社会の課題から東南アジアの建築を考える

村松伸(建築史・都市史)+山名善之(建築史・意匠学)+岩元真明(建築家)+市川紘司(中国近現代建築史)

村松伸プレゼンテーション
東南アジアの近代建築を捉えなおす

私からは、mAAN(modern Asian Architecture Network)での取り組みと現在山名善之さんと共同で進めているmASEANaプロジェクト(modern ASEAN architecture project)で取り込もうとしていることについてお話します。mAANは、アジアの近代建築の研究・保存・再生を専門とする研究者や専門家のネットワーク組織として2000年に設立されました。ちょうどその頃、ヨーロッパで設立されたDOCOMOMO(Documentation and Conservation of buildings, sites and neighborhoods of the Modern Movement)がインドネシア支部をつくり、世界遺産の認定にDOCOMOMOが関わることが決まっていました。ヨーロッパ中心的なモダン・ムーヴメント主導でアジアの建築遺産が選定されることを忌避したいという思いもあり、アジアの研究者らとともに設立に至りました。ここで留意しておきたいのは、mAANが扱うのは大文字の「The Modern」ではなく小文字の「modern」であるという点です。

両者の違いについて日本国内の事例とともに説明しましょう。坂倉準三の《鎌倉近代美術館》(1951)[fig.7]や丹下健三の《代々木体育館》(1964)[fig.8]は、ル・コルビュジエらヨーロッパに端を発する建築です。DOCOMOMOが扱っている「モダン・ムーヴメント」とは、本来これらの建物を指しています。しかしコロニアル様式の《グラバー邸》(1636)[fig.9]や擬洋風の《開智学校》(1875)[fig.10]、和風の《道後温泉本館》(1897)なども日本では「近代建築」(modern Architecture)のなかに含まれています。私はこれらを含めた小文字の「modern」として考えています。あるいはアジアでは近世が成熟していて、例えば《日光東照宮陽明門》(1636)が後の擬洋風建築に影響を与えたように、近代化の血となり肉となっています。ヨーロッパ発のモダン・ムーヴメントのみを抜き出してみるのではなく、こうした連続性から近代を考えることが重要です。


fig.7(左)──坂倉準三《鎌倉近代美術館》 © Wiiii
fig.8(右)──丹下健三《代々木体育館》 © Rs1421

fig.9──《グラバー邸》 © Fg2
fig.10──《開智学校》 © Wiiii

近世も含めてこの200年のあいだ、日本の建築史は5つのインパクトを経験しました[fig.11]。ひとつめは1858年の西洋建築との邂逅、2つめは1880年頃の国民国家的建築(ネーション=ステート・ビルディング)の誕生です。これは先ほどの岩元さんの発表にあった国家建築家(ステートアーキテクト)のようなものの存在を担保しているものだと思います。そして3つめは1915年頃に起きた都市化あるいは中産階級の出現、住宅不足です。4つめは第二次世界大戦後の復興と経済成長、そして5つめが社会の成熟です。特に1858年の西洋との邂逅がとても重要かなと私は思っています。そのため、DOCOMOMOでは20世紀半ばが研究対象ですが、mAANでは1858年以降を対象にしています。

fig.11──Experience of Japanese Architecture: Five Shocks

昨秋行なった「日本とASEAN地域における20世紀遺産の現状と課題」合同意見交換会では、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、インドネシア、マレーシア、シンガポール、ベトナム、フィリピンの近代建築を各国の研究者に選んでもらいました。選定者が必ずしも近代建築の専門家でないこともありますが、ここで選ばれた各国の近代建築は、日本と同じように大文字の「the Modern」=モダン・ムーヴメントだけでなく、伝統的造詣を用いた建築なども含まれています。

また、日本では5つのインパクトを経験したと話しましたが、似たことが他のアジアの国々でも起きています[fig.12]。「西洋との対峙」「国家の成立と経済成長」です。ここでは、2つのインパクトに対する建築家たちの営みをそれぞれの「modern」と定義したいと思います。

fig.12──"modern" in Asian Architecture

ただ、もう一方に地球全体で大文字の「the Modern」と呼べるものもあるはずです。これは、地球規模の問題と向き合うために必要なものです。その問題とは一体何か、それを考えるうえで、ひとつ重要な表があります。これは全世界115の都市人口の紀元前から現代までの変遷を表わした表で、どの都市でも明らかに19世紀の半ばから人口が急増しています[fig.13]地球圏・生物圏国際協同研究計画(IGBP)のウェブサイトには、左側が社会経済的な変動、右側が地球システムの変動を示したグラフが出ており、いずれも19世紀ぐらいになって急激に伸びています。こうした急成長を指してIGBPでは「大躍進」(great acceleration)と呼んでいます。さらに近年、人類の活動は地球の生態系にも影響を与えていることがわかりました。「人新世」(Anthropocene)と呼ばれています。これは地質学による時代区分のひとつで、地球が変化してきたことを示す非常に重要な用語です。人新世の契機は諸説あり、現在議論されていますが、18世紀末の産業革命を始まりとし、石炭の使用などにより地質に大きな影響を与えるようになったとする説が有力です。これは大文字の「the Modern」で解決すべき課題であると考えています。

fig.13──Super Long–term Population Change in 115 Cities
作成=総合地球環境学研究所メガ都市プロジェクト

小文字の「modern」が解いてきた課題は、それぞれの国家(ステート)、あるいはある地域のなかで対応すべき課題でした。一方で大文字の「the Modern」が解くべき課題は、地球規模(グローバル)です。このような大小2つの課題に対して、私たちはどうするべきなのか、複数の「modern」が共存するASEANの国々を通して考えたいと思っています。

mAANはこれまで「アジアの近代化のプロセス、モダニティ、アイデンティティが示すパラダイムを変えること」「アジアとその他の国の差異をつなぐこと」「アカデミックと専門家、政策制作者による相乗効果を生みだすこと」「新しいコンセプトやプロセスに影響を与えること」「人々と若い世代をエンパワーすること」を活動の主旨にしてきました。これから本格始動するmASEANaプロジェクトは、ASEAN諸国の都市遺産リテラシーをともにつくっていくための組織で、「再生(Regeneration)」「平等(Equality)」「公開(Openness)」を主旨としています。都市遺産リテラシーの向上のために必要なのは次の3つの作業です。まず第一にASEAN諸国に近代建築の重要性を提唱していくこと。第二に現存している建築を観察し近代建築目録をつくり、そのうえで建築史を執筆すること。そして第三に未来の都市像を構想し、責任ある関与の方法を考えるということです。言うだけではなくて、われわれも汗をかいて参加する方法を考えなくてはならない。これらの作業を2020年までに、まずはベトナム、タイ、インドネシア、カンボジア、ミャンマーの5カ国とともに行なう予定です。

201610

特集 グローバリズム以降の東南アジア
──近代建築保存と現代都市の構築


社会の課題から東南アジアの建築を考える
マレーシア・カンボジア・シンガポール紀行──近現代建築の同質性と多様性
インドネシア、なぜモダニズムは継承されるのか
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