時が建築を成す

岡部明子(環境デザイン、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)

重厚な建物に軽快なデザインを

1985年、日本がバブルの入口に立っていたとき、私は初めて欧州を訪れ、その後10年間バルセロナに滞在した。建築についての専門知識を自分のものにできていなかったとき、ただ生活者として欧州都市に身を置き、まず素直に感動したのが、スペインの片田舎の都市を訪れると必ずある普通のミュージアムだった。
決まって旧市街にある昔は修道院か邸宅だった建物で、そこに郷土の美術品などが並べられている。日本の地方都市では、博物館という機能のために建設したモダニズム建築だったから、博物館とはそういうものと思い込んでいたが、どこでも由緒ある建物を使っていることに驚いた。そして、展示の設えや順路にちょっと付け加えられた階段や扉などが、カビ臭い重厚な建物とは好対照をなした軽快なデザインであることにうっとりした。ケネス・フランプトンが後になって批判的地域主義と名づけた潮流で、地中海の風土が生んだ簡素なモダニズムであった。こういうデザインがしたいと思った。カルロ・スカルパの《カステルベッキオ博物館》(1956-64)は、どこにでもあるこれらミュージアムのうち、抜きん出て洗練されたものだったことを知った。ささやかな新旧対比が心地いいと思った。チャールズ・ブロジーズが『Old Buildings, New Designs: Architectural Transformations』(Princeton Architectural Press, 2011)の冒頭で描写しているフィレンツェの共和国広場を走り抜ける鮮黄色のランボルギーニを目の当たりにした感覚に近い。

破壊・保存・再利用

加藤耕一は『時がつくる建築──リノベーションの西洋建築史』(東京大学出版会、2017)で、歴史家の立場から、既存建築物に対する態度は、破壊(再開発)と保存(文化財)の二者択一ではなく、再利用という第三の道があることを示している。とかく再利用は、文化財としてきちんと保存することの次に出てきた最も新しい考え方と思われがちだが、むしろこれが昔から当たり前だったという。破壊がルネッサンスに始まり、文化財とみなし保存の対象とするという建築観は近代になって登場したのに対して、既存建築物を再利用するのは古来の最も普遍的な態度だった。
私が1980年代に日本で受けた建築設計教育は、要件を満たす建物を更地にデザインせよというものだった。仮に当該敷地に、いま何か建っていたとしても考慮せず無視するものだった。つまり、既存建物に対する態度は、はなから破壊と決まっていた。建築はつくるものだと信じて疑わなかった当時の日本から欧州に渡り、建築家たちの仕事の過半がインテリアや既存建築物の改修であることは衝撃だった。「新しいものをつくる機会は散発的にしか訪れない。建築家が日常的に直面している課題は、古い市街地にどう介入するかのほうだ。『何をつくるか』の前に、『何を壊すか』を考えなければならない」(拙著『ユーロアーキテクツ』学芸出版、1998)。
ヨーロッパの建築家たちは、再利用の創造性で競い合っていた。古い市街地に新しい建物をどう挿入するのか、15人あまりの名だたる建築家をそれぞれの事務所に訪ねてインタビューし、著したのが『ユーロアーキテクツ』である。

既存に〈同化〉しようとする再利用

スペインの中都市ジロナ、
小博物館に改修された建物
既存建築物に対する主流の態度が破壊でも保存でもなく再利用であるとして、問題はどのように創造的であるべきかである。〈同化〉か〈対比〉か、大きく2つの立場がせめぎあっていた。
当時、スペインやイタリアでは、アルド・ロッシ『都市の建築』(大島哲蔵+福田晴虔訳、大竜堂書店、1991、〈原著〉1966)が建築家たちのバイブル的存在だった。同年のロバート・ヴェンチューリ『建築の多様性と対立性』(伊藤公文訳、SD選書、1982、〈原著〉1966)以上に、ラテン系の地域ではモダニズム批判の理論的拠りどころだった。欧州では、モダニズムの理念に基づいた都市開発により慣れ親しんだ市街地が消えていくことに危機感が強まり、既存の都市組織を規範とした文脈を重視する機運が高まっていった。装飾を排除することで歴史的文脈から逃れようとしたモダニズム建築に代わり、ポストモダニズム運動では建築に再解釈された装飾が戻ってきた。
既存の建造環境からボキャブラリーをていねいに抽出し、それらを創造的に解釈してデザインコード化するなどし、既存建築物を改修して再利用するポストモダン的アプローチが広まった。既存の建物や街並みが規範となって建物再利用の改修デザインが決まってくるという観点では、〈同化〉指向といえる。 ただし、〈同化〉路線の再利用では、改修のデザインは既存に縛られて萎縮しやすい。また、似て非なるデザインモチーフが並び、けんかしてしまう。
建築家グループACTの手によってパリ中心部の元駅舎が、1986年、オルセー美術館に生まれ変わった。ポストモダン的手法で〈同化〉による既存建築物との調和を目指していたが、論争を呼んだ。工業化黎明期の大型建造物である駅舎が取り壊しを免れ、新たな役割を得て生まれ変わったこと自体は、1970年代に同時代の中央市場レ・アールが再開発のために取り壊されたことと比べれば、既存に対する都市開発の姿勢が大きく転換したことを示している。ガエ・アウレンティが内装デザインで参画しており、既存の建築装飾を修復したうえで、さらにポストモダン的な新たな装飾的モチーフを付加している。

既存との〈対比〉をねらった再利用

既存都市の文脈尊重があたかも正義であるかのような風潮にいらだちを募らせ、挑発的なスタンスを示して注目を集めていたのがレム・コールハースだった。

彼は、実際以上に美化された古き良き歴史都市の幻想から、ヨーロッパを目覚めさせようと試みた。[東西統合後のベルリン中心部のようにすでに大半が失われ]修復不可能な市街地も多い。その現実に目を背けて、美しい歴史都市の幻影にすがり、修繕しようと努力すること(......)の愚かさを説き、その場に対して建築家としてよりクリエイティブな提案を試みる。(......)幻想に溺れているヨーロッパでは、コールハースは歴史的な都市秩序を否定し破壊しようとしていると一部に誤解されているが、それは彼の本意ではない。美しい歴史都市の幻想を打破することによって、初めて見えてくる可能性に目を向けようとしているのだ。
──拙著『ユーロアーキテクツ』p.241-242

ビルバオの地下鉄入り口

モダニズムを批判的に乗り越えようとするポストモダンと並走していたのが、先端技術を味方につけてモダニズムを発展させようとしたハイテク建築である。ノーマン・フォスターらハイテク建築家と呼ばれる人たちは、ガラスとスチールを用いた軽快な建築表現で、石の重厚な既存建築物との〈対比〉的調和を探っていった。
ただ、〈対比〉的調和を目指したとしても、実際には既存部分の修復が必要になる。歴史的文脈に配慮するという意味で、ポストモダン的思考を基調としながら、〈対比〉的創造性をどこまで許容するかが問われることになる。
建築思想的基盤としてのポストモダンは定着したものの、既存文脈への介入デザイン手法としての直喩的な〈同化〉はしばしば強く批判された。例えば、バルセロナでは、歴史市街地の広場地下に導入された駐車場の入口として設けられたポストモダン建築が広場の景観を貶めているとして市民の痛烈な批判に遭い、新築後数年もしないうちに撤去された(拙著『バルセロナ──地中海都市の歴史と文化』(中公新書、2010)。ハイテク建築路線であっても個性を強く主張するものは歓迎されない。重厚な歴史市街地と〈対比〉的なミニマルで軽妙なデザインが支持されるようになっていった。介入デザインの創造性は新旧の関係をどうデザインするかに求められるようになっていった。
私は1980年代から90年代のバルセロナに滞在して、〈同化〉より〈対比〉に既存建築物の創造的再利用の可能性を感じるようになっていった。

新旧対比は減衰する

イタリア北部の小都市、
サヴィリアーノ
日本でも古民家の再利用で、〈対比〉的調和を目指してみたいと思い、7年ほど前から私は試行を続けている。まず「一度失われたものは、無条件には復原しない」と決めた。付属屋の炊き場が廃屋となっていた。すでに四隅の柱の根元は腐食し宙に浮いている。絡まり付いた蔦に侵食されつつもおかげでかろうじてかたちを保っているようにみえ、どう手を加えたものか途方に暮れた。〈対比〉的調和を意図し、蔦と支えあっている状態のままにし、いざとなったら崩れてきた棟木を支えてくれることを期待して、L字平面のコンクリートブロックの壁を挿入した。
新規の壁に沿って厨房設備を一新し「廃屋キッチン」に生まれ変わった。真っ白に塗ったコンクリートブロックの壁の〈新〉と、自然に還りつつある廃屋の〈旧〉との〈対比〉が鮮明になった。
しかし、廃屋キッチンの改修をして3年しか経っていないのに、新品だった木製建具は灰色になり、期せずして廃屋に馴染み、同化の一途だ。対比による創造的再利用を試みたものの、無慈悲にも時間に埋没していく現実を突きつけられた。

廃屋キッチン

建物が風化することについては、これまでもいろいろと論じられてきた。「時間が経つにつれて、自然は建物の表層のみでなく骨組みをも破壊する(建物は風化する)」とモーセン・ムスタファヴィとデイヴィッド・レザボローはとらえ、「建築家、施工者、所有者の誰もが望まないこと」だという(モーセン・ムスタファヴィ+デイヴィッド・レザボロー『時間のなかの建築』、黒石いずみ訳、鹿島出版会、1999、〈原著〉1993)。また、柄谷行人は、「混沌とした過剰な"生成"に対して、もはや一切自然に負うことのない秩序や構造を確立すること」が建築家の望む「隠喩としての建築」であり、それと現実の建築とのあいだに大きな乖離があると指摘する(柄谷行人『隠喩としての建築』講談社、1983/講談社学術文庫、1989)。いずれも、時間が成す建築は、建築をつくっている側にとってはあってほしくないものであるという見解だ。
他方、建物は年季が入っているほど魅力的だという共通感覚を私たちは持っている。
加藤の『時がつくる建築』を読んで知ったことだが、時間は建築の味方なのか敵なのか、マーヴィン・トラクテンバーグは、その分かれ目をアルベルティに認める(Marvin Trachtenberg, Building in Time: From Giotto to Alberti and Modern Oblivion, Yale University Press, 2010)。アルベルティ以前は「建築は時間の恩恵を受けていた」。それがアルベルティ以後は「時間は建築の敵と断定された」のだという。
要するに、新旧の〈対比〉に再利用の創造性を見出そうとすれば、旧は時間を味方につけてその魅力を増す一方、新にとって時間は敵だ。新旧〈対比〉の減衰は、木造か石造かで程度の差こそあれ本質的に変わりはない。
30年前のバルセロナでは、フランコ独裁時代にプレモダンな建築がほとんど手入れされていなかったために、歴史市街地から19世紀に拡張された市街地まで誰も相手にせず埃をかぶったままになっているかのようだった。そこに、アヴァンギャルドなデザインの介入が光っていた。でも、そのころ新旧〈対比〉の妙で話題となっていた建築をいま再び訪れても、その魅力は持続していない。
新旧を〈対比〉させようという発想自体が、結局のところアルベルティ以後の「隠喩としての建築」でしかないと思い知らされた。

建築の無常

バルセロナ旧市街の現代美術館
[以上、著者撮影]
ジェレミー・ティルは、概念的な(隠喩としての)建築と現実との落差は、時間の経過や環境に依存するものであり、そこに偶有性(contingency)を見出している(Jeremy Till, Architecture Depends, MIT Press, 2009)。偶有性とは予測可能な必然の帰結ではないが、まったくの想定外でもないことを指す。また、物化されることで建築家の手を離れた建築は、時間に委ねられる。風雪にさらされ自然の成り行きで古びていくであろうし、地震や火事などに遭遇して大きくその姿を不連続に変えないとは限らない。増改築されたり、あるいは単に内部に物が置かれたり、またたまたまその建物と関係を持った人によって改変されていく。建築家の手を離れてから増改築されること、すなわち偶有性を抱え込むこと自体を建築デザインとして表現したのがアレハンドロ・アラヴェナだ。偶有性とは、直感的には必然的偶然のようなものといえよう。
建築の偶有性は、日本空間の特徴としてしばしば指摘されてきたわび・さびに通じる。さび(寂び)が、「事物の表面の外殻を破ったその奥底に存在する真の本体を正しく認める時に当然認められるべき物の本情の相貌」(寺田寅彦「俳諧の本質的概論」『寺田寅彦随筆集 第三巻』岩波文庫、1948)を指すとするなら、建築の偶有性とは、そうしたものの本質が時間を経るとともに露わになってくることといえる。伝統的民家を例として挙げながら、伊藤ていじらは「ある意図された空間は単独に形成されているのではなく、周囲の存在があって初めて自己の存在を明確にしうるのであり、要素にはもともと強弱関係があるというところから出発している。弱い要素からくずれ、最後にはまったく入れ替わる場合もあるのだが、空間は連続的に存在し続ける」(都市デザイン研究体編『日本の都市空間』、彰国社、1968/2012)と指摘している。これは、偶有性に身を預けた空間観であり、そこに日本空間の特性のひとつを見出している。合わせて、「他との親和性」をもうひとつの特性として挙げているが、「空間性格の未決定性(偶有性)と他との親和性(依存性)はまったく同じことを内外から指摘したにすぎない」と言っている。また、茂木健一郎は、グローバル化の進展で偶有性が強まっているという。世界各地の相互依存関係が強まるほど、偶有性は増すという指摘は示唆的だ(茂木「必然化する偶有性」)。
既存建築物を再利用するために手を加えるとき、建築物とは偶有的な存在であるというふうに認識を新たにしたなら、何をよりどころにどうデザインしうるのだろうか。既存建築物を動態的に捉えたうえで、再利用のための介入デザインを求められることになる。建築物はつねにうつろいゆくものになる。すると、旧と〈対比〉する新を提示すること自体意味をなさない。既存建築物の創造的再利用としての新旧〈対比〉は、無常の建築には有効ではない。
私が30年前に欧州を初めて訪れ、心地よいと思った名もないミュージアムの改修は、一瞬出現した新旧対比の妙に過ぎなかったのだ。〈同化〉でも〈対比〉でもないとしたら、既存建築物の創造的再利用の道が見えなくなりそうだ。だからといって、既存建造環境に介入しないという選択肢はない。私たちは、逃れられない人類の性として、自身が身を置く空間を設え続けるよう宿命づけられている。大局的には悠久の時が成す建築の〈同化〉力に抗えないからこそ、建築という偶有的存在との束の間の戯れで気楽に〈対比〉に興じられる。そこに建築物再利用の創造性が発揮されてきたのではないだろうか。




岡部明子(おかべ・あきこ) 建築デザイン、都市政策、地域計画。東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。1985年、東京大学工学部建築学科卒業後、磯崎新アトリエ(バルセロナ)に勤務。バルセロナに10年間住む。建築などのデザインを手がけるかたわら、欧州都市戦略に関する研究で環境学博士(2005)を取得。著書=『ユーロアーキテクツ』(学芸出版、1998)、『サステイナブルシティ──EUの地域・環境戦略』(学芸出版、2003)、『バルセロナ──地中海都市の歴史と文化』(中公新書、2010)、『メガシティ6──高密度化するメガシティ』(東京大学出版会、2017)ほか。


201706

特集 時間のなかの建築、時間がつくる建築


建築時間論──近代の500年、マテリアルの5億年
時が建築を成す
点・線・高次の構造、それでも実在としての歴史
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