「合法的」なゲリラ的空間利用
──愛知県岡崎市「殿橋テラス」の実践から

榊原充大(RAD、建築家/リサーチャー)
© 奇天烈写真館

この論考では、タクティカル・アーバニズムを「Short-term Action for Long-term Change(長期的変化のための短期的アクション)」という理念のもとにとらえ、その具体的事例として、私が2016年からシティプロモーションに関わっている愛知県岡崎市で出会い強く可能性を感じた、同市に流れる乙川(おとがわ)にかかる殿橋(とのばし)橋詰に2カ月半生まれたポップアップ・バル「パーラーニューポートビーチ」の舞台となった「殿橋テラス」を紹介するものである。

なお、ここで言う「Short-term Action for Long-term Change」という理念は、笠置秀紀氏の論考「〈タクティカル・アーバニズム〉──XSからの戦術」で記されている「(タクティカル・アーバニズムは)2008年頃より欧米の都市関連サイトで散見するようになったワードだが、狭い意味でいえば、2015年に発刊されたマイク・ライドンとアンソニー・ガルシアによる書籍『Tactical Urbanism: Short-term Action for Long-term Change』が公式な出自と言える。」を受けている。

また、水野大二郎氏も論考「『タクティカル・アーバニズム』は日本でも展開できるでしょうか?」において「国土交通省も2014年度から「ミズベリング」プロジェクト(http://www.kkr.mlit.go.jp/river/kankyou/mizberingp.html および http://mizbering.jp/)を立ち上げ、日本全域で水辺のさまざまな利活用法をタクティカル・アーバニズムも射程に入れつつ模索している」と書いているが、今回紹介する殿橋テラスはその理想的な応答のひとつと言えるだろう。

「合法的」なゲリラ的空間利用

概要からまず説明すると、殿橋テラスは2016年7月から9月まで愛知県岡崎市に流れる乙川河川空間を活用するための公民連携プログラム「おとがワ!ンダーランド」の一環として生まれた空間である。禁止事項が多い河川空間において、個人の自由と責任で自身の「やってみたいこと」を実現し、公共空間の活用をより身近なものにしてもらうことがこのプログラムのねらいだ。そして殿橋テラスは、人通りや交通量の多く注目度の高い殿橋の下流側にあたる西南詰にかかる欄干に天板を設置し、飲食を提供するため河川側に単菅足場で組まれた店舗を設える取り組みである。私も二度ほど現地を訪れ、その開放的な雰囲気と来客が絶えない求心力に都市空間活用の可能性を強く感じた。

殿橋[©奇天烈写真館]

これを河川空間の活用を目指す「かわまちづくり」のひとつとして進めるのが、同市が2015年から進める乙川リバーフロント地区まちづくり計画、通称「おとがわプロジェクト」である。中心市街地の空洞化や高齢化に直面する元城下町・宿場町であり、そしてかつて商業の中心であったこの都市が持つ多様な資源の活用が日常になることが目指されている「おとがわプロジェクト」では、「かわまちづくり」のみならず、「リノベーションまちづくり」「歴史まちづくり」「観光まちづくり」といった4つの主要まちづくりが進められている。ここに召集された専門家の一人が、大阪で「水都大阪」などの取り組みを進めるハートビートプランの泉英明氏だ。「北浜テラス」をはじめ、水辺活用の多様な実践を各地で展開している。

殿橋テラス設置箇所[提供=天野裕]

パーラーニューポートビーチ[© 奇天烈写真館]

国交省が水辺の有効利用を進めている旨は水野論考でも言及されたことだが、もともと河川管理は国交省や都道府県、市町村の管轄になっている。一方欄干は道路施設となるため、河川のみならず橋自体も利用する殿橋テラスは、河川占用許可の他に道路占用許可も取っている。また、先にも触れた通り岡崎市でも特区制度を利用し規制緩和を行なって、民間でも河川で営業活動を行なえるようにした。

このように、殿橋テラスにおいて興味深いのは、橋の欄干の上に天板を置くといういわばゲリラ的な空間利用が「合法的」に行なわれた、という点にこそある。一方でその実現にはかなりの時間・労力が費やされている。並走者としてこの場所を実現させた、地域のまちづくりNPO岡崎まち育てセンター・りたの天野裕氏に話を聞きつつ、以下この取り組みをレポートしていく。

殿橋テラスが実現するまで

天野氏は「県はよくこの取り組みに許可を出してくれた」と語るが、殿橋テラス実現までは困難の連続だったようだ。

まず「なぜ殿橋が選ばれたのか」から見ていこう。理由は、乙川が見えることはもちろん、交通量が多く、また岡崎城も彼方に見ることができるためだったと言う。川辺はレベルが下がっているために地上レベルからは認識されづらいが、関係者間で周辺の人へ「見せること」の重要さが意識されたことから交通量も重視されている。景観的要素と集客ポテンシャルに加え、制度的にどこに設置可能かが検討された末に割り出された場所だった。

言うまでもなく河川は増水などの水害の危機にさらされており、水辺にはさまざまな制約がある。そのなかでも最も忌避されているのは、設置物によって「河積(川の横断面における水の占める面積)」が減らされること。それがオーバーフローの原因になるからだ。

そしてこうした河積阻害を最も起こしているのは、実際のところ「橋」だそうだ。とりわけ橋脚。現在の橋梁設計の潮流としてはなるべく橋脚の数を減らし、河積阻害を可能な限り減らすようにされている。しかし殿橋は1927年につくられたものであり、Wikipediaでも「多柱形式の橋脚が連なる下部構造」とある通り、橋脚の数が多い。

殿橋テラス設置中の様子[提供=天野裕]

店舗側床面[提供=天野裕]

「殿橋テラス」ももちろん河川区域に入るが、「もともと河積阻害を起こしている橋に一体化する(から設置にも影響ないはずだ)」という設置のための論理が取られた。下流側に置かれた理由もその延長上にある。

テーブル化した欄干の裏側にある河川区域にせり出した仮設店舗についても、増水したときに構造物にどう水圧がかかるか、足場台を使った実現方法で構造的にも問題ないかを事前に検証し、河積阻害に関しても殿橋テラスが置かれることでは水流にほとんど影響がないと専門家に見てもらった。

要するに「常設をしても問題ない」という論理を取って臨んだのだが、そもそも河川区域に物を置き続けることを前提とした社会実験が認められるかが争点となった。そこで「危険がある場合は全撤去する」という方針に変えることで許可を得た。

市、NPO、専門家、事業者の連携

結局殿橋テラスが実現したのは、イベントおとがワ!ンダーランド会期終盤の8月27日。天野氏は「初めての試みで調整事項も多く、市もさすがに難色を示すかと思ったのですが、粘り強くつきあってくれました。泉さんという専門家が後ろ盾についてくれていたことも大きかったです。」と語る。

完成したパーラーニューポートビーチ[© 奇天烈写真館]

こうしたインパクトある実践を支えたのは、市や専門家、そして地域NPOのみではない。事業者としてこの店舗「パーラーニューポートビーチ」を運営した、カフェ「California Parlor - Quiet Villege」オーナー川浦素詳氏の貢献も欠かせない。川浦氏は岡崎市で約10年来カフェをはじめさまざまなスペースを立ち上げてきた。大雨や台風の際は逐次撤去する必要があることは先にも触れたが、実際に二度ほど全撤去が敢行された際、天野氏とともに動いたのも川浦氏だった。パブリックマインドを持つ事業者との出会いは、殿橋テラス実現にとって極めて重要な要素だったと言えるだろう。

「California Parlor - Quiet Villege」オーナーの川浦素詳氏(写真左)[© 奇天烈写真館]

最終的に運用期間は8月27日から11月6日までの約2カ月半。平日は16時から21時まで、土日祝日は13時から21時までという限られた時間、雨天時には営業中止、台風などで水位が上がりそうな日には設置物の完全撤去を行なわなければならないという営業的に厳しい条件はあったものの、売り上げは好調だったそう。川浦氏も「現行の営業条件だと厳しいだろうけど、そこさえクリアされれば民間事業者にとっても魅力的に感じる数字だと思う」とのこと。こうしたゲリラ的空間が善意のみで成り立つのではなく、営利活動によっても維持できるということの意義は少なくないだろう。

こうした希少な水辺空間と道路施設の活用方法に対して国交省からの視察者も好感を持ったそうで、他の場所でも展開を期待する旨の発言があったようだ。

また、今回は叶わなかったものの、常設を目指した動きも進められている。ハイウォーターレベル(洪水防御に関する計画の基本となる洪水量「基本高水流量」からダムや遊水池など各種洪水調節施設での洪水調節量を差し引いた流量である「計画高水流量」を安全に流すことのできる水位)にプラス1mより上なら問題ない、という基準があるため、この基準を満たすことを目標に店舗設置方式を現在検討している最中だそうだ。

夜の様子、奥に岡崎城が見える[撮影=筆者]

殿橋テラスの取り組みは2017年にも実施される予定であるため、関心のある方はぜひ現地を訪れてみてほしい。

「Long-term Change」のためのアイデアの連鎖

この殿橋テラスの取り組みを見たときに、私は山下陽光(途中でやめる)、下道基行(アーティスト)、影山裕樹(編集者)からなるユニット「新しい骨董」が実践した「裏輪呑み」を想起した。この二者間には直接的な関係はない。裏輪呑みは、再開発が進む埼玉県浦和市の都市空間において自由に「呑める」場所をつくっていくために、本来は冷蔵庫などに貼り付けるためマグネットのついたカゴをひっくり返してテーブルとして使い、外部空間で呑むという実践だ。殿橋テラスの開放感と、裏輪呑みの開放感は同じ根を持つように感じた。
こうした「Short-term Action」それ自体は、一時的な「ゲリラ的実践」である場合もあれば、今後の定着を目指した「布石的実践」である場合もある。「裏輪呑み」は前者の一例であり、「殿橋テラス」は後者の一例だととらえることができる、とひとまず言うことができるだろう。そして、「Long-term Change」を具体的に推し進めようとするという点において、後者こそがタクティカル・アーバニズムだ、と言うこともできる。

そしてこうした二項を想定したときに、婉曲的表現での「外部からの意見」が重視される日本におけるタクティカル・アーバニズムを考えると、その取り組みが「合法的に」行なわれているということがその実践の流布に与える影響は強い。その点で「殿橋テラス」の実践は制度との向き合い方においても極めてインパクトを持つのではないだろうか。

ただ、かといって前者が持つインパクトも忘れてはならない。突発的かつ「ゲリラ的」に行なわれた裏輪呑みの実践は、SNSなどを通じて各地に飛び火している。こうしたアイデアの連鎖が結果的に「Long-term Change」へとつながる場合もあるはずだ。こうしたアイデアをストックし、実現の可能性を行政や市民有志らとともに探っていくような「場」や「役割」が都市にあるべきではないか、と考えている。




榊原充大(さかきばら・みつひろ) 建築家/リサーチャー。建築リサーチ組織RAD共同主宰。京都精華大学非常勤講師、京都建築大学校非常勤講師。おもな共著=『レム・コールハースは何を変えたのか』(鹿島出版会、2014)、制作書籍『LOG/OUT magazine ver.1.1』(2016)。「戦争とマンガ展」会場構成(京都国際マンガミュージアム、2016)。「グランフロントうめきた広場メインスペース実証実験分析及び活用提案」(2016)。


201703

特集 タクティカル・アーバニズム──都市を変えるXSサイズの戦術


『Tactical Urbanism: Short-term Action for Long-term Change』イントロダクション
路上のパラソルからビッグ・ピクチャーへ──タクティカル・アーバニズムによる都市の新たなビジョンとは?
「合法的」なゲリラ的空間利用──愛知県岡崎市「殿橋テラス」の実践から
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