ケーススタディ:長野県塩尻市
──《塩尻市市民交流センター えんぱーく》
──《塩尻市市民交流センター えんぱーく》
「壁柱」と「インキュベーションリーダーの育成」
《塩尻市市民交流センター えんぱーく》(以下えんぱーく、2010)は2006年9月に行なわれた公開審査によって全国から集まった191案のなかから選ばれた(審査委員長=山本理顕氏)
。その際に私たちが提案したのは「壁柱」によるランドスケープと、「インキュベーションリーダー(以下I.L.)の育成」である。インキュベーションとは孵化という意味で、当時の公共建築の設計やそのあり方に対して私たちが抱いていた疑問から生まれたものだ。設計者、行政(管理)、市民(ユーザー)のあいだを行き来しながら館の運営や企画などにも関わる市民や地域の方、館のなかで自由に振る舞い、人々の交流を自ら促す人たちという意味で名付けた。そしてこの考えは、いまでも私たちコンテンポラリーズが公共建築を考える際の骨格となっている。- 「壁柱」を建設中の様子[すべて提供=コンテンポラリーズ]
ワークショップの目的の変化
当時、公共建築設計=公募型プロポーザル+市民ワークショップ(以下W.S.)がセットになってから10年ほどが過ぎていた。すでに行政主導の市民W.S.が形骸化しはじめ、行政も「合意形成」のあり方に疑問を感じ始めていたし、私たちもこれだけの規模の施設の市民W.S.を通常のやり方では到底通用しない、と感じていた。私たちのW.S.での目標は「I.L.をこのW.S.のなかから探し出す」ということに次第に変化していった。
ここで私たちが学んだのは「こうして欲しい」という市民からの願望を設計に落とし込むことではなく、この地域(塩尻市大門)の人たちがどんなことを認めて、どんなことや場所が嫌いなのか、ということを自ずから肌で感じられたことに尽きる。そして「皆さん一人ひとりがI.L.になってください」ということをすべてのW.Sでお願いし続けた
。「合意形成」を超えた空間
こうしたW.S.の成果は、竣工して7年経た現在も《えんぱーく》のなかで活動するNPO法人や活動団体に着実に引き継がれている
。コンペ当初に提案した「I.L.の育成」というコンセプトが竣工前に始まった市民活動の場「えんぱーくらぶ」によって実現し、いまは「えんぱーくらぶ」から派生した多くの活動団体が館内でさまざまに活動している。そして彼らの多くが「壁柱」を多様に使いこなしている。ランダムに配置され、3層を貫く「壁柱」は《えんぱーく》で活動するすべての人にとっての拠り所となっている。私はいま、公共建築の設計にこうした市民が拠り所となる構成や空間が特に重要だと思っている。なぜなら市民W.Sを通した「合意形成」だけでなく、それを超える魅力ある空間がなければ本来の公共的な空間という質が獲得できない、と強く感じているからである。それはアクロバティックな外観や巨大な透明ガラスといった類のシンボリズムとは異なるものだ。竣工以来7年、毎年の来館者はずっと60万人を超える。人口約67,000人の地方都市に《えんぱーく》は"まちのリビングルーム"としての役割を果たしている。
- 《塩尻市市民交流センター えんぱーく》外観
- 「壁柱」を利用する「えんぱーくらぶ」の様子