』(理論社、1965)という作品を発表しました。この人は『ながいながいペンギンの話』(宝文館、1957)とか『北極のミーシカムーシカ』(理論社、1961)などの動物を主題にした作品があります。
若く子どもたちとも年が近かったせいか、振り返ってみるそこにはじつにいろいろな人との関わりがあったことに気づかされます。そして、その人々に自然に影響を受けたと思っています。


201712

連載 学ぶこととつくること──八戸市新美術館から考える公共のあり方

第6回:MAT, Nagoyaに学ぶ
街とともに歩むアートの役割
第5回:YCAMの運営に学ぶ
地域とともにつくる文化施設の未来形
第4回:学ぶ場の設計から学ぶ──
ラーニング・コモンズと美術館
第3回:美術と建築の接線から考える
美術館のつくり方
第2回:子どもたちとともにつくった学び合う場
──八戸市を拠点とした版画教育の実践
第1回:森美術館からの学び
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