WebGIS・SNS・ビッグデータが描く都市の諸相
一般的に、表やグラフと比べて、地図にはより多くの情報を表現できる。2次元地図であっても、単なる階級区分図を描くのではなく、円グラフや記号と組み合わせることで、複数の地理的な事象を同時に表現し、地図の"読み手"に伝えることができる。地理情報システム(GIS、Geographic Information System)の登場と、ブラウザ上で動作するさまざまなWebGISの開発によって、高精細な地図を誰でも簡単に描くことができるようになり、"描き手"側のハードルは大幅に低くなっている。
GISで地図を描くためには、デジタル形式の地理情報(GISデータ)が必要となる。日本では、2000年代以降、デジタル地図や小地域統計データのウェブを通じた無償公開が政府により進められ、誰でもいつでもGISデータを入手できるようになった。オープンデータへの取り組みが進むなかで、政府や自治体、研究機関によって提供されるGISデータは種類、量ともに増大している。また、SNSの普及と関連アプリ開発のためのAPI(アプリケーション間のデータのやり取りのためのインターフェイスの仕様、Application Programming Interface)の提供により、公開設定されたものについては、世界中のユーザーが発信した位置情報付きのログデータを簡単にダウンロードできるようになっている。利用可能になった多種多様なGISデータは、さらに地図の"描き手"の意欲を刺激し、より多くの可視化(マッピング)が行なわれるようになってきた。
ビッグデータとしての地理情報からは、都市のどのような側面を読み取ることができ、可視化することができるのか。そして、これをどこまで表現し、伝えることができるのだろうか。地図の描き手・読み手双方の視点も含めて概観したい。
SNSログデータで現代を可視化する
日々発信されるSNSのログデータのような数億件レベルのビッグデータが登場する以前、2000年代初頭において代表的な"ビッグデータ"であった地理情報は、地域メッシュや町丁・字単位で集計された各種の小地域統計であった。小地域統計の本格的な整備の開始は1970年代であり、1990年代以降は、町丁・字単位の統計データとともに、対応するGISデータも整備・提供されるようになった。小地域統計は、ひとつの都市や大都市圏などの地域を広域的に俯瞰しつつ、その内部を詳細な空間単位で捉えることのできる統計データであり、都市に関するさまざまな研究分野で用いられてきた。
SNSログデータのような今日の代表的なビッグデータが登場するのは、GPS付きの携帯電話やスマートフォン、SNS自体が普及し始めた2000年代後半以降である。全世界で日々発信される情報の一部には、発信された場所、内容に関連する場所についての位置情報が付与されている。ここでは、分析可能なSNSログデータの代表例であるTwitterのログデータを用いて、4つの可視化事例を紹介する。
TwitterのStreaming API で取得できるログデータにはユーザーIDが付与されている。ユーザーID単位で一定期間の行動を解析することで、そのユーザーがどの地域で生活しているのかを判断でき、観光地を対象とした観光行動に関する分析が可能になる。
[fig.1]は、京都市に短期滞在したユーザーを観光客とみなして、彼らの投稿件数を密度に変換し、3次元都市モデルの『MAPCUBE』を利用して可視化したものである
。投稿密度は、建物の高さと色の濃さの両方で表現されている。京都観光の玄関口にある京都駅ビル、京都タワーが高くそびえ、繁華街である四条河原町、祇園周辺の建物群も色が濃くなっており、多くの観光客の集積が確認できる。三重県伊勢市を対象にした[fig.2]では、ユーザーの居住地を三重県内と三重県外に区分し、50mメッシュ単位で訪問ユーザー数を集計して、3次元的に表現している。伊勢神宮(内宮・外宮)とその周辺地域が観光地であり、これらの地域では三重県外のユーザーの訪問が多くなっている。一方、郊外のショッピングセンターなどでは、赤色で示された三重県内のユーザーの訪問が多いことを確認できる。
また、Twitterのログデータからは観光客による行動の詳細も把握できる。内宮周辺地域でのTwitterの投稿から、伊勢名物である「うどん」と「赤福」のキーワードが含まれるものを抽出し、三重県外居住のユーザー数を時間帯別に集計した。[fig.3]によれば、「うどん」は13時台、「赤福」は15時台に多い傾向を読み取ることができ、うどん(伊勢うどん)は昼食、赤福は食後のおやつとして観光客に食べられていることがわかる。伊勢市だけでなく、日本全国を対象として「うどん」を含む投稿件数を集計すれば、西日本を中心とする「うどん」文化が卓越する地域を見出すこともできる。
- fig.3──内宮周辺で「うどん」・「赤福」を含む内容を投稿した三重県外居住ユーザーの時間帯別件数(2012年4月〜2015年3月)
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Twitterのユーザーは、観光地での出来事や食事の内容だけでなく、日常会話も発信している。そこで、「(笑)」や笑顔の顔文字を含む投稿を抽出し、地域別に集計したところ、西日本では「(笑)」が多い傾向を確認できた
。東京周辺では、「(笑)」も笑顔の顔文字もそれほど多くはなかったが、これはより多くのパターンの顔文字や感情表現が現代の文化の発信地である東京周辺で生み出されているためと考えている。これ以外に、方言を可視化することも可能であり、徳島大学の岸江信介教授らと協力しながら分析を進めている 。Twitterのログデータに限らず、SNSログデータを分析することで、人々の日常生活に関わるさまざまな現象をマッピングし、分析できるはずである。しかし、これまでに筆者が収集してきた4年分のTwitterログデータを分析すると、少なくとも日本国内に関しては、位置情報付きのSNSログデータは、地域ごとの人口比を考慮しても、大都市圏、特に東京大都市圏に集中する傾向にある。地方に比べて若年層の割合が高い大都市の住民はSNSを日常的に利用し、位置情報を付与して友人などと交流を図っていることが多いと予想される。そのため、例えば観光行動の分析を目的として、ある観光地での居住地別ユーザー数の比率を求めると、実際の観光客よりも東京大都市圏からの訪問ユーザーの比率が高くなってしまう可能性がある。一般に利用可能なビッグデータのうち、SNSログデータはマッピングや分析が比較的容易であるものの、データに付与された位置情報の地理的特性を十分理解したうえで利用する必要がある。
GISで過去を可視化する
SNSログデータは、サービスが提供され続ける限りにおいては、膨大な量のデータが日々発生し続けるため、なんらかのログデータをマッピング、分析しようとする試みは今後も続くものと思われる。その一方で、過去の事象に関するビッグデータはほとんどなく、既存の非デジタルな資料から作成する必要がある。歴史研究のためのGISデータの作成とアーカイブの構築、そしてこれらを利用した研究は、歴史GIS研究と呼ばれ、1990年代後半以降、欧米の研究機関を中心に展開されている
。日本でもいくつかの取り組みがあり、立命館大学では京都に関する歴史GIS研究を進めている。京都府立総合資料館所蔵の『京都市明細図』のデジタル化とウェブを通じた地図画像の配信は、代表的な成果のひとつである 。筆者もこの歴史GIS研究に携わっており、京都に加え、六大都市(京都、東京、横浜、名古屋、大阪、神戸)に関する20世紀初頭以降の小地域統計のGISデータベースの構築を進めてきた 。現時点では統計データのデジタル化が完了しており、東京と京都のGISデータが整備されている。このうち、東京23区についての1965年の国勢調査結果を可視化したものが「東京の人口地図(1965年)」と題したウェブアプリケーションである
。1965年の国勢調査結果に関して東京都が刊行した『東京都区市町村町丁別人口・世帯報告』をデジタル化し、対応するGISデータを作成し、地図化している。東京オリンピックが終わったばかりの1965年に、東京23区の人口は889万を記録し、戦後最初のピークを迎えた。例えば、販売・サービス関係従事者比率の地図からは、伝統的な都心部をまだ見出すことができ、小地域統計からドーナツ化が顕著に進展する以前の東京の姿を観察することができる。このように、過去の小地域統計を含めた、歴史GISに関するビッグデータが時間的にも空間的にも豊富に蓄積されていけば、明治以降の東京の時空間的な変化をGISで可視化し、分析するようなことも可能になろう。- fig.6──東京の人口地図(1965年)
これからの地理情報リテラシー教育
本稿では、ビッグデータの代表格としての位置情報付きのSNSログデータと、過去の事象に関するビッグデータとしての歴史GISデータのマッピング事例を紹介した。後者については、非デジタル資料を手動でデジタル化する必要があり、まだまだマッピングのためのハードルは高いが、今回紹介した「東京の人口地図」で利用したArcGIS Onlineのように、GISデータの共有を目的としたサービスに公表されたものであれば、より多くの描き手が容易にマッピングできる。
GISの普及が進み、地図の描き手が多くなる一方で、地図や地図表現に関する読み手側の知識は十分とは言い難い。しかし、その状況は、2022年度からの高校で導入される必修科目「地理総合」の導入によって大きく変化するものと思われる。近年、大学生・高校生が国の位置を知らない、海外・異文化への関心が後退しているなど、基礎的な地理的知識の低下が指摘されている 。一方で、大規模災害の頻発などから、環境や災害・防災への関心が高まっている社会的背景もある。そこで、地球規模の諸課題や地域課題を解決する力を育むことを目的として、必修科目としての「地理総合」の設置が文部科学省中央教育審議会で検討され、2022年度から高校で導入される見込みである。「地理総合」では、地図やGISに関する汎用的な地理的技能、いわば"地理情報のリテラシー"の習得が目指されるため、多くの人々は、多様かつ膨大な量の情報が表現された地図から、必要なものを正しく読み取ることができるようになる。また、米国では、地理情報のリテラシーについての専門的知識を持つ人々("GeoMentor")が、ボランティアとして小中高校などと協力し、地理教育に携わる仕組みがアメリカ地理学会により運営されており 、このような取り組みを日本でも展開しようとする動きもみられる 。「地理総合」の導入だけでなく、ボランティアによる地理教育が普及すれば、地図の読み手側に必要となる地理情報のリテラシーは大幅に向上すると考えられ、同時に描き手側の技術の向上にもつながり、より多くの人々によって気軽にマッピングできるようになる。さらに、GISデータ自体への関心も高まることで、現代的なビッグデータだけでなく、歴史GISデータの整備も促されるものと考えられ、過去から現代、未来までを見通したさまざまなマッピングと分析が行なわれるようになろう。