路上のパラソルからビッグ・ピクチャーへ
──タクティカル・アーバニズムによる都市の新たなビジョンとは?

中島直人(都市計画研究者、東京大学工学部都市工学科准教授)+太田浩史(建築家、東京ピクニッククラブ共同主宰)

"荒れ地"の現在──都市空間は表現の場だ

fig.8──『フラッシュダンス』
太田──『フラッシュダンス』(エイドリアン・ライン監督、ジェニファー・ビールス主演)という1983年のアメリカの青春映画があり[fig.8]、私はいつもその話をしてしまうので、去年改めて背景を調べ直しました。ピッツバーグの鉄工所で働く女の子がダンサーになる話ですが、これはそのまま工業都市ピッツバーグが文化都市になることを暗示しています。1983年のピッツバーグは街全体が荒れ果てていましたが、ちょうど都市再生に着手し始めた頃で、その2年後には「住みやすい都市No.1」まで昇りつめました。
改めて映画を観て印象深かったのは、とにかく"荒れ地"がたくさん出てくることです。工業都市だから、使わなくなった引き込み線や倉庫がいっぱいあるんですね。それで、すこしハッとしました。ああ、こういう風景が都市再生の原風景だったなあ、と。
荒れ地は創造の動機として大事だと思うんですよね。サウスブロンクスの荒廃がグラフィティとヒップホップを生んだわけですし、マンチェスターもポストパンクを生みました[fig.9]



fig.9──映画『ワイルド・スタイル』(1983、チャーリー・エーハン監督、リー・ジョージ・キュノネスほか出演)
The Smiths "Ask" (1988)

いまでは観光名所となっている《ハイライン》(2009年開設、2017年完成予定)[fig.10]も、写真家のジョエル・スタンフェルドが荒れ地として風景を撮ったことが再生の引き金になった。
いまのタクティカル・アーバニズムにとっての荒れ地って何なんでしょうね。別に80年代的なわかりやすい荒れ地があるとも思わないけれど、路上や、地方都市の衰退や、水際の風景に、私たちは本当は荒れ地を見ているのではないか、と思います。表面上はいくら綺麗な風景であっても、何かそれを変えないといけないのでは、という動機があるように思います。

fig.10──ハイライン[撮影=太田浩史]

中島──東京にはもう荒れ地はないのかもしれません。むしろ都市はでき上がっていて、近代にできたインフラがたくさんあるけれど、それらが老朽化し更新されていく局面を迎えています。日本の都市は戦後復興からさまざまなインフラがいっせいにつくられたので、機能的にも役割的にもいまはその更新が求められている。そういう意味で都市のリノベーションが求められています。いま、日本のタクティカル・アーバニズムの実践の中心は都市部ですよね。正直に言うとやらなくてもいいかもしれないけれど、やれば楽しくなる。そしてそれが地区の競争力になる。けれどタクティカル・アーバニズムの可能性はそれだけではないはずですね。たとえば高齢化の進む郊外住宅地の問題などを考えれば、本当に手をつけなければならない切実な場所がほかにあるはずです。

太田──そうですね。東京より地方都市のほうが新しい文化が生まれる可能性が高いのかもしれません。タクティカル・アーバニズムの野心として、荒々しい場所を文化的に反転させる力を持って欲しい。「東京ピクニッククラブ」が誰も行かないようなブラウンフィールドでピクニックをしたのも、荒れた風景の価値を反転させたかったからです[fig.11]。タクティカル・アーバニズム的な構築物をつくらなくても、ラグとサンドウィッチとバスケットだけで変えられる空間もある。本当に大事なのは、都市空間を表現の場としてとらえることです。タクティカル・アーバニズムには表現としての可能性がある。ベンチとパラソルの先に価値の反転と新しい風景ができてほしい。その時に初めて大きなストラテジーと結びつくんだと思います。そういう事例が出てくるといいですね。

fig.11──晴海ふ頭公園でのピクニック[出典=「PICNIC FIELDWORK」(『10+1』No.32、LIXIL出版、2003)]

中島──私もそう思います。ところで、ヤン・ゲールの議論では、人種が違っても人体のスケールはほぼ同じだから公共空間でのふるまい方は同じだ、という前提がありました。しかし実際には国、地域、あるいは民族、人種によってかなりふるまい方が違っていて、それが地区の多様性をつくりだしています。たとえばニューヨークはまさに多様な人種が棲み分けているので、それが公共空間に色を与えている。ニューヨークで夏の一日、普段の自動車のための道路を歩行者専用化して、さまざまな活動に使ってみる「ウィークエンド・ウォークス(Weekend Walks)」というプログラムがあったのですが、2012年の夏にその現場をたくさん見学しました。ある種のお祭りですが、地区によってじつに多様な風景がありました。住んでいる人たちが違うと風景が変わってきます。端的には流れている音楽が違いますし、その味わい方が違います。伝統的に白人の多い地区だと広場化された路上のステージでバンドが演奏して、皆がゆったりとそれを鑑賞しているけれど[fig.12]、ある黒人の多い地区だとDJが流す音楽に合わせて10人ぐらいが列をつくって街路をぐるぐるとせわしく周回するように踊っていたりする[fig.13]
日本では人種的な棲み分けはないかもしれませんが、やはりそこに暮らす人々の風習や慣習、文化などの違いが生み出す風景の差異が大事でしょう。そういう意味で日本のお祭りは公共空間の使い方として世界的に見てもだんぜん面白いですね。じつに多様性に満ちています。タクティカル・アーバニズムが接続すべき大きなストラテジーというのは、空間戦略だけでなくて、文化戦略でもあると思っています。

fig.12──ニューヨーク市クイーンズのサニーサイドでのサマー・ウィークエンド。椅子にゆったり座ってステージの演奏を眺める人びと。[撮影=2012年8月、中島直人]

fig.13──ニューヨーク市ブロンクスのLouis Nine Boulevardでのサマー・ウィークエンド。DJが流す音楽に合わせて、人々が街路上をぐるぐるとまわっている。[撮影=2012年8月、中島直人]

世界のShort-term Action for Long-term Changeたち


太田──中島さんが評価されているタクティカル・アーバニズムの事例には、どのようなものがあるでしょう。

中島──都市計画の観点から見ると、やはり「Short-term Action for Long-term Change」がしっかり実現しているかどうかが評価基準になりますので、先ほども言及したニューヨーク市の取り組みが新しい都市計画のあり方を示していると思います。道路の広場化を例にとると、大きな戦略とし、「全ニューヨーク市民が徒歩10分以内にアクセスできる広場や公園を提供する」という目標を立てています。そして、単純に言えば、現状では10分圏内に到達できないエリアが明示されて、そのエリアのなかで自発的に起こるタクティカルなアクションを優先的に評価し、ニューヨーク市の政策に位置付ける仕組みです。これはトップダウンとボトムアップの組み合わせであり、面白い仕組みです。さらに言えば、タクティカル・アーバニズムが都市論に与えた重要なインパクトは、従来、トップダウンとボトムアップというプロセスの枠組みでしか議論できなかった事象を、ストラテジー(戦略)とタクティクス(戦術)という計画の方法論込みの構図を提起したことだと思うのです。
具体的な場所では、ニューヨークでは「ダンボ(DUMBO: Down Under the Manhattan Bridge Overpass)地区」がいいですね。ダンボはマンハッタンとブルックリンを結ぶマンハッタン橋のふもとに広がる地区で、最初期に道路を広場化したところです。とりわけアーチウェイ広場と呼ばれるマンハッタン橋下のトンネルのような広場では、その空間性を活かしたライブやマーケットなど、いろいろなイベントが開催されています[fig.14]。さらに、マンハッタン橋によって分断されていた地区を結びなおす日常的動線の場として機能している点も重要です。なおニューヨーク市の公共空間では、ハイラインと、このダンボ地区に隣接するブルックリン・ブリッジ・パーク、そしてタイムズ・スクエアの3つがニューヨークの近年のムーブメントに大きな影響を与えた三大プロジェクトと言われています。太田さんはどのようなプロジェクトに注目していますか。

fig.14──DUMBOのマンハッタン橋下の広場でのマーケット・イベント[撮影=2012年7月、中島直人]

太田──ブルックリンの「BYO at the BOE」というプロジェクトです。高架下などなるべく環境の悪いところでご飯を食べるプロジェクトです。フランス・ボルドーでも「ACTIONS DE CONVIVIALITÉ URBAINE」という似たようなプロジェクトがあります。ベンチとパラソルの世界から次の段階に進むためには、そこで食べるものの内容を考える必要があるでしょう。食と都市をつなげるとタクティカル・アーバニズムはより楽しくなるのではないかと考えています。日本は野外でお酒を飲むことに寛容ですから、きちんとしたパーティをストリートに面してできるようになれば、そこは新しい名所になりますよ。
パークレットのようなプロジェクトは、ヴィスタ(見通しのきく通景)を持っていることが効果につながってくるでしょう。たとえばサンフランシスコのコロンブス・アヴェニューにできたパークレットは、斜路に面しているのでサンフランシスコのまちを一望できます[fig.15]。小さな取り組みでもこうしたヴィスタをもつ一点にパークレットを投入すれば都市を読み替えられる。ヴィスタをともなったタクティカル・アーバニズムはとてもいいと思います。

fig.15──サンフランシスコ、コロンバスアベニューのパークレット。斜面につくられているため、付近を見渡せるビューポイントとなっている。[撮影=2016年10月、太田浩史]

fig.16──『MONU』
中島──個別のプロジェクトというわけではありませんが、オランダの『MONU』[fig.16]というインディペンデント雑誌はご存知ですか? 年に2冊刊行されるアーバニズムの雑誌です。毎号Independent UrbanismやDomestic Urbanismなど「○○○ Urbanism」という特集タイトルがつけられています。書き手は研究者から実践者までさまざまです。この本が今日最初にお話したアーバニズムの多様化の一要因でもあるのですが。

太田──アーバニズムそのものに対する興味が全面に出ていますね。非常にオランダ的に見えます。

中島──たとえばニュー・アーバニズムやランドスケープ・アーバニズムは理念的アーバニズムを受け継ぎ、実践や現象の生起へとつながっています。一方、タクティカル・アーバニズムのように現象の観察から理念が生まれることもある。今学期、担当した大学院の授業では「多元化するアーバニズム」というテーマを設定したのですが、理念からアクションのための自律的規範が生起したり、現象の観察から概念が立ち上がったりする、そのようなアクションの形式としてアーバニズムを整理しなおせないかというコンセプトで学生たちが発表してくれました。この整理が進めば日本のまちづくりや都市計画もそこにプロットでき、それらとアーバニズムとの関係を読み解いていけるのではないかと考えています。

アーバニズムの醍醐味はビッグ・ピクチャーを構想すること

中島──アメリカの都市論では、ニュー・アーバニズムとタクティカル・アーバニズムはつねにセットで議論されます。現在のようにタクティカル・アーバニズムだけを切り離して議論するのは換骨奪胎と言えます。また、タクティカル・アーバニズムというと新しいことをやっているように聞こえるかもしれませんが、日本のまちづくりの事例にはタクティカル・アーバニズムよりもっと面白いものがたくさんあるので、そこを忘れてはいけない。少し話が飛んでしまうかもしれませんが、たとえば札幌で毎年2月に開催される「さっぽろ雪まつり」は、都市の中心である大通りにスノーボードのハーフパイプを設置したり、豪雪地帯であることを逆手にとった発想で、来場者260万人にも及ぶ観光事業につながっています。これをアーバニズム的な考え方からプロデュースするともっと面白くなるかもしれない。気候など地域ごとの特徴をうまくタクティクスに結びつけることができれば、現代的な都市空間がつくれるのではないでしょうか。
建築分野の人はいわゆる「まちづくり」には大きな関心を示さなかったけれど、中身は同じでも「タクティカル・アーバニズム」と呼び換えた途端に自分事としてとらえ始めているのは、どうにも危ういところもありますが、一方でそういう語法自体も戦術のひとつとして割り切って、多くの人を巻き込みながら、都市構造を変革するプロジェクトを立ち上げていきたいところです。

太田──東京ピクニッククラブはどちらかというとタクティカル・アーバニズム的なアプローチを取ってきましたので、ストラテジーをもった大きな構想に比べると、達成目標が日常的なものになってしまいます。たとえばイギリス・ニューカッスルのゲーツヘッド・ミレニアムブリッジ[fig.17]のように大きなスペクタクルをつくるとか、フランス・マルセイユの美術館「MuCEM」[fig.18]のように大きな回遊性を都市に持ち込むものや、もしくはベルリンの壁崩壊後のベルリンの空間の分断を繋げようとしたポツダム広場[fig.19]のように、やはりビッグ・ピクチャーを構想できることがアーバニズムの醍醐味だと思います。「既存の風景を読み替え、全く違う空間を現出させる」という点ではタクティカル・アーバニズムと同じですが、その射程は都市構造を変えるところまで含んでいるはずだと思います。

fig.17──回転歩行者橋のゲーツヘッド・ミレニアムブリッジはタイン川の一大スペクタクルとなった。[撮影=2011年5月、太田浩史]

fig.18──都市の回遊性を定めたマスタープランを敷衍してつくられたマルセイユのMuCEM[撮影=2013年7月、太田浩史]

fig.19──ポツダム広場。軸線のマレーネ・ディートリッヒ通りはハンス・シャロウンの図書館に向けられている。[撮影=2005年10月、太田浩史]

中島──タイムズ・スクエアの広場化を中心としたブロードウェイ全体の歩行者優先化は、まさに都市の軸を変えた都市構造の大変化でした。ブロードウェイにつらなる広場一つひとつはタクティカルにやったということがすごい。そういう発想ができるかどうかですよね。10年前にはあの通りのすべてが歩行者優先の場所になるなんて誰も思っていなかったけれど、それをビジョンとして描き戦術を伴って実現させる、そこが最も重要ですよね。

太田──そういうことですね。ビッグ・ピクチャーがないと、パラソルを並べてよかったねという話で終わってしまいます。その実践の積み重ねが、やがて都市構造まで変えうるんだということを強く意識しておきたいですね。



[2017年1月19日、東京大学工学部都市工学科にて]




中島直人(なかじま・なおと)
1976年東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻准教授。博士(工学)。専門は都市計画。主な共著書=『都市美運動──シヴィックアートの都市計画史』(東京大学出版会、2009)、『都市計画家石川栄耀──都市探求の軌跡』(鹿島出版会、2009)、『建築家大髙正人の仕事』(エクスナレッジ、2014)、『白熱講義──これからの日本に都市計画は必要ですか』(学芸出版、2014)、『図説 都市空間の構想力』(学芸出版、2015)ほか。

太田浩史(おおた・ひろし)
1968年生まれ。建築家。東京ピクニッククラブ共同主宰。博士(工学)。2009-15年、東京大学生産技術研究所講師。2015年、株式会社ヌーブ代表取締役。主な作品=《DUET》(2002)、《久が原のゲストハウス》(2004)、「PopulouSCAPE」(2004)、《AGCスタジオ》(2010)、《矢吹町第一区自治会館》(2015)など。主な共著書=『世界のSSD100──都市持続再生のツボ』(彰国社、2007)、『シビックプライド──都市のコミュニケーションをデザインする』(宣伝会議、2008)、『コンパクト資料集成[都市再生]』(丸善、2014)ほか。


201703

特集 タクティカル・アーバニズム──都市を変えるXSサイズの戦術


『Tactical Urbanism: Short-term Action for Long-term Change』イントロダクション
路上のパラソルからビッグ・ピクチャーへ──タクティカル・アーバニズムによる都市の新たなビジョンとは?
「合法的」なゲリラ的空間利用──愛知県岡崎市「殿橋テラス」の実践から
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