「建築」の実現に向けて──建築の価値を発現させるていねいな発注

小野田泰明(建築計画学、東北大学大学院教授)

なぜ設計競技なのか

グローバリゼーションが当たり前の昨今、「海外では」と言うのはじつに気恥ずかしい。けれども、公共建築における日本の設計発注の現状を考えると、何となくそういう気持ちになってしまう。
多くが知るように、日本の建築家は国際的に高く評価されている。建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞においても、日本の受賞者(7人)は米(8人)に次ぐ数であり、次の英、西(各4人)、瑞(3人)、伊、独、仏、葡、伯(各2人)を大きく引き離している。日本は量的にも世界有数の建設王国で(これにはさまざまな問題もあるが)、こうした受賞を支える高い技術水準も有している。にもかかわらず、公共工事の品質確保の促進に関する法律が2005年に定められたとはいえ、設計の発注は設計料の寡少を問う入札が主体という何とも前時代的な状況だ。
例えばフランスでは、公共建築の発注は、1985年に制定された公共工事発注およびその民間設計等との関係に関する法律(MOP法、Loi du 12 juilet 1985, dite Loi MOP)とその運用を支援する政府機関MIQCP(Mission Interministérielle pour la Qualité des Constructions Publiques)において、内容が事細かに決められ、創造的な環境づくりが組織的に後押しされている★1。本稿では詳細には述べないが、ドイツにおける公共建築発注も報酬と内容について明確な規定を持っているとともに、Bプラン(Bebauungsplan、地区と建築を一体的に制限するプラン、500分の1前後のスケールで運用)など都市計画に連動することが求められており、その判断の一部は地域コミュニティの参画を請うものになっている。またコモン・ローの国イギリスでは、民間と交渉しやすい法の特性を生かしたPPP(公民連携、Public Private Partnership)とそこにおける発注の不完全性を補完するRIBA(王立英国建築協会、Royal Institute of British Architects)など職能団体を巻き込んだレビューシステムといった包括的な仕組みが構築されている★2
一方、日本の公共建築設計発注は、基本的には会計法と地方自治法によっており、前者(第29条)では、価格競争が原則義務づけられ、これに付することが不利と認められる場合において例外的に指名競争入札が、さらに契約の性質や目的が競争を許さない場合にのみ随意契約が認められる。後者の地方自治法でも、地方公共団体が締結する契約は原則として一般競争入札で、随意契約は一定の政令で定める場合にのみに限るとされている(第234条)。入札がデフォルトで、プロポーザルや設計競技が該当する随意契約は特例扱いなのである。

フランスの発注方式は何を考えてつくられているのか

このような指摘をすると、日本とは文化が違うので安易な比較は慎むべきだ、という文化論が持ち出されることが多い。しかし、公共建築発注は、高額で時間がかかり、かつ周辺環境に良い影響を与えようとする正の外部経済が期待される事業である。言うなれば、高度で複雑な経済活動であり、価値を最大化するためていねいに仕組みをつくりこむのは、むしろ自然な行為なのだ。
ここで先のフランスの状況を詳細に見ていこう。公共建築の発注においては、[1]法律上、設計競技がデフォルトとなっている。これは、その先長きにわたって存在する建築物の質を決定し、施工にも大きな影響を与える設計の特殊性に配慮したものといえる。設計条件が持つ可能性は、通常不可視であるため、設計委託者の案が最適であることを事前に評価することは難しいが、実際に案を募ったなかから選定することで、総事業費あたりのヴァリューを大きくする方向を見えやすくしようとしている。一方、入札がデフォルトである日本では、総事業費は設計料や建設費の和なのだから、それぞれを最小化するという考え方だ。どういう設計であろうと生みだされるヴァリューは変わらないという、かなり偏った前提に拠っている。
次いで重要なのが、[2]カイエドシャージ(Cahier des Charges)と呼ばれる詳細な設計要綱の作成が強く求められている点である。このように、設計の拠りどころとなる境界条件を明確化する仕事を発注者の責務として明示していることの意味は大きい。建築物が勘案すべき条件を事前に整理するという面倒な仕事を助ける職能としてプログラミスト(建築計画者)が、位置づけられていることも見逃せない。
さらに[3]専門的な審査団の構成である。こうした難しい判断を公正に担うにはスキルが必要であると考えるのは当然であり、従って審査員団は半分以上が専門家で、しかもその名簿は公開されるべきとされている。日本のいくつかのプロポーザルに見られるような役所職員が過半というのは論外で、審査員が応募者からアプローチされることを避けるため名前を伏せるという話には、何の論理性も認めていない。
[4]選定のプロセスは、参加表明書から5社程度を選ぶ1次審査と実際に報酬を払って基本設計を求める2次審査の2段階で行なわれることも言及されている。これは[2]がしっかりしているからこそ可能となるのだが、2次審査を基本設計に位置づけることで、選定後の価格の変動を少なくするとともに、時間の節約も狙っている。採用しなかった提案者へのフィーは死に金になるのだが、質の低い提案から選ぶリスクをヘッジするための経費と見なされている。
さらに興味深いのは、[5]2次審査の段階には必ず若手建築家を入れることが明示されている点である。質の高い提案を得るためには、良質な人的資源が維持され続けることが前提であるが、この再生産に目配りした長期的な視点が埋め込まれている。
最後に、[6]報酬や提出物について段階ごとに厳格な規定が定められていることを挙げておきたい。各段階で達成すべき業務内容が明示され、それそれに妥当な対価が提示されることは、設計のような価値を測りにくい知的産業を社会に再生可能なかたちで接続するための基本事項なのだ。設計入札がデフォルトになっているのみならず、不十分な要綱でプロポーザルが実施され、2次審査にたどり着いてもほとんど報酬が払われず、ましてや若手への配慮などない、収奪的な焼き畑農業を続けているわが国とは対照的である。

なぜ日本では良質なプロポーザルが成立するのか

発注の仕組みに大きな課題はあるとはいえ、日本には素晴らしい設計競技やプロポーザルの結果つくられた建築は多い。1964年の東京オリンピックの会場として計画された《国立代々木競技場》(1964、設計:丹下健三)はその成功例であるし、《せんだいメディアテーク》(2001、設計:伊東豊雄)、《横浜港大さん橋国際客船ターミナル》(2002、設計:FOA)、「くまもとアートポリス」の建築群など、数え上げればきりがない。プロポーザルで選ばれるような案には、施工上の工夫や技術開発が要求されることが多く、それを官積算★3の価格で取ることはそれなりの施工リスクを引き受けることになる。それでも施工会社が官積算と遠くない価格で入札に応じるのはなぜだろうか。千葉大学名誉教授の安藤正雄は、レントという概念を用いてこれをうまく説明している★4。右肩上がりのマーケットであれば、たとえ短期的に利益が出なくとも、発注元と良い関係を築いたり、技術開発したほうが有利というインセンティブ、すなわちレントが働くのである。
もちろん、リスクを取っているのは施工会社だけではない。前述のフランスとは違ってフィーがほとんど払われない日本のプロポーザルでは、設計者もかなりのリスクを取って参加している。これについては、憲法学者の木村草太が、期待権という整理をしている。つまり建築の専門家にとっては、良い建築がつくられ、社会がその価値を享受することは、自らの自己実現といった枠を超えて、職能の存在意義を問うボランタリーな投資と位置づけることができるわけだ。
しかしながら、施工会社や設計者がリスクを積極的に取ってくれるような、発注者にとって幸せな状況は、もはやなくなりつつある。本格的な人口減少時代に突入したうえに、東日本大震災(2011)からの復興や2020年の東京オリンピック・パラリンピックによって建設労務費が高止まりする局面では、施工者にとってのレントはもう利かない。さらに、こうした施工者の離反は、発注側にとってプロポーザルを行なうことへの懸念を生み、結果、デザインビルドなどへの傾斜につながっていく。これは、設計者にとって良い建築をつくる意思が発注者にあると想定しにくい、いわば期待権を発揮しがたい環境ということになる。つまり、発注者のリスクを肩代わりしてくれた良質なパートナーが次々と退場する面倒な状況が召喚されているのだ。

実際の事例にみる課題

実例を見ながら少し考えてみたい。岩手県釜石市では復興を創造的に進めるために復興建築の設計者をプロポーザルで選ぶ「未来のまちプロジェクト」を2012年の秋に開始した。優秀な設計者による革新的な提案を選べたところまではよかったのだが、その後の建設費の高騰で、最初に行った2つの災害公営住宅は、設計施工分離では落札せず、途中からデザインビルドに切り替えざるをえなくなった。そこで、残る学校とホールでは、プロポーザルの趣旨をできるだけ守ろうと、ECI(Early Contractor Involvement)★5を行ない、実施設計で施工予定者のアドバイスを受けることで、不落確率を下げることとした。関係者の努力でギリギリのところで発注にこぎ着けられたが、設計者選定の先にある施工リスク移転の重要性がここには示されている。


「(仮称)釜石市立鵜住居地区学校等」(2017)
[提供=シーラカンスアンドアソシエイツ]

神奈川県小田原市のケースはより複雑である。市では、市中心部にある市民会館の老朽化を解消するとともに優れた建築の実現によって街中の魅力を向上させようと、2005年12月、藤森照信、伊東豊雄、本杉省三らを審査委員として「(仮称)城下町ホールエスキースコンペ」を実施する。ていねいな2段階審査を経て山本理顕案が選ばれたのだが、一部の市民のあいだで、景観面、機能面に対する批判が高まり、2009年4月、それに押されるかたちで市は計画の見直しを発表する。
最初の計画が舞台芸術専門家を含む市民運動により白紙撤回されたことを受けて、舞台芸術の専門家と住民が関わって基本計画が策定され(2012年3月)、同年12月、この条件に基づいた「(仮称)芸術文化創造センター」の設計プロポーザルが行なわれる。委員長の仙田満以下、勝又英明(東京都市大学教授、劇場研究者)、桑谷哲男(《座・高円寺》館長)、市来邦比古(演劇音響家)といった劇場に見識の高い人材が審査員に名を連ねた2段階審査の末、新居千秋が最優秀者となる。今度もまた経験豊かで優れた建築家が選ばれ、ていねいな市民参加型ワークショップによって、2015年5月に実施設計は完了を見るのだが、その2カ月後に行なわれた入札の結果は、市況の変化もあって残念ながら不調となる。
フランスの事例に照らし合わせれば、最初の事業では、[1]能力による建築家選定、[3]専門的な審査委員などによって、有能な建築家を選んだものの、[2]の事前の設計条件の詰めが不十分であったためひっくり返されてしまった。その[2]を強化した2回めでは、結果、膨らんだ要求水準と想定予算との乖離を発注者が埋められなかったために事業が頓挫した。企画側や関係者は、大きくなったリスクの調整を建築家に押しつけるだけでは問題が解決しないことを理解すべきであったが、そうはならなかったのだ。[4]のように競争性が働く環境で、対価を払って練度の高い案を選ぶプロセスが埋め込まれていれば、状況は変わったかもしれない。
こうした事態を受けて小田原市では、デザインビルドによって品質と価格の両者を釣り合わせる試みに着手している。デザインビルドは、設計者に発注者のエージェントとしての役割を期待できないので、良質の社会資本構築という観点においては、設計競技やプロポーザルで設計施工分離発注を行なった場合に比べて課題が多い。しかしながら、難易度は高いものの、発注者がマネジメントをしっかりやれれば、施工者の技術力や実現力を設計に反映しながら想定予算内で竣工を目指すことも理論的には不可能ではない。PPPが盛んなイギリスでは、課題を孕みながらもさまざまな方法が開発されている。市では、そうした事例を参照しつつ、国土交通省のモデル事業の指定を受け、競争的対話の導入による要求水準書の不完全性の補完、さらには発注後の外部機関によるレビューといった工夫の導入を検討している。


「(仮称)城下町ホール エスキースコンペ」1等 山本理顕案
[提供=山本理顕設計工場]

これからに向けて

これまで述べたように、制度が未成熟であっても日本においてプロポーザルで良い成果が得られてきたのは、それぞれの理由で施工会社や設計者が、本来、発注者が取るべきリスクを肩代わりしていたことが大きい。釜石市や小田原市の試みは、リスクを肩代わりしてもらえなくなった発注者が、それを引き受けても良い建物をつくろうとする動きと見ることができよう。短期のリスクを恐れるあまり、良質な社会資本形成という行政本来の使命を放棄するのではなく、仕組みをつくりこんでリスクを長期的視点でヘッジしようとする態度は、ある程度評価できる。
一方、好例として挙げたフランスであるが、フィーは出るとはいえ提出書類が煩雑で労力に見合わないという批評も多く、若手登用の仕組みが内包されているといっても1次書類審査で経験を求めるために経験のない事務所はずっと2次に進めないというジレンマもある。リスク社会の典型的な症例である説明責任の肥大化が、創造的な環境創出の可能性を狭めている状況は、日本もフランスも変わらないようだ。むしろちょっとルーズな日本のほうが、良い担当者に恵まれればおもしろいことが起こりやすく、冒頭のプリツカー賞の獲得数はその表われなのだろう。しかし、ここまで述べた昨今の状況を考えると、属人的な努力に頼るのもそろそろ限界と言える。
公共建築に関心を寄せる多くの人には、私のような外部の人間が、公共建築発注の支援に回らざるをえないほど、良質な社会資本形成を目指そうとする発注者が疲弊していることを知っていただけるとありがたい。そっちのほうが損な買い物になるにもかかわらず、設計入札がデフォルトになっていることは大きな壁なのだ。これは、批判だけでは解決しない根深い問題でもある。合理に基づいた冷静な議論とその実装を根気強く続ける彼方に微かな希望が灯るのみである。

[謝辞]フランスでの課題についてはManuel Tardits氏(みかんぐみ)からいくつかの示唆を受けた。そのほか、建築家の先生方にも図版をお借りした。ここに記して感謝申し上げたい。


★1──科学研究費基盤研究B(海外学術調査)、「社会的魅力に資する優れた公共建築の発注手法に関する国際比較研究(課題番号:14550600、研究代表者:小野田泰明)」、平成22-24年度。
★2──小野田泰明ほか「英国におけるPFI支援に関する研究-公共図書館のPFIにおける日英の比較を通して」(『日本建築学会計画系論文集』Vol. 75 (2010) No. 657、pp.2561-2569)。
★3──発注者が事前に算出する事業費用を指す語。
★4──藤本隆宏+野城智也+安藤正雄+編著『建築ものづくり論──Architecture as "Architecture"』(有斐閣、2015)。
★5──設計の段階から、コントラクター(請負者や施工者)が設計業務への技術協力者として関与すること。




小野田泰明(おのだ・やすあき)
1963年生まれ。東北大学大学院教授。建築計画者。計画者としての参画=《せんだいメディアテーク》(2001、設計:伊東豊雄)、《横須賀美術館》(2007、設計:山本理顕)、設計作品=《苓北町民ホール》(2002)、《東北大学萩ホール》(2008、いずれも阿部仁史と協働)、《伊那東小学校》(2008、みかんぐみと共同)ほか。著書=『プレ・デザインの思想』(TOTO出版、2013)。主な共著=『プロジェクト・ブック』(彰国社、2005)、『モダニティと空間の物語』(東信堂、2011)ほか。


201707

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