「ポスト・ネットワーク」のメディア論的転回とはどのような状況でしょうか?
──ポスト・メディア論的転回私観

大黒岳彦(明治大学情報コミュニケーション学部教授)

本稿は、編集部からの「『ポスト・ネットワーク』のメディア論的転回とはどのような状況でしょうか?」という問いかけのもと、著者にご解答いただきました。(編集部)



最初に白状してしまうと、冒頭に掲げた本稿のタイトルはじつは「10+1」編集部から執筆依頼があった際に指定されたものである。つまり筆者が考えたものではない。示されたタイトルを前にして筆者は正直言って躊躇を覚えた。だが、暫く考えた末、提案のままのタイトルでお受けすることに決めた。逡巡したのは、新進気鋭の「批評家」たちやいまをときめく自称「哲学者」たちが好んで使いそうないかにもキャッチコピー然とした語彙の並びに鼻白んだからではかならずしもない。筆者の率直な印象として「ネットワークメディア」の「ポスト」を語るには時期尚早である、筆者の言葉で言うと〈ネット-ワーク〉という〈マスメディア〉後のメディアパラダイムは、まだ始まったばかりで当分は──とてつもない技術革新あるいは"世界最終戦"でもない限り、少なく見積もって今世紀いっぱいは──続行が予想されるからである。では、なぜ翻意したかというと、上の立言にもかかわらず〈メディア論〉的な視座からして、ここ1、2年、新たな胎動の兆しが見受けられるからである。ただし、急いで注釈を付すと、ここでいう「新たな胎動」とはあくまでも〈ネット-ワーク〉パラダイムの枠組み内部の話であって、パラダイムそのものを覆す水準や規模のそれではない。従ってタイトル中の「ポスト」の語は、「ネットワークメディア」パラダイムの「跡を襲うポスト」、という意味においてではなく、あくまでも〈ネット-ワーク〉パラダイムの「成立後ポスト」、という意に解していただきたい。

〈ネット-ワーク〉パラダイムの7年

東日本大震災という自然災害に続いた人災である福島第一原発事故が起こった2011年はメディア史的に見ても重要な年であり、1月にはSNSを駆使したジャスミン革命の成功、日本に目を転じて、7月の地上波完全デジタル化の不発と急速なテレビ離れ、9月にはネットを利用した米動画配信大手Huluの日本上陸、と、立て続けにテレビが牽引するマスメディアからインターネットへの構造的なシフトが世界規模で生じている。筆者はこの年を以って〈マスメディア〉パラダイムは名実ともに終焉し、インターネットを技術的インフラとする〈ネット-ワーク〉パラダイムの覇権がなったとみる★1
新しいメディアパラダイムでは同年、早速アップルの「iCloudアイ・クラウド」サービスが発表され、以後急速に「クラウド・コンピューティング」が流行する。翌12年には米オバマ政権が「ビッグデータは重大案件である」(Bigdata is a big deal.)の言葉とともに2億ドルを超える予算をビッグデータ研究に注ぎ込むほどの「ビッグデータ」ブームが起きる。13年はやはりオバマ元大統領が一般教書演説でも触れた「3Dプリンタ」が、15年はApple WatchやGoogle Glassに代表される「ウェアラブル」がそれぞれ一世を風靡し、16年は、巷では「シンギュラリティ」、業界では「ディープラーニング」が話題になったことで人工知能エー・アイが久しぶりに脚光を浴びた。2017年はというと、その「バズワード」(buzzword)筆頭候補はおそらく「VRヴァーチャル・リアリティ」になろうが、ここまでトレンドの交替・変遷のスピードが速いと、読者の多くはキャッチアップどころか、もはや辟易のてい なのではないか。上に列挙したバズワード群に接しても、そのどれもがほんの数年前の現象であるにもかかわらず「そんなこともあったな」程度の朧気な印象しか残っていないであろうと忖度する。だがバズワードの急速な陳腐化は同時に、〈ネット-ワーク〉パラダイムが、毎年のように叢生してくる新テクノロジー群、新サービス群を次々と自らに組み込んで同化し、もはやユーザーの意識に上らない水準にまでそれらが〈透明化〉=〈自明化〉=〈環境化〉したことを意味することにも留意すべきであろう。

ビットコインの本質

だが、ここ1、2年の、バズワードも含めたネットに関連する現象の動向を注意深く観察するとき、そこにはある、質的水準における変化の兆しが認められる。具体的なバズワードや出来事を挙げるところから始めるとすれば、グローバルなレベルでは「ビットコイン」、ドメスティックなレベルでは、まだ読者の記憶にも新しいであろう、2016年末に発覚したDeNAが手懸けるキュレーションサイト上の不適切記事を巡っての騒動が注目される。ビットコインとDeNAの不祥事とに一体何の関係があるのだ、と訝しがる向きもあろうが、これらは〈ネット-ワーク〉パラダイムが現在直面する〈問題〉の2つの"露頭"であって、"根っこ"ないし"本体"は共通である。〈問題〉の本質に迫るためにも、まずは2つの"露頭"を個別に考察しよう。
「ビットコイン」から始めたいのだが、この言葉は2014年にすでに一度バズワードとして世間の耳目を集めた"前歴"を持つ。渋谷に本拠を構えていたビットコイン交換所の当時の最大手であった Mt.Gox マウント・ゴックス が、ハッキングによる大量のビットコイン流出に遭い、同年2月に倒産した事件によって「ビットコイン」の存在が、それまで無関心だった層にも知れ渡る機縁となったが、このときはロンダリングや投機、違法商品売買目的の得体の知れない 電子貨幣 デジタル・マネー 、という多分にネガティヴな評価を伴っていた。だが再度陽の目を見、ここ1、2年盛り上がりを見せている「ビットコイン」はもはや単なるバズワードや実体のない流行語ではない。ビットコイン決済が可能な店舗は日本国内でも(ネット店舗はもちろん実店舗も含めて)急増中であるし、首都圏にはATMも存在する。また元祖であるビットコインの変種・亜種や改良種である「オルトコイン」(alternative coin)も「リップル」(Ripple)や「ライトコイン」(Litecoin)など有名なものだけでも十指に余る。さらに、ビットコインの中核テクノロジーを構成する「ブロックチェーン」(blockchain)には、金融はもとより、行政、企業 経営 マネージ などさまざまな分野から熱い眼差しが注がれている。ビットコイン技術を発展させた「イーサリアム」(Ethereum)という分散型プラットフォームを開発・提唱しているギャビン・ウッドなどはビットコインが拓いた地平を、従来の「Web 2.0」の根本的革新を実現する「Web 3.0」として位置づけるほどなのである★2
筆者としては、しかし、「ビットコイン」から「ブロックチェーン」部分だけを抽出して評価しようとする昨今の論調には疑問を持つ。それはビットコインが元来持つアナーキスティックで反体制的企図の"毒"や"牙"を抜くことになるといった政治的理由からであるよりは、むしろそうしたアプローチは「ビットコイン」が拓いた地平の本質的意義を見失わせる結果になる虞れが大きいと思うからである。詳しい議論は紙幅の関係上、別稿に譲るが★3、ここでは論証抜きで結論だけ記すにとどめる。電子貨幣デジタル・マネーの登場によって、貨幣の本質が〈情報〉にほかならないことが明らかになった、という言説が巷間に撒き散らされたが、筆者はそうした言説が誤りであったことを、ビットコインの登場は示したと考える。〈情報〉のみからは〈価値〉は構成不可能である。〈価値〉構成には〈情報〉とは異なるディメンジョンでのメカニズムを必要とするのであって、いまや伝説的な存在となった感のあるビットコイン開発者Satoshi Nakamotoは、そうした洞察に基づきつつ実際に技術的水準において〈価値〉を構成して見せた、その成果こそがビットコインにほかならない。

DeNA不祥事が意味すること

次はDeNAの不祥事である。これは同社が手懸ける医療関係のキュレーションサイト(いわゆる「まとめサイト」)の内容が他サイトからの無断転載や無根拠な情報のオンパレードだったことが発覚し、同社のすべてのキュレーションサイトが閉鎖に追い込まれ、重役陣による謝罪会見を余儀なくされた事件である。だがDeNA事件は氷山の一角に過ぎず──むしろDeNAの対応は迅速だったとすら言える──今回露見したインターネット上に存在する情報の「粗悪」「低品質」は〈ネット-ワーク〉パラダイムが構造的に抱える懸案とも言える。現にアメリカでも今度の大統領選がらみで同様の問題が明るみに出ている。
筆者は放送局に10年近く勤務したので分かるのだが、マスメディアにおいては、現場に実際出向いたり、当事者に直接確認したりすることで「情報」の"ウラを取る"ことが徹底され、そのことがマスメディアで働く者たちのプロフェッションとプライドとを支えている。また、マスメディアのヒエラルキカルな構造も、手懸けた「情報」の〈質〉と連動して上がる職位・報酬へのインセンティヴ付与や職業人プロフェッショナル教育に与って力がある。つまり、マスメディアにおいては情報の「品質保証」システムが構造として確立しているのである。
一方今回問題化したDeNAのケースでは、なんらプロフェッションとしての自覚もなければ、またそのための教育やトレーニングも受けていないズブの"素人"あるいはヴェンチャーもどきが専門領域に首を突っ込んでビジネスの"ネタ"にしようとしたわけだが、この場合、情報の捏造や剽窃を実行した当事者の倫理の欠如を咎めたり攻撃しても無駄である。なぜなら一介の"素人"に過ぎない彼らにはそもそもそうした倫理に従う謂われも理由もない、すなわちそこには〈情報〉の〈質〉確保に対するなんらのインセンティヴも働いていないからである。これは〈メディア〉構造の問題であって個人道徳の問題ではない。個人を何人か失脚させ追放したところで、再び同様の事態が出来しゅったいするのは目に見えている。問題の本質は、〈ネット-ワーク〉パラダイムが、〈マスメディア〉パラダイムとは違って、ヒエラルキカルな構造を持たず、フラットな無中心的構造をその本質としている点にこそある。要は、現在の〈ネット-ワーク〉は、利潤に直結する(例えばアクセス数といった)量的な指標以外の基準に則って〈情報〉の〈質〉すなわち〈価値〉を担保する仕組みを持たないのである。

〈情報〉社会と〈価値〉

〈情報〉レイヤと〈価値〉レイヤとが一致しないという事実の判明と、〈ネット-ワーク〉の現状において〈価値〉構成と担保のメカニズムが不在であることの発覚、それが「ビットコイン」と「DeNAの不祥事」という2つの"露頭"によって示された、〈ネット-ワーク〉メディアパラダイムが現在直面している〈問題〉の核心をなしている。今後の情報社会の最大の課題は、〈情報〉層からいかにして〈価値〉層を革めて構築するのか、そのメカニズムの解明と実現とになるはずである。以上を踏まえるとき、〈情報〉社会はこれから新たなフェーズへの「転回」を迫られているのであり、その意味において本稿のタイトルはあながち妥当性を欠くとも言えないのである。




★1──この辺りの事情についての詳細は、拙著『情報社会の〈哲学〉──グーグル・ビッグデータ・人工知能』'勁草書房、2016)の「序章マスメディアの終焉と〈メディア〉史観」を参照されたい。
★2──例えば、https://bitcoinmagazine.com/articles/web-3-0-chat-ethereums-gavin-wood-1398455401を参照。
★3──『現代思想』2017年2月号(青土社)に掲載の拙稿「ビットコインの社会哲学」を参看されたい。

大黒岳彦(だいこく・たけひこ)
1961生まれ。東京大学理学系大学院博士課程単位取得退学。日本放送協会勤務ののち、東京大学大学院情報学環学際情報学府にて博士課程単位取得退学。明治大学情報コミュニケーション学部教授。哲学・情報社会論。著書=『〈メディア〉の哲学──ルーマン社会システム論の射程と限界』(NTT出版、2006)、『「情報社会」とは何か?──〈メディア〉論への前哨』(NTT出版、2010)、『情報社会の〈哲学〉──グーグル・ビッグデータ・人工知能』(勁草書房、2016)ほか。


Thumbnail: Malte Janosch Grapentin / adapted / CC BY 2.0


201701

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