第1回:森美術館からの学び

高島純佳(森美術館ラーニング・リーダー)+白木栄世(森美術館アソシエイト・ラーニング・キュレーター)+西澤徹夫(建築家、西澤徹夫建築事務所主宰)+浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ主宰)+森純平(建築家、PARADISE AIRディレクター)

ラーニングにふさわしい機能

──空間のこともすこし伺いたいのですが、普段のワークショップはどこでやっているのでしょうか。

高島──いつもは六本木ヒルズ森タワー53階の通常「MAMスクリーン」やレクチャープログラムなどを開催しているオーディトリアムをワークショップ・ルームとして使っています。最大で100人程度は入れます。椅子をとりはらい、テーブルを分散して置いたりします。

浅子──高層ビルの53階にある森美術館は、ほかの美術館とは立地条件が異なりますが、現状の空間に対して「もっとこうしたい」という要望などはありますか。

高島──基本的には、ワークショップごとの必要に応じて、その都度最適な空間をつくれる可動性が大事だと思います。まっさらな何もない空間にすることもできるし、テーブルや椅子も置いて場をつくることもできるような場所があるとよいですね。さらに欲をいえば、みんなが飲食を気軽にできる場所が53階にあったらいいと思います。現状はご飯を食べるときは下まで降りていかないといけない。衣食住という行為を介して参加者がより関係性を深められるのは本当に良い機会ですからね。

白木──逆に飲食の場所が別のフロアにあると、リラックスしているときとワークショップをするときの意識を切り替えやすく、それは利点とも言えます。

西澤──設えで工夫している点があれば教えてください。

高島──最近はMAMカートと呼ばれる、大きい可動式のカートをひとつ製作しました[figs.13, 14]。ワークショップで使うハサミとかスケッチブックとか画用紙や粘土などの道具を入れて持ち運べるような、すごく大きいカートで、30人くらいのワークショップに使える材料が入るものです。それがシンボル的に機能して、部屋にドンとあると皆の気分が上がったりします。

figs.13, 14──MAMカート[撮影=御厨慎一郎、提供=森美術館]

西澤──それは八戸にも必要ですね。ぜひつくりたい。

高島──ほかにも特にあったらいいなと思うのが、手を洗ったり絵の具を使ったりできる水洗い場です。現在は色鉛筆を使っています。色を塗ったりするときは下に養生シートを敷いて、床に色がついてしまわないようにしています。飲み物も透明なものしか飲めません。

西澤──テートの場合はもとからそうですが、色のついた液体をこぼしても汚れが目立たない床にするとストレスは減りそうですね。

──展示室のほうでワークショップをやっていることもありますよね。そのときは展覧会の展示と並行して実施するのでしょうか。

高島──一般のお客さんがいる横で子どもを集めてやることもありますが、人数に限りがあるので、多人数でのプログラムのときは貸し切りで行ないます。貸し切りができる毎週火曜日、閉館後の午後5時から利用できるのですが、作品のメンテナンスや取材やスポンサー向けのパーティが行なわれていることもあるので、うまくローテーションさせながら使用しています。

まちづくりと連動した美術館

西澤──ラーニング・プログラムは、六本木ヒルズのほかの機能と連携するなどの組み合わせ次第で地域のコンシェルジュ的な位置づけとなりえるようにも思います。実際そのような取り組みはありますか。

白木──シニアとキッズを組み合わせたトライアルとして、老人福祉施設の利用者と保育園の子どもたちに一緒に美術館まで手をつないで散歩で来てもらっています[fig.15]

西澤──高齢者と子どもの出会いの場をつくるというのは建築学科の設計課題ではよくある話なんですが、実際にどんな交流がありえるのかについてはなかなかリアリティを持ちづらいとつねづね思っています。実際にその交流の場所ときっかけを美術館が担うということですね。

fig.15──シニア&キッズ・プログラム風景[提供=森美術館]

白木──港区のある児童館の先生と子どもたちに、放課後の時間を美術館で過ごしてもらいました。それから「アーキラボ展」(2004-2005)のときは、一般のギャラリー・トークに参加した近隣の企業の方が、面白い展覧会だということで社員全員を連れてこられてツアーをやったこともあります。またあるときは、美容学校の方たちが髪をカットする際のインスピレーションを得られるからということでたくさんやってこられました。

西澤──「このテーマだったらこういう人たちが来るとよいのではないか」というところに声がけをすることもあるということですね。ターゲットがどこに分布しているかわかるようにするために、地域のことをきちんとリサーチして、学校の生徒数や児童館の利用者数とかがわかっていないといけませんね。

高島──もちろん美術館がもつネットワークを活かした取り組みではあるのですが、同時に森美術館を運営する森ビル株式会社がまちづくりを担う事業をしているという点もあります。

白木──そのような蓄積とは別に、先ほどお話したプログラムに関心を持ってくださる小学校の先生たちのように、相手の顔が見えないとつながることができません。都市開発的な側面とは別に、美術館としての側面からアートの面白さを伝えてネットワークを育てていくこともしています。

浅子──そのつながりを活かしてもっと面白いこともできそうですね。

高島──2003年のオープンから15年近く蓄積されてきたネットワークは時を経ることで醸成されていっているので、街とともに育まれているものがプログラムにも表われていると思います。

西澤──たとえば国立新美術館などと連携して「六本木アートナイト」をやっていますが、この地域のありようをビジネス的な視点と美術館的な視点の融合によって考えていると。森美術館でしかできない強みを活かして街をつくっているという感じはすごくしますね。

高島──もともと六本木ヒルズのコンセプトのひとつが「文化都心」で、そのために最上層に美術館をつくったという経緯があります。「アート&ライフ」という明確なモットーがあったからこそ、15年の間、自分たちの街を育んでいくことに注力をしてきたのです。

浅子──2003年の頃の六本木を思い返すと、まったく違う街になっているなとは思うんですよね。当時は正直怖かったし、かなりカオスな街でしたが、15年間のうちに街が変貌していく実感はありましたか。

高島──そうですね、複数の美術館が開館して街の雰囲気や人の動線は実際に大きく変わりました。特に昼間の人口は増えています。実際に上野と同じくらいのアート人口にも達していますし、やはり美術館単体の箱をつくるのではなく、街の再開発とともにつくったからこそできたことなのだと思います。

白木──ベビーカーを押したお母さんたちが六本木を歩いているなんて、少し前まで想像もしなかった風景でした。そうした変化を考えてみると、ラーニングが根付いてきたという実感を得ることができますね。

これからのラーニングのゆくえ

──ラーニング・チームとして働いていて、どのようなところに楽しみややりがいを感じますか。

高島──オーディエンスと直に触れ合える仕事なので、彼らの反応がダイレクトに返ってくることは貴重な体験だと思います。大きなやりがいのひとつになっています。

白木──子どものときから、人に何かを伝えたいという思いが強くあったのかなと思います。この仕事をするようになって、人が人に意思を伝えることに関心があることを再確認できるようになりました。もちろんそれを教えてくれたのはアーティストであり作品なので、自分の仕事にとっての大きな原動力になっています。

──これからラーニングを根付かせていくうえでの展望やお考えがあれば教えてください。

高島──森美術館の階下である52階では、より一般の人たちに来ていただきやすい、エンターテイメント色の強い企画を行なっている森アーツセンターギャラリーや展望台がありますし、街の中でも映画館や飲食店をはじめさまざまなところでイベントが開催されています。街の中のイベントを楽しんだついでに森美術館にいらした方々に向けて、「へぇ、こんな世界があったんだ」ということがわかる仕組みやうまい循環をつくっていくということがこれからはより必要になってくると思います。

浅子──最後にちょっといじわるな質問になってしまうのですが、ラーニングを中心とした今日の議論では子どもの主体性などの話がよくきけた一方で、どうしてもアート作品そのものの話になりづらい印象があります。現代アートをめぐる状況が大きく変わりつつあるなか、モノとしての作品について何かお考えはありますか。

西澤──補足的に浅子さんの質問を言い換えると、関係性をメインにした作品が増えているなかで、それまで造形芸術が持ちえていたような「美しさ」や「強さ」の在り方はどうなっていくと思いますか、ということになると思います。

高島──審美的な価値はさまざまなアプローチから定義できますし、美的であってそこに社会的、政治的、文化的にさまざまな同時代的な面白い思想が宿り、さらにいろんな価値が付加していくのがアートなのだと思います。優れた作品を見つけて社会にある一定の問いかけと再定義を行うのが美術館の役割だと思います。それを満たすと同時に、私たちとしては、やはりオーディエンスとのつながりづくりを実現していくことも重要なことだと捉えています。その両輪のバランスをうまく保ちながら、一般の方々と専門家の隙間をうめるようなあり方を考えていきたいですね。

白木──審美的な価値とされてきたものも、じつは国や時代によって評価は違ってきます。絶対的な判断基準が得られないとすると、審美的なもの以外にも社会的、歴史的なものを含めた判断をする必要がでてきます。単に美しいものだけではなく、何か言葉にならない感覚を引き起こすものが歴史的に残ってきたのだという可能性も大いにある。そのときにあらためて審美的価値とは何かということを継続的に考えていくことが必要になります。
たとえば絶対的に美しいとされるもののなかにも、その判断の仕方は個人によって違いがあり、個人的な記憶と結びついていることもありうるはずなので、そもそもなぜ美しいと思うのかについての言葉をみつけてほしいなと思います。

──ラーニングがそのような機会をつくる場所にもなりうるということですね。

白木──そうですね。イギリスの美術館では演劇の脚本家がワークショップのファシリテーターになって、作品を前にしてその場で言葉を紡ぎ出して、その言葉で体感できるワークショップをつくっているように、会話をする瞬間というのもクリエイティブな時間だと思うのです。それはもしかしたら作品と呼べるものになりうるかもしれませんし、そういう意味では純粋に新しい価値をつくる場所にもなっていると思います。

──森美術館ができて15年かけて蓄積されてきたことは膨大で、矢継ぎ早に質問を重ねることになってしまいましたが、ラーニングを中心とした美術館を想像し、これから具体化していく段階のわれわれにとって、大変有意義な時間となりました。引き続きご相談させていただければと思います。また八戸に新たな美術館ができあがる3年後、美術館ができて15年たった時お互いの学びを共有できるとよいですね。

本日はどうもありがとうございました。



[2017年8月25日、森美術館にて]

高島純佳
1983年生まれ。森美術館ラーニングリーダー。2006年森ビル株式会社入社、2009年より森美術館。美術館における、アドミニストレーション、ファンドレイジング等を担当し、2015年より現職。

白木栄世
1978年生まれ。森美術館アソシエイト・ラーニング・キュレーター。2006年武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻芸術文化政策コース修了。2007年より現職。

西澤徹夫(にしざわ・てつお)
1974年生まれ。建築家。株式会社西澤徹夫建築事務所主宰。作品=《東京国立近代美術館所蔵品ギャラリーリニューアル》(2012)、「映画をめぐる美術──マルセル・ブロータースから始める」展会場構成(2014)、《西宮の場合》(2016)、「京都市美術館再整備工事基本設計・実施設計監修」(共同設計=青木淳建築計画事務所)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=浅子佳英)ほか。

浅子佳英(あさこ・よしひで)
1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀と共にコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。著書=『これからの「カッコよさ」の話をしよう』(共著、角川書店、2015)『TOKYOインテリアツアー』(共著、LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(共著、鹿島出版会、2016)ほか。

森純平(もり・じゅんぺい)
1985年生まれ。建築家。東京藝術大学建築科助教。PARADISE AIRディレクター。



201710

連載 学ぶこととつくること──八戸市新美術館から考える公共のあり方

第6回:MAT, Nagoyaに学ぶ
街とともに歩むアートの役割
第5回:YCAMの運営に学ぶ
地域とともにつくる文化施設の未来形
第4回:学ぶ場の設計から学ぶ──
ラーニング・コモンズと美術館
第3回:美術と建築の接線から考える
美術館のつくり方
第2回:子どもたちとともにつくった学び合う場
──八戸市を拠点とした版画教育の実践
第1回:森美術館からの学び
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