均質化される視線

阪本裕文(稚内北星学園大学情報メディア学部准教授)

2016年8月8日午後3時、天皇より国民に向けて生前退位についての録画メッセージが、テレビ放送を通して発信された。このイメージは、いまでもテレビ放送を補完するようにして、宮内庁のウェブサイト★1Youtube★2にアーカイブされている。それは視線の画一的な均質化が、とても強固なかたちで、この国の社会全体に行き渡っていることを、改めて証明する出来事であったように思える。インターネットが遍在化した現在のデジタル環境においては、スマートフォンやタブレットなどのデバイスを使用して、いつでも、どこでも、誰でも、このイメージにアクセスすることが可能である。



吉見俊哉の『視覚都市の地政学』★3のなかに、一般家庭へのテレビの普及によって「日本列島全体が映像的な視覚性において均質化した」との記述がある。同書によれば、1960年代半ばにはテレビは一般家庭の9割以上まで普及し、日本人の1日あたりのテレビの平均視聴時間は3時間を超えていたという。この事態が、人々の社会的な視線のあり方と、それに付随する政治的意味に大きな変化を与えたことは否定できない。また、テレビがほとんどの一般家庭に普及したという事実、それは上流(放送局)から下流(視聴者)へと広域的に拡散される寡占的な映像産業の構造が、社会全体に組み込まれたという事と同義である。このような寡占的な広域テレビ放送は、時代が進むごとに大衆の欲望を制御する方向で発達し、社会を均質化してゆくうえで、大きな役割を果たしたと言える。ここで私は、テレビの普及にともなう人々の視線の均質化という事態に、もうひとつの補助線を引いてみたいと思う。このような事態の進行を、個人による映像の所有という観点から見直すならば、1965年に市販化された、あるメディアの存在が浮かび上がる。すなわち、民生用のビデオである。ソニーは、1965年8月にビデオカメラキット(VCK-2000)とビデオレコーダー(CV-2000)を発売する。オープンリールの磁気テープに映像を録画することができるこの機器は、「ポータパック」の愛称で親しまれた。現代美術との関連で述べておくならば、ナムジュン・パイク(Nam June Paik)は、発売されてすぐにこのポータパックを入手し、最初のビデオテープとして、ローマ法王パウロ六世のニューヨーク訪問の様子を撮影した。もう一方の、一般消費者向けに簡素化された映画用機器である8mmフィルムカメラ(コダックがスーパー8方式、フジフィルムがシングル8方式を採用)の市販が1964年であった事を考えると、民生用ビデオの登場は、8mmフィルムカメラと同等に早かったと言える。ここで、8mmフィルムカメラとビデオの違いを確認しておくならば、8mmフィルムカメラの場合、撮影された映像を見るためにはスクリーンと映写機を必要としていたことから、その文脈は、あくまで映画的な制度の枠内にあったと言える(しかも、8mmフィルムの場合、カメラ単体での同時録音が可能になるのは1974年のことであった)。それに対してビデオカメラで撮影された映像を見るためには、広域テレビ放送を映し出すためのテレビモニターさえあればよい。このようにビデオは、その始まりにおいてテレビ的な制度の枠内に位置付けられるものであった。


マイケル・シャンバーグ&
レインダンスコーポレーション、
中谷芙二子訳『ゲリラ・テレビジョン』
(美術出版社、1973)

その後ビデオは、ある文化運動のなかで、すぐに寡占的な広域テレビ放送に対抗するオルタナティヴ・メディアとしての役割を担うようになる。ベトナム戦争などに触発されたカウンターカルチャーの盛り上がりのなかで、マイケル・シャンバーグ(Michael Shamberg)によって提唱され、アメリカとカナダを中心として広まり、やがて世界各国に波及したゲリラ・テレビジョン(Guerrilla Television)の運動★4がそれにあたる。それはマクルーハンに影響を受けたメディア論と現代美術の文脈がポップに入り混じった、時代の徒花というべき文化運動だったかもしれないが、この運動に共鳴する初期のビデオアーティストたちは、自分たちのビデオグループを立ち上げ、映像を収録したビデオテープを交換し合いながら、国際的なネットワークのなかでオルタナティヴ・メディアとしてのビデオの可能性を探った。日本においても、この運動の影響を受けて、ビデオによる社会的な活動を行なったグループが複数存在する。そのなかでも代表的なのが、カナダのビデオアーティストであるマイケル・ゴールドバーグ(Michael Goldberg)の呼びかけによって結成された、山口勝弘、中谷芙二子、かわなかのぶひろ、小林はくどうを中心とするグループ「ビデオひろば」★5である。ビデオひろばのメンバーは、個人としての映像制作に並行しながら、数々の社会的プロジェクトに取り組んだ。特にこの方向で興味深い活動を見せていたのが中谷であり、チッソ本社前にて行なわれていた水俣病抗議活動の現場にビデオカメラと簡易型テレビモニターを持ち込んで、ビデオによる活動の伝播を試みた《水俣病を告発する会----テント村ビデオ日記》(1972)などのプロジェクトを実施した。また、横浜野毛地区の再開発に際して住民の意見をビデオインタビューによって集めた《ビデオによる新・住民参加の手法》(1973)などのプロジェクトも、ビデオひろばによる社会的活動のひとつに含めることができるだろう。このほかにも、社会運動とビデオを直接的に結びつけて女性解放運動を行なったフランスのキャロル・ルッソプロス(Carole Roussopoulos)や、ダウンタウンコミュニティTV(DCTV)を設立して活動を展開したアメリカのジョン・アルパート(Jon Alpert)と津野敬子なども含め、数々のビデオアーティストやビデオアクティヴィストの活動は、市販化されたばかりのビデオを用いて社会に介入し、寡占的な映像産業の構造を下流から撹乱する、ある種の抵抗の試みであったと評価できる。それは、均質化された視覚的環境に異質なノイズ性を投入することでもあった。



中谷芙二子《水俣病を告発する会----テント村ビデオ日記》(1972)

このようなビデオアーティストやビデオアクティヴィストの活動は、ユーザーの側から自己生成的なネットワークを形成するという側面においては、現在のインターネットを基盤としたデジタル映像の流通を、明らかに先取りするものであったと言えるだろう。2006年のYoutubeの開設以来広まっていった、動画共有サイトでの映像の共有化、リアルタイムのストリーミングによる特定の時間・場所での出来事の開示、あるいはTwitterやFacebook、InstagramなどのSNSを介したコミュニケーションの著しい発達。そして、これらの映像を受け取るスマートフォンやタブレットの、あらゆる生活の場面への浸透。このような技術・製品が実装化されたいまのデジタル映像の現状は、初期のビデオアーティストやビデオアクティヴィストたちが目指したものに近い。障壁のない、映像による広範な社会的コミュニケーションのためのインフラは、形だけはすでに整備されているのだ。しかし、これらの技術・製品は、インターネットの普及以前の社会から引き継がれた均質化された視覚的環境を撹乱することには、ほとんど繋がっていない。それは、ビデオの黎明期において活動したビデオアーティストやビデオアクティヴィストが持っていたような、異質なノイズ性への指向が希薄なためである。現在の一般的なユーザーの多くは、ビデオが当たり前に存在する環境で育ってきており、その延長線上でインターネットを基盤としたデジタル映像を享受している。そのために彼らは、イメージそのものへの批評性というものを強く持ち得ることなく、広域テレビ放送を中心とする映像産業が生み出してきたイメージや演出の手法を、無批判に反復するかたちで自らの映像を生産し、ネットワーク上にアップロードする。このような一般のユーザーに、例えばジャン=リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard)とジャン=ピエール・ゴラン(Jean-Pierre Gorin)が『ジェーンへの手紙(Letter to Jane)』(1972)で見せたような、表層的イメージに含意されたものについての執拗な批判や、福島第一原子力発電所ライブカメラに対して行なわれた指差し作業員のアクション(2011)★6のようなメディアの構造それ自体への批評的視点を望むことは難しい。


ジャン=リュック・ゴダール、ジャン=ピエール・ゴラン
『ジェーンへの手紙(Letter to Jane)』(1972)

よって、この現状は、スマートフォンやタブレットなど、生活の細部に入り込んだデバイスを通しながら、視線の均質化を補完する方向で進行してゆくだろう。また、ある事件や出来事を撮影し、無編集でストリーミングするタイプの直接的な映像ですら、受け取る側がイメージを無批判に受け止めてしまいかねないという点において、同様の危険性を孕んでいると言える(ただし、セントポールでの警官による黒人射殺事件や、ヘイトスピーチ団体の街宣活動へのカウンターアクション、辺野古への米軍基地移設に対する反対運動のような、社会的意味を持つ映像は、その即応への必要性から、ある程度分けて考えるべきであろうが)。このような視線の均質化の進行に対して、おそらく有効な処方箋は存在しない。だが、せめて現状への違和感くらいは明確化しておく必要があるだろう。そのような批判性を持つ作品の一例として、ここでは最後にフィオナ・タン(Fiona Tan)の近作である《アセント(Ascent)》(2016)について言及しておきたい。この映像作品は、作家の呼びかけ★7によって集められた膨大な富士山の写真と、IZU PHOTO MUSEUMが所蔵している富士山に関わる古い写真を構成することによって、日本の文化的環境のなかで富士山が人々にどのようにイメージされてきたのかを考察するものである(それはアラン・レネ(Alain Resnais)の『二十四時間の情事(Hiroshima mon amour)』(1959)を連想させる男女のモノローグとともに展開する★8)。ある象徴的な対象と、それを取り巻くイメージの状況を、無数の個人の視線を通して微細に見直してゆくこと。ここには、視線の均質化から抜け出る間道が示されている。会場では、映像作品とともに、引用された写真によるインスタレーションが展示されていたのだが、その無数の視線は、映像作品と併置されることによって、一枚一枚がその固有性を取り戻しているように思えた。


Ascent(2016), Fiona Tan, still
左上=Photo: nakano yuko
右上=Photo: Unknown(Collection of Izu Photo Museum)
左下=Photo: mitsuru AsakurA
右下=Photo: Yamanashi Prefecture


「フィオナ・タン アセント」展示風景
提供=IZU PHOTO MUSEUM


★1──http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12(2016年9月3日参照)
★2──http://youtu.be/PiglYL2WdvY(2016年9月3日参照)
★3──吉見俊哉『視覚都市の地政学―まなざしとしての近代』(岩波書店、2016)
★4──次の書籍を参照のこと。Michael Shamberg & Raindance Corporation, 『Guerrilla Television』, Henry Holt & Company, Inc., 1971/マイケル・シャンバーグ&レインダンスコーポレーション、中谷芙二子訳『ゲリラ・テレビジョン』(美術出版社、1973)
★5──現在、森美術館において展示「MAMリサーチ004:ビデオひろば―1970年代の実験的映像グループ再考」が開催されている。2016年7月30日−2017年1月9日まで。
★6──http://pointatfuku1cam.nobody.jp(2016年9月5日参照)
★7──http://www.izuphotoproject-fionatan.jp(2016年9月5日参照)
★8──作中では、実際に『二十四時間の情事』から、音声の一部が引用されている。




「フィオナ・タン アセント」
2016年7月18日(月・祝)-10月18日(火)
IZU PHOTO MUSEUM
http://www.izuphoto-museum.jp



阪本裕文(さかもと・ひろふみ)
1974年生まれ。映像研究。名古屋市立大学大学院芸術工学研究科デザイン情報学科助教(2004-08)、稚内北星学園大学情報メディア学部情報メディア学科講師(2009-2013)、同准教授(2014-)。展覧会監修に「Vital Signals:日米初期ビデオアート上映会-芸術とテクノロジーの可能性-」(2009-2010、Electronic Arts Intermix、横浜美術館)。



201609

特集 都市・映像・まなざしの地政学


まなざしの現在性──都市・メディア技術・身体
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均質化される視線
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