まなざしの現在性──都市・メディア技術・身体

吉見俊哉(東京大学大学院情報学環教授)+南後由和(明治大学情報コミュニケーション学部専任講師)

理論と実践の奥行き

南後──1960年代後半は演劇が都市へ出て行った時代であり、吉見先生も70年代に唐十郎や寺山修司の演劇を観ていた経験がその後の研究につながっているとのことでしたが、最近出された『「文系学部廃止」の衝撃』(集英社、2016)などの大学論では、21世紀の大学はキャンパスに閉じることなく、街へと出て行くべきだとおっしゃっています。吉見先生の場合、「東京文化資源区構想」はその実践のひとつだと思います。僕も最近、建築家と協働してリサーチやワークショップをして、具体的な設計につなげていくプロセスに関わる機会が増えてきました。つまり、これまでのように建物ができてから社会学者が事後的に評価をするだけではなく、設計以前や設計のプロセスに関与しつつあるということです。しかし、「価値中立」を重視する社会学者としては、その立ち位置をどこに定めるかが難しく、試行錯誤している段階です。例えば、イギリスのブレア政権のブレーンでもあったアンソニー・ギデンズは、社会学は、政策がもたらす帰結の調査のみならず、集団や個人が政策に効果的に対応し、自ら政策提言するうえで貢献できると述べています。もちろん、権力側の政策遂行者の決定のみに手を貸すべきではなく、多様な価値観の認識にもとづいて立案すべきだと釘を刺しています。吉見先生は「東京文化資源区構想」などの政策立案に、あくまで社会学者として関わっているのでしょうか。計画・政策立案者としての立場と、社会学者としての立場の関係性をどのように捉えられているのでしょうか。


吉見──1990年代半ば頃、愛知万博に関わった経験が大きかったです。『博覧会の政治学―まなざしの近代』(中央公論社、1992)を出した直後に、愛知県で万博から会場予定地だった海上の森を守る活動をしている自然保護グループの方たちが研究室にやって来て、講演会の依頼を受けました。また、ちょうど同時に通商産業省からも依頼があって、万博を準備する委員会のメンバーにもなりました。そちらには、隈研吾さんや中沢新一さんなどもいました。まったく矛盾しているのですが、私は両方の立場と関わっていた。ただ、そうしたことを隠していたわけではなく、通産省には反対運動とも関わっていることや、自身も現状に大きな問題を感じていることは伝えていました。1990年代後半、毎月数度、自腹で名古屋へ通い、自然保護団体や市民、専門家のあいだで車座会議を開いていきましたし、海上の森には何度も足を運びました。問題は二転三転し、本当に大変でしたが良い経験でした。それは望んでしたというよりは、博覧会の専門家として両側から呼ばれ、巻き込まれたかたちでしたが、本や資料を読んでいるだけでは学べない、政治のダイナミズムを実体験しました。



南後──『都市のドラマトゥルギー』以降の研究の展開可能性として示されていた聞き書きや参与観察には、その後あまり取り組まなかったと先ほどおっしゃっていましたが、愛知万博に関するお仕事などは、それにあたるものだと言えるかもしれませんね。


吉見──自分も当事者になることによって見えてくる世界がたしかにあります。愛知万博についてのいまの話は、部分的に『万博幻想──戦後政治の呪縛』(ちくま新書、2005)に書きました。たとえ歴史的な作業でも、外側から記述するだけではなく、内部のいろんな人たちがコミットしていくダイナミックなプロセスへの感覚を持つ必要があると思います。『大学とは何か』(岩波書店、2011)』も、外側から記述しているようでありながら、自分が大学のアドミニストレーションに深く関わらなければ書くことはなかっただろう本です。背後で蠢いているさまざまな駆け引きや関係者の群像があり、理屈だけではない現実があり、文章というのは、それを視野に入れて書かれなければならないのだと思います。1990年代後半以降、私は大学や政策へのコミットも増えていきましたが、それらは社会学者としてやってきたわけでは全然ありません。ただ、しかし、さまざまに蠢いている状況のただなかで考えていくことが、立体的で奥行のある記述を成り立たせるために不可欠な条件であることに気づいていきました。私の書いているものは、やはり部分であり、完璧な客観性、普遍性を持った記述などあり得ず、言説とは実践の関数だと思います。私たちが何かを書くときに、社会的前提があり、自分自身もアクターのひとりとして存在し、いろいろな実践的経験をしながらも、対象化・相対化していく必要があります。当事者やアクティビストの言葉ではなく、その当事者の現場を感覚的に理解しながら、ワンクッション置いた地点に言葉に紡ぎ出していく作業です。そうした中核にあるのが、「上演」という概念であり、権力/身体/空間などをつなぎ、循環させていくことだと思っています。



[2016.8.3、東京大学にて]


吉見俊哉(よしみ・しゅんや)
1957年生まれ。東京大学大学院情報学環教授、東京大学副学長。社会学・都市論・都市文化研究。著書に『都市のドラマトゥルギー──東京・盛り場の社会史』(弘文堂、1987/河出書房新社、2008)、『博覧会の政治学──まなざしの近代』(中公新書、1992/講談社、2010)、『「声」の資本主義──電話・ラジオ・蓄音機の社会史』(講談社、1995/河出書房新社、2012)『万博幻想──戦後政治の呪縛』(筑摩書房、2005)、『大学とは何か』(岩波新書、2011)ほか。

南後由和(なんご・よしかず)
1979年生まれ。明治大学情報コミュニケーション学部専任講師。社会学、都市・建築論。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。編著=『建築の際』(平凡社、2015)、『磯崎新建築論集第7巻 建築のキュレーション』(岩波書店、2013)、共著=『商業空間は何の夢を見たか』(平凡社、近刊)、『TOKYO1/4と考える オリンピック文化プログラム』(勉誠出版、2016)、『モール化する都市と社会』(NTT出版、2013)ほか。

メインイメージ by Tim Brennan/ CC BY 2.0



201609

特集 都市・映像・まなざしの地政学


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