第6回:ライト・ストラクチャーの可能性

SANAA(妹島和世+西沢立衛、建築家)×佐々木睦朗(構造家)
司会=難波和彦(建築家)

4──《スタッドシアター・アルメラ》


西沢──海外コンペに参加した最初期のプロジェクトです[4-1]。僕らは最初にスタディ模型をケント紙でつくっていました。あくまでスタディ模型として、いっぱいつくるのでなるべく簡単につくろうということでケント紙で、構造的に成り立つものだとは思っていなかったのですが、佐々木さんとの打ち合わせに持って行くと、薄さがおもしろいということになりました。これはコンペのときに描いたもので、構造壁と非構造壁、ガラスとドアが同じ厚みで連続しています[4-2]。部屋も同じようなものが連続していて、いろんな子どもたちがいろんなことをやっている風景をイメージしていました。構造と非構造の主従関係はあるのですが、空間の経験としてはそれが感じられないもの、中心・辺境とか上・下といった上下関係がない空間を目指したいと思います。


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4-1──《スタッドシアター・アルメラ》(2006)
© Iwan Baan

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4-2──スタディ

妹島──漠然と模型をケント紙でつくっていたのですが、佐々木さんが、「何がやりたいのか言ってください」とおっしゃり、「構造ではないようなものにしてください」と答えたのをよく覚えています。遮音の問題もあったのですが、60ミリ厚くらいの壁でできるだろうという話になりました。


佐々木──これはコンペ段階の構造概念図です[4-3]。ペラペラな壁と屋根の構造を、オランダ的にシステマティックにつくろうとしました。基本となる壁パネルは2枚の鉄板(4.5〜6ミリ)の間にコンクリートを充填した60ミリのサンドイッチ板です。ここでやりたかったのは、耐力壁と非耐力壁の区別すらつかないような、建築と構造のヒエラルキーを徹底的に解体・消失することでした。コンペのヒアリングのときに、レム・コールハースが「こんなものが本当にできるのか」と聞いてきたので、既に完成していた《古河総合公園飲食施設》の施工写真を見せて「日本ではできるのに、なんでオランダではできないのか」と答えたら、ムッとして何も言わなかったのがおもしろかったです(笑)。


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4-3──構造概念図(コンペ案)
提供=佐々木睦朗構造計画研究所

妹島──大ホールでは、60ミリ厚の壁をダブルにして、バックスペースを設け,遮音条件をクリアしています。コンペでは「リアリティがない」と言われましたが、自分たちとしては詳細まで考えているのですが、60ミリ厚の壁というと1/500や1/300の図面ではただの細い線になってしまうので、詳細な平面図もただの落書きスケッチにしか見えず、それはおもしろく感じました。


佐々木──これは現場の写真です[4-4]。僕は大学での授業があったのでほとんど行けなくて、現場には池田昌弘君が行ってくれていました。コンペ案から大々的に変えられたところもあります。


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4-4──施工現場
提供=佐々木睦朗構造計画研究所

妹島──海外の仕事の難しさのひとつで、自分たちでいくら実施設計の図面を描いても、現場ではパネルではなく、どんどん鉄骨が入ってきてしまったり。ただ、その過程で池田さんとユーザーの方と何度も打ち合わせをしました。結局壁は60ミリ厚にはならなかったのですが、最初に考えていたような部屋同士の関係性はつくることができたと思っています。


5──《梅林の家》


妹島──《梅林の家》(2003)は、《スタッドシアター・アルメラ》のコンペから結構時間が経っていましたが、薄い壁で仕切るだけというアイディアが、平面だけではなく、立体に展開したものです。しかし当時じつは《スタッドシアター・アルメラ》のことは忘れていて、アルメラとの連続性はでき上がってから自分で気付いたのですが。クライアントからは「小さな家の中で、家族5人がワンルームのように住みたい」と言われていました。私が考えたのは、立体的で複雑なワンルームで、薄い壁によって仕切られて、しかし同時につながっているような空間です[5-1]。構造的には12ミリ厚の鉄板で成立していましたが、溶接などの施工上の理由で16ミリ厚にしています。外周だけは少し断熱をしていますが、70ミリ厚のサッシのほうが厚く、壁から出っ張ってしまうので、それをうまく納まるようにしています。


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5-1──平面図
© 妹島和世建築設計事務所

佐々木──計算上は12ミリ厚で可能でしたが、現場溶接による歪みのことを考えて16ミリ厚にしました。床はさすがに人が乗るので、たわまないようにデッキプレートと6ミリ厚の鉄板を一体化しています。シンプル極まりない構成です。実際に建てるときは、中央の階段シャフトを基準にして、周辺住宅地に入ってこられる最大寸法でつくった外壁を最小限の現場溶接で組み立てています。プレハブに近い感覚です[5-2]。溶接によって歪んだところもあまりなく、よくできたと思います。


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5-2──施工現場
提供=佐々木睦朗構造計画研究所

妹島──薄い鉄板で仕切った全体がつながるワンルームですが、例えばテーブルのための部屋があったり、女の子のお化粧台の大きさの部屋があったり、ほとんど家具のスケールでつくっています。そうしたスケールは普通の壁でつくると、部屋は小さくできても壁厚は厚いままで、ある鬱陶しさがあります。壁が16ミリであれば、部屋の小ささや家具のような部屋ということがうまくやれると思いました。部屋が繋がっているので、プライバシーは弱く、仲の良い家族が一体で住むような家です。壁の厚みがないので、隣の部屋の風景が絵のように見え、音がどこか遠くから回ってくるような感じになったのがおもしろかったです。お風呂とトイレです[5-3]。テラスは敷地隣の公園とつながるようにしました[5-4]


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5-3──内観
© 妹島和世建築設計事務所

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5-4──テラス
© 妹島和世建築設計事務所

難波──中央にある背の高い書斎だけ仕上げを変えてあって、木目のプリントが貼ってありました。そこから見ると、白い壁の向こうに立っている人が、妹島さんがいわれるように、本当に映像のように見えて強烈な印象でした。もうひとつ驚いたのは、階段のシャフトが直径100ミリくらいの鋼管で、中に換気扇が組み込まれていて、空気を還流させているのに感心しました。


妹島──階段の芯柱を換気に使っています。2階の図書室だけダイノックシートを貼っています。本当は、各部屋にいろいろな物が置かれるので、それらを同じような位置づけにするために、それぞれの部屋の内装をいろいろな塗装やシートで仕上げる予定でしたが、予算的にできなかったのです。


6──《金沢21世紀美術館》


妹島──《金沢21世紀美術館》(2004)は、私たちにとってそれまでで最大の公共建築で、1999年のプロポーザルで始まりました。20,000平米の大きさで、最初はコンクリート造で考えていましたが、キュレーターチームや金沢市の建築担当の方と話をした結果、各ボリュームがばらばらになっていったので、鉄骨造でつくり、屋根面によってまとめていくという方法に変わりました[6-1]


西沢──基本的には平屋ですが、議論のなかで機能に依らない建物、いろんな使い方、いろんな展示がありうる美術館を考えるようになり、いろんな人の活動が起きる、いろんな展示が起きる、というようなことを考えるようになっていきました。《スタッドシアター・アルメラ》は海に突き出た建物で、一面からしかアクセスできなかったことがある種のフラストレーションでしたが、ここでは出入口が5つあります。その後、いろいろなところから出入りできるということが、われわれのモデルのひとつになっていったと感じます。


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6-1──《金沢21世紀美術館》外観

佐々木──円盤の屋根は3メートルグリッドの格子梁を基本とし、さらに1.5メートルの入れ子部分も設け、グリッドが持つ固さを和らげるように9メートルを標準スパンにして一見ランダムに見えるように支柱を配置しています。支柱は無垢の丸鋼柱で、径は85〜110ミリです。その上で県の条例では雪が1.8メートルも積もるとされる場所でどういう構造方式で薄い屋根をつくるかを考えました。最初は《せんだいメディアテーク》みたいな鋼板サンドイッチ板なども考えたのですが、県の担当者にえらい剣幕で「あんな難しいことは絶対にやめてほしい」と言われてしまいました。そこで、200×200のH型鋼の上に6ミリの鉄板を載せ、その上に70ミリのコンクリートを打って合成構造の屋根にしています。現場の写真です[6-2]。この図に斜めの線がたくさん描いてありますが、鉄筋を鉄板に溶接してシェヤーコネクターとすることで、鉄骨部分とコンクリートとを一体化させています[6-3]。このような方法でも十分にせん断力が伝わり、両者の合成効果が期待できます。《せんだいメディアテーク》でも同じように特殊なディテールをやっています。《金沢21世紀美術館》では、竹中工務店名古屋支店が実証実験をしてくれて大丈夫だと確認できました。大きな積載荷重に耐えられて、かつ薄いシンプルな合成構造です。


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6-2──施工現場
提供=佐々木睦朗構造計画研究所

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6-3──合成屋根構造の平面および断面詳細図
提供=佐々木睦朗構造計画研究所

難波──スラブ用の配筋は入れていないのですか?


佐々木──ひび割れ防止用のメッシュ筋があります。実験の様子です[6-4]


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6-4──合成屋根構造の実験の様子
提供=佐々木睦朗構造計画研究所

西沢──内部は美術館の有料ゾーンと公共空間の無料ゾーンがあり、あいだに庭を配して、庭を介して両者が交流できるように考えました。平面がとにかく大きいので、光庭を入れたいというのもありました[6-7]。どちらが美術館でどちらが無料の公共空間かわからないような平面計画です。円形平面の中心部分が美術館で、外周部分が公共空間です[6-8][6-9]。展示室と展示室が離れていて、隙間が回遊できる動線です。多くの展示室は開閉可能な天窓からの採光で、現代美術の要望に応えています。いろんな中庭があり、屋外にも作品が展示されています。公共部分にも積極的に作品を設置しています。


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6-7──内観

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6-8──内観、円形の外周部分の公共空間

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6-9──外周部分の公共空間

妹島──壁に絵を描いたマイケル・リンの作品など、どこが美術館でどこが公共空間かわからないようなかたちで使ってもらっています。昨年10周年を迎えましたが、この仕事を通して私たちもいろんなことを学びました。



構造・構築・建築──佐々木睦朗 連続討議

201610

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