路上のパラソルからビッグ・ピクチャーへ
──タクティカル・アーバニズムによる都市の新たなビジョンとは?

中島直人(都市計画研究者、東京大学工学部都市工学科准教授)+太田浩史(建築家、東京ピクニッククラブ共同主宰)

ストラテジック(戦略的)からタクティカル(戦術的)なプランニングへ

太田浩史──今日は、言葉の定義や背景があいまいなまま拡散されつつある「タクティカル・アーバニズム」の本来の用法やその都市論的な意義について、中島直人さんと一緒に考えてみたいと思います。この言葉はニューヨークをベースとする都市計画家マイク・ライドンが2010年頃から使っていたものですが、まずはこの言葉を構成している2つの語について整理しておきましょう。
まず「タクティカル(戦術的)」という語は、これまでのストラテジック(戦略的)なプランニングに対するものとして名付けられています。長期的・全体的な都市計画ではなく、都市への小さなスケールの介入がより効果的であるという考え方です。それから、「アーバニズム」についてです。アメリカには歴史的にアーバニズム、もしくはアーバンプランニングに対するさまざまな批評があって、タクティカル・アーバニズムもそのなかから成立してきた経緯があります。しかし日本には、その批評の対象となるアーバニズムがそもそも存在したのかという疑義があり、タクティカル・アーバニズムが捉えようとしている領域が見えにくい。こうしたなかで、現在日本で展開しようとしているタクティカル・アーバニズムは、都市計画の概念やまちづくりの概念を多少とも変えるものなのか、それとも一過性の流行でしかないのか。中島さんはアーバニズムの研究を大学で行なっていらっしゃいますので、まずはその動機と内容から教えていただければと思います。

fig.1──Everyday Urbanism,
Edited by John Chase, Margaret Crawford,
Kaliski John,Monacelli Press, 2008
中島直人──私がタクティカル・アーバニズムに関心を持つようになった契機は2つあります。まず、この5、6年間、ニューヨーク市における公共空間の再編について研究してきたのですが、そのなかで道路を広場化するプログラム、プロジェクトに着目してきました。それらは民間と行政によるPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)として取り組まれたものですが、じつはタクティカル・アーバニズムの代表的な事例としてよく言及されているということを後で知りました。もうひとつの契機は、タクティカルということではなくて、アーバニズムそのものへの関心です。2000年代以降の都市計画やアーバンデザインの分野で、アメリカを中心に「アーバニズム」という言葉が頻繁に使われるようになっています。タクティカル・アーバニズムに近いものに限っても、「エブリデイ・アーバニズム」[fig.1]や「ゲリラ・アーバニズム」といった「〇〇〇+アーバニズム」がたくさん生まれている。こうした現象について考えていくなかでタクティカル・アーバニズムにも注目し、その意義を考えるようになりました。つまりニューヨーク市で実際に行なわれている都市空間の改変と、アーバニズムという言葉が都市計画やアーバンデザインに与えている影響、この両面からタクティカル・アーバニズムに関心を持つようになったのです。

「アーバニズム」の来歴
──1938-1996、そしてタクティカル・アーバニズムへ

中島──太田さんがおっしゃるように、まずはアーバニズムという語について確認しておく必要がありますね。アーバニズムという語が初めて明確な定義のもと使われたのは、アメリカのシカゴ学派都市社会学者を代表するルイス・ワース(1897-1952)による1938年の論文「都市における生活様式(Urbanism as a Way of Life)」においてです。ここで都市社会学的な現実をとらえる事実概念としてアーバニズムという言葉が出てきます。事実概念というのは、実際に社会で起きていること、つまり経験を説明するための概念としておきましょう。ここでのアーバニズムの語られ方は、急速に都市化していくシカゴにおいて、かつてあった共同体が解体して個人化が進むことへの問題意識が前提となっていました。その後、社会学では、たとえばクロード・S・フィッシャー(1948-)が下位文化論の側面からアーバニズムをとらえ、社会の解体ではなく、新たな連帯の登場に着目するなど、都市をさまざまな視角から分析を加えてきています。一方、現在、都市計画やアーバンデザインの文脈で使われるアーバニズムは、事実概念というよりも、理想的な都市のあり方や理想を目指す運動を含めた、つまり価値判断を前面に出した規範概念です。そのため社会学で生まれた事実概念としてのアーバニズムと、都市計画で使われる規範概念としてのアーバニズムは使われ方が異なります。まずここを押さえなければいけません。

太田──中島さんはアーバンデザインの研究もされていますが、アーバンデザインとアーバニズムの出自は別なのでしょうか?

中島──アーバンデザインは、1950年代にランドスケープ、アーキテクチャー、そして都市計画の統合としてハーヴァードGSDから出てきた言葉で、やはりアーバニズムとは少し違います。近年ではアーバンデザインとアーバニズムの使い分けについての議論もあって、一例ですが、建築批評家ポール・ゴールドバーガー(1950-)は、アーバンデザインにはデザイナー=著者がいるけれど、アーバニズムには著者がいる必要がないと言っています。
先ほど述べた社会学のアーバニズムと都市計画のアーバニズムがどう違うのかという議論もあるし、いま太田さんがおっしゃったようなアーバンデザインとアーバニズムがどう違うのかという議論もある。しかしこうした使い分けは意識的にされてきたのではなく、結果的に使い分けが生じたというのが事実のようです。

太田──アメリカの文脈では、90年代の都市再生で注目された「ニュー・アーバニズム」が最初に頭に浮かびます。あれも車優先の都市計画に対する反旗を翻す運動でしたね。アメリカでは「アーバニズム」は批評的態度の表明として用いられると思ってよいのでしょうか?

中島──そうですね、市場経済のもとで自成的に生み出される都市形態、とりわけアメリカの場合は自動車に依存し極度に郊外化した都市形態に対する批評、批判がアーバニズムという言葉に仮託されるようになった原点はニュー・アーバニズムです。ニュー・アーバニズム以降、アーバニズムという言葉が都市計画、アーバンデザインにおいて復権してきます。ニュー・アーバニズムが果たした大きな役割は、このアーバニズムという言葉を新たに位置付けながら、事実概念から規範概念へと変えていったことです。たとえば1960年代には、ジェーン・ジェイコブズのように「既存の都市の複雑な状況のなかにこそ都市生活の原理が含まれている」という考え方が広まりました。当時はこれをアーバニズムと呼んではいませんでしたが、批評としてのアーバニズムの起点だと言ってよいでしょう。ただ、語として明確に「アーバニズム」を打ち出したのは、ニュー・アーバニズムの原点となっている1991年の「アワニー原則」、1993年のニュー・アーバニズム会議設立、そして1996年に採択された「ニュー・アーバニズム憲章」においてでした。それらにおいてアーバニズムとは何かが説明されているわけではありませんが、「過去および現在の最良の事例に依拠することによって、そのコミュニティのなかで生活し、 働く人びとのニーズに、より的確に対応するようなコミュニティをつくりだすことが可能である。」と始まる「アワニー原則」が最もわかりやすいように、自動車社会が席巻する以前の都市形態と関連するアーバニズムという語に「新しい」という接頭語を付けることで、過去と現在を接続しつつ、持続可能な未来に向けた規範という意味をアーバニズムに包含させたのです。

タクティカル・アーバニズム
──長期的な変化のための短期的なアクション

太田──では言葉の背景についてはその位にして、マイク・ライドンとアンソニー・ガルシアの著書『Tactical Urbanism: Short-term Action for Long-term Change』(Island Press, 2015)[fig.2]に話を移しましょう。この本にアンドレ・ドゥアニーが寄せた序文を読むと、レム・コールハースの『S,M,L,XL』(1995)を引き合いに出して、XLがあるのならXSサイズのプロジェクトもあるはずだということを言っています。ニュ-アーバニズムの立役者の一人であるドゥアニーですが、これはアメリカの状況を念頭においての文章でしょうか?

fig.2──Mike Lydon, Anthony Garcia
Tactical Urbanism: Short-term Action
for Long-term Change
Island Press, 2015
中島──タクティカル・アーバニズムのマニフェストとなった『Tactical Urbanism』の著者のひとりであるマイク・ライドンは、ニュー・アーバニズム会議の創設者であるアンドレ・ドゥアニーの事務所の元所員ですし、この本にはニュー・アーバニズムと同様に市場的合理性一辺倒の都市開発、都市形態に対する批判的な思想が基調にあります。つまり、アメリカの都市が置かれた状況をもとにしていますが、XSを志向する点にニュー・アーバニズムとの決定的な差異があります。タクティカル・アーバニズムには、ニュー・アーバニズムでも試みられてきた住民参加型のワークショップや領域横断的な多数の専門家が短期間でデザイン案をつくるシャレットとは決定的に違った、実践が持つストレートな面白さや物事が短期的に動くダイナミズムを価値の中心に置いています。また、従来のマスタープラン型の都市計画の硬直性と複雑系ともいえる実際の都市の動態とのギャップをどう埋めるのか、という方法論的な問題意識が前面に出た運動です。そうした視点でアメリカ国内、そして世界中を見渡してみたら、実践がたくさん起きていて、それらをタクティカル・アーバニズムという言葉でカテゴライズしていったということではないでしょうか。

太田浩史氏
太田──それは2010年頃にライドンが見た世界の風景ということなのでしょうね。というのも、タクティカル・アーバニズムとして取り上げられている取り組みは、基本的には10年以上前からある動きだと私には映っているからなんです。ちょうど私とパートナーの伊藤香織が「東京ピクニッククラブ[fig.3]を立ち上げ、「ピクニック・ライト=公共空間の権利」を主張し始めたのが2004年なのですが、当時、都市をアートの力で変えていこう、という手法が世界中にあるのを知って大変勇気づけられたんですね。たとえば、バカンス・シーズンのパリのセーヌ川沿いに砂浜をつくってしまう「パリ・プラージュ(Paris Plages)」は2001年から始まったのですが、公共空間に「異化作用」を持ち込み、風景とアクティビティを同時に変えてしまう方法は、とても素晴らしいと思いました。同じ手法は2004年に始まったベルリンの「バーデシフ(Badeschif)」もやっていて、これは川の中にプールを浮かべるものです。建築としてよくできていると思います。アメリカでは、2008年にオラファー・エリアソンがニューヨークのブルックリン橋を巨大な滝に変えるパブリック・プロジェクト《The New York City Waterfalls》を実現させています。同年のリーマンショックまで、こうしたプロジェクトは随分たくさんあったと思います。日本でも、2003年に横浜で始まったBankARTが、黄金町に「BankART桜荘」をつくったり(2006-2010)、野毛に「BankARTかもめ荘」をつくったり(2007-2012)、意図的に美術館の外に拠点をつくっていた。大分でも、桐生でも、アートの文脈で地域を変えようという動きはありました。
これらの動きは、何か個別の都市問題に焦点を当てたものではありません。でもその一方で、やはりアートを用いて、尖ったアプローチも随分とありました。たとえば2005年のトロントの「ゲリラ・バイク・レーン(Guerrilla Bike Lanes)」はまさに自転車レーンがないから自分たちでレーンを路面に塗ってしまおうという痛快なものでした。やはり2005年に始まり、パークレットを生んだ「Park(ing) Day」は芝を都市に持ち出すのが私たちと同じ手法だったので、メールで情報交換をしていました。パークレットが始まる随分前のことで、伊藤はサンフランシスコまで彼らに話を聞きに行っていました。
このように、タクティカル・アーバニズム的な試みは10年以上からあり、アメリカがそれを遅れて概念化したという感じもあるので、率直に言って、いまになって日本で注目を集めていることが私には不思議です。もちろん都市は依然として自由ではないし、若い建築家や学生も参加できそうなタクティカル・アーバニズムの敷居の低さが魅力的に映ることもよくわかります。しかし、実感としては10年以上やっていても都市はまだまだ変わらず、むしろさらに不自由になっているのではないかとも思っていますので、小さな取り組みを重ねることの限界も感じています。中島さんは、いま注目を集めるタクティカル・アーバニズムが本当に面白い都市の未来を形成しうるとお考えでしょうか。もしくは課題があるとしたら何に気をつけるべきだとお考えでしょうか。

fig.3──ニューカッスルゲーツヘッドで行われた東京ピクニッククラブのピクノポリス[撮影=2008年8月、伊藤香織]

中島直人氏
中島──やはり『Tactical Urbanism』のサブタイトルでもあるように、「Short-term Action for Long-term Change(長期的な変化のための短期的なアクション)」がポイントだと思います。いま太田さんが挙げられた例のように、「Short-term Action」はこれまでもたくさんありました。ニュー・アーバニズムと同根と言ってよいタクティカル・アーバニズムは、小さな運動「Short-term Action」を都市計画的な「Long-term Change」にどう接続するかを視野に入れているところが、従来の取り組み、もしくは似た運動として取り上げられることの多いゲリラ・アーバニズム、DIYアーバニズムとの違いです。また、都市計画側も「Shor-term Action」を求めはじめたという側面があるようです。2000年代前半までは、小さな運動があっても行政主導の都市計画の世界では相手にされていませんでしたし、「勝手にやって」という感じだったわけですが、行政側もトップダウン式の公共投資だけでは都市再生がどうもうまくいかないことに気付いてきた。こうした行政側の意識の変化という側面はアメリカだけでなく、とりわけ自治体が財政的な面で厳しい局面を迎えている日本にもあると思います。ですから、これからはストラテジックな試みを行なっていた行政側と「Short-term Action」を展開する人々をどう結んでいくかが課題でしょう。アクションを起こす人々はゲリラではなく未来を見据えつつ「タクティクス(戦術)」を練る必要があり、行政側は「Shor-term Action」を受け入れるべくどのように制度を変えていくことができるかが問われます。これまでのようにマスタープランや大きなビジョンに向かって計画通りにプロジェクトを進めるのではなくて、進行しながらプランも戦術も書き換えていくというやり方は、さまざまな意味において現代に合ったプランニングの考え方だと思います。
なかでもニューヨーク市交通局長のジャネット・サディク=カーンがニューヨークで行なった実践は、好例だと言えるでしょう。最初は一晩だけ各地域の小さな道路を広場化する試みでしたが、だんだんと恒久化し、ついにはタイムズ・スクエアに歩行者専用空間ができるまでになりました[fig.4]。道路を広場化するアクションはひとつのタクティクスですが、じつはこうしたアクションがどこで行なわれるべきかというストラテジーをニューヨーク市は持っています。このストラテジーはかつてのマスタープランとは違って、あらかじめ特定のエリアが固定されているわけではありません。ニューヨーク市が用意しているのは、地区内での広場の有無、空地・空き家などの開発可能箇所の分布、エリアの平均所得といった政策目標を前提としたうえでの各エリアの特性を表すプライオリティマップです[fig.5]。実践を望んでいるエリアに手を挙げてもらい、それをニューヨーク市のプライオリティマップ、つまり事前に設定した採択基準をどの程度満たすのか、その充足順にプロジェクトサイトを選ぶことで柔軟に公共空間へ埋め込んでいくのです。つまり、大きな方向性を持ったストラテジーを持ちつつも、ボトムアップの動きを起点とし、それらを連ね、重ね合わせていくことで都市構造を変えていく。そういう意味では非常にわかりやすく「Long-term Change」を実現していると思います。

fig.4──広場化されたタイムズ・スクエアのブロードウェイ[撮影=2016年9月、中島直人]

fig.5──ブルックリン地区のプライオリティマップ[出典=「NYC Plaza Program Application Guidelines 2016」]

太田──日本での近い事例は、2003年に中谷ノボルさんが始めた「NPO水辺のまち再生プロジェクト」ですね。これも水上タクシーを勝手に始め、水際で弁当を食べるというような小さなアクションから始まって、そこに嘉名光市さん(大阪市立大学准教授)や忽那裕樹さん(立命館大学客員教授)、橋爪紳也さん(大阪府立大学特別教授)が参加して、だんだん政策と並走するようになっていきました。ひとつの小さなアクションで都市空間が変容した例です。行政側にとっても、仕掛け側にとっても理想的なかたちでしょう。こうした成功例を鑑みると、ストラテジーとタクティクスの両方を俯瞰できる立場の人が関わりながら、そのあいだを整合性をもって動けることが重要ですね。

中島──「ボトムアップのプロジェクトはもっとストラテジックになるべきだし、トップダウンのプロジェクトはもっとタクティカルになるべきだ」とマイク・ライドンも言っています。
ちなみに、アメリカのアーバニズムの多様性から見ると、タクティカル・アーバニズムもひとつの動きにすぎず、ほかにもいろんな考え方があります。たとえば先に挙げた「エブリデイ・アーバニズム」は行政との関係には関心を持たず、いまある都市空間の日常性そのものを再評価し、差異化させる、あるいは変化させないよう守っていくような考え方です。アクションという面で起きていることは似ているように見えますが、異なる考え方に基づいています。いま日本ではアメリカで同時に起きていることをすべてタクティカル・アーバニズムだと見てしまっているところがありますが、違いを捉えることも重要です。

  1. ストラテジック(戦略的)からタクティカル(戦術的)なプランニングへ/「アーバニズム」の来歴──1938—1996、そしてタクティカル・アーバニズムへ/タクティカル・アーバニズム——長期的な変化のための短期的なアクション
  2. タクティカル・アーバニズムを社会運動として語ること/タクティカル・アーバニズムが目指すべき風景──「マーケット・アーバニズム」に抗して
  3. “荒れ地”の現在──都市空間は表現の場だ/世界のShort-term Action for Long-term Changeたち/アーバニズムの醍醐味はビッグ・ピクチャーを構想すること

201703

特集 タクティカル・アーバニズム──都市を変えるXSサイズの戦術


『Tactical Urbanism: Short-term Action for Long-term Change』イントロダクション
路上のパラソルからビッグ・ピクチャーへ──タクティカル・アーバニズムによる都市の新たなビジョンとは?
「合法的」なゲリラ的空間利用──愛知県岡崎市「殿橋テラス」の実践から
このエントリーをはてなブックマークに追加
INDEX|総目次 NAME INDEX|人物索引

PROJECT

  • パブリック・トイレのゆくえ
  • TOKYOインテリアツアー
  • 建築系ラジオ r4
  • Shelter Studies
  • 再訪『日本の民家』 瀝青会
  • TRAVEL-BOOK: GREECE
  • 4 DUTCH CITIES
  • [pics]──語りかける素材
  • 東京グラウンド
  • 地下設計製図資料集成
  • リノベーションフォーラム
『10+1』DATABASE

INFORMATIONRSS

「記憶の光跡展」関連イベント(港区・9/28、9/29-10/3)

2018年5月に岐阜県養老町で開催され、2日間で1000人を越える来場者を記録した教育委員会主催アー...

建築情報学会キックオフ準備会議第4回(渋谷区・10/5)

「建築情報学」は、旧来の建築学の学問的カテゴリに捉われることなく、建築内外の知見を架橋すること...

Making the City Playable 2018 コンファレンス(千代田区・9/28)

英国のメディアセンター、ウォーターシェッドが2012年に立ち上げた、「遊び」を通して都市と人が出...

LIXIL出版 中途採用のお知らせ

10+1websiteを運営するLIXIL出版では、 建築・デザインに関する書籍の編集スタッフを募...

石川初×大山顕「地上学への誘い」『思考としてのランドスケープ 地上学への誘い』刊行記念(世田谷区・9/20)

LIXIL出版より発売中の『思考としてのランドスケープ 地上学への誘い──歩くこと、見つけること、...

NPO建築とアートの道場 2018年秋-1レクチャーシリーズ「建築家の生態を探る」(文京区・9/1-10/13)

gallery IHAの2018年秋-1レクチャーシリーズは、『建築家の生態を探る』と題して、成瀬友...

リノベーション・スタジオ展示会「カプセルタワーのメタボリズム(新陳代謝)2018」(中央区・8/27-9/1)

東京理科大学工学部建築学科4年の設計製図演習「建築・都市設計」では、現代の社会で建築が取り組むべき...

ミサワホームAプロジェクト シンポジウム「時間がよびさます建築」(京都府・9/26)

今回のシンポジウムは、今年度村野藤吾賞を獲得した平田晃久さんと、昨年、青森の八戸美術館と一昨年京都...

地域社会圏」と「現代総有」─個人・社会・空間をつなぐ新しい考え方─(千代田区・9/1)

人口減少と少子高齢化、東京への一極集中に代表される都市部と地方の格差拡大、グローバル化が進む中で...

「建築」への眼差し -現代写真と建築の位相-(品川区・8/4-10/8)

ニセフォール・ニエプスによって撮影された歴史上初の写真が作業場の窓から見える納屋と鳩小屋の映像であ...

UNBUILT: Lost or Suspended(品川区・8/4-10/8)

建築の歴史はある意味で「敗者の歴史」である。計画取り止めやコンペ敗北の時点から"過去"になることで...

川田知志「Open Room」(大阪府・9/2-10/13)

「壁画」を主軸とするインスタレーション制作によって、視覚芸術と都市空間との関わりを提示する美術家・...

WIKITOPIA INTERNATIONAL COMPETITION(公募・-9/24)

Wikitopiaプロジェクトは、先進的な情報通信技術を活用することで、オンライン百科事典Wiki...

秋野不矩美術館開館20周年記念特別展「藤森照信展」(静岡県・8/4-9/17)

秋野不矩美術館開館20周年を記念し、当館を始め多数の建築設計を手掛けている建築家・建築史家、藤森...
建築インフォメーション
Twitter Feed
ページTOPヘ戻る