続・かたちってなんだろう
少しだけ、見慣れない世界
篠原勲──《大宮前》で特注した部分を具体的に教えていただけますか? 《青森》にはたくさんあると思うのですが。青木──プールのタイルは特注ですね。天井のGRCや、もちろん手摺なども特注ですけれど、たいていの素材は既製品です。楕円の建物のまわりにぐるっと入っている引き違い窓 は、既製の型材のアルミサッシ。だけれど、その端部に嵌めているアクリルのディテールは、特注品でやったほうが楽なくらい。
- fig.6──《大宮前体育館》アルミサッシを使った引違い窓
撮影=阿野太一
篠原──《大宮前》は普通に流通している産業品を工夫して使って、「普段使いの公共建築」を成立させることに注力していますよね。そこに執念のようなものを感じました。
浅子──《青森》にはミニマリズムへの抵抗のような意志を感じますが、《大宮前》にはそういう強い意志みたいなものは感じないですね。
青木──《青森》から先は、もう戦う相手がいないからかな。構成がリードする垂直的なデザインは、もうどうでもいいでしょ(笑)。要素間がつくる水平的なデザインはどうあればいいか、という問題からスタートできる。《青森》は、周辺の日常的な空間が、どこかで反転して、気がついたら、非日常的な空間になっている。それに対して《大宮前》は、日常の延長から地下に降りるにつれ、少しずつ非日常になっていくけれど、日常が非日常に反転するのではなく、もうひとつの日常に反転するようにつくられている。それが、前回の対談で話した、その土地の傷口を修復するということですね。
門脇──浅子さんは、日常を切断するのが建築だと考えているのでしょうか。
浅子──いや、ぼくも建築は傷口を修復するようにしかつくれないと思っています。ただアルミサッシをそんなふうに苦労して使うところに「普通」へのこだわりがあるように見える。もっと言うと「普通」のもののほうがいいんだ、と言っているように聞こえる。繰り返しますが、それはとても危険だというのがぼくの認識です。
西澤──普通か普通じゃないかっていう問いはそもそもないと思うけど。
浅子──ええーっ、それならスチールサッシを使えばいいじゃないですか。
西澤──なぜアルミサッシか、それは予算の問題ですよ。《青森》と《大宮前》では予算規模がまったく違う。
品川雅俊[青木淳建築計画事務所《大宮前》担当者]──ぼくらはノームコア的なもの、あるいは「みんなの家」のような普通さを目指していたわけではなかったと思います。
門脇──それは慣習的な文法を無批判に使わないということですか?
品川──そうです。普通のものを使っていながら、少しだけ見慣れない世界にしたかった。
門脇──なるほど。《大宮前》では「当たり前のもの」を「当たり前であるから」という理由で歓迎するような態度が、意識的に排除されているわけですね。
島田──《大宮前》から《三次》になると装飾要素はさらに少なくなる。それは予算がなかったという理由だけですか。それとも青木さんが、その方向に舵をきったということでしょうか。
西澤──そうですよね。《三次》のほうが装飾が少ない。計画学的なアイデアだけが見えてくればそれでいい、というようになっている。
青木──たしかに《三次》は、よりストレートでしょうね。《大宮前》さえ手数が多いと感じていたところがある。
品川──《三次》では正しさが前に出てきているように見えます。よくも悪くも。
青木──正しさというのはつまり、反論できないということですね。でも、その点を突けば、たしかにそれはそうなんだけど、そもそもその点を突くことの妥当性はどうなのよ、ということがありますね。質問が悪ければ、答えも間違う。にもかかわらず、やみくもに「正しさ」ばかりが求められるのは危険なことでしょう。正しいと感じたら、怪しいと思ったほうがいい。しかし、《十日町》はより、正しいんです。
村山徹[建築家、ムトカ建築事務所共同主宰]──ぼくは《青森》を担当して、《大宮前》ができる頃に事務所を辞めたので、その移行期を見ています。その時期、性能担保に対する社会的要請がとても強くなりました。それは大きな変化でした。《大宮前》はリーマンショックの後で、東日本大震災の後に《三次》の仕事があったので、それぞれはその影響を強く受けていると思います。二つの建築でやっていることに違いはないのだけれど、社会的な要請のなかで見え方が変わってきているということもあるんじゃないでしょうか。
門脇──ぼくには《三次》は《大宮前》の延長だと素直に思えます。《三次》にはモダニズムの建築が持っていた空気みたいなものが被せられていますが、《三次》の周辺にはバブルの前に建ったであろうモダンな建物が結構あって、あの感じはけっして周辺と切断されたものではありませんし、そのモダンな作法が、なにか変なことをしていることに気づかせなくしている。というか、そこに意識を向かわせないように作用している。《大宮前》では、その変な部分がどうしても目についてしまうんだけれど、《三次》での青木さんは、意識がそこに照準を合わせてしまうことさえも許さなかったのだろうなというふうにぼくには見えました。
青木──やろうとしていることに不要なことはしないでいいですから。
門脇──そういう意味で、ぼくには青木さんの作品は初期の《馬見原橋》(1995) から変わっていないようにも思えます。「馬見原橋」にはごく当たり前の土木のディテールが採用されていて、「特別なものをつくることによって人に意識を向けさせる」というデザインの作用が慎重に排除されています。
- fig.7──《馬見原橋》
提供=青木淳建築計画事務所
デザインのこれから
浅子──ギャルソンのゲリラストアは衝撃的でした。実際にはいわゆる在庫品の処分のための店なんですが。
青木──処分をどうデザインするか。
浅子──ハイブランドがデザインできていなかったことです。他のブランドは、アウトレットモールなどで在庫処分をしていたわけですが、コム デ ギャルソンはそれをやっていなかったのです。
青木──コム デ ギャルソンのインテリアデザインは、コンテンツ型、プラットフォーム型、マーケット型、グラミンフォン型と、浅子さんが不思議なネーミングを与えている4つの段階を進んできた。それから5年経ったいまは、5段階目に入っているのでしょうか。
門脇──いまではネットショップで服を買うことも普通のことになっていますよね。ネットショップでは試着ができませんから、その影響で、体型に作用されないパターンの服が増えているように思えます。スタートアップ段階の先鋭的なブランドほど、たくさんのパターンが用意できないためかそうした傾向が強く、フリーサイズやユニセックスの服も増えているように感じています。
青木──ネットショップによって、実在するお店のつくりも変わりましたか。
浅子──本格的な変化はこれからだと思いますね。ゲリラストアはそのなかではとても示唆的なものでした。すでに起こっている変化としては、駅ナカなどのように、よりスピードが求められるものと、住宅街にポツンとあるような、わざわざそこに行かなければならないものとの二極化が進んでいるように思います。ネットショップの売上は、いま小売全体の6%くらいなんですが、10数年後には20%まで伸びると言われています。すでにショッピングモールの売上は現在小売全体の約20%。わずか30年で実店舗の売上は6割にまで減少するわけで、必然的にその役割は今後大きく変わっていきますよね。
門脇──ネットで服を買うことが主流になると、洋服屋はカフェやバーなどと融合して、ファッショナブルな体験を供給する場に変わるかもしれませんね。
浅子──ぼくは実店舗は検索キーワードみたいな存在になるんじゃないかと思っています。これは東浩紀さんの『弱いつながり』(幻冬舎、2014)からヒントを得たのですが、ネットショップは、商品をリコメンドしてくれるでしょう。その人がほしいと思うものを先回りして教えてくれる。それが続くと、新しい欲望は喚起されなくなる。だから実店舗は新しい欲望を喚起するための場所になるんじゃないでしょうか。
青木──そうすると、日常世界のなかにある店舗が、「想定内」を超えなくてはいけなくなる。日常の構成要素が、日常のコードを揺さぶるのですから。
[2016年6月18日、青木淳建築計画事務所にて]
- 宙に浮いた世界/ポストモダン建築からの展開
- 「ノームコア」という落とし穴/「普通」と恣意性
- 少しだけ、見慣れない世界/デザインのこれから