設計プロセスにおける情報マッピング

市川創太(建築家、doubleNegatives Architecture、hclab.)
新井崇俊(建築家、東京大学生産技術研究所特任助教、hclab.)

1. 情報のマッピング、ビジュアライゼーションへの期待と知覚の限界

市川創太



マッピング(mapping)という言葉を、それが持つ「対応付ける」という意味をもってとらえれば、ビジュアライゼーション(visualization)は「見えるように」情報を「対応付ける」ということであり、マッピング操作のある一結果と言えるでしょう。ビジュアライゼーションを裏打ちするもうひとつの操作として、プロジェクション(projection)が挙げられます。プロジェクションとは、「次元を減らす」より高次の状態から、低次の状態へ投影するという操作と言えます。マッピングがいかようにも「対応付け」可能なのに対し、プロジェクションは、その「次元の減らし方」により強く厳格な規則や一律性が伴うように思えます。


doubleNegatives Architecture(ダブルネガティヴスアーキテクチャー、以下dNA、ディーエヌエー)は空間表記方法(ノーテーション)のオルタナティヴを試行し、建築設計への応用を行なってきました。一連の取組みにおいては、音楽における記譜法から、建築図法などを含む表記方法を指すものとしてノーテーションという言葉を多用しています。


言語と思考が密接であるということは一般的に知られていますが、建築家にとってノーテーションが情報をシェアするためのプロトコルや言語であるとすれば、設計を思考するメカニズムにもその言語、すなわちノーテーションが設計思考や発想に密接であると想像できます。あるノーテーションがあるからこそ、それを使って空間把握しているからこそ発想されるアイディアもあるかもしれません。バッハの「フーガの技法」★1をとってみれば、記譜法上で音階の視覚的な認識ができたからこそ、天地反転、逆順方向、譜面上のシンメトリー、という発想が出てきたのではないかという憶測も的外れではないでしょう。ノーテーションの問題は建築設計固有の問題というよりは、創作、設計、計画する、というすべての行為に関わる根源的な問題ともいえます。


dNAは空間表記方法のオルタナティヴのひとつとして、Super Eye(スーパーアイ、超眼)という方法を提案しています。この方法は、パノラマビュー★2、方眼図法★3、極座標★4、キャバリエ投影法★5などを組み合わせたもので、ある1点から全方向を投影しながら、距離情報(深度情報)を付加することで、3次元座標情報を保有し、表記結果から元の立体や空間が再現できる、双方向なシステム、ノーテーションとして成立させることができます。


Super Eyeによる立方体ワイヤーフレームの表記。立方体ワイヤーフレームを同じ視点軌道を通りながら、方眼投影のパノラマで表記→立方体の面を1mグリッドで分割しその分割交点までの距離を斜線の長さで表記→Super Eyeで採用している方法──斜線で距離を表記しつつ補助線を使って距離情報を補完し、略表記している。


サヴォア邸ワイヤーフレームのSuper Eyeによるウォークスルー表記

プロジェクトとしてこのようなノーテーションが導かれた理由のひとつに、1990年代初頭における「脱中心性についての再議論」の影響を挙げておきます。以来私たちは「脱中心」がメタファーを超えたエンジニアリングとして、どのようにあり得るのかを考えてきました。それは「中心から脱する、中心が無くなる」というよりは、むしろ個々が中心であるということを再認識し、ひとつの基点・ひとつの中心から世界を記述すること、それをユーティライズすること、というように展開していきました。Super Eyeはマッピングのオルタナティヴというより、プロジェクションのオルタナティヴとしてノーテーションを提案していますが、どこでも基点、誰でも中心という捉え方による「脱中心性」の意味を、極座標という座標系にマッピング(対応付けた)したと言えるかもしれません。


Super Eyeによる世界地図表記。基点に観察者が立っている状態を想定して表記しているため大陸を裏側から捉えている。ゆえに形が反転している。各都市までの距離は基点から(地球を突き抜けての)直線距離を示す。東京基点の場合ブラジリアまでの距離がほぼ地球の直径に近くなる。赤いドットは太陽の方向、青いドットは人工衛星PRISMの方向を示し、東京時間で2012年6月1日0:00から15秒おきの表記。アニメーション中の表記基点は、東京→昭和基地→東京→ワシントン→東京→サンピエール→東京→ロングイェールビーン→東京→モスクワ→東京→ブラジリア→東京とスイッチさせている。

ARTSAT衛星軌道・世界地図表記 多摩美術大学+東京大学のARTSAT・アートサットプロジェクト(ARTSAT: Introduction)にdNAが提供したソフトウェア。Super Eyeからのスピンオフ。赤いドットは太陽の軌道、青いドットは人工衛星PRISMの軌道を示し、東京時間で2012年6月1日0:00から15秒おきの表記。12秒映像ディゾルブ後はPRISM衛星の位置を中心に地球を展開投影し、衛星の軌道方向に対応してつねに投影角度を回転させている。

プロジェクションの概念に従えば、その投影先は2次元に限りませんが、ノーテーションが「対人間」として想定されていることを考えれば、2次元のものが多様であることは、その実用から自然なことかもしれません。そもそも言語も表記方法も「人工物」である以上、すべてが「対人間」であることは疑う余地はないでしょう。しかし、この後「対人間」ということ自体を考えざるを得なくなります。


より建築設計の問題に応用するために、Super Eyeを多数集めた「中心が同時に複数存在する」というモデルを構築するに至り、局所評価と全域評価の調停位置を模索するCorpora(コーポラ、総体、集積の意)というシステムとなりました。この試行プロセスは『現代建築家コンセプト・シリーズ9 ダブルネガティヴス アーキテクチャー 塵の眼、塵の建築』(LIXIL出版、2011)に書いています。このCorporaによって、鳥の群飛行などといった要素が集まった「集合体・ネットワーク」を表現・記述できるようになります。


CorporaによるBoids★6:鳥もどきの表記

Corporaを構成するSuper Eyeを構造の結節点などにマップする(対応付ける)ことで、設計プロダクションへの応用ができるようになりました。形や構造の局所状態をモニターでき、ルールを与えることができます。建築も沢山の部品が集まった「集合体・ネットワーク」である、というように考えていきます。


ケペッシュミュージアム・エントランスデザイン ノーテーション
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ケペッシュミュージアム・エントランスデザイン、エゲル ハンガリー

《なご原の家》ノーテーション
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《なご原の家》小海町、長野県
写真:市川健太(BAU Studio)

《なご原の家》ソフトウェアスクリーンキャプチャ

現在は敷地を多数のSuper Eye (10万以上)のネットワークで覆い、建物の配置や向き、形状を評価する複数の基点として使うというようなアプローチも試みています。


《羽後街道の家》

Boids:鳥もどきを構成するCorporaの視点(Super Eye)数が50〜300程度、ケペッシュミュージアム・エントランスデザインの視点が400前後、《なご原の家》が54、《羽後街道の家》では10万。最も少ない54(Super Eye)視点であっても、その振る舞いをくまなく監視し操作するのは、人間の身体能力において容易とは言い難く、10万の視点ともなれば到底見切ることはできません。人間の知覚を想定して構築したノーテーションも、もはや誰がどうやってチェックするのか、誤認やヒューマンエラーは排除できるのか...? というような量的問題とともに、人間の知覚の限界、に突き当たることになります。情報の状態が「対人間」という想定を超えてきます。


そこで、圧倒的な量的反復作業を得意とするコンピューターが不可欠となり、見る(視る)主体は判断基準を命令として与えられたソフトウェアとなります。設計者はソフトウェアを管理操作する側、判断基準を命令していく側に回ることにならざるを得ません。状況をビジュアライズすることはできますが、本質的な処理は、判断基準の命令の質に大きく依存します。


巧妙にビジュアライズしても、得られる知見が乏しければ、デザインや計画を十分に助けることはできないでしょう。ビジュアライゼーションは知覚の限界を超えた情報を「対人間」用にフィルタリングし、再マッピングすることでもあり、結果として情報量は激減します。ビジュアライズの最終アウトプットとしての役割は、それを見る者の印象を左右するかもしれませんが、むしろ情報の状態を確認する道具としての役割がとても重要です。


多変量になる情報は、増量とともに「非人間」的になるでしょう。人間のために人間がつくったコンピュータとはいえ、それが吐き出すものは「対人間」である保障はありません。この状況においては、ビジュアライズによって情報のほんの数断面を観察し、その挙動やメカニズムをイメージできる、情報空間を把握できる、マッピング(対応付け)を脳内補完できる、関連付けやメカニズムを想像できるようになるということが、人間側に求められる能力と言えるでしょう。いずれにしても、なんらかの方法で、知覚の限界と対峙することになります。



★1──J.S.バッハによって1740年代につくられた音楽作品。対位法技法を用いたさまざまな様式(「反行」「拡大および縮小」「多重フーガ」など)によって構成される。
★2──パノラマビューとは広域を撮影した視点のこと。
★3──方眼図法は地図投影法の一種。緯線と経線が直角かつ等間隔に交差する正方形のグリッド(方眼)を形成し、正距円筒図法、簡単円筒図法、または長方形図法などとも呼ばれる。
★4──極座標は座標軸のとり方の一種。平面あるいは空間上のある一点の位置を、定点(極)からの距離と角度で示した座標。
★5──キャバリエ投影法とは、投影面のひとつと平行になるように、単一の投影面上に斜めに投影する(斜投影)する図法の一種。奥行きを45°の角度で1/2の縮尺とする「キャビネット投影法」に対して、縮尺を1/1とするのが「キャバリエ投影法」である。
★6──ボイド(Boids)とは人工生命シミュレーションプログラムである。「鳥もどき(bird-oid)」に由来する。コンピュータ上のボイドに3つの動作規則(引き離し、整列、結合)を与えることで、鳥の群れの振る舞いをシミュレーションすることができる。

*ここで紹介したたノーテーションソフトウェア、設計支援ソフトウェアはすべて自社独自開発のものです。



  1. 1. 情報のマッピング、ビジュアライゼーションへの期待と知覚の限界
  2. 2. “デザインの下敷き”としての情報マッピング

201611

特集 地図と都市のダイナミズム──コンピュテーショナル・マッピングの想像力


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