まなざしの現在性──都市・メディア技術・身体

吉見俊哉(東京大学大学院情報学環教授)+南後由和(明治大学情報コミュニケーション学部専任講師)

新しい工学、情報技術と都市論

吉見──もうひとつ『都市のドラマトゥルギー』で十分ではなかったのは、都市における空間とメディアの関係や、その関係の変化についての統合的な分析です。都市のなかにメディアがどう入り込んでいったのか、そしてどう私たちの経験を再編成したのかということへの注目ですね。そのあたりは、今回の『視覚都市の地政学』ではかなりやっています。
「内破」と「外破」という指摘で言えば、植民地主義から帝国的な、グローバルな秩序への連続性は外破ということになりますし、ジェンダーやエスノシティ、社会的な身体性の変容は内破に当たります。そのようなグローバルな秩序と身体性をつなぐようなものとして、メディアの問題があります。特に戦後の東京のリアリティや都市的経験を考えると、どんどんメディアの作用や影響力が大きくなり続けてきたと思います。いま「Pokémon GO」が話題ですが、あれは人びとが街に出て行くようになり、「群衆」が戻ってきたという現象ではなく、携帯端末が普及し、より深く私たちの存在がメディアによって媒介されていることの現われですね。ですから、やはり建築の力は弱まっている。19世紀末以前、人びとの都市におけるまなざしや経験を条件付ける最大の装置は建築でした。写真や蓄音機がすでにあり、情報メディアがないわけではありませんが、人びとの都市的経験は、例えば駅やホールや広場などの「建築的体制」によって条件付けられていました。20世紀以降、まず映画が入り込むことで、「映像」によって都市の経験が媒介されるようになり、やがて、レコード、テレビ、そしてスマートフォンなどが浸透していきます。人びとの経験を規定するのは、具体的な建築よりもメディアであることの方が多くなってきた。そうなると、「集まり」の意味がよくわからなくなってきます。戦後普及した映像的、聴覚的メディアの媒介により私たちの認識やまなざしが方向づけられることが当たり前になると、物理的に囲まれた場に身体があることの意味が曖昧になります。


若林幹夫編著『モール化する都市と社会
──巨大商業施設論』
(NTT出版、2013)

南後──古くは16世紀の印刷術の発明によって、ヴィクトル・ユゴーが「書物が建物を滅ぼすだろう」というフレーズを残した例を持ち出すまでもなく、人びとの経験を規定するもののウェイトが、建築からメディアへと移行しているというご指摘は、半ばその通りだとは思いつつも、僕の場合は、メディア環境の変化によって建築形態のマテリアルな次元や知覚のあり方が変容していく様を明らかにすることのほうに関心があります。『モール化する都市と社会──巨大商業施設論』(若林幹夫編著、NTT出版、2013)に寄稿した論考では、インターネットやスマートフォンの普及によって、ショッピングモールの建築空間としてのあり方や空間体験がどう変わっていくかを、情報空間との重層性において考えることに重きを置きました。どこまでも水平に連続するショッピングモールを歩いていると、テナントが視界をフローしていく感覚を味わいます。僕は、このようなショッピングモールの秩序立って整然と並んだテナントの連続体を滑らかになぞるまなざしを、PCやスマートフォンの画面をスクロールする感覚のアナロジーから、「スクロールするまなざし」と呼ぶことにしました。まなざしとは言っても、視覚性それ自体というよりは、情報化による歩行などの振る舞いや時間・空間感覚の変容を含み込んだ身体的経験の記述です。ショッピングモールでの空間体験が快適とされる理由のひとつは、インターネットやスマートフォンを媒介とした私たちの時間・空間感覚との親和性が高いからでしょうし、ショッピングモールには、アイコンのようなサインシステムや情報の検索のしやすさなど、情報空間に支配的な空間認識のあり方が、建築形態というマテリアルな次元に定着していることが見て取れます。
またショッピングモールでは、人びとにできるだけ長時間滞在してもらい売上を伸ばすために、ユニクロや無印良品のような「マグネット効果」を持ったテナントをモールの両端に配置したり、徐々に視界が開けて先に進みたくなるように湾曲したモールを動線としたりと、人びとの振る舞いは、物理的な空間のレイアウトによって即物的にコントロールされています。ショッピングモールはあくまで一例ですが、メディアに媒介されることによって、むしろ建築の物理的な次元での規定力が強まるという事態が生まれてきているように思います。


吉見──産業社会では、より速いこと、安いことが求められていましたし、消費社会では記号的な差異化の論理が作動しており、それが極限まで来ています。今日、資本が作動する論理は、人間が歩くスピードや佇む場所などを計算に入れるようになっていると言われますが、それは産業社会以前の都市のスピードが復活していることになるでしょうか?


南後──産業社会以前の速度というより、やはり情報社会の速度の現われなのではないでしょうか。ショッピングモールは、広大な空間を回遊し、長時間滞在する「時間消費」のみならず、インターネット検索で必要な情報を瞬時に手に入れたい欲求が恒常化したことと符合するかのように、目的のテナントや商品にできるだけすぐたどり着きたい「時間節約」にも対応した、わかりやすい空間構成になっています。ショッピングモールのシミュレーションされた空間には、人間の行動を計算可能性のもとに先取りし、欲望を誘導するとともに、人間の行動をデータに置き換えて集約し、再び空間のレイアウトにフィードバックするような仕組みが見られます。これはおっしゃるとおり、記号的な消費が飽和状態になり、差異化の論理が機能しにくくなったあとに、「工学主義」の空間、すなわち先ほど触れた、物理的な空間のレイアウトによって人びとの振舞いを即物的にコントロールする空間が先鋭化してきたということだと思います。かつての虚構的な空間演出も残存していますが、もはや人びとはそれらをスペクタクルとして受容しているわけではありませんし、虚構的な記号を物語として読むような態度は弛緩しています。ショッピングモールであれば、例えば巨大なスケールをもつ空間に身を晒し、長大なモールを歩くことで得られる身体的快楽が欲望されています。マーケティング業界で、「体験価値」「体験消費」などと言われるように、その場その時間でしか体験できない「コト」の重視です。「Pokémon GO」も、単にスマートフォンを操作するだけではなく、その場に行くこと、歩くことという動作が伴っているという点で、身体性へと訴えかけるものがあります。情報空間というレイヤーが重ねられた拡張現実によって、都市における歩き方や集まり方が再編されており、「歩かされている」と言った方がよいかもしれませんが。


吉見──いま、生じているのは、空間の位相がすっかり反転してしまう状況ですね。たしかに「部屋から街に若者たちが出てきたのは良いではないか」と言われれば、その通りです。私だって、「歩行が回復されているように見えるがそれは偽物だ」などと非難するつもりはありません。でも、ここに成立しているのは、産業化以前の空間とは異なる。クリスタル・パレス型でも、映画館型でもない、第3の都市空間が出てきています。いまの「Pokémon GO」では、異なる空間が同じ空間に重なっていることがポイントだと思います。「Pokémon GO」のプレーヤーが国境も聖域も容易に踏み越えてしまうのは、彼らが二重の空間の定義を生きているからです。位置情報システムに基づく拡張現実技術により、全地球が仮想のデータ空間として複製されて、そのデータ空間がいま、ここにいる私の近傍の風景として出現しているのです。現実の空間のなかに仮想の風景があり、この二重化が「見慣れた風景に溶け込んだポケモンを探す」経験を成り立たせています。今回の『視覚都市の地政学』のなかで詳しく論じているように、そもそも来場者を仮想された風景の登場人物にしてしまう技術は、ディズニーランドが開発したものでした。ディズニーランドとは、3次元の空間でありながらアニメと同じ2次元的構造を持ち、入場者はスクリーンの登場人物としていく仕組みです。しかしいまや、いかなる場所も仮想の風景に変容可能になりました。



南後──ところで、吉見先生は『カルチュラル・ターン、文化の政治学へ』(人文書院、2003)などを除いて、90年代以降の渋谷についてはあまり語られていませんが、僕は最近、三浦展さんと藤村龍至さんとの共著『商業空間は何の夢を見たか──1960〜2010年代の都市・建築』(平凡社、近刊)で、2000年代以降の渋谷論に触れました。端的に言えば、渋谷のスクランブル交差点が「再舞台化」していることをめぐっての考察です。吉見先生が70〜80年代の渋谷の「舞台化」について書いたあと、北田暁大さんが『広告都市・東京──その誕生と死』(廣済堂出版、2002)でポスト80年代の「脱舞台化」を論じたように、90年代以降は渋谷も郊外化して、国内的にはステータスを喪失したと指摘されてきました。ですが、2000年前後から状況が変わりはじめました。渋谷スクランブル交差点には外国人観光客がたくさん訪れるようになり、海外からのまなざしを踏まえるならば、メディアをとおした渋谷のプレゼンスはむしろ世界的に高まっています。国内的にも、サッカー日本代表戦のあとやハロウィンには多くの人が集まります。1999年に透過性の高い「Qフロント」が、2000年に「渋谷マークシティ」ができ、歩行者を眺めるスポットが複数生まれた渋谷スクランブル交差点は、まさに物理空間として「見る−見られる」の関係を持った舞台と化しています。


渋谷のスクランブル交差点
photo by Jeremy hunsinger/ CC BY-SA 4.0

ではなぜ、多くの人が集まる場として、渋谷スクランブル交差点が選ばれるのかを考えると、ひとつには、SNSのネタの収集に適した場所だからです。ハロウィンにしても、スマートフォンで写真を撮り、TwitterやInstagramなどを介して、情報空間でそれらの画像を他者と共有することを織り込み済みで、メディアでの注目度も高い渋谷スクランブル交差点が選ばれています。渋谷スクランブル交差点における「見る−見られる」の関係は、物理的な空間に閉じず、情報空間にも拡張しています。もうひとつには、コミュニケーションの軸足がインターネットをはじめとする情報空間に移行した結果、やはりマテリアルな空間の潜在的有用性が見直されているからだと思います。大量の人が絶え間なく行き交い、デジタルサイネージや大音量の音にも囲まれた「包囲性」のある渋谷スクランブル交差点に身を置く経験は、身体的熱狂をもたらします。ただし、かつての1960年代の新宿西口広場の群集とは違っていて、渋谷スクランブル交差点における群集は、その場に身を置いて物理空間を共有する他者と接続しつつも、SNSなど情報空間における他者とのコミュニケーションの回路も開かれており、アーヴィング・ゴフマン的に言えば、情報空間への離脱を繰り返しています。いわば、接続しながら離脱し、離脱しながら接続している「離接的群集」なのです。このように、物理空間と情報空間を横断した「見る−見られる」というまなざしの再編にともない、群れる・集まるといった身体的経験のあり方も変容していますし、インターネットをはじめとするメディアの介在によって、マテリアルな次元である建築的形態およびそこでの身体的経験も絶えず更新されていると言えるのではないでしょうか。


吉見──たしかにこの20年で、建築とメディアの関係はさらに変化してきていますね。ただ私は先ほど、建築的形態が都市の経験へ決定的な因子として作用していた時代から、建築的形態が「one of them」としてはあっても、それ以上にメディアによって媒介された因子が決定的作用を及ぼしていく時代に変化してきたと言いたかったのです。だからこそ、メディアの考察がますます重要です。昨今の状況も、すでに1970年代からの都市の舞台化の流れにあると思います。メディアに媒介されたまなざしが舞台化するということで、かつては『anan』や『non-no』といった雑誌であり、いまはモバイルとインターネットによるネットワーク型のメディア体制によって渋谷スクランブル交差点が舞台化しています。規模や位相は違いますが、基本的な仕組みは以前から始まっているものです。建築が弱まっているというのは、200年ほどのスパンで見た場合の話で、ここ20〜30年の話ではありません。例えば銀座煉瓦街という建築空間が西洋へのまなざしを組織しました。大正3年に東京駅ができたときにも、その空間自体が人びとのまなざしを組織する装置として機能しました。フーコーの言う「パノプティコン」、監獄という空間形態が囚人のまなざしを組織するモデルとなり得たのも同じです。19世紀のオスマンによるパリ改造も、パリ都心部のブルヴァールの都市形態そのものがまなざしを組織する機能を果たしていました。初期の万国博覧会、クリスタル・パレスも同様です。もちろんかつてもメディアによって報道されてはいましたが、それらと今日のメディアの作用は異なります。18世紀後半から1920年代くらいまでにおける建築・都市とまなざしの構造は、今日に至るまで大きく変化しています。それはアン・フリードバーグも言っていましたが、19世紀末から20世紀初頭にかけて、映画館が新しい建築空間として現われ、それが内部空間から外部空間に変化していくことで、「19世紀的まなざしの開放」である「クリスタル・パレス」とは違った方向に都市を変化させていったのです★1。人びとのまなざしの映像への開放、それは資本主義の論理のなかにすべての視覚と組み込んでいったということでもあると思います。日本橋三越と渋谷パルコの違いを言えば、前者は空間自体がまなざしを組織する決定的に重要な建築空間として存在していますが、後者は、メディアを空間があとづけしています。その際、このメディアと空間の複合体が、人々の欲望を動員しつつ、組織し、まなざしの主体を生産したかったのだと考えてきました。私がやりたかったのは、フーコー的空間モデル、つまり監獄や工場、学校をモデルにした権力と空間の理論化ではなく、「劇場モデル」です。現代の権力は、抑圧的でありながらも同時に魅惑的であり、パフォーマティブなものでもあるので、「まなざし」という問題に集中していった。ここ20年ほどの変化は南後さんがおっしゃる通りかもしれませんが、200年くらいのスパンで考えると、20世紀前半に大きな変化があり、その後は連続して捉えられると思っています。



南後──渋谷スクランブル交差点の事例はごく短いスパンの話だというご指摘はごもっともなのですが、懲りずに言いますと、例えばレム・コールハースとの『S, M, L, XL』(The Monacelli Press、1995)でも知られるデザイナーのブルース・マウと建築家のデヴィッド・ロックウェルによる『Spectacle』(Phaidon Press、2006)も同様に、群集が集まる世界各地のメガイベントの写真を多数収録しています。ここにも、インターネットなどのメディアに媒介されればされるほど、人びとのあいだで物理的な空間に集まり、時間と空間を共有することに対する欲望が表われているのが見て取れます。


David Rockwell, Bruce Mau, Spectacle, Phaidon, 2006

なぜこれらの事例を持ち出したかというと、『都市のドラマトゥルギー』では、「群れる・集まる」ことから「まなざしの前で演じる」ことへの時代的な移行について論じられていたのに対して、『視覚都市の地政学』もそうですが、その後の吉見先生の研究が、後者のまなざしをめぐる問題に収斂していったのはなぜなのか疑問だったからです。本のタイトルに「視覚都市」とあるわけですから難癖をつけることになってしまうかもしれませんが、今回の本は都市をめぐる経験の記述として限定した切り口からのアプローチを採用しており、まなざしに特化し、そのほかのものを見ようとしないことで成立する枠組みなのではないかとも思いました。都市をめぐる経験の「階級、ジェンダー、人種や世代によって異なる複数性」に対して、「視覚性以外の経験の複数性」およびそれらの記述の仕方という問題もあるのではないかということです。クレーリーを引き合いに出しながら、視覚性を特権的に独立したものとして扱うのではなく、「諸身体や諸装置の社会的配列と結節というより広い文脈」で捉え返すべきだとおっしゃられていますが、まなざしに照準を定めることで、見えなくなってしまうものもあるのではないでしょうか。例えば、ベンヤミンの『パサージュ論』の「遊歩者」をめぐる記述には、まなざし以外にも歩行を含めた複数の経験が織り交ぜられていますし、『都市のドラマトゥルギー』では「触れる=群れる」という身体感覚と「見る・見られる」という身体感覚のせめぎ合いが描かれていました。なぜ、「まなざしの場」としての都市が前景化し、「群れる・集まる場」としての都市への関心が後景化していくことになったのでしょうか。


吉見──『都市のドラマトゥルギー』では、「群れる・集まる」ということと、「まなざしの前で演じる」ということを対立的なものとして描いていました。つまり、前者が浅草・新宿であり、後者が銀座・渋谷です。しかしその後の研究では、そのような対立構図ではなく、「群れる・集まる」こと自体が、現代の資本主義のなかで、あるいはそれ以前の国家体制でも、まなざしの編制としてより組織化されていったと考えてきました。『博覧会の政治学』でも、近代の体制がいかに大量の人々を集合させながらそのまなざしを見事に組織し、管理したのかを論じていますが、小中学校の運動会論から東京ディズニーランド論まで、人々が群れ集うことは、現代的な権力の作動の条件のひとつをなしています。『視覚都市の地政学』では、1950〜60年代の変化を重視しています。敗戦後、焼け跡の都市には、じつに多様な、焦点化されていないまなざしがあったのですが、高度経済成長期に入ると人々のまなざしがある焦点化をし始めます。つまり、日本橋三越デパートでのファッションショー、街頭テレビでプロレス観戦、サラリーマンの群衆など、群れながらも人々が一方向を向き始めたことを、本書では写真家たちの写真をたどりながら示しています。テレビは特に顕著で、人々のまなざしを画一的に方向付け、組織していきました。その後、インターネットが出てきても、出現しているのはけっして混沌としたまなざしではありません。「終章」ではそうした議論をしており、私のなかでも最近の新しい部分で、『都市のドラマトゥルギー』からの展開の現在形として書いています。



★1──『ヴァーチャル・ウィンドウ──アルベルティからマイクロソフトまで』(産業図書、2012)


201609

特集 都市・映像・まなざしの地政学


まなざしの現在性──都市・メディア技術・身体
ポストメディア都市と情動資本主義の回路 ──YouTuber、「恋するフォーチュンクッキー」、Pokémon GO
均質化される視線
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