路上のパラソルからビッグ・ピクチャーへ
──タクティカル・アーバニズムによる都市の新たなビジョンとは?

中島直人(都市計画研究者、東京大学工学部都市工学科准教授)+太田浩史(建築家、東京ピクニッククラブ共同主宰)

タクティカル・アーバニズムを社会運動として語ること

太田──先ほどのアートの文脈での都市的介入は、創造都市や都市ツーリズムの文脈で語られることが多かったように思います。しかしアメリカで概念化されたタクティカル・アーバニズムでは、彼らの都市計画や合意形成プロセスを反映して、より日常的な道路政策や、公共空間整備との結びつきに力点が置かれていますね。このアプローチは日本にもヨーロッパにも新鮮かもしれません。

中島──そうですね。たしかにそうした交通の文脈で活用されることが多いですが、一方で福祉など社会的包摂の問題のなかにもタクティカルな動きが生まれています。たとえばニューヨーク市では広場や公共空間の利用が基本的人権のひとつとして考えられていて、社会的マイノリティが多く暮らす貧困地区で特にそうした空間が求められていますし、そうした地区でのプロジェクトを優先するような政策が採用されています。貧困地区ではこれまで行政主導でワークショップをやってもまったく効果がなかったわけですが、実際にベンチを置いてみるなどのアクションをすることで、自分たちの生活環境が変わっていくことが実感できると政策も動き出す。移民問題を抱えるヨーロッパでも今後は有効かもしれません。

太田──同様に貧困の問題を抱える南米でも社会的包摂を目的としたプロジェクトは数多くありますね。2005年のハース&ハーンの「ファベーラ・ペインティング(Favela Painting)」はリオデジャネイロのスラムを一変させるプロジェクトでした。こういう試みのなかには都市政策になっていくものもあって、先進国の創造都市論とは違った可能性としてとらえられているようです。

中島──タクティカル・アーバニズムの最も大事な点は、運動の形態が面白いことです。ニュー・アーバニズムは、まずニュー・アーバニズム会議を開いてマニフェストをつくったように、先に枠を決めてそれを広げていくという方法を採りました。しかしタクティカル・アーバニズムはたとえばみんながタクティカルだと思うものをどんどんウェブへ投稿してもらって運動を形成していくなど、より情報化社会に合った運動のやり方をしています。アメリカ国内にとどまらず、海外の事例も自由に投稿可能なので、運動は自然と国際化していきます。確かにマイク・ライドンの主宰するThe Street Plans Collaborativeが書籍というかたちでまとめていますが、あくまで編集的役割であって、中央に本部があるヒエラルキー型の運動体とは異なります。その結果、タクティカル・アーバニズムの運動は爆発的に広がり、瞬時に日本まで届いたわけです。
最近、提唱されているアーバニズムのなかにはいくつか同様の例があります。「P2Pアーバニズム」は、まさにP2P(Peer to Peer、仲間から仲間へ)的な発想で都市構造の変革のアイデアを共有していく運動です。また、ニュー・アーバニズムの中心人物であるアンドレ・ドゥアニーが提唱し始めている「リーン・アーバニズム」と呼ばれるものもあります。リーン(Lean)は「痩せた」という意味ですが、ここでは節約や経済的であることを意味します。ニュー・アーバニズム的なものをまじめにすべて一からやろうとするとコストも時間も非常にかかるため、手法をウェブベースで整理しながら各々が共有することで効率化しようとするアーバニズムのあり方です。デバイス化、ツール化がキーワードです。これまでとまったく異なるアーバニズムのビジョンが登場したというよりは、ビジョンを実現するための手段や手法、運動の共有の仕方が変わってきたことのほうが大きいと言えるでしょうね。

タクティカル・アーバニズムが目指すべき風景
──「マーケット・アーバニズム」に抗して

太田──さて、では日本での状況について考えてみたいと思います。道路、広場、ウォーターフロント、公園という場所がタクティカル・アーバニズムを必要としていて、いろいろな実践がなされてきています。小さな試みが大きな都市政策と実際につながることができるという実感がこのタクティカル・アーバニズムへの関心を支えていますが、こうした実感は建築のスケールで行なわれている「リノベーションまちづくり」にも似ていますね[fig.6]。空き家がコンテンポラリーな空間に変わるという実感が、まちが変わるという期待に繋がっている。これは歓迎するべきことだと思います。
もうひとつは方法に関することです。建築とは異なるアプローチで空間をつくることができるため、若い世代の関心が高まっている。しかも、アーティスティックな関心よりも社会的関心をもって参加しようという人が増えている。こうした実感とそれに対する方法について中島さんはどう思われますか。

fig.6──尾道のリノベーションゲストハウス「あなごのねどこ」。10年来続いている空き家再生プロジェクトの一つ。[撮影=2016年11月、太田浩史]

中島──建築家や学生の動きを見ていると、やはり社会への回路が相当増えたように感じますね。アート的な関わり方では社会性が薄くインパクトがないなかで、違うかたちで自分たちのプロジェクトを意味付けたいときに、タクティカル・アーバニズムと結びつけているということなのでしょう。最後の成果でなくリサーチの過程に興味をもつ若者も増えてきていますね。
また、これは藤村龍至さんから伺った話ですが、最近は建築の学生が設計課題のプレゼンテーションにおいて、取り組んだ成果を「作品」と呼ばず「物件」と呼ぶようになったと言われています。「物件」は不動産で使われる言葉ですが、こうしたビジネス用語が建築学生のなかにも自然と入ってきていて興味深いですね。不動産と建築家が組まなければ都市は動かないという感覚を、意識の高い建築学生はみな感じているようです。かつてのアトリエ的な建築家像ではないものが求められていることの、ひとつの証左だと思います。

太田──日本でも関心が高いのは、車道上をカフェ空間として使用する「パークレット(Parklet)」[fig.7]や、サディク=カーンによるタイムズ・スクエアのプロジェクトですね。簡単に言うと、パラソルの下に人が座っている風景が路上に展開されています。まちのあれこれを見ながら飲めるので、そのこと自体は賛成なのですが、都市はもっともっと素晴らしい風景をつくることができる。タクティカル・アーバニズム的な風景の先は何かということは考えたい。

fig.7──サンフランシスコ、ミッションストリートのパークレット[撮影=2016年10月、太田浩史]

中島──そうですね。おそらくタクティカル・アーバニズムの目標はニュー・アーバニズムの目標と共通していて、自動車依存都市から脱却してどのように人間的な都市、ないし環境的に持続可能な都市にするかということだと思います。だから最終的には歩行者が歩きやすいとか、自転車に乗りやすいとか、「自動車化する前の都市の姿」というコンサバティブな原風景を有しています。現代においてそのような風景を生み出すのがどれほど大変かというプロセスはいったん置いておくとすると、その風景自体は決して革新的ではありませんので、それでいいのかという批判がニュー・アーバニズムに対してもありました。タクティカル・アーバニズムに対する太田さんの不満もおそらく同じでしょう。タクティカル・アーバニズムの運動そのものは情報化社会らしい現代固有のかたちをとっていますが、残念ながら、その中身は現代的な技術発展のなかで描かれる新しい都市の可能性の話にはまだなっていないようです。
他方で、2000年代にアメリカから発信された「ランドスケープ・アーバニズム」という考え方があります。チャールズ・ウォルドハイムらランドスケープ・アーキテクトたちが1997年に開催した会議を起点として、従来のアーバンデザイン、そしてニュー・アーバニズムに対して批判的な立場をとり、ラディカルな理念を先行的に打ち出してきた運動体です。イアン・マクハーグ(1920-2001)が提唱したエコロジカル・プランニングやポストモダンのランドスケープ・デザインの実践を土台としつつ、自然と都市、人間との関係を再構築し、都市や人間の動態そのものをエコロジカルなシステムとして捉えなおす新しい都市空間像を探ろうというものです。運動自体はすでに発展的に解消しているのですが、その先の展開に新しい風景への期待、予感が感じられます。

太田──やはり新しい風景を発見することが重要ですね。公共空間のなかで派手なデザインをやっても、すでにマネジメントされた風景のなかでは空回りするだけですから。

中島──先ほども少し言及しましたが、アメリカにおいてたくさんのアーバニズムが生まれてきた背景には「マーケット・アーバニズム」と呼ばれる仮想敵がつねに存在していました。マーケットという大きな力が自動的に決めていく現代の都市風景に対して、異なる風景を批判的に提案、実現していく運動が多様なアーバニズムを生み出しました。ですが、ニュー・アーバニズムもタクティカル・アーバニズムも、気づくとマーケットのシステムのなかに取り入れられてしまう危険性をはらんでいる。日本では都市再生特区などで再開発をすると必ず公共貢献として空地、広場ができますが、そこに置物のように批判性、思想性のないタクティカル・アーバニズムを入れるというだけなのであれば、もう次のアーバニズムが求められているということを示しているのかもしれません。現在の切実な課題に対して新しい都市のかたちや可能性をアーバニズムが提起できるかどうか。アメリカではそう繰り返し問うことで、アーバニズムの新陳代謝がうまく起きているように見えますね。

201703

特集 タクティカル・アーバニズム──都市を変えるXSサイズの戦術


『Tactical Urbanism: Short-term Action for Long-term Change』イントロダクション
路上のパラソルからビッグ・ピクチャーへ──タクティカル・アーバニズムによる都市の新たなビジョンとは?
「合法的」なゲリラ的空間利用──愛知県岡崎市「殿橋テラス」の実践から
このエントリーをはてなブックマークに追加
ページTOPヘ戻る