「切断」の哲学と建築
──非ファルス的膨らみ/階層性と他者/多次元的近傍性

千葉雅也(哲学者)+平田晃久(建築家)+門脇耕三(建築家)+コメンテーター:松田達(建築家)+モデレーター:平野利樹(東京大学大学院隈研吾研究室)
「オブジェクト」への関心の大きさが、近年のさまざまな建築作品や言説から表出しています。モノ(object)はヒトに対してどのようにふるまっているのか、ヒトはモノをどのような存在として認識しうるのか、世界は対象(object)のどのようなネットワークによって現前しているのかという問いを含む、オブジェクト指向存在論、思弁的実在論、超越論的唯物論の関心は、例えば、社会構成的な意思による社会の実現、建築の創造という課題に対して、まったく別様の思考の開かれ方を示しています。それは建築にとってどのような可能性へとつながっていくのでしょうか。
建築とオブジェクトの存在論をめぐるシンポジウム「建築文化週間建築夜楽校2016」(日本建築学会)の議論をここに採録し、他項でこうした議論と連動し共振する論考

日埜直彦「即物性への転回とその規則」
デイヴィッド・ルイ「(奇妙で不可解な)オブジェクトへの回帰」(平野利樹訳)
ブルーノ・ラトゥール+アルベナ・ヤネヴァ「銃を与えたまえ、すべての建物を動かしてみせよう──アクターネットワーク論から眺める建築」(吉田真理子訳)

を掲載します。




「切断」の哲学と建築

平野利樹氏
平野利樹──今回のシンポジウムのキーワードは「切断」ですが、まず「接続性・関係性」という言葉について触れたいと思います。ベルリンの壁の崩壊(1989)に続く1990年代はグローバリズムが加速し、ソ連崩壊(1991)、EUの発足(1993)などによって政治的な境界としての国境が消失しつつあった時代でした。さらにインターネットの普及により、地理的な境界を越えてさまざまな情報が行き交うようになりました。そういった状況の中、境界が消えて等しく接続され、相互に関係しあう世界像が形成されていきます。
90年代の一部の建築家は、そのような世界像に対応する新しい建築のあり方を追求しました。たとえば敷地周辺の状況やその他の要求された機能をコンピュータを駆使してパラメータ化し、そのパラメーターを種々の形態操作のコマンドが接続されたネットワークに入力することで建築を生成する手法「パラメトリック・デザイン」が生まれました。例えばザハ・ハディドの建築が挙げられます[fig.1]。グローバリズムの世界像に対応した建築として、F.O.Aの《横浜港大さん橋国際客船ターミナル》(2002)も象徴的でした。国際ターミナルという政治的な境界としての機能をこの建築は持っているのですが、ここでは壁で内外の空間を切断することなく、水平に連続する面を折り畳む(=フォールディング)ことで、異なる空間や機能や要素を連続的にまとめていくことが目指されました。他方、建築の社会性が重視され、社会のネットワークの一部に建築があるとする認識のもと、コミュニティの要望をパラメーターとして成立する建築のあり方が議論されるようにもなりました。「接続性・関係性」は、現在の建築界においても中心的課題のひとつとなっています。

fig.1──Kartal Pendik Masterplan
© Zaha Hadid Architects

これに対して2000年以降は、各方面で「切断」的な状況が顕在化した時代でもありました。アメリカ同時多発テロ(2001)を受け、空港のセキュリティが一気に強化されたのもこの時です。国境を消失させる時代的状況が一転し、再び国境が強化され、ときには民族も分断されてしまう事態に発展することもありました。記憶に新しいところでは、イギリスが国民投票でEU離脱を選んだのもそうした「切断」的な状況のひとつでしょう。あるいは別の事例として、近年めざましい進化を遂げている人工知能は人間の認識や倫理とは別のあり様であるという点で決定的な「切断」的存在といえます。

2000年以降のこのような状況のなかで、哲学にも新しい動きが現われてきました。今回の議論にも出てくるであろう哲学者グレアム・ハーマン(Graham Harman)によるオブジェクト指向存在論(Object-oriented ontology/OOO)もそのひとつです。ハーマンにとってオブジェクトとは、関係性のネットワークのなかに還元することができず、それ自体としてしか理解できないモノのことを指します。オブジェクトの本質は「つねに外部から引き籠っていて、不可解なもの」だということです。オブジェクト指向存在論はいわば、オブジェクトを人間のアクセスからつねに「切断」されたものとして捉える思想だといえます。

そして建築においても、90年代以降に追求されてきた「接続性・関係性」への批判が起こりつつあります。パラメータの諸関係から建築を生成しようとする試みや、建築を社会のネットワークの一部としてみなすことが、建築が本来持つ不可解さを無視しているのではないかとする立場から、建築における「切断」の試みが追求されつつあります。たとえば、オブジェクトとしての建築のあり方の追求を提案するデイヴィッド・ルイ(David Ruy)や、「新コラージュ主義」とでも呼べるマーク・フォスター・ゲージ(Mark Foster Gage)[fig.2, 3]、「新たなアニミズム」と呼べるヤング&アヤタ(Young & Ayata)などの建築家の試みが挙げられます。

fig.2──Mark Foster Gage, Helsinki Guggenheim

fig.3──Mark Foster Gage, 41 W 57th St

以上の状況が示唆するものとは何か。哲学・建築の2つの観点から議論し、これからの建築のあり方を考えるというのが本日のシンポジウムの目的です。議論に臨むにあたり、本日はベストな布陣として3名の方々をお呼びしました。

1人めは哲学者の千葉雅也さんです。今回の「切断」というキーワードは主に千葉さんの思想に由来するものです。フランスの哲学者ジル・ドゥルーズの思想における「非意味的切断」を基点に独自の論を展開し、現代社会における「接続性・関係性」の過剰化に対して批判的検討を加えています。またハーマンのオブジェクト指向存在論をはじめ、哲学における近年の新たな潮流についても積極的に論じられています。
2人めは建築家の門脇耕三さん。建築構法の研究者という立場から建築全体を連続的に捉える「空間」の考え方を批判し、それに変わる「エレメント主義」を提唱されています(「反-空間としてのエレメント」[10+1 web site、2015年2月号、特集=空間からエレメントへ──ニュー・マテリアリズムの現在])。建築を構成する個々のエレメントが空間という全体性に回収されることなく、無関係に切断されたまま共存しているような建築のあり方について、考察を展開されています。
3人めは建築家の平田晃久さんです。平田さんは「からまりしろ」というキーワードをもとに一連の設計活動を行なっていらっしゃいます。「からまる」という言葉は一聴、「接続性・関係性」に重きをおいているように聞こえます。しかし平田さんが「からまりしろ」を説明する際にしばしば用いる「子持ち昆布」の話には、じつは「切断」のモチーフも含まれています。そこには接続性と切断のあいだを揺れ動くような建築のあり方が示されているのではないかと私は考えております。

以上の御三方とともに「切断の哲学とこれからの建築」について考えていきたいと思います。前半に各人から講演をいただいたあと、後半はコメンテーターとして建築家の松田達さんに加わっていただき、全体のディスカッションを進めて参ります。それではよろしくお願いします。

201612

特集 建築とオブジェクト


「切断」の哲学と建築──非ファルス的膨らみ/階層性と他者/多次元的近傍性
即物性への転回とその規則
(奇妙で不可解な)オブジェクトへの回帰
銃を与えたまえ、すべての建物を動かしてみせよう──アクターネットワーク論から眺める建築
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