インテリアと建築の新しい出会い
『TOKYOインテリアツアー』刊行記念トーク

中山英之(建築家、東京藝術大学准教授)+浅子佳英(建築家、デザイナー)+安藤僚子(インテリアデザイナー)

インテリアツアーをはじめたきっかけ

fig.1──『TOKYOインテリアツアー』
(LIXIL出版、2016)
安藤僚子──今日は『TOKYOインテリアツアー』[fig.1](LIXIL出版、2016)の刊行を記念しトークイベントをすることになりました。ゲストにインテリアにも詳しい建築家の中山英之さんをお招きし、インテリアと建築の出会い方、双方が捉えた東京の姿について考えたいと思います。
インテリアツアーとは、街のインテリアを実際に見て回って特徴的な事例や新しい試みを探し、紹介するツアーです。毎回15件ほどのインテリアを2、3時間で見て回ります。2013年3月から建築家・デザイナーの浅子佳英さんとインテリアデザイナーの私が一緒になって始めたもので、毎回対象とする場所を変えながら続けてきました。青山[2013年3月16日]、銀座[4月29日]、新宿[6月16日]、キャットストリート[7月28日]、番外編の大阪[9月15日]、代官山[10月20日]、丸の内[12月21日]、恵比寿[2014年1月26日]、中央線(中野・高円寺・吉祥寺)[3月29日]、中目黒[4月26日]、自転車編(駒沢通り、目黒通り)[5月25日]、そして再び青山[7月20日]とこれまで12回行なっています。ツアーの際には、浅子さんと私が下見をして制作したZINEを配っていました[fig.2]。そこで紹介したインテリアをさらに厳選し、ツアーで得たさまざまな知見をもとにまとめたのが今回の書籍です。

fig.2──「TOKYOインテリアツアー」Vol.00–09

ツアーを始めた理由として、第一にインテリアを批評する場がなかったことがあります。インテリアと建築は似た職種だと思われがちですが、建築はメディアが充実していて、お互いに批評し合いながら制作できる環境があります。一方インテリアはメディアも少なく、批評の場がまったくと言っていいほどありません。誰かインテリアについておもいっきり話せる人はいないかとフラストレーションを抱えていた頃、建築家の藤原徹平さんに紹介されたのが浅子さんでした。
また、メディアが少ないということは、当然最新の事例を知る場も少なくなります。当時私は専門学校でインテリアを教えていたのですが、学生と話すと最新のインテリアを知る術がないと言うのです。せっかく最新のインテリアが日々生まれている東京に住んでいるのだから、自分の足でインテリアを探しに行けばいいのですが、まずどう見れば面白いのかもわからない。何を見るべきか、どう見ればいいのかをいろんな人に伝えたい、これが第二の理由です。こうしたインテリアの問題について浅子さんと話すなかで出てきたのが自分たちの好きなインテリアをツアー方式で回る現在の方法でした。

浅子佳英──ツアーとしての活動自体は実質1年半ほどだったのですが、その後もイベントをしたり、安藤さんや編集者の方と話し合いながら、3年を経てようやく本としてまとめることができました。本のなかにはツアーの記録だけでなく、東京という都市を形成する街の特色や変遷、さらに今起きているインテリアの傾向などこれまでインテリアについて考えていたことも書いています。という訳で、今考えていることはほとんど本に書いてしまった(笑)のと、せっかくゲストに中山英之さんをお呼びしたので、今日はその先のことについても話したいと思っています。スライドを用意しているので、安藤さん、中山さん、ぼくという順で話していきましょう。

中山英之──自分はインテリアデザインを専門としているわけではないので、ここに座っていていいのかな、と不安ですが(笑)、今日は建築家視点から見たインテリアの面白さ、あるいはインテリアが面白い都市をつくるための建築について、お話を広げられたらいいなと思っています。よろしくおねがいします。

Acne Studios Aoyama──ラグジュアリーなポストモダン

安藤僚子氏
安藤──まずは、都内約400件のインテリアを見て回ったなかで特に印象に残っているインテリアとして、《Acne Studios Aoyama》(2012)を挙げたいと思います。Acne Studiosは1998年にスウェーデンで設立されたブランドです。デザイナーはジョニー・ヨハンソン、店舗デザインはアンドレアス・ボザース・フォネルというスウェーデンの建築家が手がけています。ボザース・フォネルは、家具デザインを勉強した後にイタリアのドムス・アカデミー出身の建築家と協働していました。現在は、Acne Studiosの一連の店舗デザインを手がけています。青山店のファサードはいたってシンプルで、青白い大理石で覆われた1階部分からなかの様子を窺い知ることはできません。内部は外壁と同じ大理石、オーロラ色に反射するガラスのショーケース、綺麗に磨かれたコンクリートの柱、奇妙な形をしたカーペット、パンチングメタル、ピンクがかったフローリングなど、冷たい印象のファサードとは対照的に、暖かな色が使われています。ポストモダン的なデザインでいろいろなマテリアルがコラージュされており、デザインの意図が一見して読み取れず、不思議な空間を彷徨うような気持ちでした。しかし奇妙さはありつつも決して醜くはなく、とてもエレガントです。おそらく素材はさまざまでも形がシンプルだからではないかと思います。
ブランドショップのインテリアデザインは、ブランドのイメージを内部で表現することが求められます。特にハイブランドの場合は、ラグジュアリーでエレガントなインテリアをつくっていかなければいけない。その時にいかにまだ見たことのないラグジュアリーを表現できるかが問われます。その問いに果敢に挑んでいるのが《Acne Studios Aoyama》だと感じました。浅子さんはどうご覧になっていましたか?

浅子──80年代当時のポストモダンのデザインと比べると、まず、淡い中間色を多用しているところが違いますよね。また、当時はLEDがなかったので、照明が大幅に進化している。例えば、エットレ・ソットサスは、イタリア人だということもあってか、明るく派手な色使いで知られています。一方Acne Studiosは北欧のブランドということもあり、クールで何色とも言えない中間色を使用している。これには実は白くて強い光を扱えるLEDが貢献しているのだと思います。また、こうやって比べてみると、当時のソットサスのような原色使いは、ある意味でロジカルな色の使い方だったようにも見えますね。

安藤──なるほど、そうかもしれません。先日、ダンス美学の研究者である木村覚さんから「優美(grace)」という概念について聞きました。古典的芸術では「崇高さ(sublime)」と並ぶ最も重要な概念のひとつでしたが、モダニズムでは優美という価値基準を一度解体し、形式や自律性が追求されました。彼はもう一度優美さを基準に考えることで、ダンスの芸術性だけでなく感性的価値を考える試みを行なっています。まさに建築やインテリアも同じように、優美さや荘厳さなどを求めて過去の様式が発展してきた歴史があります。現代において、この「優美さ」をどのようにして表現するのか?ということは、インテリアデザインの命題だと感じています。Acne Studiosのインテリアには優美さをつくりだすための装飾性、多様性、折衷性がポストモダンの現代的解釈で用いられています。そのことに感動しました。
通常インテリアでラグジュアリーを表現する時には、過去の様式を真似たデザインにまとめることが多いです。というのも街には「パリ風」「ニューヨークのロフト風」といった既存のスタイルを安直に真似たインテリアが溢れているからです。
過去のスタイルに頼らない、新しいラグジュアリーとは何か? この命題を鮮やかに解いてみせたのがレム・コールハース率いるOMAの《プラダ・エピセンター・ニューヨーク》(2001)です。このあたりは浅子さんが詳しいので補足いただきたいのですが、コールハースは当時教えていたハーバード大学の学生たちとともに「ショッピング」をテーマにリサーチを行ないました。この時、「ラグジュアリー」という言葉を5つの言葉「stability(安定)」「waste(無駄)」「intelligence(知性)」「rough(粗さ)」「attention(注意喚起)」で定義づけました(出典:Edit by Rem Koolhaas, Jens Hommert, Michael Kubo, Projects for Prada: Part 1, Fondazione Prada Edizioni, 2001)。彼らはラグジュアリーとは何かを問いなおすことで、新しいインテリアを発明したのです。

浅子──「新しいインテリア発明した」はさすがに大袈裟かもしれません(笑)。補足すると、まず、コールハースはこの世のあらゆる空間がショッピングに覆われている現実を捉え、「ショッピング」のリサーチをはじめました。つまり、美術館、映画館、空港、あらゆる場所にショッピングは浸食しつつあるのに、その現実は建築の教科書にも都市の教科書にも出ていないじゃないかと。その成果をまとめたものが『The Harvard Design School Guide to Shopping: Harvard Design School Project on the City』(Rem Koolhaas, Judy Chung Chuihua, Jeffrey Inaba, Sze Tsung Leong, Taschen, 2001)、通称「ショッピング本」で、有名な論文「ジャンクスペース」もここに掲載されたものです。
その後、OMAはハイブランドであるプラダから設計を依頼される事になります。かつてはショッピングという行為そのものがラグジュアリーだったけれど、すべてがショッピングに覆われているのだから現在その等式は成立しません。そこで、現代におけるラグジュアリーとは何か、と改めて考えた時に出てきたのが、安藤さんが挙げた5つの要素ですね。

Opening Ceremony──新しいショッピング体験

安藤──もうひとつ、新しいラグジュアリーに挑戦しているインテリアが《Opening Ceremony Omotesando》(2013)です。Opening Ceremonyはウンベルト・レオンとキャロル・リムという2人組が2002年、ニューヨークに開いたブランドです。毎回、ひとつの国をシーズンテーマに商品のセレクトとデザインを行なっていることが大きな特徴で、ショップのインテリアはまさにポストモダン的です。彼らは「新しいショッピング体験をさせる」ことをテーマに店をつくっていて、しょっちゅうインテリアが変わります。さまざまなイメージを引用することで、ひとつにとらわれない多様なショッピング体験させるということが、彼らなりのラグジュアリーさの表現ではないかと思います。ちなみに、2013年にできた新しいニューヨーク店のインテリアは、Acne Studiosのショップと同じくアンドレアス・ボザース・フォネルが手がけています。
日本では2009年、渋谷モヴィータ館という西武系列のビルを一棟借りてオープンしました。内装はjamo Associatesが手がけています。この時のテーマは「ミニメガモール」で、ショッピングモールをつくるように各階、各エリアごとに違う雰囲気がつくられていました。メンフィスのデザインからクラシカルな邸宅まで、ありとあらゆるデザイン要素が引用されています。その後2013年に、現在のキャットストリートへ移転しました。こちらも内装はjamo associatesです。

浅子──Opening Ceremonyのインテリアについて、jamo associatesへインタビューしたことがあるのですが、ウンベルトとキャロルの2人は、打ち合わせにありとあらゆるイメージソースが入った分厚いファイルを持ってきて、そのなかから気になる要素を抜き出しながら、デザインしていたそうです。まさに編集するようにしてデザインしているというわけです。

201610

特集 グローバリズム以降の東南アジア
──近代建築保存と現代都市の構築


社会の課題から東南アジアの建築を考える
マレーシア・カンボジア・シンガポール紀行──近現代建築の同質性と多様性
インドネシア、なぜモダニズムは継承されるのか
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