続・かたちってなんだろう

青木淳(建築家)+ 浅子佳英(建築家、インテリアデザイナー)
青木淳──この4月に青山ブックセンターで行なった浅子さんとの対談(本サイト「《馬見原橋》から考える」)で話し足りないところがあったので、ぼくの事務所で続編をやろうということになりました。今日集まってくれたみなさんもどうぞ話に入ってください。

浅子佳英──前回、前置きが長いと建築家の長谷川豪さんに怒られたので、今日はサクっといきたいと思います(笑)。ぼくは《大宮前体育館》(2014)(以下、《大宮前》)と同時期に《青森県立美術館》(2005)(以下、《青森》)も見に行ったのですが、前回は《青森》の話をほとんどできなかったので、今日のオチは《青森》に持っていきたいです。

青木──オチが必要なんですね(笑)? ま、とにかくよろしくお願いします。

宙に浮いた世界

浅子──今回の作品集『JUN AOKI COMPLETE WORKS |3| 2005-2014』(LIXIL出版、2016)では、新しい作品だけでなく《青森》についても大きくページが割かれていますよね。このなかで青木さんは《青森》では伏線を張るのが重要だった、しかしその伏線自体は無根拠なのだと書いています。例えばアーチ窓[fig.1]。この窓はまず外壁に唐突にあらわれ、忘れた頃にまたあらわれて、最終的にコミュニティホールで全面的に展開される。《青森》を体験する人は、何度もこのアーチ型の窓を見ることになるので、最後にずらっとあらわれたアーチ窓を見て、「ああなるほどね」と思う。しかしそれ自体には根拠がないのだと。この青木さんの説明に、ぼくはいまひとつ納得できないんですよ。《青森》の外壁は煉瓦でつくられているので、一見組積造であるかのようにも見える。組積造の開口部にはアーチが必要なので、この煉瓦との関係から、アーチ型窓にしたというならわかりやすいですよね。アーチ窓にした理由はあるんじゃないでしょうか。

fig.1──《青森県立美術館》外観 アーチ窓
撮影=阿野太一

青木──いやいや、上向きの凸凹の大地に下向きの凸凹の白い構築物が被さって「噛み合う」という最初に決めたルールにはたしかに根拠がないんですが、その後に出てくる煉瓦やアーチ窓には、それをなぜ採用したかという理由がありますよ。

浅子──でも作品集では、アーチにも根拠はないって書いていますよ(笑)。

青木淳氏
青木──あれっ? そう(笑)? たしかに、浅子さんのように、煉瓦との関連でアーチを根拠づけるというのも、間違っているわけではないですよ。そういうこともあって、アーチもありえるという判断があったわけですから。でもそこから発想されたかというと、そういう気は、少なくとも、ぼくはしていない。窓を四角くして、その形で外壁に開口を開けていくと、どうしてもコンポジションの問題になってしまいます。ぼくはそれがいやだったんですね。コンポジションの恰好よさを、デザインの目標にしたくないという気持ちがあったわけ。それが、その四角い窓をアーチ窓に替えてみると、アーチ窓が記号として見えてくるので、コンポジションの問題ではなくなり、その記号が建物のどこで出現し、どこで消えるのかということが問題になる。それがおもしろかった。それから、《青森》を設計していた当時は、まだポストモダニズムのトラウマが残っていて、そういう記号性の強い要素を使うのは、世の中的にご法度だったんですね。だから検討に入れるまでもなく、最初から候補外とするのが普通だった。ということは逆に、そういう要素の可能性を見失っているかもしれない。封印されているこの要素にはまだ、ポストモダンのときとは違う使い方があるのではないか、と思ったのです。もっとも、なぜアーチかということについての考えは、《青森》を担当したスタッフそれぞれで違っていたのかもしれない。今日は、担当者だった西澤徹夫くん、寶神尚史くん、村山徹くんもきてくれているので、なにか言いたいこと、あります? たしか、アーチはどうだろう、と言い出したのは西澤くんだったと思うけれど、どうだろう?

西澤徹夫[建築家、西澤徹夫建築事務所主宰]──同じですね。立面図に四角い窓を描いていると、マレーヴィチの絵画のようになっちゃうわけです。窓と窓をあわせるように配置するとこっちがずれてきて......と延々と続く。正解がない。だからまったく次元の違うものを持ちこむ必要があると思った。コンポジションになりようがないようにできるもの。アーチじゃなくて、星型でもいいんだけれど。しょせん壁紙なんだから、自由にくりぬこうと思った。

青木──そう、目に見えているのは、鉄骨の上に何層にも重ね合わされたその表面でしかない。

浅子──前回の対談のときは、「ミルフィーユ」だという説明がありました。

青木──ええ。壁というのは、構造体を芯にして、それに両側から何層ものレイヤーを重ねたミルフィーユのようなもので、見えているのはそのうち表面のレイヤーのみ、ということです。つまりぼくたちは壁紙を見ているにすぎない。そして壁紙というものは、その裏の実体を正しく伝えるためのものではありません。壁紙は、実体から遊離して、それ自体としての役割を担うことができる。

浅子──うーん、でも自由にくりぬくといったって、実際には星形やハート型にはできないでしょう?

青木──《青森》は本物の煉瓦は使っているけれど、本当の組積造ではないんですよ。そうでない以上、必ずしも、開口の構造にアーチが必要というわけでない。

浅子──わかります。とはいえ無数にある選択肢のなかでアーチ窓を選んだのは煉瓦を使っているからじゃないですか? そもそもミルフィーユというのは、ほぼすべての現代建築の条件で、《青森》だけに与えられたものじゃない。

西澤──煉瓦パターンのある壁紙としてみれば、四角く切り取るより円弧なり星型なり、煉瓦の形に左右されないもののほうが自由にくりぬいた感じにできる。そういう意味では浅子さんの言うことは正しいけれど、コンポジションに陥らずに自由に開口部を開けたいとなれば、外壁は均質なパターンに見える煉瓦のほうがいい。外壁を大きなパネルでつくるとその目地やパネルのサイズがまたコンポジションをつくってしまいますから。だから《青森》の場合はどっちから話を始めてもいいようにつくりたかったんです。煉瓦だからアーチだと言ってもいいし、アーチだから煉瓦だと説明してもいい。どちらの道筋が正しいってことはないんです。まぐさ部分は煉瓦パターンのGRCパーツを使っているので、煉瓦との素材の違いを隠すために上から白く塗っているけど、一方で、煉瓦壁は展示壁面の延長だという理由で白くしていて、それならば、どうせ隠せるんだからまぐさは煉瓦と別の素材にしてもパターンさえ合っていればいいんだ、というふうにも説明できる。

寳神尚史[建築家、日吉坂事務所主宰]──道筋をたどることが大事なのではなく、お互いの存在理由を相互に担保しあっているという、「アリバイ関係の構築」が大事なんです。
さまざまな相互関係の編み目をつくっていくことで、それぞれの事物が「必然」かのように見えてくるという。

西澤──原因と結果、手段と目的は常に連鎖的で相互補完的だから、究極的な出発点というのはないんです。だからストーリー全体は完全に宙に浮いているわけです。

浅子──どこから説明しても説明できるけれど、その全体には根拠がないっていうことですね。

青木──設計をしているあいだじゅう、さまざまな課題が噴出してきますよね。突然、このあたりに排煙口が必要になるとか。実際のところ、それが《青森》でアーチが出てきた理由なんだけど。そうすると、そのたびごとに最初に戻って考え直さなくてはならなくなる。なにか揺るぎない最初があって、そこからすべてが決まっていくのではなく、そのたびごとに「最初」をつくり直していった結果が、できあがったものの「最初」ということになる。あるいは、本当のところは「最初」なんてないのかもしれない。その意味では、設計作業って、免疫系に近い。異物が免疫系のなかに入ってくるたびに、免疫系の組織・体系が変化する。その連続だから、ある時点での免疫系の形には根拠がない。設計も、思わぬ課題という異物によって、系の形が変わっていく。

ポストモダン建築からの展開

浅子佳英氏
浅子──免疫系というのはいいたとえですね。完全には納得できないですが(笑)、だいぶわかってきました。
ぼくは、もう少しわかりやすい部分で《青森》には重要なことが二つあると思っています。ひとつめは、美術館であるにもかかわらずミニマリズムに陥らない建築をつくろうとしたこと。ふたつめは、新築であるにもかかわらず、リノベーションした建物のようにつくろうとしたこと。この二つは現在でも重要だと思います。ポストモダン建築はバブル崩壊とともに寒々しく、カッコわるいものになりました。ポストモダン建築の特徴だった設計者の強い恣意性への反発が生まれ、震災後はさらにそれが嫌悪感にも似たものへと強化されて現在も続いています。その感覚は「みんなの家」や今年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館のテーマ「縁」やシェアハウスなどの流行の背景にもなっていると思います。そして、建築におけるミニマリズムの流行もまた、設計者の強い恣意性への反発のひとつだったように思います。ミニマリズムの建築は白く透明で、一見、設計者の恣意性が排除されているかのようにも見える。しかし、ぼくはこの流れに強い恐怖心を抱いています。なぜなら設計者の恣意性の排除までならいいのですが、それは容易に特殊なものを排除するという最もいやなかたちでの保守主義に反転するからです。それでは世界を変えるどころか、現状の世界を強化してしまう。違う方向に目を向けてみても、例えば隈研吾さんの建築はポストモダンの頃の作品である《M2》(1991)と現在の作品で、根っこの部分ではほとんど変わっていないと思うんですね。イオニア式の柱から木製のルーバーと表層は変わっていますが、イオニア式の柱が無根拠であったように木造のルーバーにも根拠はないだろうと思う。にもかかわらず、木を使ったということだけで、和だとか環境への配慮を連想させる。正しいことをしているように見える。それは、やはりある種の保守主義と容易に結びつく。現在は、ポストモダン建築が姿を変えて生き延びながら、その反動として、ミニマリズムや社会的に正しいものが流行し、共に保守主義へ接近するというねじれた状況だと思います。そのような状況のなかで改めて《青森》を訪れたわけですが、作家の恣意性を避けつつ、かといってミニマリズムの建築に陥ることなく、なにができるんだろうという問いに真剣に答えようとしているように見えました。だからこそいまでも可能性を感じるのです。

青木──なるほど。バブルが弾けたとき、ぼくたちはそれと同時に、ポストモダンの建築が瓦解したように感じたものです。バブルの時代、デザインとは「付加価値」を与えることであり、そしてそのためには「差異」が必要であると、まるで当然のことのように言われていた。どんな差異でもいい、差異の生産そのものに価値がある。なんらかの実体が経済を発展させるのではなく、差異そのものが資本を動かし、その運動エネルギーが経済を動かすという論理がバブルを牽引したとすれば、デザインも同じことで、その論理がポストモダンの建築を支えていた。だからバブルが弾けた瞬間、理由なき差異、つまり恣意性という論理も瓦解したわけです。瓦解したので、そこで突然、建築がある形を持つための理屈が必要になった。それが「プログラムへ」という潮流です。プログラムは、建築にとって与件ですから、そこに恣意性はない。いや、プログラムをつくる側にいる人にとっては、そこには恣意性が含まれるので、必ずしもそうとは言えないのだけれど、まあ、建築家にとっての恣意性は排除でき、それが形を決定する根拠になりえる、ということですね。で、重要なことは、プログラムをそのまま受け入れても、それを現実の空間として解く方法は一意的に決まらないということです。馬力でなんとか解いた醜い解もあれば、それまで誰も思いつかなかった解法で解いた美しい解もある。であれば、快刀乱麻に鮮やかに解くところに、デザインの醍醐味を期待できる。例えば、レム・コールハースの「フランス国立図書館のコンペ案」(1989)がありました。書庫が詰まった立方体のマスをまず想定して、そこに穴あきチーズのように、必要な空間を穿っていくという案。プログラムはそのまま受け入れて、ただそれを驚くべき図式で解いてみせる。当時の妹島和世さんは、その気分のなかにあったはずだし、ぼくなどは、そんなレム・コールハースのレクチャーをたまたま聞いて、これこそ、学生のときに設計に感じた楽しさだったと、独立を決心したくらい(笑)。その一方で、ニュートラルなものをつくるという傾向も生まれた。独創性なんていらない、使い手を拘束するようなデザインを避けるというような立場で、恣意性排除ということに対するストレートな応答だったのでしょうね。例えば、みかんぐみがその代表。ともかく、この二つの傾向は、バブル後の、恣意性への批判として出てきたものです。ぼくが自分の仕事を始めたのは1991年の初めですが、それはちょうどバブルが弾けた瞬間でした。瞬間というのは、磯崎さんのところを辞めるまでは、いろいろな人からしょっちゅう、独立したらこんな仕事をしてほしいという電話がかかってきていたのですが、独立したとたん、一本も電話がかからないようになったからです。それで、仕事がないのが基本形になった(笑)。ともかく案をつくる時間がいっぱい。だから、プログラムをあれこれ整理して、もっと綺麗な図式がないものかを探す毎日です。ですが、ある日、ふと思った。プログラムを解く楽しみって、数学やゲームの楽しさと似ていて、たしかに興奮するけれど、実生活と接点がない。実生活を一度プログラムという形に抽象化しているからですね。それに、どんなに綺麗な解でも、それでいい建築になる保証はまるでない。つまり、プログラムを解くことは、建築の主題にはなりえない。さらに、いい建築をつくろうとすれば、そこに根拠を言うことができない恣意性が忍び込む。その一方で、ぼくはニュートラルな建築というのも信じられない。どんなものにも、それがたとえ無意識であっても、ある特性を与えざるをえない。意味が無色透明のものはつくれない。もしそう見えるとすれば、それは現時点での一般に流通しているコードに乗っているからにすぎない。デザインというのは、その逆に、ぼくたちのなかに無意識として居座るコード体系を脱臼させ、その拘束の外に出ることだろうとぼくは思っているので、こちらの道も進むことができない。となると、ぼくたちはまだポストモダンの先に進んでいないということになりますね。恣意性のないものはつくれない。だけれど、作家的恣意性はいやだ。ではどうするか。それを、ポストモダンが提起した近代主義への批判にまで戻って考えていいんじゃないかと思いますよ。

浅子──まったく同感です。ポストモダン建築の流行が終焉したのが95年くらいだとして、20年を経たいま、そこで問われたことが解決したのかというと、そうではないですよね。

201611

特集 地図と都市のダイナミズム──コンピュテーショナル・マッピングの想像力


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